三話「六月」
六月。
少しずつ気温も高くなり衣替えが行われ、学園生活に慣れた生徒達にとっての最初のイベントが行われる。
「よーし、お前等どれに出たいか書いて俺に提出するように。制限時間はこのHRが終わるまでだ
ぞい」
太朗達のクラス副担任であるデーモンオクレがそう言うと、クラスメイトが配られたプリントに目を落とす。
(何々……野球、バスケ、サッカー、バレー、卓球、ビリヤードまであるのか)
プリントには今回行われる球技大会の種目一覧が記載されている。
第一希望から第三希望まで書けるようになっており、教室ではどれにするかなどと言った会話があちらこちらから聞
こえてくる。
ちなみに、大会等と銘打ってはいるがクライム学園は一学年一クラスしかない。
故にクラスメイトVSクラスメイトで球技大会は行われていく。
「おい太朗、一緒にサッカーやろうぜ!」
太朗に声を掛けたのはどんな時でも自らを俺様と呼ぶアンラ・マンユだった。
「ん? あぁ、いいぞ」
「アマーシュマとアジ・ダハーカも一緒だけどいいよな?」
「あっくんズか」
「その呼び方好きだな」
太朗にあっくんズと纏められたアンラ・マンユ、アマーシュマ、アジ・ダハーカ。
その起源は四月中旬まで遡る。
一番最初に仲良くなったアンラ・マンユが太朗に知り合いを紹介すると言ってきた。
------
『おい太朗。俺様のダチを紹介するぜ!』
『オレはアマーシュマだ! よろしくな! ガーッハッハッハ!』
『僕はアジ・ダハーカです。宜しくお願いします』
『お前等全員頭文字Aなんだな。俺は田中太朗だ。魔王同士仲良くやろう』
四月中旬、太朗は最初に仲良くなったアンラに友達を紹介すると言われ二人と出会った。
そしてその数日後。
三人が揃っている時にそれまでそれぞれの名前を呼んでいた太朗がふと思いつきこう言った。
『あっくん』
と。
すると三人が振り返り、
『なんだ?』
『おん?』
『なんですか?』
こう言ったのだ。
自分が呼ばれている、そう確信でもしているのかただの自意識過剰なのかは分からないが、三人はしっかりと返事を
した。
『全員振り向いてワロタ。お前等の事今日からあっくんズって言うわ』
という流れで彼等のユニット名が決まったのでだった。
------
「まぁいいやプリントくれ。俺様が全員分纏めて提出してくるぜ」
「お、んじゃ頼むわ」
太朗は第一希望にサッカーと書き、第二第三を適当に記入してアンラ・マンユへと手渡す。
そして四人は全員第一希望のサッカーとなった。
球技大会当日。
「よっしゃあぁぁぁぁぁ! やるぜぇぇぇ!」
「朝から元気ですね」
大声でやる気を表現している男はアマーシュマ。
それに突っ込みを入れているのがアジ・ダハーカである。
アマーシュマは身長百八十五センチメートルと高身長で、鍛え抜かれたであろう筋肉が服を着ていても隠しきれてい
ない。短く切った栗色の髪が若干爽やかさを演出しているが、大きな黄色の瞳が獲物を狙う肉食動物を連想させるので
結局爽やかさは無い完全肉食系魔王だ。
その隣に居るアジ・ダハーカは身長百六十五センチメートルで太朗と同じ背丈だ。黒に近い青色の髪と青色の瞳をし
ており、一見冷酷な者に見えるが魔族には優しいと評判の男である。
そして何より彼の特徴をあげるとするならば眼鏡をかけている事だ。魔族は基本的に身体能力が高い。それは視力も
例外ではないのだが、何故か彼は眼鏡をかけている。
「ところでアジ・ダハーカ。運動する時も眼鏡はかけたままなのか?」
「えぇ、僕のトレードマークですから」
「はぁん……」
納得したようなそうでないような顔のアマーシュマとすまし顔のアジ・ダハーカ。
二人が雑談をしていると、他の生徒達がグラウンドへとやってきた。
「よ、待たせたな」
「もう準備出来ていたのか」
太朗とアンラ・マンユもその中に混ざっており雑談をしていた二人に話しかける。
しかし太朗はアンラの言葉を聞いて首を捻る。
「準備ってサッカーゴールはあるけど、ボールは?」
「あっちにあるじゃないか」
アンラが指を向けた方向を見ると、観客なのか数人の人が見えた。
明らかに生徒ではないが、一応球技大会と名づけられたこの時間は一般人の見学も可能なのだろうか。
しかしボールは見当たらない。
(まぁいいか)
相変わらずの適当な思考回路の太朗がその結論に辿り着くと、体育教師からの号令が掛かった。
「お前等ぁぁ! こっち来て並べぇええ! 始めるぞぉぉ!」
「あ、それじゃ俺がボール持ってきますよ」
「おぉ! 悪いな。頼むわ」
クラスメイトの一人が走って行く。
その方向は先ほどアンラが指差した方向であった。
「あぁぁぁあああああぁあああ!!!」
そして突如絶叫が響き渡る。
(え? 何やってんだ!?)
先ほどのクラスメイトは太朗が観客だと思っていた者を一人引きずってきていたのだ。
至って普通の中年男性だ。強いて言えば少し腹が出ていて頭が薄っすらしている事だろうか。
引きずられている男は何とか踏ん張ろうとしているがただの人間なのだろう。魔族の力には勝てずどんどんこちらへ
近づいてきている。
「持ってきたよ」
(ボール!? この人がボール!?)
太朗が口を開けて驚いている間も着々と準備(?)は進んでいる。
そして――。
「いやだいやだいやだぁぁぁぁぁああ!!」
「うるさい奴だな。諦めろよ」
「ああああああああ! やめでぇぇぇえええ!!」
「よし、それじゃ先生がやろう」
「あ、おなしゃーす」
「いくぞぉ……ぬぅぅん!!!」
体育教師が男の首に手を掛け、気合の入った声を出すと同時に思い切り引っ張り始めた。
首と胴体を離すように。
「あががぁぁああああ!!」
「ふんっ、ふんっ、ぬぉぉぉぉおおお!」
「あがががが……ぁ……ぁぁぁ……ぁ」
次第に小さくなっていく悲鳴。いや、あそこまでいけばもはや悲鳴を上げているという認識すらないだろう。
首がぶちぶちと音を立てながら引き裂かれ、眼球は激しくブレている。
もう助からない事は明白であった。
「ふんっ!!」
そして自身の力だけで首を引きちぎった体育教師は血まみれになっていた。
「よっし、準備オーケーだ。正々堂々と戦えよお前等」
(魔王学園パネェ……)
そう思いながらも太朗は自らがキックオフをしたのであった。
------
(ボールに触れねぇぇぇぇ!)
試合が始まって十分。
太朗はキックオフ時にボールを蹴ったきりボールに触れないでいた。
魔族は基本的に身体能力が高い。
それに太朗がついていけないというのが理由だ。
単純ではあるが、ついていけない方はたまったものではない。全く楽しくないのだ。
「こうなったら……。おーい! パス! パァァス!」
走りながら声を上げ、ボールをねだる。
ボールを持っていたのはアンラであった。太朗を見て頷く。
「了解! 行くぜ! キラーパス!」
アンラが太朗に向かってボールを蹴る。
ボールは鋭い弾道で一直線に太朗の元へと迫る。
(よし! ここは一度トラップして――)
ボンッ!
そんな音を立てながらボールは太朗の胸元を貫き遠くへ飛んでいった。
貫かれた太朗の胸元には頭の大きさ程の穴が開いている。
こうして、太朗は死んだ。
「先生、田中君が死にました」
「あぁん!? おーい、誰か供物捧げてやれ!」
「えぇ、でもグラウンドには野良猫一匹……あ、あそこに野良豚が!」
クラスメイトの一人が指を差した先には丸々と太った豚が一匹歩いていた。
「よし捕まえろ!」
「まずは俺が! 影は謀反する『影と闇の拘束』」
誰かがそう言うや否や、豚の影から黒いツタが現れあっという間に豚を拘束した。
「次はオレだ! 意志無き者の憤怒『大地の怒り』」
次にアマーシュマが掌を大地に叩きつけ呪文を唱えると、豚が居る地点の地面が高く突き出た。
そして飛ぶようにこちらに向かう豚をアンラがキャッチした。
「っと、これでオッケーだな」
太朗の肉体は既に消滅していた。
しかし、死んだその場所には人魂が存在しており、アンラがその前に豚を置いた。
「おら、早く戻って来い」
アンラがそう言うと、人魂がゆっくりと豚に向かって動いていく。
「ぴぎゃあぁあぁあぁあ!」
豚が泣き叫ぶが誰も気にした様子は無く皆はただその光景を見守っている。
人魂は豚を覆う程に大きくなり、次第に飲み込んでいく。豚の悲鳴はここで途切れた。
そして犬の形になり猫の形になり竜の形にまで大きくなった後、やっぱり豚の形になり最後に人の形へと変化した。
「魔王田中太朗! 復活!」
こうして太朗は生き返った。
「いやー、あのキラーパスキラーしすぎだろぶひぃ」
「ははっ、まさか死ぬとはな」
「トラップする事自体が罠とか笑えないぶひぃ」
アンラと太朗は笑いながら話す。
口調がおかしいのは捧げられた供物が豚であったからだ。
魂が少し影響を受けてしまうが、その内元に戻るので誰も気にしない。
「サッカー再開するか。あれ? 俺を殺したボールは?」
「ん? あぁ、そういえば壁にぶち当たって粉々に砕け散ったな」
そんな会話をしていた丁度その時、太朗の後ろから叫び声が上がった。
「いやだぁぁぁぁあああ! じにだぐないぃぃぃいいい!」
「うるっせーな! ボールは黙ってろよ」
(なるほど、こういう事があるから予備のボールが置いてあったのか)
無事、サッカーは再開された。
ちなみに、太朗が役に立たなかったのでチームは負けた。