始まり
ちらと腕につけている時計を見る。そろそろ帰り支度を始めないと村に帰れなくなる。
今日も大した成果は無し、か……。無理を言って滞在してるわけだからなぁ……そろそろ引き時なのかもしれないな。明日あたりにでも村長にお礼を言って他の遺跡に移ろうかな。
辺りを照らしていた松明を、穴を掘りそこらに沢山ある石を集めて地面に立てて、もう一度壁を見る。今度は両手でチャレンジだ。
目の高さくらいの位置にある窪みに手をかけて力を込めた。
「っ……!くぅ……っ、やっぱり動かないのか……?ここが動く筈なんだけどなぁ……」
上手くいかない苛立ちをぶつけるように、目の前の壁を睨む。そこには鳥を模しているのであろう絵が描かれてあり、爪に当たるであろう場所が少しくぼんでいた。
少しして、睨んだところで意味がないと思いなおし、下に置いておいた手作りの地図を拾い上げた。あまり自然にできた感じはしないが、洞窟になっているというだけで用心に値する。そのために地道にマッピングをしていたわけだ。
「この壁の先があると思うんだけどな……」
今まで他の場所にも同じような絵が描かれた場所があり、そこは窪みに手をかけて思い切り下に力を加えれば通路になったのだ。
「別にここにあると決まったわけじゃないから後回しでも良いんだけど……後悔はしたくないからなぁ」
一応、探せる範囲はこの先以外全部探したと思う。大抵は先人の足跡が残されていたし、目ぼしいものは何もなかったが、偶然知ったこの絵の仕掛けは手が付けられていた痕跡がなかった。今まで開けた先はただの部屋だったが、今度は何かあるかもしれないという期待がある。というか、未知への期待がなければこんな事していない。
何かと連動しているかもしれないし、単純に力が足りないのかもしれない。まぁ、こんな寂れた場所にそうそう目当てのものがあるとは思えないし、諦めてしまおうか。
「仕方ない、帰るか」
時間的にもうそろそろ厳しい。帰り道の森で魔獣共が活発になる頃だ。洞窟内まで入ってくるらしいからさっさと引き上げないと餌になってしまう。昼の内は大人しいというか見掛けもしないらしいんだが……どうなってるんだろうな。気にはなるがわざわざ調べようとは思わないな。
少し後ろの地面に置いてあったリュックの所まで歩き、地図と松明を持ち直し出口に向かおうとした、その時
グルルルルルル
「おぉ……お早いご登場で」
出口に続く道を照らそうと松明を向けた先に、黒い獣がいた。パッと見た感じは犬か狼だが、黒い炎を纏っているように揺らめく毛並みは異質そのものだ。こいつは確か、村では黒狼と呼ばれている魔獣だな。森が燃えていない以上、炎ではないのだろうが、触れたいとは思わない。まぁ、触れようとしたら手を食われそうだが。
しかし、これは危ない。さすがに命は惜しいから多少余裕を見た時間で動いたはずなんだけどな……なんでこんな時間に出てきたんだ。いや、そんなことを考えるより先にどう生き延びるかが重要だな。
(そこそこ腕の立つ冒険者でも楽に勝てるとは言えないんだったか、まだ大した遺器を手に入れてないんだ、非力な僕が勝てる見込みは無いよなぁ)
その遺器を探してここまで来たというのに……
一つだけ持っている遺器は戦闘に向かない。交戦の選択肢はないわけだ。どうやって逃げるかだけど、正直絶望的としか言えない。後ろはさっきまで奮闘してた絵の壁で、左右も壁。つまり行き止まりで、唯一の道には魔獣がいる。
(魔獣より速く走るなんて出来るわけないしな……使えそうな物と言えばリュックに入れてあるロープと松明くらいか?……どうしようもないな)
改めて現状に絶望する。餌になる未来しか想像できない。魔獣は見つけた位置から一歩も動いていないが、どうせ時間の問題だろう。
もし二頭目まで現れたら思考する意味がないほど、絶望的では済まないほどになる。なんらかのアクションは起こさないといけない。さて、どうするか……
グフッ
なんだろう、咳き込んだみたいな音が聞こえた。
少し気が抜けたところを見てか、魔獣が徐に歩き出した。
「っ!」
歩いてくるのにあわせてじりじりと後退する。自然と松明を握る手に力が入る。飛び掛かられたら松明で殴って逃げるしかない。震える手足を奮い立たせて、目を逸らさないように退がる。
体感としては数分以上の睨み合いを続け、そろそろ後の壁に近いんじゃないかと思った時、何かに躓いた。
「なっ――!?」
掘った穴の存在を忘れていた。しまったと思ったときにはもうバランスを崩していて、尻餅をついてしまった。
痛みはあるがそれどころじゃない。急いで立ち上がらなきゃいけないのに上手く力が入らない。ずりずりと両の踵で地面を蹴って後退するしかない。
(拙い、どうしよう、どうすればいい、僕はここで死ぬのか、家族にも友人にも知られずに――!)
死のイメージが強くなる。こんな事ならもっと孝行すれば良かった、話せばよかった、もっと楽しんで、笑って、人生を喜べるようにすれば良かった。土産を買って帰る約束も守れないのか。僕が死んだと知ったらあいつ等悲しむだろうか、いや、ここで死んだら知られることもないんだ。僕がいつ帰ってくるのかと、数年経っても死んだと確証が得られずに待ち続けるのか……待たせる続けるのか……それは嫌だ。
目の前の脅威に少しでも抗おうとする意思が違和感を捉えた。
(僕を……見てない?)
ゆっくり歩く魔獣はよくみれば不自然な動きをしていた。どこか庇っている様な……それでいて視線は今の僕からすれば上の方、鳥の絵のあたりを見ているようだった。
もしそうなら、僕ではなくこの壁に向かっているのなら。そんな願望にも似た可能性に賭けて、横の壁に移動して貼りつく様に座った。
移動している最中も魔獣は視線を絵から逸らさず、進路を変えることはなく、壁に近付くほどに助かるかもしれないという思いを強め、壁に辿り着いた頃には賭けに勝ったことを感じていた。
(しかし……なんで壁に向かってるんだ?行き止まりだぞ?いや、こいつにとったら行き止まりじゃないのか……?それともこの絵に何かあるんだろうか)
緊張してか安堵故にか、まだ上手く立てそうにない体を壁に押し付けながら獣に向けて松明を握りつつ、油断は出来ないと、何かあるのかと目を離さずにいた。
魔獣が壁の前に辿り着き、絵を見上げたままその場に座った。
(なんだ……?何があるんだ?)
そのまま数十秒経っただろうか、少しすると獣は壁に向かって歩き――埋もれた。いや、通り抜けているのだろうか。
(……!?)
驚きのあまり口が開きっぱなしになる。どういうことだ、確かに壁のはず、さっきまで触ってたんだ、硬かったはずだ。
暫く呆然としていたが、なんにせよ危険は去った……はずだ。時計を見ると急げば村に帰れそうな時間だった。今ではこの時間も信用しがたいものになっているが、今までは通用していた。何より獣が入ってくるかもしれない洞窟内で一夜を越す装備は持ってきていない。
夢でも見ていたのかと思うし、壁を調べてみたいという思いに駆られるが、今は一刻も早く帰らなきゃいけない。壁に手を突きながら立ち上がり、急いで村に帰ることにした。
構想全く無しから始めてます。次がない可能性もありますが、もしよろしければそういった部分を除いて、書き方等の批評をお願いします。