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一話「四月」

 四月。

 新たな生活の始まる季節である。


「やっと着いたか」


 田中太朗は一人そう呟いた。

 中学を卒業し、今日から高校生となる太朗はこれから自身が通う学校の前で腕を組み足を肩幅より少し大きく開き立つ。

 幼さの残るその顔は厳しく前を向いている。


「今日の為に俺は変わったんだ」


 太朗は自身の幼さを理解していた。

 別段童顔という訳ではない。

 だが、年齢の低さから威厳というものが自分に無い事は理解していた。


 故に、変わった。


(一昨日ソフトモヒカンにしてよかった)


 周りを見て太朗はそう思った。


 同じ新入生なのだろう。

 周囲には真新しい制服に身を包んではいるが、ただならぬ雰囲気を纏っている者ばかりだ。


 太朗がこれから通う学び舎は少しばかり特殊である。

 何故ならこの学園は、



 魔王を育てる学園だからだ。



 名を「クライム学園」といい、魔族が通う学校として設立された。

 ちなみに生徒は全て魔王科に所属し、それ以外の学科は存在しない。

 立派な魔王となるべくここの生徒は三年間殺戮に勤しむ事となる。


(今日から俺は魔王だ! 殺しまくってやるぜ!)


 やる気だけは人一倍の太朗はゆっくりと足を進めだす。

 何故、人間の自分が魔族の学校に通うのか、理由はあるが些細な事でありそんな事は気にしない。

 それが田中太朗という人間だ。


 クライム学園の正門をくぐると、まず黒い壁の建物が見える。

 この建物には教室や職員室といった学園生活を送る上で主要となる部屋が存在している。

 少し離れた場所には体育館、そしてその隣には赤茶色の土が敷き詰められたグラウンドがある。


(ん? あれはなんだ?)


 太朗の目に入ったのは校舎入り口。

 扉の両側に棒と何かが見える。


(おいおい……こりゃあ……)


 棒に見えたのは地面に突き刺さった槍であった。

 そして何か分からなかったのは槍に突き刺さっている人間であった。

 時折ぴくぴくと痙攣しており、死んではいなさそうだ。

 血が溢れ出し本来黒いアスファルトが一部赤黒くなっている。


(流石魔王学園……パネェ!)


 自身も人間なのだが、気分は既にエリート魔王な太朗は薄ら笑いを浮かべてその横を通りすぎていった。



------



「で、あるからして我々魔王は――」


 入学式。

 現在は式の終盤。

 学園長による式辞の言葉の真っ最中である。


「勇者共を殺戮し、立派な魔王となるべく精進して三年間を――」


 学園長の口から発せられた勇者という単語。

 魔王を育てる学園があるように、勇者を育てる学園も存在している。


 「ジャスティス学園」。

 それが勇者養成学校の名である。

 魔王科しかないクライム学園とは違い、ジャスティス学園には四つの科が存在する。

 勇者科、戦士科、魔法科、僧侶科。

 各科の人数によって例外もあるが、大半が各科から一人ずつ選出され四人パーティーを組む事となっている。


 そして太朗はというと、暇を持て余したのか周囲の様子を観察している。


 褐色の肌をして、明らかに殺しの経験をしたであろう目つきをした者。

 四人分のスペースは取っているであろうとにかくデカい図体をした者。

 一見普通の人間に見える者も多いが、恐らくは一癖も二癖もある者ばかりであろう。


(ふっふっふ、こりゃあ面白くなりそうだ)


 太朗がニヤリと笑みを浮かべた時、式の終了が告げられた。


「では、以上で入学式を終了とする。新入生は魔王の刻印を押し、魔王手帳の配布を行うので先生に付いて行くように」


 魔王の刻印とは魔王が魔王たる証をその身に刻む儀式の様なものである。

 とはいえ現代では儀式という程仰々しくはなく、ものの十数秒で終わる仕様となっている。


 魔王手帳とはその者がクライム学園に所属している証明書と同時に、勇者達を何人殺したかが自動的に記載される「殺戮カウント」が搭載されているハイテク手帳だ。



「はい、じゃあ刻印押すぞー。呼んだ奴から前に出てきてくれ。まず、アジ・ダハーカ」


 これから太朗達の担任となるミツキ・マースが生徒達の名前を呼んでいく。

 特殊な呪文を唱える事で、本人にふさわしい刻印が体のどこかに現れてくる。

 大きな入れ墨のようなケースもあり、子供と一緒にプールや銭湯に行けないという悲しき魔王もいるとかいないとか。


「次、田中ー。田中太朗」

「はーっははははは! とうとうこの俺の出番がやってきたか!」


 ガタン! と勢いよく席を立つ太朗。

 その際、後ろの席の机に椅子が当たったのですみませんと頭を下げてから前へと向かう。

 太朗が前に立つと教師が呪文を唱え始め、次第に太朗から黒いオーラが発せられる。


(おぉ! 力が……力が溢れて……こない? あれ? なにこれ)


 太朗が混乱している間にいつの間にかオーラは消えうせていた。


「はい終わり。ん? 変わった……いや、なんでもない。次――」


 太朗は席に戻ると手を見てみた。


(何もない)


 次に袖をまくって腕を見た。


(こっちにも……ふむ、教師は刻印に気付いていたようだし、どこにあるんだ?)


 見える範囲の場所には見当たらなかったが、最終的に「まぁいいか」となった。



------



 入学式、そして刻印と手帳の配布が終了し一日目が終わる。

 新入生達はゾロゾロと帰宅していく。


「な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁああ!」


 そんな中とある男子トイレから叫び声があがった。


「そんな……バカな……」


 声の主は田中太朗、本日魔王の刻印を押され正式に魔王となった人物である。


「刻印が……額に……いや、それはいい。我慢出来る」


 顔に刻印が現れていたクラスメイトは居る。

 ある者は涙のように見える刻印で、しかしよく見ると複雑な模様が描かれている事を太朗は知っている。

 ある者は首に現れ、魔法陣のような円形の刻印がシャツから覗いていた事を太朗は知っている。


 しかし太朗に現れた刻印は――。


「漢字で『田中』ってどういうだってばよ……」



------



「さて、正式に魔王になった事だしちょっくら何人か殺してみるかな」


 帰り道。

 物騒な発言をしているのは勿論太朗だ。

 トイレで自身の刻印に九十秒程心が締め付けられるような思いを経て、最終的に「まぁいいか」となった。


(おっ、あれは)


 太朗が見つけたのは前方からこちらに歩いて来る四人組。

 どこかで見覚えのある服を着ている。


(えーと、あぁそうだ。あれはジャスティス学園の制服だ!)


 そういえば中学時代にパンフレットで見たな、とぶつぶつ呟きその間も太朗と四人組の距離は縮まっていく。


 距離三十メートル。


(そうだ! 入学祝いって事でまずあいつ等を血祭りに上げてやろう)


 思わず口を歪めて笑いかけたが、怪しまれてはいけないと何とか自制する。

 そして右ポケットに入れている折りたたみ式のナイフがちゃんと入っているかさりげなく確かめる。


 距離二十メートル。


(一人は女か。弱そうだしまずあいつから殺そう)


 距離十メートル。

 距離五メートル。


(よしっ――!)


 太朗がポケットに入れたままの右手を動かそうとしたその時――。


「あれ、もしかして田中君かい?」

「んあ? あー、そういうお前は……織田か」


 太朗に織田と呼ばれた男。

 本名を織田(おだ)長信(ながのぶ)といい、中学時代は太朗と同じ学校に通っていた。

 成績優秀で人望も厚く生徒会長も務め、推薦で勇者学校へと進学した。

 幼き頃から槍術を学んでおり、戦闘能力も非常に高い。


「久しぶりだね! あっそうだ、新しく出来た友達を紹介するよ」


 ニコニコと笑顔を浮かべながら織田が続ける。


「まず、戦士科所属の臣豊君」

臣豊(とみとよ)吉秀(よしひで)でござる。以後お見知りおきを」


 ござる口調でそう名乗った男は黒い長髪を適当に結び背中に垂らし、学生服の上に新撰組を連想させる羽織を着ている。

 違いとしては、背中に描かれている文字が「誠」ではなく「草」だという事か。


 腰に刀をぶら下げており立ち振る舞いに隙がない。

 こいつを殺すのは少々手間取りそうだ、と太朗は判断した。


「次は道草くん。魔法科に所属していて凄い魔法が使えるんだ」

「ワイは道草(みちくさ)四幕郎(しまくろう)や。よろしゅうな」


 へらへらとだらしなく思えるその男は染めているのか明るい茶髪をしていた。

 魔法使いという割には体は引き締まっているように感じる。織田が凄いというのならばそれに偽りは無いと太朗は感じた。


(制服の上にローブを着ているせいか武器は見えない。が、魔法使いだしどうせ杖だろ)


 魔法というのは遠距離攻撃に長けている。

 殺す際は素早く距離を詰めなければ勝機は無い、と太朗は判断した。


「最後は北条さん。僧侶科に所属しているんだ」

「ほ、北条(ほうじょう)卑弥呼(ひみこ)です。よ、よろしく、お願いします……」


 背は低く、黒い髪を短めに切り揃えた少女はおどおどとしていて何とも弱々しい。

 顔を伏せているがチラチラとこちらを見てきている。


(やはりコイツからだな)


 僧侶科という事は戦闘時にヒーラーとして重要なポジションを担当するはずだ。

 武器を持っている様子は無いし、回復役を潰してしまえば残りも殺しやすくなる、と太朗は判断した。


(殺す! 殺してやるぞぉぉぉぉおおお!)


 内心では殺意がメラメラと燃え盛っているが表面には決して出さない。

 爽やかな笑みを顔に貼り付け、近づく為に握手でも求めてみるかと一歩を踏み出す。


「俺は田中太朗だ。よろ――」

「ところで田中君のその制服はどこのなんだい? てっきり僕と同じジャスティス学園に進学するものだと思っていたんだけれど」


 一歩を踏み出した所で太朗は足を止めてしまった。


(ちっ、織田の野郎。ここは適当に嘘をついて――)


 咄嗟に思いついたのは嘘をつく事だった。そうして切り抜けようと思った太朗だが、四幕郎が追撃を放つ。


「ワイはその制服知ってるで。クライム学園のやろ?」

「えっ? ……田中君、それは本当なのかい?」


 そしてそれまで穏やかな声で太朗に話しかけていた織田の声が低くなる。

 同時に太朗の笑顔が引きつる。


(道草ぁぁぁぁぁ! 余計な事をぉぉぉお!)


 心の中で四幕郎を罵倒しつつ必死で策を考える。


「そういえば額のその文字、よく見るとマジックじゃないね。なるほど、魔王の刻印か」


 織田がひとり言のように太朗に話しかける。

 それは既に確信を得た者の声であった。


 距離はまだ充分ではない。

 もう少し近づかなければ防がれてしまうであろう。


「バレてしまっては仕方が無い、よくぞ見破った勇者よ!」

「田中君……やはり君は……。しかし、どうしてクライム学園に? 僕と同じジャスティス学園に通うのではなかったのか?」

「実は中学の時の担任が間違えて俺の願書をクライム学園に送ったんだよ」

「えっ」

「しかも入学試験当日は寝坊して結局行ってすらいないのに合格通知が届いた」

「えっ」

「俺が合格に気付いたのは通知が来て三日が経過していた時だったか。その時は既に両親が入学金を振り込んでいたのだ」

「そ、そうなんだ……」


 微妙な顔をする織田達。

 その時、太朗の魔王的頭脳が働いた。


「織田、最後に田中太朗としてお前に友情の証を渡しておく。受け取ってくれ」

「田中君……」


 そう言いながら右ポケットから何かを出そうとする素振りをしながら太朗は織田達に近づいていく。

 さりげなく唯一の女子である卑弥呼を射程範囲内に入れ、太朗は高らかに声を上げた。


「嘘じゃボケェェェェ! 死ねやぁぁ……あ?」


 太朗がナイフを握った腕をポケットから出し、卑弥呼に向かって振り下ろしたが斬った感触がない。


「あれ? 腕が……ない?」

「椿一刀流『閃光(せんこう)』。何とも稚拙な策でござるな魔王。草不可避」

「ど、どど、どみどよぉぉぉぉおおお!」


 太朗が振り下ろすよりも早く吉秀の刀は振り抜かれ、太朗の腕を切り落としていた。

 うずくまり腕を押さえ出血を抑えようとするが無意味とばかりに鮮血が吹き出る。


「ぢぐじょぉぉぉおお! カス! アホ! マヌケ! お前等全員死ねこのボケェェェ!」

「田中く……いや、魔王田中太朗! ここでお前を……あれ?」

「どうしたん? お、この魔王はんの刻印はなんや変わってるなぁ」


 槍を構えた長信と相変わらず気の抜けたような態度の四幕郎だが、何やら戸惑っており太朗に追撃する様子はない。


(ぐっ、いてぇぇぇぇ! くそっ! くそっ!)


 腕を押さえながら落ちたナイフを探そうと辺りを見回す太朗に更に上から言葉が掛かる。


「もしかして、その刻印は君の残りの体力を表しているのかい? 少しずつ消えていっているよ」

「なんやて!?」


 痛みも忘れてバッと起き上がり、近くのミラーで自身の額を確認する太朗。

 そこには、『田』の文字が限りなく薄くなっており、『中』の文字だけがくっきりと映っていた。


(システム的にも、ビジュアル的にも大丈夫なのか……?)


 太朗がそんな心配をしていると、ミラーに織田の姿が映った。

 槍を構えて鋭い眼光をしている姿が太朗の目に入る。


「僕は魔王を倒す。ただそれだけだ。さようなら――」


 こうして。



 田中太朗は入学初日に死んだ。

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