山へ
いつも読んで下さってありがとうございます。
●リリア加入
夜明けまで後わずかだ。俺のベッドでリリアが目を覚ました。シーツは真っ赤に汚れていた。まあ隠せるものでもないし、仕方ない。店主には結構金を払っているし、気にしない方向で行こう。
「おはようございます。ご主人さま」
痛むのか時折顔を歪めながら、恥じらいの混じった微笑を浮かべるリリア。
堪らず抱きしめる。もう死んでもいい。
この子の主人になることを選んで良かった。
「おはようリリア」
キスをした。裸のリリアは緑色だ。いや、俺の暗視が働いているから緑色に見えるだけで、実際の肌は緑色でないことを昨晩確認しているわけだが。
「ご主人さま。今日はどうなさいますか?」
胸の中のリリアが俺の胸板を指でツーっとなぞる。お互い裸だからいろいろなものが見え隠れしている。
可愛過ぎて鼻血出そう。
「そうだな。まあ二三日ゆっくりするつもりさ。依頼をこなしながらチレットの街の地理を把握。リリアはとりあえず俺に着いてきて」
「はい。わかりましたご主人さま」
それからベッドの中でいちゃいちゃした。
いかん、と気付いたのは朝日が差し込んできたからだ。
今日はギルドに行くつもりだったのだ。完全に忘れていた。
【清純の水】を唱え、水を作る。桶に溜めた水で布を濡らし、リリアの肌を拭く。鞭の跡が痛々しい。試しに再生と念じると、変色した傷跡が徐々に白い肌へと復元する。
リリアを後ろから掻き抱いた。
「あ、あの。ご主人さま?」
おろおろするリリアの頭を撫でる。俺もリリアに隅々まで拭いてもらう。それから防具を身につけ宿屋を出る。そろそろ夜明けだ。まだ薄暗いが、見えないという程ではない。
冒険者ギルド。
受付のお姉さんが俺を見つける。
「あ、錬金のシュンさん。指名依頼が入ってますよ~」
にわかにギルド内がざわざわと騒ぎだす。
「おい、アイツが錬金の」
「このギルド唯一の融合持ちらしいぜ」
いつの間にこんなに知られてしまったんだろうか。おい、声掛けてみろとかいう声がちらほら聞こえる。
「ご主人さま、有名なんですね」
リリアの尊敬の眼差し。ちょっと緊張していたが、癒された。
「本人の意思とは無関係に、な」
呼ばれたので受付まで行くと、
「あれ。後ろの女の子が代わってますね。手が早……いえいえ、ギルドの登録をしますか?」
余計な御世話だ。スルーする。
「ああ。お願いする」
リリアも無事登録証を手に入れる。リリアは初めて見たのか天に翳してみたり逆さにしてみたりいろいろ試していた。
「森の民とはまた珍しいですね」
「昨日、市場でちょっとね」
どの市場とは言わないでおく。向こうも察したようだ。
「ははあ。それで美人の女の子を手に入れたのでハルカさんは面白くない、と」
「当たらずとも遠からず。ところで呼ばれた理由は?」
「ええ。折角の融合スキル持ちだということなので溜まった依頼を片づけて欲しいというのがギルド側の要望なのです」
いや、昨日も確か依頼をこなした覚えが。
「そうです。シュンさんは一昨日は討伐依頼を受けましたので、今日は討伐依頼なのかなと思って」
「いや、今日も街中の方がいいかなと思ってるんだけど」
「本当ですか!」
「でも何でそんなに俺に依頼を受けさせようとするの?」
受付のお姉さんは実はですねー、と語り始める。
「このギルドには合成スキルを持つ方はいるのですが、融合を持っている方はいません。合成持ちの方も滅多に顔を出しませんし、頻繁に顔を出す上に融合持ちの方を呼ぶ方が断然いいわけです。素材が失われるというデメリットがないですから。でも今までは融合持ちの方は在籍しておりませんでした」
うんうん、と頷く俺。融合は失敗しない。合成は失敗するかもしれない。だったな。
「ですが。そんな悩めるギルドに現れた期待の星! それが……貴方なのです!」
受付のお姉さんにビシッと指を差される。
「俺が良い人材だというのはわかりました。でも、どうしてそうやたらに依頼をさせたがるんですか」
「実はですね。ギルドの評価は失敗処理したり依頼を受ける人がいなくて流れてしまったりすることで徐々に悪化していきます。ここまで言えばわかりますね?」
俺はお姉さんの口癖が実はですね、というのがわかりました。
「あー。つまりこのギルドで融合を必要とする依頼が溜まりすぎて処理出来ない。処理しないと評価が悪くなる。そんなところに俺がきた。これは渡りに船、とそんなところ?」
「そういうことなのです!」
「じゃあ早速依頼を紹介してもらっていい?」
「当然です! 何せ黄色掲示板は半分位シュンさんの指名依頼に切り替わっています! どこからでも好きな順にどうぞ!」
長い話になったが。要は俺は普通に依頼をこなせばいいわけだな。
昨日と同様にギルドに近い順に依頼を選んでもらう。リリアと一緒に街を縦横に移動し、5つの依頼をこなした。
あちこち迷いながらも既に6つ目の依頼。かなり大きな屋敷の前に俺とリリアは来ていた。
「ご主人さま。ここが6つ目の依頼主の居る場所ですね」
「ああ。でも門が開く気配がないな」
立ちはだかる門。衛兵が駆け寄る。
「何者だ」
「ギルドから来た。融合スキル持ちだと言えば伝わるはずだ」
依頼書を見せる。
「わかった。ハザール様はただ今外出中だ。しばらく時間を潰してから来られよ」
外出中なら仕方ないな。出直すか。
近くの露店に寄ってアツアツのアップルパイを二つ購入する。この世界にもあるんだな、アップルパイ。まあアップルに似たフルーツだが。リリアに一つ渡し、自分の分を頬張る。
「わあ、美味しいです」
うん、確かに美味しい。リリアの笑顔を見れただけですら4プライムの価値はあったな。
リリアがパイに気を取られている間、俺は設定のスキルを把握するためにいろいろな項を流し読みしていた。
魔眼は便利だ。
しかし他の項にも魔眼並みに便利なスキルがあるなら、利用しない手はない。今は千里眼を希望しているが、他にも何かあるだろう。
唇の項を調べる。
隣に座るリリアの唇。ぷにぷにで、つやつやだ。
いやいや。
昨夜の回想をしつつ唇の項を開いて見てみると、吸魔の口づけ、吸生の口づけというスキルが書かれている。
それぞれの内容を見てみる。
吸魔の口づけ。これは相手のMPを吸収。
吸生の口づけ。これは相手のHPを吸収。
他には魅了の口づけとかがあるが、唇の項はスキル数自体は少ないようだ。祝福の口づけなんてものもある。
魅了の魔眼が目の項にあったので、魅了の口づけと比較する。追加説明を見る。
魅了の魔眼:消費600ポイント。自分より意志が低い対象を従えます。相手を見て凝視する必要があります。(常在スキル)
魅了の口づけ:消費80ポイント。自分よりレベルの低い対象を従えます。相手に口づけする必要があります。(常在スキル)
魅了の魔眼や口づけはそれぞれ対象が微妙に異なるようだ。魅了の魔眼は簡単に制圧出来るのに対し、魅了の口づけは難しそうだ。魅了の口づけはこっちのレベルが高くないといけないし、キスもしなくてはいけない。興味があるが、先に吸魔・吸生の口づけの方の説明を見てみる。
吸魔の口づけ:消費100ポイント。口づけした相手のMPを奪います。(常在スキル)
吸生の口づけ:消費100ポイント。口づけした相手のHPを奪います(常在スキル)
睡眠以外のMP回復手段が!HP回復は再生があるからそんなに重要ではないだろう。そもそも戦闘中にキスをするわけにはいかない。
レベル8
生命60 魔力90 筋力60 体力70 耐久70 敏捷100 知力30 器用さ45 運98 意志56 運命100
攻撃力70 防御力70 HP60 MP57
筋力と体力を50ずつ削って吸魔の口づけを手に入れる。早速装備。
まだ隣でもぐもぐと口を動かしているリリアを横目で見る。
これは早速実験をしなくては。
いや、待て。吸魔の口づけを手に入れなくてもキスをするつもりだったのだから実験ではないのではないか。
ああ。わからん。
実験のつもりか、実験のつもりではないのか。
悩みどころだ。
とりあえずキス。
リリアが可愛いのがいけないのだ。
これは確定だ。
したいからする。
アップルパイを食べ終わったリリアの唇をいきなり奪う。仄かに甘い。最初はやや抵抗気味だったが、あっ、とか言っていたリリアが、ん、とか、はぁ、とか官能的な声を洩らす。
周囲の視線は気にしてはいけない。
気にしたら負けかな、と思っている。
「もう、ご主人さま。いきなりキスされたら困ります」
長いキスが終わった後、リリアが顔を赤くして抗議した。恥ずかしかったのだろう。実を言うと俺も若干恥ずかしい。だが必要だったのだ。二重の意味で。大変美味しゅうございました。
リリアのMPドレインに成功したようだ。
清純の水で使った分のMPが補完され、複製を二回出来るようになった。
俊
レベル8
生命60 魔力90 筋力10 体力20 耐久70 敏捷100 知力30 器用さ45 運98 意志56 運命100
攻撃力70 防御力90 HP60 MP60
リリア
レベル4
生命30 魔力90 筋力10 体力18 耐久7 敏捷10 知力13 器用さ15 運98 意志6 運命10
攻撃力30 防御力25 HP30 MP57
となっている。ドレイン分によってちょうどMPが3リリアから俺に移動した。
ここで一つクイズだ。
もし、俺のMPよりリリアのMPが大幅に高かったらどうなるのか。
もしかして。
もしかして。
複製スキルの抜け穴を見つけてしまったかも。
まずは複製だ。MPを全消費して、
リリア
レベル4
生命30 魔力90 筋力10 体力18 耐久70 敏捷10 知力13 器用さ15 運98 意志6 運命100
攻撃力30 防御力25 HP30 MP57
リリアの耐久と運命をそれぞれ俺のステータスに合わせる。
そのあと設定と念じる。
特に時間をかけずに吸生の口づけのスキルを手に入れる。
消費は魔力58、運42だ。これで俺の最大MPは2だ。
リリアのHPを奪うつもりはないので、装備はしない。
そして再度リリアに吸魔のくちづけを装備したままキスをする。リリアは二度目だったからか、抵抗せずに受け入れた。唇を啄ばむと反応する。このままベッドに連れて行きたい。
さて。
俺のMPが2となった。
これが示す事実。
「俺の時代来たああああああああああああああああっ!!」
広場の中心で叫ぶ俺。リリアを抱きしめてはしゃいでしまう。
一日二回制限の複製。
俺はリリアの協力(という名のキス尽くし)で制限を解除する方法を思いついたのだった。
●ステータスを求めて
複製の一日二回制限すらなくなったことで、どんどんチートが出来るようになった。
ご主人さま、悪い顔をしています。とリリアに窘められた。
融合の依頼をこなした夕方。俺はギルドへ戻っていた。
ギルドは昼間の依頼斡旋所から夜の酒場へと様変わりする。酒場は情報と人の集まりだ。都合はいいだろう。片っ端から能力を頂いていくことにする。しかし酔ってもいないのに酒場で堂々とキスを繰り返すのもいかがなものか。追い出されることはないだろうが、絡まれはするだろうし、怪しまれもするだろう。そこで俺は考えた。
100プライム通貨。銀で出来ている円形の硬貨だ。円形の硬貨と同じ金属の四角い硬貨は五倍の価値になる。500プライムは銀でできた四角い硬貨ということだ。ちなみに1000プライムは金貨。10000プライムは白金貨。100000プライムはなんとオリハルコンで出来ているらしい。王者が持つ剣でも覇者が被る冠でも作れそうだ。
それはさておき。
俺は100プライム通貨をじゃらじゃらとカウンターの前へと転がした。大勢の酒飲みが何事かと注目する。90枚はあるはずだ。今日の稼ぎ分だ。100プライムは大体現実の世界に換算すると一万円相当。9000プライムは九十万円相当。ここの酒場なら、この人数でも相当飲み食い出来るはずだ。
息を吸い込んだ。
一度言ってみたかったんだ。これ。
「今日は俺の奢りだ! ここの硬貨が尽きるまで好きに飲み食いしてくれ」
ウォォォ! ありがとう錬金の、という歓声が聞こえる。男からのラブコールはいらん。
あちこちのテーブルから肉、ビールの注文が相次ぐ。
「ただし。俺は横にいる連れとこれ以上ないほどにいちゃつくけど、邪魔せず放っておいてくれ。これが俺の出す条件だ」
ピタリ。
酒場の喧騒が鎮まった。
何事もなかったかのようにわかった、と声をかけてカウンターに向かう冒険者。
俺も飲む! と再び騒ぎだす剥げ頭。一応断ったからリリアにどれだけキスをしようが注目されないだろう。されるかもしれないが、冷やかしたりされないはずだ。多分。
まずは全体に検査。
剥げ頭も筋肉ダルマも流石に冒険者だけあって見た事のないスキルを持っていたり、ステータスが高かったりする。レベル自体が高いからだな。
まずは役に立ちそうなスキルから複製させてもらう事にする。
罠看破
解錠
麻痺無効
石化無効
魅了無効
混乱無効
気絶無効
転移
馴致
剣技・岩切
剣技・炎断
剣技・水割
槍技・隼突
槍技・虎穴
槍技・狼穿
次は魔法だ。
永久の闇
永久の静寂
炎の槍
豪雷
凍土
をコピーする。
それからステータスをコピーする。
俺のステータスのパラメーターはこうなった。
レベル8
生命392 魔力2 筋力189 体力211 耐久144 敏捷133 知力113 器用さ215 運98 意志116 運命100
攻撃力199 防御力179 HP30 MP2
魔力は複製の関係で2で据え置きだ。代わりにリリアの魔力を155にしておいた。
リリア
レベル4
生命30 魔力155 筋力10 体力18 耐久7 敏捷10 知力13 器用さ15 運98 意志6 運命10
攻撃力30 防御力25 HP30 MP33
こんなところか。酒の香りと酒場の熱気と俺とのキスでリリアは茹でダコである。ちゃんとお持ち帰りしないと。
ここまでコピーし終わったところで酒場がしまる。他にもスキルがあったのに残念だ。何人ものパラメーターを比較していたら随分時間を食ってしまったようだ。昼はギルドの顔もあるしな。あんまり遅くまではしないのだろう。約束通り冒険者達は俺達の事を無視して浴びるように飲んでくれた。
端数をチップにし、余った2300プライムを回収して、宿屋に帰る。
かなりお金は減ってしまったが、それ以上の価値はあったはずだ。
宿屋に帰ると、ばったり悠香に出会う。
ちょっと気まずい。
悠香はすれ違いざま、
「……随分お楽しみでしたね」
とだけ言って階段を上って行った。何も言えずに黙る俺。
ま、なるようになるか。
●はじめての魔眼
今日は情熱的だった。
あれだけキスして二回で済んだんだから、俺は良心的だ。
魔力を吸収しつつ、暗視、再生、格納、毒無効、麻痺無効、石化無効、気絶無効、魅了無効、永久の闇、永久の静寂をリリアに渡した。
俺の魔力を155にコピーしておくのも忘れない。
あまりにスキルと魔法が増えていたのでリリアが目を回したが、気にしない。一応こういう事が出来るけど、他の人には内緒にしてくれと口止めしておいた。
「あうう、ご主人さま、わたしは何でこんなに沢山スキルを持っているのでしょうか……?」
「あまり深く考えない方がいい」
うろたえるリリア。折角のスキルだ。リリアに装備させる。どうやらリリアは5つまでしか常在スキルを装備出来ないようだ。俺に制限はないのだが、リリアは違うのか。それとも普通は制限があるのか?レベルによる制限なのか?
とにかくリリアは再生、暗視、毒無効、麻痺無効、石化無効を装備した。
リリアがスキルを確認している間に俺は設定をいじる事にした。
レベル8
生命392 魔力155 筋力189 体力211 耐久144 敏捷133 知力113 器用さ215 運98 意志116 運命100
攻撃力199 防御力179 HP351 MP0
ここまで各パラメーターがあれば、魔眼の入手も容易だ。
合計値は1866。千里眼にも余裕で手が届く。魔力を153、生命を247消費。千里眼を手に入れる。早速装備した。
目を瞑ると、見たい場所の様子が映る。
タタールの村。
鶫はどうしているのだろうか。
リリアがいるのにとか往生際が悪いとかみっともないとかはなし。浮気とかいうのはもっとなしだ。
映った光景。
鶫が男にのしかかられていた。
こんな光景みたくなった。暗澹とした気分になる。
情事の最中なんだろうか。
景色を切り替えようと思った時、鶫が嫌がっているんじゃないか?と気付く。抵抗しようとする鶫の顔を目掛けてのしかかっている男が拳を振り下ろした。ギリッと奥歯を噛んだ。
早速手に入れた転移の出番だ。転移は自分の一度行ったところに瞬時にワープする起動スキルだ。超能力でいうとテレポーテーション。ロールプレイングゲームでは定番だ。
リリアにちょっと出てくると言っておく。転移の消費HP10パーセント。コストは重いな。
目的地の近くに出現する。
現場は目と鼻の先。馬小屋の裏手だ。
今の自分はリリアと頑張った後だったから素っ裸だ。だが、今は時間がおしい。
服を着ている暇はなく、迷っている暇はもっとない。
馬小屋の陰から覗く。暗視のお陰で視野の確保はばっちりだ。
「やめてッ! お願いだからッ!」
鶫の必死に叫ぶ声。
哀願するが、強姦魔は聞き届ける様子はないようだ。
満天の夜空の下、鶫にのしかかっていたのは下川。
またお前か。
パンツを下ろしてんじゃねえ。俺も鶫を狙っていたんだぞ。
この場でぶっ殺してやろうか。
殺意の高まりを感じた。
いや、殺すのは流石にやり過ぎか。この前の意趣返し程度でいいだろう。
後ろからサッと下川に近寄ると、下川の横腹を蹴り飛ばす。
ボキッと骨が折れる感触。下川の体が吹っ飛んで、馬小屋に激突する。加減してこれか。全力を出していたら、殺していたかもしれない。
「ああああああああああああっ!」
下川の悲鳴。
これで借りは返したぜ。
検査。
下川のHPは残り10。もう一度蹴ったら確実に死ぬな。もう一発分借りが残っているが、ここまでにしておくか。
下半身裸の下川と全身裸の俺を鶫は見比べて、ぱたっと気を失って倒れ伏した。
俺は鶫を抱えると、そそくさと元居た宿屋へ転移。
やっていることだけ並べると、ただの犯罪者だな。
勢いに任せてやっちまった感は否めない。
●鶫
鶫をリリアの方のベッドに寝かせる。リリアは元々俺のベッドでしか寝かせていないから問題ないだろう。リリアもそれで不満はないようだ。裸は恥ずかしいので一応着替えておく。
下川と鶫。他のクラスメイト達。
鶫から事情を聞いたら、明日タタールの村へ寄ってみよう。
鶫の服はぼろぼろだった。下川に破られたのか、パンツは千切れていた。シャツは汗で黄ばんでいて臭う。制服は泥や草で汚れていた。
クラスで1番の美少女が、ひどい有様だった。
「ご主人さま。どうしますか?」
リリアに聞かれ、考える。
そもそも、下川となんであんなところに居たのか。それが分からない事にはこっちの対応しようがないのだ。
とりあえず今夜は鶫を寝かせておくことにして。
リリアと一緒にベッドにもぐった。いろいろあったせいで、俺の中の感情が渦を巻いていて。リリアが抱きしめてくれた。
疲れていたのか目をつむった途端、強烈な睡魔に襲われた。
翌朝。朝と言っても夜明け前。リリアの胸の中で俺が目を覚ますと、鶫は起きて、泣いていた。
何で泣いているのかはわからなかったが、グスグスと。
「おはよう」
俺は隣のベッドで眠っていた鶫に声をかけた。
「……オガ」
「オガって呼ばれるのも何だか懐かしいな」
「私。私は……」
ゴシゴシと目を擦ると、鶫はこっちを向いた。
「何でベッドで寝ているの」
「そりゃまあ、助けてって言われたし。俺が下川に乗っかられてるお前を抱えてここまで来たからだろうな」
何かを思い出したのか、鶫はカタカタと震えだした。
「そうだ。私、あんな奴に。何で……」
再び鶫の目から涙が溢れ出す。つかえながら鶫の話を要約するとこうだ。
あの日。
俺がパンを配るのを止めると言いだした日。
その日からクラスの全員は馬小屋を追い出されたそうだ。
それまでに出来たカップルは全て破局。
クラス内の友人関係は崩壊。
クラスで金を稼ぐ力を持った者と、金を稼げない者。
貧富の差が生まれた。
食べ物もない。
小屋を追い出され雨を凌ぐ場所すらない。
現代の高校生がこんな暮らしなんて出来るはずがない。
金を稼ぐ力のない女子は二つに別れた。
一つは村の作業を手伝うグループ。
もう一つは男に養ってもらうグループ。
クラスでも浮いた存在だった鶫はどちらのグループにも属することが出来ずにいた。
腹を空かせて過ごす日々。
酒場の残飯を漁った。それでも男と寝るのは嫌だった。
クラスメイトの残飯を漁った。でもクラスメイトと話すのは嫌だった。
今日も昨日も一昨日も泣いてばかりだったそうだ。
そうしているうち、女の子が話かけてきた。
杉山と中野だ。クラスでは夜中まで繁華街で遊んでいるとの噂が立っている女二人。
普段の鶫だったら、そんな奴らの言うことなんか真に受けなかっただろう。
ご飯あるよ、食べていいんだよ。
甘い誘惑。耐えがたい飢えには勝てない。
そう言われて怪しみながらもついていくと。
待っていたのは下川だった。
「で。下川に強姦されたと?」
直球を放る。しかし気になる。イケメンだったら我慢し切るんだろうが、俺には無理だ。気になって悶々とするくらいなら、今のうちに聞き出しておきたいところだ。鶫は首を横に振って返事をする。
「いいえ。もう少しで犯されるところだったけど。ところで」
さて。どんな話題を振ってくるのだろう。可能性はいくつでもあった。
グーッと鶫の腹が鳴る。
「……何か食べるもの持ってたりしない?」
俺は間食用に取っておいた冷めたアップルパイを鶫に渡した。
「で。これからどうするんだよ」
パイを食べている鶫に声をかけると、ビクッと震えて黙ってしまう。心なし、睨んでいたかもしれない。
「前、俺が二人旅を誘った時、お前何て言った? 『ごめん。無理』。そう言ったのは誰だっけ?」
鶫の目から涙が落ちる。
「だって、私じゃオガに釣り合わないじゃない」
え。
俺が、鶫に釣り合わないじゃなくて。
鶫が、俺に釣り合わない?
落ち着け。
ちょっと何言っているのかわからない。
「私、何の役にも立たない。言葉も分からない。お金もない。お金を稼ぐ事だって出来ない。人の不安を和らげることだって出来ないし、人と話す事自体苦手。でもオガは違うでしょ」
「俺だって人と話すのは苦手だし」
「知ってる。でも、この世界に来て迷っている私を助けてくれて。お金を稼いで。食糧を手に入れて、皆を食べさせて。オガはすごいよ。こんな世界でも生きていける。私は無理」
鶫はしゃっくりを上げながら泣き始めた。
「私、何で生まれたんだろ。前の世界でも今の世界でも役立たずで」
リリアは困ったような顔をしてこっちを見ていた。何を言っているのかわからないのだろう。でも悲しんでいるのは伝わっているらしい。
「だったら俺のパーティーに入ればいい。丁度メンバー募集中なんだ」
「でも、私、何も出来ないよ」
「弱くてもいい。何にもなくていい。俺を信じることと、俺を裏切らない事が出来れば十分さ。難しいか?」
今の俺にはチートがある。
鶫の一人くらい守る力があるし、守って見せる。そう、鶫だけじゃない。リリアだって、悠香だって、どんな危険からでも守ってみせる。
横のリリアを見て、それから鶫を見て俺は決意した。
俺はハーレムを作る!
俺はイケメンじゃないけど、そんなの関係ない!
鶫がこっちを見ている。
迷っているのか。
ならもうひと押し。
言え。言え!
恐れるな。恐れてちゃ何も変わらない。イケメンじゃないことなんか気にしてちゃダメだ!
「必要なんだ」
精一杯の言葉を絞り出した。
「でも」
「鶫が欲しいんだ」
俺の言葉に、鶫は少し迷った後。
コクン、と頷いた。
●鶫加入
鶫は俺の想いを受け入れた。俺を絶対に裏切らないとも誓ってくれた。それだけで十分だ。受け入れる代わりに鶫の安全について全責任を負う事になった。重いぜ。だが、辛くはない。
こうして有頂天になった俺のせいで朝っぱらから三人で事に及び、正気に戻ったのは太陽が真上を通過する頃だった。ベッドをまたもや赤く汚してしまった。しかも鶫の分の宿代は払っていないのだ。女を連れ込んで朝までお楽しみな冒険者もいるからそこまで問題にはならないと思うが。
鶫は俺にリリアという女性が居た事が予想外だったし、望んでいた形とはちょっと違うらしいが、ずっと傍にいることを確約してくれた。
照れた。
イケメンじゃなくてもいいのか?
照れ隠しにそう聞いたら思いっきりグーで殴られた。
「ばか。ばか! オガじゃなきゃ、だめなの」
好意が痛い。
せめてパーにして欲しかった。
鶫も冒険に連れていくという事は、鶫の装備も揃えなくてはいけない。鶫は俺が守る約束だ。体は行為をする前に水で洗ったが、服はもうボロボロでどうしようもない。シャツやパンツ、装備品なんかも入手しておこう。予備の食料も揃えなくてはいけない。
防具屋で皮の帽子、皮のドレス、皮の靴、皮のグローブを購入する。リリアの時と同じで女性の店員にサイズの選択を任せた。
リリアと待っていると、近くにいた冒険者が話かけてきた。ギルドで見たことがある。ギルド内では中堅のお姉さんだ。銀髪で背が高い。背に大剣背負っている。かっこいい。
「錬金の。アンタ金があるんならあたしを雇わない? 前衛も必要だろ?」
検査をする。能力はそんなに高いわけじゃないな。スキルも目立つものは持っていないようだ。
「ふーん。料金は?」
一応そこは確認しておこう。
「一日あたり250プライムでどうだい?」
二万五千円相当か。相場は分からないが、払えなくはない。心強くはなるが、錬金の依頼だったら護衛もいらないな。
「いや、今はいいよ。必要になったらお願い。名前は?」
悠香の離脱が決定的になったらお願いするかもしれない。
「マリー。ギルドにいるから声かけてね」
防具屋を出る。
「ご主人さま、いやらしい目をしていました」
リリアが膨れた。頭を撫でてやる。
更衣室から出てきた鶫が険しい目で無言の抗議をする。鶫の手を握る。美少女の手は柔らかいのだ。
武器屋。店主が声をかける。
「おう。また別嬪を連れてきたな。で、今日は何の用だ?」
「用がなきゃ来ちゃいけないのかよ。俺とおっさんの仲だろ」
「違いねぇ。ゆっくり見て行きな」
気のいい店主だ。
鶫は武器を持った事がない。鶫に何を持たせるのかは、重要な選択だ。
前衛が悠香、弓のリリアは後衛だ。
俺も特に戦闘で何が出来るというわけでもないが、一応狩人ということになっている。
弓をリリアに教えてもらおうか。
しかし仲間を誤射したなんて事態になったら嫌だ。
大人しく槍でも持つか。
スキルの槍技もコピーしてあるし。
パラメーターだけならギルドでもトップクラスだから、力任せに振りまわすだけでも強いはずだ。
それか疾風の剣を持つか。
剣技もコピーしてある。
筋力も十分持っているから、俺も悠香並みの剣速で攻撃出来るはずだ。理論上。
疾風の剣を二本買う。鶫はそもそも剣を握ったことがないようだったが、なんとか持てるようだ。槍よりはいいだろう。他にも鞭や杖も検討した。鞭もいいが、剣かな。鶫が戦闘に慣れたら鞭も検討してみよう。
それにリリアも様子を見て近接戦闘用の武器を持たせてもいいだろう。
考え事をしながら武器屋を出て昼食を取る。
入ったのはチレットの街でも美味しいと評判のお店だ。
融合の依頼を受けた時、依頼人から聞いた受け売りだが。
出てきた料理はヒラメに似た魚の煮魚だ。それから貝のバター焼き。貝はサザエに似ている。この二つは街の定番らしく、俺も何度か食べている。依頼を受けた際にご馳走になったこともある。俺と鶫の分は山菜と兎肉のシチュー。リリアはきのこと野菜のシチューにしておく。それから野菜のサラダ大盛。ドレッシングはマヨネーズに似ている。そんなに違和感なく食べる事が出来た。
鶫はまともに食事出来ていなかったせいか、なんでも美味しいらしかった。甲斐性あるね、と言われてしまった。
ハーブティーを飲んで一息すると、今後の予定について話し合った。
タタールの村に行く案は鶫の反対でボツになった。今頃級長達はオオムカデを狩っているはずだから、落とす毒牙を買い取れば利益を見込めたのだが。
残る問題。
悠香をどうするか。
鶫はリリアといても問題ないようだし、鶫と悠香もクラスメイトなのだから問題ないはずだ。
しかし、リリアと悠香はちょっと困ったことになるかもしれない。
今後の討伐の依頼をどう処理するか。
悠香が前衛に居てくれると心強い。でもこのままパーティーを組めばしこりが残るだろう。悠香だってソロでも十分この辺の魔物を狩って生計を立てる事が出来る。誰かとパーティーを組めばもっと安定するだろう。でもいなくなるのは寂しいし、俺のパーティーもとい、ハーレムに欲しい。かわいいし、何よりタタールの村を出るときについてくれたのは悠香だけだったのだから。
他のパーティーに渡したくないというのが本音だ。
どうするにしろ、悠香と一度は話さなければいけない。
悠香の場所を探さなくては。
探査では引っかからない。
千里眼で悠香の居場所を探す。
ここは……山?
どこだろう。悠香は他のパーティーと狩りに出かけていたようだ。周りには冒険者がいる。戦士風の男が二人、魔法使い風の女、僧侶風の女、合わせて五人。僧侶風の女が傷ついた戦士を癒しているところだ。
パーティーを組んでいるならひとまず一安心だな。ソロで出かけているなら今すぐ追いかけているところだが、無事みたいだ。
ギルドに入る。まだ顔を出し始めて一週間も経っていないが、既にいろいろな人間に顔を覚えられているようだ。
「よう、錬金の。昨夜は楽しかったぜ。また新しい女が増えたようだな」
筋肉ダルマに声をかけられる。昨日みたいなおごりだったらまた俺も呼んでくれよという奴が結構いた。
「おごり?」
怪訝な顔をする鶫。鶫の疑問はもっともだ。村に来たばかりの頃、俺達クラスメイトは食べるものにすら困っていたからな。今は余裕が十分ある。
「ああ。このギルドに来てからいろいろあってさ」
奢るのは勿論こっちにもそれ以上の利益があったからだが。
「お、わりぃ。前組んでいた姉ちゃんに振られたか。勿体ねぇ。姉ちゃんはザインのパーティーに入ってバルデックス山に向かったようだぜ」
今教えてもらった情報は有難い。こちらから悠香を追いかけよう。
軽く昨日の面々と挨拶を交わし、掲示板に向かう。
赤の依頼は俺たちにはまだ早いし、山に関わる依頼はないようだ。
青の掲示板を見る。
この辺で山関係の依頼は4枚。討伐が2つ。残り2つはアイテム採取だ。
他にも山関係の依頼と思しき物はあるが、指名依頼だった。
『討伐・調査依頼:山の街道で荷馬車が襲われる事件が多発している。乗員は皆殺しで犯人は不明だが、手口からゴブリンの群れだと思われる。可能なら退治もして欲しい。【備考】難易度C【経過】7日』
ゴブリンか。
モンスター討伐の定番だな。これがいいな。
融合のスキルを必要とする依頼は半分以上減っているし、しばらく放置してもいいだろう。
依頼を受ける。
受付のお姉さんは仏頂面だった。まだ処理して欲しい依頼が溜まっているのにとかブツブツ言っていた。
今回もミラがついてくることになるらしい。少し待つと、ミラがやってくる。
今回はバルドックス山、つまり北にそびえる連峰の一つに登る。
悠香がついていっているパーティーが登っている山だ。
山には幾つかの小さな村が連続して並んでおり、歩いて4時間程で次の村にまで辿り着けるそうだ。したがって野宿の心配はしなくていいようだ。転移で鶫を連れ帰る事が出来たんだから、村についたらチレットの街まで転移で戻るのも有りだな。
そんな風に頭の中で計画を立てる。ミラはこんな準備で大丈夫なのかと聞いてきたが、大丈夫だと答えた。
馬車を用意する。3000プライム。高いな。だが歩くのも面倒だし、購入を決めた。馬の世話はリリアが良く知っていて、一任することにした。
街を出て一時間。山の麓には森が広がる。王都方面の森ほど深くはないとの話だ。道中暇なので鶫に膝枕をしてもらう。正に至福の時間である。リリアには馬を御してもらっている。いいのかこんなにのんびりしていても。
膝枕はなんていうか心がぽかぽかとするな。鶫に髪を撫でられると眠気が襲ってくる。そのまま目蓋を閉じた。
ひと眠りすると鶫もミラも船を漕いでいた。
膝枕状態のまま設定と念じる。設定で上手く調整してMPを2にすれば、複製が容易になるから鶫のステータスを弄れる。敵との戦闘で鶫を危険に晒すわけにはいかないからな。
魅了の口づけと祝福の口づけのスキルを手に入れる。どれだけキスが好きなんだよというツッコミはなしだ。
魅了のくちづけ:消費80ポイント
祝福のくちづけ:消費200ポイント
レベル8
生命392 魔力155 筋力189 体力211 耐久144 敏捷133 知力113 器用さ215 運98 意志116 運命100
魔力を153、生命を127消費する。
魅了のくちづけはレベルが自分より低い相手にキスすれば魅了を破られるまで自分の支配下に置く事が出来るらしい。鶫やリリアは既に仲間だし、最後まで進んだ関係だ。だから支配下に置く必要を感じない。でも一応装備しておく。
祝福のくちづけは呪いと魅了と石化と封印を解除出来るスキルだ。封印なんて状態異常があるのか。追加説明を読むと魔法とスキルが使用不可能状態になるらしい。恐ろしい。いきなりこんな状態になったらパニックになるなんてもんじゃないぞ。
リリアと鶫にも祝福のくちづけを渡しておこう。
鶫のステータスを見る。言語のスキルは朝の時点でコピー済みだ。今回は再生、毒無効、石化無効、麻痺無効、気絶無効、祝福のくちづけをコピーする。俺はスキル装備の5制限がないが、一応鶫にも6つの常在スキルを渡した。6つ以上装備出来たら他にも渡してもいいだろう。貢君?いいえ、違います。コピーするには鶫とキスをしなくてはいけないからな。そう。ギブアンドテイクという奴だ。
リリアから後でパラメーターを復元出来るので、他のスキルも手に入れる。過去視、未来視なんかがとりあえずとっとけ的な魔眼だ。
過去視:消費400ポイント
未来視:消費400ポイント
いきなり二つは厳しい。体力と器用さを200ずつ消費して未来視を手に入れる。装備。それから御者をしているリリアに近寄ってキスをした。
寝ている鶫にキスしても楽しくないからな。
危ないので大人しくして下さいと怒られてしまった。
●山麓の森
森へと入る。
リリアは森に詳しい。
エルフだしな。この世界では森の民というらしいが。
未来視の魔眼を使用することにした。千里眼と未来視は同時に装備出来るが、発動出来るのは一つのようだ。
気軽に未来視、と念じて目蓋を閉じた。
千里眼から未来視に魔眼が切り替わる。
赤い山肌。
転がる二本の剣。
切り落とされた腕。
糸が切れたように、ぱたん、と体が崩れ落ちた。
悠香。
悠香が死んでいた。
ちょっと良くわからない。
目にゴミが入ったんだろうか。
二度見する。
悠香が死んでいた。
腹から突き抜ける一振りの大剣。大剣は黒く、広く、長い刀身を持つ。
その持ち主は、不敵に笑った。
心臓まで凍るような冷たい笑み。
ゴミのように、悠香の体を捨てた。
目は赤く、髪は灰色。
肌は白く、黒い鎧を身に纏い、黒い狼を従えていた。
俺は冷や汗をかいて目蓋を見開いた。
俺が得たのは未来視の魔眼。
未来を垣間見る魔眼。
これから悠香が殺されるっていうのか?いつ?どこで?
あの剣はなんなんだろう。
持ち主は。
つき従う狼は。
全てがわからないままだ。
むざむざ悠香を死なせたくはない。
だが、問題は悠香と俺の仲があまりよろしくないということだ。
何とかしないと。まずは悠香に追いつくことを考えよう。魔物を殲滅しながら悠香を追う方針を固める。
探査をしながら周囲を警戒する。
デスウルフという名前らしい。狼か。
リリアが叫ぶ。
「きます!」
銀色の毛の狼。さっき未来視に映り込んだ狼よりは小さい。リリアにどんな狼なのか聞いてみると、集団で群れ、人間や馬なんかを襲う凶暴な獣らしい。馴らして従える事も出来るが、馴致のスキルが必要だとか。俺は持っているというかコピーしておいたが、特に狼を飼う必要は感じていない。サクッと倒してしまおう。
「来るぞ」
「はい」
リリアが応じた。弓に矢を番えて弦を絞る。鶫は起きていたようだ。ミラは寝ている。お前は兵士だから起きろ。
疾風の剣を掴み、俺は馬車から跳び降りた。一拍遅れて鶫も剣を掴んで馬車から跳ぶ。周囲には12匹のデスウルフ。検査をすると敏捷は高い。だがそれだけだ。特殊な攻撃もないようだし、普通に攻撃していれば十分だろう。
パラメーターを復元したので調子は万全だ。疾風の剣がすごく軽い。サッとデスウルフとの距離を詰める。敏捷が上がっているせいで、デスウルフが反応出来ていない。ヒュッ、と剣で横に切り払うとスパッ、と首が両断される。犬を殺しているみたいで、精神的に辛いものがある。
鶫は初めての戦闘だ。緊張してがちがちになっているかと思ったが、意外にも疾風の剣でデスウルフを仕留めていた。血にショックを受けている様子もない。この分なら大丈夫そうだ。
リリアが【火炎の刃】と唱える。そう言えば魔法をリリアにもコピーしておいたのだった。【火炎の刃】は武器に炎を纏わせる魔法だ。
鏃が炎を纏う。刃といっても武器ならなんでもいいのか。魔法とはそういうものなのだろう。と納得しておく。
火炎の矢がデスウルフを次々と射抜く。
矢が刺さった狼の全身が燃え上がり、やがて動かなくなる。最後には灰になった。
俺も出来るだろうか。と思ったらMPが2だった。残念。【火炎の刃】はMPを3消費するのだった。
三人での連携プレーで無事デスウルフの群れを殲滅出来た。ミラは今更起きたようだ。遅いよ、遅い。仕留めた数を記録してもらうと、ミラは再び眠りについた。どこか体が悪いんじゃないのか。
デスウルフの死骸はリリアの火炎弾で灰にした。ドロップはない。まあこんなこともある。
それから馬車に三時間も揺られると森を抜け、そこから二時間も山を登る。オポロの村へ到着した。
●オポロの村
オポロの村は民家が50件程。森へ降りて木を伐採したり、山に登って鳥獣を仕留めたり、街道の整備をしたり、いろいろやっているようだ。
ここの名産品はロロンガのブレスレットだ。
ロロンガというのはバルドックス山の守護獣の事だ。
この山にその昔、人々を喰らい金銀財宝を貢がせていた邪龍バルドックスが住んでいたという。ロロンガはサルトーというこの国の何代も前の王の親友であるグリフィンで、三日三晩たった一匹と一人で倍の体格のバルドックスと戦い続けた。竜の吐く火炎はロロンガが風を巻き起こして対抗し、鋭い爪で抉られようとも王の回復魔法が癒し、鉄よりも堅いドラゴンの鱗には伝説の鍛冶師ガリアの鍛えたオリハルコンの爪で立ち向かう。王の矢は衰弱したバルドックスの目を見事に貫き、バルドックスは息絶える。
ロロンガはそれ以降邪龍バルドックスを仕留めた守護獣としてこの山々の村で祀られている。王はロロンガに深く感謝し、この国の聖獣として、そして友としてグリフィンを扱うと誓った。それから歴史は流れこのガルガン王国の最高位の騎士団はグリフィン・ナイトと呼ばれサルトーと同じくグリフィンと共に闘うのだ。
と、ミラに熱く語られた。
グリフィンやドラゴンか。かっこいいな。馴致をするならこういうのがいい。ドラゴンは敵としても味方としてもロールプレイングゲームで有名だ。グリフィンが聖獣ならドラゴンは全て魔物扱いなんだろうな、と考えた。実際そうらしい。
というわけでロロンガのブレスレットを3つ購入する。ミラも物欲しそうにしてたので買ってあげた。1つ100プライムだ。最近金銭感覚が麻痺しているかもしれない。
ブレスレットは魔法銀で出来ていて、魔力を良く通す素材らしい。
ロロンガのブレスレット:風属性微減
検査をすると、風属性を軽減するらしい。無駄になることはなさそうだ。100プライムするだけはある。
今夜はオポロの村で泊まる事にする。一泊30プライム。素泊まりでこの値段はやや高い。この村では鶏肉の料理が有名だということなので、夕飯はそれにした。リリアは肉は苦手なので、野菜のサラダと豆のスープ、それにパン。ちなみにミラの宿泊・食事代はこちら負担になるようだ。
食事後、酒場での聞き込み。この辺でもハンタースネークは出る。見かけたら狩っておこう。ドロップアイテムは美味しい。それから五人組のパーティーが最近通ったという情報も聞いた。髭親父に酒を奢ったらペラペラと喋ってくれた。調子に乗ってリリアの尻を撫でようとしたので腕を捻りあげておく。
酒場から宿屋に帰る。リリアと鶫をベッドに連れ込み、いちゃいちゃしながらステータスを補強する。
リリアと鶫の二人になったので、ステータス増強の回数は増えたが、複製の抜け穴が見つけたから問題ない。その回数だけキスをする。吸魔のくちづけのお役立ち感は半端じゃないな。
リリアの大量のMPも、鶫の少ないMPも有効利用させてもらう。
リリアと鶫のキスの仕方が違うというのはわかった。リリアは受け身気味だし、鶫は積極的に舌を絡めてくる。
リリアには祝福の口づけや馴致をコピー。鶫には魔法をコピーしておく。
鶫も明日からはかなりの魔力を持つことになる。やりたい放題出来そうだ。
リリアの魔力はまだ残り100以上あるので、過去視、魅了の魔眼、硬直の魔眼、透視、火炎の魔眼、氷結の魔眼、雷電の魔眼、暴風の魔眼、新緑の魔眼、退緑の魔眼、封印の魔眼を手に入れる。
過去視。超能力でいうとサイコメトリー。対象の過去を見る事が出来る。
魅了の魔眼は自分より意志の低い対象を支配下に置く魔眼。
硬直の魔眼は見つめた対象の動きを封じる魔眼。つまり、『だるまさんが転んだ』の魔眼ということか。
透視は物体を透かして見たいものを見る魔眼。全男子の願いの結晶である。つまり、そういうことだ。
火炎の魔眼は対象を燃やす魔眼。ただし、自分の魔力より耐久が高い対象には効果がない。
氷結の魔眼は対象を氷漬けにする魔眼。ただし、自分の魔力より敏捷が高い対象には効果がない。
雷電の魔眼は対象に雷を落とす魔眼。建物の中では使えないが、金属を装備している対象に特別な効果がある。
暴風の魔眼は対象の周囲に強い風を起こして相手の行動を制限する魔眼。
新緑の魔眼は見つめた草木を成長させる魔眼。
退緑の魔眼は見つめた草木を枯れさせる魔眼。新緑の魔眼とは対になる。
封印の魔眼は対象を見つめている間、対象は魔法もスキルも使用できなくなる。ただし、自分の運命より運命が高い対象には効果がない。
とりあえず今日はこんなところだな。リリアと鶫と一緒に眠る事にした。
●ミラ
早起きして魔眼の実験だ。保有する魔眼を全て装備しているといっても、全部の効果は一度に現れたりはしない。同時には発現しないようだ。魔眼の切り替えは目を開けたまま出来ない。一度瞬きをする必要がある。魔眼を使っている最中、片眼を閉じて別の魔眼に切り替える事は出来た。岩や木だったら、問題なく魔眼が発動する。動く相手が必要な魔眼は道中確認していくことにしよう。
魔眼は同時に右目と左目の2つしか使えないので、良く考えて使う必要があるだろう。第三の目を入手すれば3つ使えるが、額に目が出来るのがなんか嫌なのでやめておく。
馬車に乗り込む。必要な準備はリリアがしてくれた。ミラや鶫にも手伝わせているあたり、そつがない。
俺は千里眼でタタールの村のクラスメイトの様子や、悠香の様子を窺った。
クラスメイトを確認する。俺が村を出た時と状況に変化はないようだ。下川と級長が何か罵り合いをしている。何か事件があるかもしれないな。
悠香のパーティーの様子を確認する。一人素振りをしている悠香。
悠香達はバルデックス山に現れるシルバーベアーの狩りを受けているはずだ。シルバーベアーは獰猛な熊で、人間の肉を好む危険な習性を持つ。被害が最近増えてきたので、駆除の依頼が増えているらしい。シルバーベアーはこの山の中腹に広がる森で多く見かけるらしいので、ハントをするなら次の村、ヒロロの村にいるはずだ。
先を急ごう。
ヒロロの村へ向かう。途中デスウルフの群れに遭遇した。鶫やリリアは戦闘のコツをわかってきたらしく、次々に駆除していく。俺は魔眼を試してみた。硬直の魔眼。これは使い勝手がいい。動かなくなったデスウルフをリリアの矢が射抜く。今後の主力になりそうだ。
暴風の魔眼。これはデスウルフ相手には対して効果がないようだ。
新緑の魔眼。足元に草を発生させてもデスウルフは振りきってしまう。
氷結の魔眼。デスウルフの足を凍結させる。鶫が狼の首を刎ねる。
デスウルフを20匹仕留めた。あんまり強くはないが、数は多かった。
俺のレベルは10。リリアと鶫のレベルは5に上がった。
俺は新スキルの精密検査を覚えた。
リリアは狩人のジョブ、鶫は戦士のジョブを得たようだ。パーティーは順調に強化されている。
一方でミラは馬車の中から出てこようとしなかった。兵士よ、それでいいのか。
「ツグミ、リリア、そしてシュン。貴方がたは駆け出しなのに強いのですね……。しかもシュンは魔眼まで持っている……」
ミラは落ち込んだようだ。チートでパーティーを強化しているからな。俺達と自分を比べて卑下しているのだろう。鶫なんてまるっきり初心者と思しき物腰なのに、ミラでは敵わないのだ。自信を失くして当然か。
「そういえば、私は何で強くなっているんだろ」
鶫は自分のステータスが超絶強化されていることを知っている。それからチラッとこっちの様子を窺った。俺のパーティーに入ってから有り得ない程ステータスが強化されているからな。
「まあ、その話はいいだろ」
あんまり人前で触れられたくない話題である。ベッドの上で口裏を合わせておいた方が良かったか。
「それはどういうことなのですか」
ミラが食いつく。
疑問ももっともだ。
答えを迷っていると、
「ご主人さまに抱いてもらったら強くなりました!」
リリアよ、そんな誇らしげに言わないでくれ。
頼むから。
押し倒したくなる。
「そういえば、私もオガと……してから強くなった」
顔を赤らめる鶫。余計なフォローをするな。
ミラが興味を持ったようだ。
「なるほど。シュンと、……その、すると、強くなるのですか。それは私でも大丈夫なのですか?」
え、何これ。
フラグ?
もしかしてフラグ立った?
言っちゃう?
いいよね。
そう。
俺は誓った。
俺のハーレムを作ると!
「ミラさん。いや、ミラ。強くなりたいか?」
迷いつつも頷くミラ。リリアと鶫の戦闘を見て、思うところがあったのだろう。
強化をするまで耐える考えなのだろう。
だが、強化して終わりするつもりはない。
一人馬車を操縦して手を離せず膨れているリリアを尻目に、ミラと鶫とで楽しむ。馬車の前方から構ってオーラがするが、馬車が暴走してはいけないからな。気にしてはいけないのだ。
緊張しているミラにキスをする。魅了の口づけは装備したままだ。とろん、と酔っぱらったような顔つきになる。魅了に成功したようだ。
「シュン、お前はかっこいいぞ」
キスを求めてくるミラ。
おい。かっこいいなんて生まれて初めて言われたぞ。
別次元の世界の言葉じゃなかったのか。
魅了ってすげえな。
どんな神スキルだよ。
鶫と一緒にミラを責める。
意外にも処女だった。
馬車を汚してリリアに怒られた。キスをしたら許してくれたけどね。
事後。一回につき、パラメーター1つ。
今回は筋力を強化することにしよう。このペースでミラを強化することにする。一度に全部強化するとは誰も言っていない。
ミラにキスをした。
ミラの金髪碧眼もなかなかいいな。頬を撫でるとうっとりとした表情を浮かべるミラ。グッとくるものがある。
ハッと我に返ったように恥じらうミラを横目に、筋力をリリアのステータスからコピーする。
これで剣を振るスピードは前と比べものにならないはずだ。
ステータスを確認しておお、と歓声を上げるミラ。ギブアンドテイクは大事だ。信用関係も大事だ。
ミラのジョブは戦士。前衛としてパーティーに勧誘する余地はある。しかし、今は悠香を優先しよう。ミラにはまた機会があるはずだ。
悠香の跡を追う。
未来視を右目に、千里眼を左目に発現させる。最初は同時に使えないと思っていたが、片目に一つずつなら大丈夫なようだ。ただし、目の前が見えない。仕方ないので鶫に膝枕をしてもらう。これ最高なんだけど。
悠香の現在位置。山林。結構藪が多い。魔法使いが呪文を唱える度、茨が減退し、枯れ果てて土に還る。
悠香達の跡を追うには野草が枯れている場所を追えばいいだろう。横道にそれても退緑の魔眼があるから問題ない。
未来視には変化がない。悠香が黒い鎧の剣士に殺されるところしか映らない。こんな未来は認めない。
馬車が、ヒロロの村に到着した。宿屋の主人に情報料として50プライム硬貨を握らせると、いろいろ情報を教えてくれた。
ここから更に山に登ると荷馬車が襲われるという話の隘路がある。森に向かっていけば悠香達が狩りをしているはずだ。
本来の依頼のゴブリン狩りを全うするか、悠香達の様子を見に行くか。いつ黒い剣士に襲われるか不明な以上、大事な選択だ。
情報を集める為、探査を行う。俺を中心に様々な生物の反応がある。悠香達の反応を見つけた。西に3キロ程。
その他の反応。赤い点の様子。ゴブリン、ゴブリン、デスウルフ、ハンタースネーク、……問題の黒い鎧の剣士の姿はないようだ。
悠香達に危険はないようだ。なら、急ぐ必要はないな。今夜はヒロロの村で宿を取る事にする。今日は村付近の魔物を狩ってレベルアップとアイテムを狙う事にしよう。
夕方になった。俺のレベルは12。リリアと鶫のレベルは8。ミラのレベルは10。アイテムは防毒のスキル石を2つとゴブリン・ソードを19本。
ゴブリン・ソード:
攻撃力14
あまり貴重な武器ではないようだ。デスウルフはあわせて50匹は狩ったはずだが、ドロップアイテムはない。この様子だとアイテムを落とさないのだろう。防毒のスキル石は貴重なので格納のスキルで保管。
ゴブリン・ソードは武器屋で売り払った。一つ70プライム。
武器屋のおっさんから随分狩りましたね~と言われた。多分、言われる程は狩っていない。
防毒のスキル石があれば、1330プライムは特に必要はない。それにまだ残金が沢山あるし、有毒のスキル石も大量に持っている。1330プライムもあればクラスメイト達に何か奢れるだろう。
夕食は四人で食べて、鶫と一緒に転移。
リリアとミラはお留守番だ。
タタールの村。
そろそろこの村の暮らしには飽きてきている奴らがいるだろう。農作業が好きな奴はそうでもないかもしれないが。鶫みたいにひもじい思いをしている奴もいるかもしれないし、少しくらい様子を見てもいいはずだ。千里眼で見ただけじゃ空気まで伝わってこない。
カズを見かけた。
「あ! オガと渡良瀬!」
「ちょっと様子を見に戻ってきた。カズはどう?」
クラスメイトとの再会は少しだけ嬉しい。別にカズとは険悪なまま別れたわけでもない。
「ぼちぼちだな。レベルは3に上がった。今はお前がくれた毒牙を使ってオオムカデを狩っているんだ。生活はこっちに来た時よりはマシ。この辺のオオムカデはもう狩りつくされているのか、滅多にいないぜ」
オオムカデ狩りに精を出しているらしい。
どうやら死亡したクラスメイトはいないらしいが、下川が肋骨を折る大けがをしたらしい。なら問題はないな。
クラスの連中は今ぎくしゃくしているとか。この小さな村にいただけじゃ、可能性も限られてくるだろう。しかし、言語のスキルもないからろくに仕事も出来ない。冒険なんて出来るはずもない。
俺は、決断した。
クラスメイトのステータスを補強する。こういうのに詳しいカズなら俺がどんな能力を持っているか察しそうな気もするが、能力は伏せておこう。
クラスメイトを強化することは別に温情じゃない。情けをかけるとかそういうつもりでもない。
チレットの街や他の村を見て回った結果、クラスメイトのパラメーターはレベル1の時点でも、ものすごく高いことが分かった。
運や意志や運命というパラメーターは上がりにくいようだ。しかし、才能を全て運や意志や運命に捧げたクラスメイトはどうだろうか?
俺の場合はレベルアップでステータスが上がらなかった。
鶫の場合はレベルアップでステータスは平均的に上がった。
悠香の場合はレベルアップでステータスは平均的に上がった。
レベルアップでのステータス成長は、おそらく才能の振り方に依存しているのだ。
したがって、運などのパラメーターをより高い数値にするにはクラスメイトのレベルを上げてコピーした方がおそらく効率がいい。
別に推測が外れても、デメリットは特にないはずだ。
まずは外の世界に連れ出す。
その為には30回ほど言語のスキルをコピーしなくてはいけない。鶫にはちょっと恥ずかしい思いをさせるけど。
まずは目の前のカズに言語のスキルをコピーした。敏捷もコピーしておこう。連続して三回以上コピーしようとすると、鶫とのキスが必要になるからこれでやめておく。
級長と会ってみよう。
探査で探す。
酒場か。鶫とキスしてMP回復。
鶫と連れだって酒場まで歩く。級長は酒場で酒を飲んでいた。隣の席には富田。彼も飲んでいる。言語のスキルを持っているから一緒に連れてこられたのだろう。二人とも顔は既に真っ赤だった。
級長の、真面目で快活だった頃の面影はない。
今は疲れ切った表情と、目の前の酒とソーセージ。
これだけで俺には説明は不要だった。
もう、限界なのだろう。
「級長、久しぶりだな」
級長はガタッと席を立って慌ててこっちを振り返った。顔をクシャッとさせて、級長は泣きそうな顔をした。
「オガ、久しぶり」
とりあえず級長にも言語のスキルをコピーしておいた。
「ああ。とりあえずこれで休め」
20プライムを富田と級長に握らせた。宿屋代だというのは二人とも察したようだ。富田が肩を貸して、級長を宿屋に連れていく。
二人が酒場を出た後、ふと疑問が浮かんだ。
「富田ってホモじゃなかったか?」
「ええと。そんな話が四月にあったような……」
困惑する鶫。ちょっと頬が赤い。
そんな話が以前クラスで話題になっていた気がするが。
あんまり想像しない方がいいな。
二人を見送った後、鶫とキスをする。酒場であろうとMPを補給しなくてはいけないからな。
「ちょ、こんな場所で、やめ」
鶫は目に見えて狼狽したが、キスは止めない。ヒューヒュー、というはやし立てる声も気にならなくなってきた。
クラスの溜まり場はどこだろう。探査をしても黄色い点はまばらに映り込むだけだ。あ、級長と富田の点が近い。いや、何も見ていない事にしよう。
途中で副級長の渡辺早耶と出会ったので、クラスの溜まり場まで案内してもらった。
馬小屋は使えなくなったから、空き家を一つ借りて教室代わりにしているようだ。月1000プライムの契約で借りているらしい。高いのか安いのか分からなくなってきた。
「こんばんは、小笠原。村を出て行ったと思ったけど」
副級長が眼鏡をクイッと持ちあげた。周りからの責めるような視線が痛い。コミュ障には特に辛い。
「クラスの連中がどうしているかと思ってね」
いい気なもんだ、と高橋が野次った。お前は黙ってろ。
「それで、俺はお前らにプレゼントを持ってきた」
じゃらり、と今日の報酬を見せた。1330プライム。目の色が変わる高橋。ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえるようだ。副級長は冷静な面持ちを崩さない。
「……そんな大金を持ちこんで。私達に何をさせようっていうの?」
「冒険者」
にやりと笑った俺の一言にざわざわと騒ぎ出す。
「今俺の手を取った奴は大サービス。腹いっぱい飯が食べたい奴は俺についてこい」
かっこよく言い切ったつもりだが、内心はがくがく震えていた。大勢の前で話すだけでも辛い。腹の中では逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。恐怖や不安が喉の奥でぐるぐると渦を巻いている。もう少しで吐きだしてしまいそうなのをぐっと堪えて続ける。
「でも、装備もない。言葉もない。魔法やスキルだってないないづくしだ」
「大丈夫だ。俺についてくるなら、装備は与えてやれる。足かせだった言葉もなんとか出来る」
黙り込むクラスメイト。いち早く手を上げたのは、副級長だった。
「皆、これ以上この村にぐだぐだと長居しても何も改善しないし、解決しないわ。私は小笠原の言葉を信じてもいいと思う」
それから鶫を見て、
「その証拠に渡良瀬を見て。彼女は制服ではなく旅人のような服装をしているでしょ。それから立派な剣も所持している。彼女が、小笠原を信じてもいいか証明しているわ」
副級長はそう言って、手袋をしている俺の右手を両手で握った。
「お願い。私達を、引っ張り上げられるというのなら、引っ張り上げて」
クラス内で相談してから決めるという形になった。それから毒牙は買い取らせてもらう商談を持ちかけた。この村では一本75プライムで買い取るとの話だが、倍額の150プライムで買うよ、と言ったら40本の毒牙が集まった。後で分離してから売り飛ばせばぼろ儲けだ。
武器屋のおっさんも毒牙をまだ処分していなかったらしく、100プライムで全部買い取らせてもらう。倉庫を一つ借りると450プライム。そこに買い取った毒牙を全部放り込んで鍵をかけた。
空き家に戻る。もうすっかり夜だ。早く帰らないとリリアやミラが心配するだろう。
クラス内の相談はまとまったようだった。静まり返る中、副級長は重々しく頷いた。
「私達も行こう。いや、行かねばならない。冒険者として、この世界をクリアする為に」
俺は今の世界を現実の世界よりも心地よく感じている。現実の世界では平凡な一般人。この世界ではチートを駆使した冒険者。リリアだっている。
俺はこの世界に別れを告げる事が出来るのだろうか。
それはわからないけれど。
俺は冒険がしたい。それは確かだ。
だったら、いつかは別れの時が来るかもしれないけれど。
俺達は冒険をしよう。
今回はちょっと長めでした。