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四話「七月」

 七月。

 月始めは気温が上昇してくるにつれ、生徒達のやる気は下降していく。

 しかしそれだけではない。


「もうすぐ夏休みだやっほぉぉぉい!」


 月末が近くなるにつれ気温と共に生徒達のパッションは高まってゆく。

 それは太朗も例外ではない。

 この日の最後の授業が終わった直後、開放感からかいつもよりもテンションが高い。


「テンションたけーなおい」

「オレも嬉しいぜ! 休みってのはいいもんだよな!」

「やれやれ、休みでそんなにはしゃぐなんてまるで子供ですね」


 はしゃぐ太朗の元へやってきたのは、すっかり仲良くなったアンラ・マンユ、アマーシュマ、アジ・ダハーカの三人


である。


「お前ら夏休み楽しみじゃねーのかよ」

「いや、楽しみってもなぁ。実家帰るだけじゃん」


 サラリと言ったアンラの言葉に太朗は首を捻る。


「実家から通ってんじゃないのか」

「学園は人間界にあるからな。流石に魔界からじゃ遠いだろ。電車ないし」

「僕達は寮に入ってるんですよ」


 帰りはいつも一人だった太朗はこれまで知らなかったが、基本的にこの学園の生徒は寮に入っている。


「へー。それでお前らは魔界の、あー、どこ? に住んでんだ?」

「オレたちゃ全員ホーカウィード出身だぜ!」

「北海道?」

「それは人間界の場所でしょう。北海道ではなくホーカウィードです」

「特産品は?」

首狩鍋(くびかりなべ)

「ワロタ」


 そんな会話をしていると、担任のミツキ・マースが入ってきた。


「ホームルーム始めっぞー。席につけー」


 ざわざわと騒いでいた生徒達がいそいそと席に戻る。

 勇者の殺戮を繰り返す魔王達だが、学園内の物を壊したり、教師に逆らったりする者は基本的に居ない。

 ミツキが入ってきてからキッカリ十秒で全員が席へと座っていた。


「えーと、最近勇者共の活動が活発化している。放課後に遊びに行くのは構わんが気をつけろよ」


 夏休みが近いし勇者も魔王もはっちゃける時期だな、とミツキが付け加える。


(うぇ……やっぱそうなのか)


 太朗は心底嫌そうな表情をしていた。

 自身にも心当たりがあったからだ。


 ここ二週間程だろうか、明らかに殺される回数が多くなっている。

 学園から家までは徒歩三十分。


 一昨日は学園を出て五分で一回目の死亡。

 十分で二回目。十五分で三回目。

 と、五分刻みで殺されていた。


 昨日に関しても五分刻みだったが、更にプラスアルファで殺された。

 六度の死亡を経てようやく家に辿り着いた太朗が手洗いうがいを済ませた直後、インターホンが鳴った。


『はいはいはーい。どちら様?』


 ガチャ、とドアを開ける太郎。


 グサッ、と刃物を刺す訪問者。


『バカ……な』


 家は安全地帯だろjk、と思っていた太朗には衝撃的な出来事だった。


「それじゃ以上だ。お疲れさん」


 そういってミツキは教室から出て行く。


 本日の魔王帰宅物語が、はじまる――。



------



(よし、誰もいねーな)


 曲がり角から頭だけを出し安全を確認する。


 ササッ、サササッ、ササササッ。


 電柱から電柱へ。

 身を隠すように迅速に移動する太朗。


(今日は何とか無事に帰りたい!)


 慎重に慎重を重ねたお陰か三十分経過しても太朗はまだ生きていた。

 但し、移動スピードは普段よりも格段に落ちており、家までの道のりの三分の一程度しか進んでいない。


(腹が減ったな。ミダノ寄って帰るか)


 太朗がミダノと発したものの正式名称は「ミッダァノゥーズ」という。

 世界的に店舗展開している有名なハンバーガーショップである。

 「百年経っても色あせない美しさ」をスローガンとしている。


 人間用店舗と魔族用店舗に分かれており、少しメニューが違う。

 開店当初は勇者が魔王を一網打尽にせんと魔族用ミダノに乗り込んだりもしたが、魔王がうじゃうじゃ居る中に飛び


込んでも勝ち目は無いと悟り住み分けは比較的容易に行われた。


「いらっしゃいま……まま、魔王!?」

「はーっははははは! 我こそは魔王田中太朗! あ、野菜シャキシャキベジタリアンバーガーセット一つ下さい。」

「ドリンクはいかが致しますか?」

「青汁で」


 会計を済ませ番号札を受け取ると、入り口から新たな客が店内へと足を踏み入れた。

 そしてその客が太朗の背後から声を上げる。


「魔王っ!?」

「ん? お前は……勇者織田!」


 太朗は、背後から強烈な敵意がしたので、俺はまた面倒な事になったなぁ、とかそういや今日の晩御飯は何だろうな


ぁとか色々な思い巡らせつつも振り向いた。

 するとそこには中学時代の同級生で入学初日に太朗を殺害した織田長信が居た。


「久しぶりでござるな、魔王」

「おう久しぶり」

「お、何頼んだん?」

「野菜シャキシャキベジタリアンバーガーセット」

「あ、そ、それわたしも好きです。美味しいですよね」

「週六でもいけるよなコレ」


 織田と同じパーティーの臣豊吉秀、道草四幕郎、北条卑弥呼も揃っている。

 一通り会話を済ませると太朗はニヤリと笑い口を開いた。


「一人で食べるのもアレだし、一緒に食わねぇ?」



「いやーしかし偶然やなぁ。魔王は何で人間用(こっち)の店舗来たん?」

「むしろ向こうには行けねぇだろ。生肉バーガーとかメニューにあるんだぞ」

「しかしこちらは勇者だらけでござるよ」

「失念していた。そして周りの視線が痛い」

「しょ、しょうがないよ……魔王君評判だもん」

「そうだね。たな……いや、魔王田中太朗は今ジャスティス学園で有名だし」

「え? え? なんで? 何で俺が有名なの?」


 太朗は驚いていた。

 一年の自分がジャスティス学園で有名な理由が見当たらなかったからだ。


「だって自分弱いやん? 何や残りHPまでワイらに教えてくれるし。田中太朗っちゅー名前を知らん人らは魔王チュ


ートリアルってあだ名つけてるで」

「酷すぎワロタ」


 オレンジジュースを飲みながら四幕郎が遠慮のない一言を太朗に投げかける。


「我が校の制服を着て襲撃する等、稚拙な策を弄する事も有名で草不可避とよく言われているでござるな」

「草不可避言ってんのはお前だけだろ」


 吉秀が片手にハンバーガー、片手にスマホと器用な事をしながら追い討ちをかける。

 スマホの画面が見えたが「ニウィッター」をしている。

 ひとり言を全国に向けて垂れ流すアプリなのだが、そのニウィッターに書かれた「魔王と食事なう」という文字を太


朗は見逃さなかった。

 見逃さなかっただけで反応はしないが。


「ご、ごめんね。わたし達も勇者手帳に魔王討伐数が記録されるから頑張らないと……」


 卑弥呼はフォローをしたが、心遣いよりもある単語に太朗は反応した。


「勇者手帳!? 魔王手帳みたいなものか?」

「そうだよ田な……いや、魔王田中太朗。討伐数が足りないと留年しちゃうんだ」

「同じシステムじゃん。生徒に殺し合いさせてる癖に実は仲良いだろ俺らの学園……」


 中学時代はジャスティス学園に通う気マンマンだったのにそういえば何も知らないなと太朗はアレコレ質問する。


「へぇ。勇者も生き返るんだな」

「そらそーやろ。死んだままやったらまず卒業出来ひんで」

「魔王みたいに供物捧げるのか?」

「拙者らは蘇生呪文か神殿で蘇るかのどちらかでござるな」

「蘇生は分かるけど、神殿はなんで?」

「え、えっと、魔王に食べられちゃったりとかすると体が無くなっちゃうから、神殿で肉体を再生してもらって、その


まま魂も呼び戻してもらうの」

「食べられるとか……それは下い意味で?」

「たな……魔王田中太朗。それ以上はセクハラになっちゃうよ」

「おっと、すまんすまん」


 下ネタで笑いを取るのは三流、そう言い聞かされて育った太郎は即座にこの話を打ち切る。

 ふと静寂が訪れるが、思い出したかのように織田が声を出す。


「そういえばその『田中』って刻印は何とかならないのかい?」

「これな。俺もそう思ってるけど、どうにもならんだろ」

「まぁ僕達も勇者の刻印を変更させるのは無理だし仕方ないのかな」

「え? 勇者の刻印?」

「本当に魔王君は何も知らないんだね。えっとね――」


 卑弥呼が口に手を当て驚いた感じで反応する。

 しかしその後ちゃんと説明を始めるあたり彼女の面倒見の良さが窺える。


 勇者の刻印とは魔王の刻印とは似て非なる物である。


 本来、魔族は人間界では力を半分程度しか発揮する事が出来ないのだ。

 しかしその力を十全に発揮する方法が一つだけ存在する。

 それが魔王の刻印だ。


 そして勇者の刻印とは勇者適正のある者の潜在能力を最大限に引き出す仕様となっている。

 能力の上昇幅には個人差があるとはいえ、少人数で魔族に対抗する事が可能になるのだ。


「なるほどなぁ。あれ? んじゃ魔族用の刻印を押した俺はどうなるの?」

「えっと、刻印を押しましたって証拠にその『田中』の文字が現れたでしょ」

「うん。……え? それだけ?」

「う、うん。それだけ……になっちゃう、ね」

「額に『田中』の文字が現れて、勇者達に俺の残りHPを教えて、終わり?」


 太朗は愕然とした。

 元々人間である太朗には人間界で力を出せるようになる魔王の刻印はあってもなくても身体的な変化は無い。


 隠れた力がピンチになった時に覚醒、なんて事はないのだ。

 現実は時として物語よりも残酷なものとなる。


「あっ、そろそろ帰ろうか。もう日が落ちかかってる」


 織田がそう言うと全員が席を立つ。

 いや、太朗は席を立たない、というよりショックからか放心している。


「何してんや魔王。帰るで」

「店を出れば間違いなく殺されるでござろうな」

「ほんなら今日だけはワイらで送ってやろか」

「しかしこの前誰かが家に来て殺されたと申してござらんかったか?」

「あー、なんちゅう面倒な魔王や……」


 しゃーない、と言いつつ四幕郎は自身の鞄をゴソゴソと漁り始める。

 そして細めの縄を取り出すと、おもむろに太朗の首にくくり始めた。


「ほい完成。卑弥呼っち、こっち持ってぇや」

「えっ? は、はい」


 そして余った縄を卑弥呼に持たせる。


「なるほど。これなら北条さんが魔王を散歩させているように見えるね」

「せやろ?」

「ふむ、何やら問題もありそうではござるがこの際致し方なかろう」

「えっ、えぇ!? ま、まぁ仕方ないよね。ふふ。ほら、魔王君おいで」


 こうして放心し続ける太朗を卑弥呼が引き連れ、織田達はミッダァノゥーズを後にした。



 これを切っ掛けに、太朗は毎日毎日執拗に狙われるという事は無くなった。

 何故ならば、卑弥呼に「魔王を従えし者」という二つ名がついたからである。

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