バターカップ・ブランケット
カチャカチャと必死にキーボードを叩く。
画面に表示されているのはゲーム画面だった。
地面に俯けに倒れているのは相手のキャラ。やったね、とやたら露出度の高い格好で最高に頭の悪い媚び媚びポーズをとってる少女が俺の操作キャラだった。
しかし、俺の関心は二次元少女のパンチラなどではなく相手情報の欄。
相手のIDである。
「なんだ…このバターカップブランケットとかいうやたら語呂の良い言葉は……!?無闇に胸の奥がかき乱される…一体なんという意味なんだ…!?いや…そもそも意味あんのかこれ…」
『対戦ありがとうございました(^_^) IDのバターカップブランケットってとっても良いですね。なにか意味があるのでしょうか?差し支えなければおしえてもらいたいです。』
よし。送信。
親切な人ならばメールを見てから教えてくれるだろう。
ゲームをマッチング待機から終了させ、俺はコントローラーからスマートフォンに持ち変えた。
メールの返事を待つ間、一応自分でも検索しておこうという腹だ。
「…OOOGLE先生…!教えてください!!」
ヒット数0 検索秒数0.2秒 \(^o^)/
そのまま優しく、かつダイナミックにふとんの海へとスマホを叩きつける。
「くっ、この無能が!ええい!胸糞の悪い!もうおまえのことを先生などとは思わん!……大体なんだ!その検索時間は!…12F※!?やる気あんのか!30分かかってでもどっかから探してこいよ!!」
※1F=0.02秒(主な2D格ゲーにおいて) 格ゲーの神様の必殺技、「ダルシムの腕伸ばしたの見てから昇竜」は猶予3Fと言われている。
理不尽にOOOGLE先生を詰る。
面倒なレポートの代筆やらえっちなお店の仕組みやら様々なことを教えてくれた先達への決別だ。
ぶるるる
布団のなかで悲しみに震える携帯を取り上げる。
「どうした椿!」
「あ、もしもし木更津先輩すか」
不景気そうな後輩の声がスピーカーに再現される。
というか携帯という個人に対して所有される物に連絡して、更に貴様の名前を読んでいるというのに、他に誰が出たというのか。
はっとある推論が脳裏にうかびあがる。
「もしかして椿、友達ふえた!?」
「は?いえ、友達いないっす」
「そうか、すまんな」
よかった、安心した。
「はぁ自分には木更津先輩いるんでまぁいっすよ」
「世話をかけるな」
「先輩いつもマイペースっすねぇ」
自覚はあるが、割とお前に言われたくないな。
「なんのようだ、俺は今忙しい、いや忙しくなってきたというのがただしいな」
「えー?なら俺の用事なんて後でもいいんでそっち手伝いましょうか?」
「椿…!恩に着る!…実はとある言葉を耳にしたんだが…、なにかミョーに意味ありげでな」
事の経緯を話すと椿はだまりこんだ。
考え事の邪魔なぞしたくないのでこちらも静かに待つ。ちらと確認したがまだメールはない。
「俺の考えが正しければ…、そのバターカップブランケット……
……ミャンマーかどこかの言葉だと思うんですよね」
「なんだと!?」
ミャンマー!?
まさかこんな所に糸口が!?俺は思わず携帯を握りしめたまま立ち上がる。
「というかお前、ミャンマーの言語に知識があったとはな…」
「?いやミャンマー語なんてしらないっすよ」
「ならなぜミャンマーなのだ、根拠を述べろ根拠を」
「なんか、こう、頭の中でそのフレーズ…バターカップブランケットをリフレインしていたんですよ」
「早々にゲシュタルト崩壊起こしそうだなおい」
「バターカップ…バターカップ…バーターカップ…コップンクラップ…あ!これミャンマー語っぽい!って」
「わかったお前馬鹿だな」
「ひどくないすか」
二人は知る由もなかったが、ミャンマーの母国語はビルマ語である。
と、その瞬間メールが入ったことを知らせるピコ音が俺の部屋に響く。
「すまん、かけ直す!」
「ちょ、」
無益な努力より、問題集の後ろについてくる答えだ。
問題を提起したものこそすべての真実をしるのである。
俺は震える指先でメールを展開した。
『クソハメ、しょがおつ、氏ね』
クソハメ→脱出困難な攻め。または状況がループする崩しのこと。手軽にできる部類のハメは嫌われる。
しょがおつ→初心者狩り、ある程度の実力差があるのに乱入を止めないものに対する嘲笑の言葉。完全無敵ではなく、逆に「お前いつまで初心者なんだよ」、というブーメランがある。
氏ね→ /(^o^)\
「そぉじゃないだろぉおおあおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ぴっ
「もしもし?先輩?」
「椿ィ、ダメだった。メールだめだったよ!!!!」
「はぁ、それじゃいよいよ手詰まりですねぇ」
口惜しいがその通りだ。
すべての手がかりが絶えてひとしいというのに、俺のなかでバーターカップブランケットということばがより巨大に成長していく。
バーターカップ、ちがう
バターカップブランケット…。
ここで終わりだというのか、運命的な出会いを果たしても結ばれることのない定めだというのか。
「………………バターカップ…ブゥゥゥルゥァンケットオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「いきなりなんすか」
「椿、決めたぞ。俺ミャンマーにいく。」
「は?マジすか、大学どうするんですか」
「バイト先には連絡しとく。」
「明らかに優先順位おかしくないすか」
「おれだってわかってるわかってるとも…!だがな、ひとつのこった唯一の手掛かりを手放すほど、諦めの良い生まれに育っていないということを理解してもらおう!!!」
「先輩…、わかりました。できる範囲で俺代返しときます。」
「ああ、頼んだぞ、ではいってくる」
「今からですか」
「急がば回れだ」
「急ぎすぎて飛び越してる感あります」
「なぁに俺達若者はそれくらいがちょうどよい!」
椿がなにか言っていたが、携帯を勢いよくぶち切ると俺は適当に荷物をつめた。
家を飛び出し、ありったけの貯金をミャンマーの通貨に振り替えた(やたら枚数が増えたのでびっくりしたが)
いぶかしむ出国審査官の表情を飛び越えて、ミャンマーへと向かった。
だが、このときの俺はこのバターカップブランケットを巡る強大な陰謀など気が付くよしもなかったのであった…!
○○ ○/○ 金曜日 晴れ のち雨
(先日、ミャンマーの崩落した寺院で発見されたミイラの隣に耐熱タッパーに保管されていた日記帳のようなものから、一部抜粋)
細波咲楽はコントローラーを放り投げた。
無残に野垂れる自キャラを見て
「クソゲー」
と一言言い捨てて電源を切った。
自分のようなJKがゲーセンに通えば勘違いしたオタクが群がってきてやりづらくなるし、家庭用のネットワーク対戦を行えば思考放棄のクソムーヴしかやってこない奴ばかり。
更にはこの頭のゆるそうな露出狂のごとき少女キャラのせいで、家庭用ネット対戦はひどく過疎気味だ。
課金追加キャラが強いのは仕方ないとしても強すぎだし、湧き過ぎ。
対戦相手を探すのも一苦労だし、だいたいの相手がこいつ。
それに勝つことしか考えてない奴とは対戦してもつまんないしなぁ。
未だに消化しきれないフラストレーションをそこらへんに放り出してあった毛布を抱いて和らげる。
もふる。もふりまくる。
幼い頃に買ってもらったパワーパフガールズのなんだっけ、緑のそう、確かバブルスじゃなかったバターカップ。
その絵の毛布を抱いて床に寝そべる。
モニターをHDMIからテレビに切り替える。
ニュースでは昨日ミャンマーで発見された身元不明の日本人のミイラの話題で盛り上がっていた。
すげぇ、現代のミステリーだよこれ。
「あー、どっか旅行いきたいなぁ、ミャンマーもいってみたいなぁ」