二話「五月」
五月。
入学から一ヶ月が経った。
教室では仲のいいクラスメイト同士が集まりグループとなっている。
「はぁ……」
そんな中、太朗は一人机に肘をつきため息を零していた。
「何辛気臭い雰囲気出してんだ?」
とはいえ、ぼっちという訳ではない。
今みたいに話しかけられる事もしばしばあり、クラスメイトとの仲は良好と言っていいだろう。
「アンラか。いや、とうとう五月になったな……とね」
「五月に何かあんのか?」
太朗にアンラと呼ばれた男はアンラ・マンユという名だ。
赤と黒が入り混じった髪をしていて、茶色の瞳はいつも相手を鋭く睨んでいるように見える。
勿論、見えるだけで実際に睨んでいる訳ではない。
スタイルだけでなく面倒見もいい為、クラスの中心に居る人気者ポジションを確立している。
「うんにゃ。五月になったのに誰一人として殺せてないな……と思っていただけだ」
「あー……そういう事か」
少し気まずそうにアンラが言葉を選ぶ。
「まぁ俺様もまだ五人しか殺してないし、太朗もこれから頑張っていきゃいいだろ」
励ますように明るい声で太朗に話す。
魔王同士だと割とこういった会話を聞く事がある。
戦闘時は一人きりの魔王達はこうした何気ない時間をとても大切にしている傾向がある、と太朗は分析していた。
「しかしこのままだと留年してしまうわ」
太朗は魔王手帳を広げ、その中身を見てまたため息をついた。
魔王手帳には校則以外にも殺した人数を自動で記録するシステムが搭載されている。
更に詳細として勇者、戦士、魔導士、僧侶の項目があり、それぞれの殺した人数が表示される仕組みだ。
そして一年生が終わる三月三十一日までに合計三十人を殺さなければ留年となるのだ。
二年から三年に上がる時も同様に三十人。
だが、三年から卒業に至るには四十人と特別枠を達成しなければならない。
特別枠とは勇者養成学校の教員の事を指す。
すなわち卒業するまでに生徒を合計百人、そして教員を一人殺さなければならない。
一年の段階で特別枠を達成して三年時に楽をする、という事も可能ではあるがまず勝てない。
なので特別枠は三年時の殺害項目に加わっている。
これは太朗にはかなり厳しい条件であった。
余談ではあるが、死んだ回数は記録されない。
「だからこれからだって。そう気を落とすんじゃねーよっ!」
アンラは元気付けるように太朗の背中を叩くと「次の授業始まるな」と言って自身の席へと戻って行った。
(強い奴はいいよなぁホント)
無い物ねだりと分かっていてもそう思わずにはいられない太朗であった。
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「ですので基本陣形を崩しても油断してはいけません。なぜならば――」
現在は「戦闘学」の授業中である。
クライム学園では、寝ている生徒やサボる生徒は非常に少ない。
その中でも太朗は勤勉であった。
(ふむふむ。勇者達は複数の陣形を用いて戦うんだな)
戦闘能力で劣るのならば勇者達を上回る策を用意しなければならないと考えているからだ。
四月の戦闘回数は十七回。
そして死亡回数も十七回。
全戦全敗である。
魔王手帳の殺害項目は全てゼロ。
一年は十二ヶ月であるからして三十人を殺すとすれば一月に二.五人を殺さなければいけない計算となる。
先ほどの休憩時間でのアンラの発言の五人という数字は既に二ヶ月のノルマを達成しているという事だ。
(俺は今月五人殺さなければ平均値を取れていない事になる)
思考が逸れ始めた事に気付き、慌てて板書された文字をノートに書き写す。
(まず戦士が前に出る事が多く、魔法使いが後方から追撃、そして勇者は魔王の性質を見て臨機応変に攻めてくる傾向がある……と)
ノートに追加されていく文字を見ながら太朗は考えた。
確かに戦士にやられた回数が多いな、と。
一回目は色々とあったのでノーカンとして、二回目は名も知らぬ勇者達に遭遇した際確かに戦士が突っ込んできた。
それ以降も一番最初に飛び出すのは戦士が多かったと記憶している。
(だが、今の俺ではその戦士に対抗する手段がないんだよな)
そんな事を考えていると教師が対応策について、と板書していた。
「えー、これを見て下さい。皆さんが最も刃を交えるであろう戦士についてです。戦士は接近戦を得意とし、戦闘開始直後にこちらに接近する事が多いです。既に経験された者も居るかもしれません。その戦士に有効なのはやはり中距離戦闘用のブレスです。相手が動いてから使って下さい。動く前だと回避される可能性が高くなります」
(そんなもん吐けねーよ!)
「真の姿を持つ者は最初に使ってしまってもいいかと思います。昔はピンチになってから使うのが王道でしたが、近年の調査データでは勇者達が序盤で力を温存する傾向があります。そこを一気に叩くのです」
(変身も出来ねーよ!)
太朗は心底クラスメイトが羨ましいと思った。
この学園に通うほとんどの者が「魔族」と呼ばれる種族であり、変身能力を備えている。
むしろ「人間」が太朗一人となっている。
そして変身能力を使用する事で姿形は勿論、戦闘能力が大幅に上がるのだ。
変身出来ない者は最初から尋常ならざる身体能力を持っていたり、他の者には無い特殊能力を有していたりいる。
「先生! 俺はただの人間なのですが、どうしたらいいでしょう?」
太朗は我慢の限界となり、手をあげて質問をした。
「そうですね。田中君は変身ではなく変装してはどうでしょうか? ジャスティス学園の制服が購買で売られていますのでそれを購入し、帰宅途中の勇者をすれ違い様にザクリっと。なぁに、一人殺れば残りもうろたえている間に殺せますって」
「なっ、なるほどっ! 的確なアドバイスありがとうございます!」
太朗は気にしない。
何故ジャスティス学園の制服がこの学園で売られているかなんて。
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「ブレザーとスボン、それとネクタイで三万七千五百円だよっ。しっかし、こんなもん欲しがるなんて変わってるねぇ」
「ははは、勇者達を殺す作戦で使おうと思ってね」
「そうかい。おばちゃんの息子も勇者なんだけどアンタを応援してるよっ! がんばんな!」
購買のおばちゃんと笑顔で会話を交わし無事ジャスティス学園の制服を手に入れた太朗。
早速着替え、帰り道を歩く。
「ふっふっふ、今日で俺も脱・殺戮童貞か。考えただけでワクワクしちまう。早く殺してぇぜ」
誰かが聞いたら一発で魔王だとバレそうな言葉をポロポロと落とすが、幸い周囲に人は居ない。
そして十五分後。
(キターーー)
太朗は緩みそうになる表情を引き締めながら前方を見据えた。
そこにはジャスティス学園の制服を着た女子生徒が四人こちらに向かって歩いてきていた。
太朗は右ポケットに手を突っ込み中に入っているナイフを握り、そのまま歩く。
お互いの距離が近づく……相手の表情、動作に不自然な所は見当たらない。
成功した。
太朗はそう確信する。
しかし――。
「あれ、アンタ魔王じゃん。何でウチの制服着てんの?」
(何故!? どうしてバレた!)
「な、なんの事だかさっぱり――」
「いや、額に刻印が刻まれてるじゃない。魔王でしょアンタ」
「あふん……」
失念という言葉が今の太朗にはピッタリだった。
服装を変え相手に気付かれないようにするという所までは良かったのだろう、現にこうして問い詰められている。
それはすなわち遠目からでは分からなかったという事。
故にこの作戦は効果的であったという証明がされた。
惜しまれるのは初歩的なミスによりせっかくの作戦が水の泡という事であろう。
「ぐぎぎ……バレてしまっては仕方が無い! 死ねぇ!」
右手を素早く動かしナイフを構える。
相手が構える前にこちらが動き、一番近くに居た少女に襲い掛かる。
彼女が何科に所属しているのかは知らないし関係ない。
太朗の心の中は「殺せればそれでいい」という気持ちで一杯だった。
「甘い! はあぁっ!」
少女の体がブレた。
太朗がそう認識した時には既に自身の右腕は吹き飛ばされた後であった。
「うがああぁぁぁぁぁああ! また右腕がぁぁぁああ!」
「こっちの制服を着て油断を誘っていたの? いい作戦だけどアンタよっわいわねぇ!」
「うぎぎぎぎ……う、うるぜぇ。よげい、な、おぜわだっ! このブス! アホ! マヌケ! 豚足! 豚足!」
「煽っても無駄よ。それにしても見た事の無い顔だし一年生? 相手が悪かったわね。私達は三年よ。リボンの色が一年生と違うでしょ?」
太朗は情報収集も不足していた事に気付く。
言われれば織田のネクタイとそのパーティーメンバーの北条という女子のリボンが水色だったか、と思う程度の認識しか持っていなかった。
「一年生に教えてあげなきゃ。ウチの制服を着た魔王が居るって」
「ぐっ、ごごでおばえをだおぜば……うがぁぁぁああ!」
太朗は自身が無手なのも気にせず相手へと飛び掛った。
眼球を潰す、喉を噛み千切る、首の骨を折る。
何でもいいから相手にダメージを与えたかった。
「だから無駄だって」
だが、少女は他の三人に頼る事なく太郎の両足を吹き飛ばした。
「あぁぁぁあああああ!」
叫び地面に横たわる太朗。
残った左腕を動かすが空を切る。
「お終いね」
そう言いながら少女は勝ち誇った笑みを浮かべながら太朗近づき、見下ろす。
「ぐぅぅぅ……あ、パンツ見えた。ひゅーっ! 水玉ラッキィ!」
左腕を使い指をパチンと鳴らした瞬間――。
「死ねっ!!!!」
攻撃の軌道すら追うことも出来ず太朗は死んだ。
「水玉だって」
「見かけによらず可愛いもの好きだから」
「ほら、いじると拗ねちゃうわよ」
「う、うるさいわよアンタ達!」
勇者達はそんな会話をしながら帰っていった。
そして、ジャスティス学園の制服を着た魔王が襲ってくるという話があっという間に広がり変装作戦がお蔵入りとなるのに時間はかからなかった。
ちなみに。
購買のおばちゃんがうっかり息子に話し、広まる速度が急激に加速された事実を太朗が知る日は永遠に来ない。