森へ
●二回目の依頼
夜が明けた。太陽が昇ると同時に起きるとは健全過ぎるにも程があるだろう。もっとゆっくりしても誰も怒らない。二度寝しようと寝返りをうつ。
ドンドン。
ドアが叩かれる。こういうときに限って邪魔が入るのだ。現実の世界に居た時も、学校に遅刻するという理由でたたき起こされたのを覚えている。
「シュン。いる?」
悠香だ。女が起こしに来たなら、起こされるのが男だ。
「今開けるよ」
そこには既に着替え終わった悠香がいた。もうやる気のメーターが限界を突破しているのだろう。やる気を視覚化出来れば一目瞭然だろうに。見れないのが残念である。
「ね。早く出かけよう。外は晴れ。狩りに行こうよ」
魔物が怖くないのか、好戦的な悠香だった。腰に差している新しい二本の剣で試し切りをしたくてうずうずしているのかもしれない。ここは素直に応じて好感度をコツコツ稼ぐのが吉か。まだそれ程悠香のステータスは高くないのだが。
「わかった。でも闇雲に狩るのはナシな。冒険者ギルドによって、狩りによさそうな条件の場所を探してみよう。
狩りの依頼があったらそれを受けてもいいし、採取の依頼でもその周辺の魔物を狩れるかもしれない」
「そうだね。狩で頭がいっぱいだったけど、依頼を受けながらの方が効率いいみたい。じゃあその案で」
宿のカウンターで連泊料を二日分追加で支払った。200プライム。しかし有毒のスキル石を売り払ったので、何の問題もなかった。
ギルドへ向かった。
冒険者ギルドで依頼を探す。融合を使って稼げる依頼は沢山あるようだ。だが悠香は狩りがいいというので、後回しにしよう。昨日悠香が選んだ依頼をやるって決めたばかりだったし。錬金術系以外の依頼は名指しの依頼ばかりだったので、黄の掲示板から青の掲示板に移る。悠香と相談していると、ギルドの受付のお姉さんが新しい依頼を持ってきて、それを掲示板に張る。
自然に目が引かれたので、確認した。
『依頼:ラライラ街道で多くのオオムカデが目撃されているので駆除して欲しい。【備考】難易度E 【ランク】E【経過】0』
オオムカデか。一番オオムカデとの戦闘経験が多いわけだし、俺達には丁度いい。しかもドロップで毒牙を拾えたらまさに濡れ手に粟だ。これは是非とも受けるべきだろう。悠香の方を向いたらコクンと頷かれた。オッケーらしい。
「すみません、この依頼を」
「はい。依頼を受けたのは『アナザー・クラス』でいいですね?」
受付のお姉さんがいろいろと手続きをする。待っている間、ギルド内の冒険者を検査する。戦士、剣士、狩人、魔術師、いろいろだ。知らない魔法もスキルも沢山ある。宝の山だな。
レベルの高いパーティーにいた戦士が筋力140、体力177と突出していたので複製して悠香のステータスに張りつけておいた。オオムカデとの戦闘もこれでスムーズになるだろう。
ちなみにいきなりステータスが跳ねあがった事について悠香への説明は考えていない。まあなんとでも言いくるめるさ。
「王国の兵士が到着したようですね。それでは『アナザー・クラス』の皆さん、いってらっしゃいませ」
受付が終わったようだ。
弱い魔物の討伐の際、王国駐屯兵を一人派遣して兵士に監督してもらう仕組みになっているようだ。
王国の領内で本来魔物を駆除する任務は王国軍。したがって金は王国から出る。
ちょっと待つと、鎧を着込んだ女性が近寄ってきた。
「こんにちは。『アナザー・クラス』の皆さん。王国軍第五警備隊6等兵のミラだ。よろしく頼む」
金髪碧眼の女性が王国軍から派遣された兵士だ。レベルは5。俺達よりわずかに高い程度だ。ステータスは、複製で強化する前の悠香のステータスと似たり寄ったり。魔法やその他は持ち合わせていないし、装備品は銅製だ。それに王国のマークか軍のマークかは知らないが、何かのマークが描かれている。6等兵というくらいだし、あまりステータスも装備もよろしくないのだろう。単に監督をするだけの人だというわけだ。
「初めまして。依頼が達成できるよう頑張ります」
悠香がぺこりと頭を下げたので俺も真似した。ミラはうむ、と頷いた。ちょっと偉そうだ。
「オオムカデは繁殖力が強い。それだけに行商人の馬車を襲う事件が多発していてな。駆除にはしっかり気をつけて欲しい。Eランクの君達には荷が重いかもしれないが、君達が危なくなったら助太刀するから大船に乗ったつもりでいてほしい」
いや。多分逆じゃないかな。なんてことは言えずに頷いておく。
というわけで早速ラライラ街道へ出る事になった。この街から森へ進むと幾つかの道が伸びている。そのうちの一本がラライラ街道だ。王都へ向かう道なので一番目立つ。道幅は広い。馬車がすれ違うスペースは十分にあるだろう。まあ都への道なのに馬車が通れないようじゃ話にならないか。
街を出てからすぐに探査をする。切り替え機能があって魔物指定、人間指定、とか出来てすごく便利なサーチ能力だ。いいのかこんな便利で。魔物、つまり赤い点だけ探査の視界に映るようにして対象を調べる。どうやらこの周辺にもハンタースネークが出るし、他にもいろいろ魔物が出るようだ。とりあえず五体程魔物を見つける。オオムカデが三体の群れがいる。これがいいだろう。抹消がなくても負ける気がしない。
「悠香。ここから右にいってみよう」
森の中へと入る。迷わないように気をつけなくては。結構森の中は涼しい。悠香が二本の剣を抜き放つ。木の枝みたいに軽いんだそうだ。筋力を140まで引き上げたからな。見た目ではまったく区別出来ないが、一本は毒付きの剣である。悠香も気付いてないようだが。まああんまり変わらないだろう。
ミラは後ろから俺達を追っているが、ややバテ気味だ。体力はそんなに高くないし、こんなものか。新人だという話だし。冒険者に付き添って魔物を個別に狩り、実際に戦闘経験を積んでレベルアップを図るのが王国軍の意図なんだそうだ。訓練施設で稽古ばっかりしていると思ったら、そうじゃないらしい。
いろいろ考えていると、オオムカデの群れを悠香が見つけたようだ。駆け出して右の一振りでオオムカデの胴を斬り飛ばし、左の剣で二体目の頭を貫いた。
すげえ。一瞬で二体仕留めた。タタールの村で戦った時とは雲泥の差である。ジョブ効果+装備+二刀流+筋力140。毒牙でちまちまやっていた場合と迫力が段違いだ。
なんなく最後の一体も倒して戻ってくる。笑顔だ。今日一番の笑顔といっていい。すっきりさわやか。
ミラはびっくりしたようで、なんでそんなに強いんだと悠香を質問攻めにしていた。
俺はアイテムを拾いに行く。毒牙が二本。30プライム。出だしは好調である。
二体撃破の記録をミラにしてもらい、他の魔物を探す。オオムカデがメインの狩りだが、他の魔物も狩るつもりだ。そっちの方が戦闘経験も積めて美味しい。悠香に狩ってもらえばレベルが上がるし。
「次は……こっちだな」
ハンタースネークの群れ。オオムカデ。ジャイアントワスプ。オオムカデ。オオムカデ。ポイズンスパイダー。
ジャイアントワスプは巨大な蜂。1メートルの蜂がブブブ、と音を鳴らして迫ってくるのは怖い。ポイズンスパイダーは体長2メートルもあるでっかい蜘蛛だ。地面をかさかさと這いずり回る。気味が悪いし、毒液を吐く。どちらも初見の魔物だが、悠香のワンマンショーでひたすら撃破を重ねる。
俺はアイテムを拾う。連携プレーは大事だ。
ハンタースネークが防毒のスキル石を一つドロップ。ジャイアントワスプが麻痺の矢。ポイズンスパイダーも毒牙をドロップした。オオムカデのドロップと合わせてもう6本である。
露店で買ってきたパンを食べる。まるでピクニックに来ているようなものだ。三人とも無傷だし、ミラが汗まみれになっている以外は何の問題もなかった。鎧の隙間からのぞく肌が汗できらめいて微妙にエロい。
「しかし、ハルカは強いのですね」
「いえ、私もなんでこんなに体が軽いのか不思議で」
まあ昨日の間にいろいろあったからね。筋力が100アップするとあんな感じになるのか。覚えておこう。
「あれほどの動きが出来る冒険者は王国騎士団でも部隊長クラス。私ではとてもじゃないが、真似出来ない」
ミラはしみじみと答えた。自信を失ったのだろうか。まあ筋力16だし、ちょっと劣等感を覚えたのかもしれない。俺はそんな事を考えながら探査をしている。
どうも魔物の集団がこの近くにいるようなのだ。名前を調べてみると、オオムカデ、オオムカデ、オオムカデ、とにかくムカデがいっぱいだ。
「ミラさん、ムカデって固まって行動したりするのか?」
ミラは少し困った顔をした。
「いいえ、滅多にないでしょう。……心当たりがあるのですか?」
「ちょっとね」
悠香に目配せして立ち上がる。ムカデが巣を作るのかどうかは知らないが、おそらく何か固まる事情があるのだ。一網打尽に出来れば依頼終了でいいだろう。
休憩を終えて、目的地に向かう。
そこは森の中でやや開けていた。窪地があるのだが、そこに見渡す限りのムカデ。木々に隠れてそっと様子を見る。70はいるだろう。ミラが絶句するのに対し、悠香は目を爛々と輝かせていた。ちょっと悠香が怖い。
「ちょっと多い。足の踏み場もない」
悠香が呟く。
「ちょっとどころじゃないでしょう。あの中に踏み込むなど正気の沙汰ではありません」
ミラはぶるぶると震えた。既に逃げ出したい気持ちでいっぱいのようだ。しかし俺達が逃げない限りミラも逃げられないのだろう。かわいそうに。
「私とシュンで突っ込んで殲滅すればいいんじゃないの?」
気軽に言う悠香さん。どんな無双をする気だよ。しかし先程の戦いぶりを見ると悠香ならノーダメージで狩ってしまいそうな気がしなくもない。危なくなったら再生と抹消でフォローすればいいだろう。
「わかった。俺のノルマが10。悠香は60な」
悠香はむくれた。
「多いよ。私が50引き受けるから、シュンは20ね」
そんなものか。上手く一撃で仕留められるかわからないのだが。抹消と再生を駆使して頑張ってみよう。リュックサックの番をミラに頼む。
俺と悠香はミラを残してムカデの群れに駆け寄った。
ムカデの群れはまだこっちに気付いていない。悠香が両手の剣を操り二体、三体と仕留める。まるで竜巻だ。筋力140ってすげえな。おお。オオムカデを蹴り飛ばした。あの細身でどうやるんだ。
俺はというと構えた毒牙で一体一体着実に狩っていく。抹消はピンチになるまで封印だ。ピンチになって抹消が使えるHPがあるのか怪しいが。
こっちが10体殺す間に悠香はもう50くらい仕留めていた。
どうやって数えたかって? 残りのムカデが10匹しかいない。だから多分50位狩ったってことだ。
「シュン、私ノルマ終わったんだけど」
息も切らさずに悠香がのたまう。お前は早すぎだ。敏捷もあげたら一体どうなるんだ。
「後10頼む」
ムカデの血を浴びないように気をつけながら悠香に声をかける。
「しょうがないなぁ」
悠香がさっと駆け寄り、すれ違いざまにオオムカデを斬り伏せていく。どんな剣豪だよ。悠香いわく豆腐を切っているようだとの事である。結局ムカデの集団を狩り終わった俺達は再度休憩を取る事にした。
「すごすぎて言葉も出ません」
どうやら全部で76匹狩ったようだ。十分依頼達成をしたと言えるだろう。毒牙は全部で50本。後は有毒のスキル石を引きはがして売ればぼろ儲けだ。
俺と悠香のレベルは8になった。これだけ狩ればレベルも上がるか。俺は新スキルの格納を覚えた。
格納:アイテムを収納できます。(起動型スキル)
能力値に未だ変化なし。この分だとずっと上がらないかもしれない。
じゃあ帰ろう、となったときに問題が一つあった。誰も帰り道を覚えていないのである。
俺があっちこっちに誘導したせいだ。悠香もミラも冷たい目でこっちを見るな。対策を今から考えるから。要は街の方向がわかればいいんだろう。
ただ、移動する前に毒牙を処分しなくてはいけない。大量の毒牙は捨てるには勿体無い。スキル石だけ取り出してナイフ部分は捨てて行ってもいいんだが。人目もあるし、分離のHPの消費が追いつかない。8本は格納のスキルで運ぶ事にする。格納のスキルはスペースが狭かった。残念。
ちょっとだけ軽くなったので、後は紐で縛って三人で手分けして運ぶ事にした。抜き身のナイフは危ない。
探査の範囲を拡大する。これで黄色い点が密集しているところを探せばそこがゴールである。直進の方向しか分からない事が厄介といえば厄介だが、進む方角さえ分からないよりはいいだろう。
探査の範囲を拡大していくと大規模な二つの黄色い点の塊がある。
ミラに地理を訪ねてみるとどうやらレクイーの村とチレットの街の二つのようだ。俺達はレクイーの村とチレットの街の丁度間にいるようだ。ミラにどうしたらいいか聞いてみると、チレットの街まで引き返す方がいいだろうとの事だった。レクイーの村はまた次の機会に訪ねてみよう。
途中で出くわした魔物を狩りながら、チレットの街へ戻る。戻った時はもう夕方だった。もう少し遅くなったら野営をしなくてはならない羽目になっていた。次からはもう少し考えて行動することにしよう。
ちょっと強行軍でミラがくたくただ。ちなみに悠香はぴんぴんしている。
冒険者ギルドに入る。受付のお姉さんに挨拶して、四番の窓口で報告する。監督のミラがやりとりした。
どうやらこの手の依頼は監督の兵士が魔物の討伐数を報告し、その数に応じて報奨金を決定するという仕組みのようだ。端数切り捨てで3000プライム。それが今回の報酬である。
オオムカデの謎の群れについても報告しておく。何故群がっていたかは謎のままだ。ギルドの調査に期待しよう。
ミラに一言礼を述べ、ギルドを後にする。今日は仕事を頑張った。後は寝る。宿屋の部屋に戻ると汗の始末だけ済ませ、布団に潜り込んだ。
●リリア
大量のムカデを狩った次の日。悠香に昨日の報酬の半分1500プライムを渡す。もっと渡しても良かったかもしれないが。とりあえず半分ずつだ。
今日は自由行動にした。毒牙からの分離作業はまだ途中だ。HPは再生スキルの自然回復に任せているので、そんなに連続しては出来ない。暇潰しついでに、俺はギルドからの依頼を頑張りたい。悠香は昨日剣を酷使したので今日は手入れをしたいとの事だ。武器屋で手入れの方法を聞き出して道具を買ってくる、と言って出掛けてしまった。
チレットの街は広い。ギルドや宿屋近辺には明るくなったつもりだが、まだまだ知らない場所が多い。
ギルドで依頼を入手した。スキル石を融合してくれという依頼はまだ沢山ある。そのうち、ギルドから近い順に受付のお姉さんに選んでもらい、三つ目の依頼をこなした。口ぐちに「君が噂の錬金のシュンか!」
と言われるのが恥ずかしい。広まるスピードは尋常ではないようだ。既に定着してしまった感が否めない。
依頼の帰り道、見慣れない市場へ足を踏み込んでいる事に気付く。奴隷市場だ。人間の首に札がぶら下げられている。世界史の教科書で昔の地球でも奴隷貿易をしていた事は知っている。開拓地に黒人の奴隷を連れて労働させたとか、剣闘士とて殺し合いをさせて観戦したとか。
成人男性一人で10000プライム。有毒のスキル石の買い取り価格と一緒である。成人女性は5000プライム。労働力としてみたら、成人男性の方が優秀なのだろう。女性の方が夜のお勤めがあるから高いとかそういうのはないらしい。
折角だから見て回る。冷やかしは帰りやがれと声をかけられるが気にしない。それよりも好奇心が勝っていた。綺麗な少女もいれば、筋骨隆々としたひげ面もいて、肌の色も髪の色も千差万別だ。
その中で一際高い値段の少女を見つける。耳がピンと尖って長い。瞳も髪もエメラルドグリーンだった。手は後ろ手に縛られて立たされている。
興味をひかれて値札を見る。100000プライム。
「お、コイツに興味があるのかい? 森の民の娘さ。珍しいだろう? お前さん、興味があるなら買ってくかい」
店主が声をかけた。
え?
俺が。
この子を。
買う?
考えてもみなかった。
いや、ここが奴隷市場である以上、当然か。
金は十分にある。防毒のスキル石を売り払った500000プライムが手元にあるのだ。それに有毒のスキル石を売り払えば更に収入が見込める。余裕で払える額ではないが、払ってもいい額ではある。
しかし、買ってもいいのか?
倫理。
そんなものはこの世界に来た日に捨てた。下川に暴力を受けた時に、そんなものは役に立たないと悟ったからだ。
だが悠香はどう思う?混乱するだろう。折角地道にフラグを立ててきたのに全部へし折ってしまう自信がある。
「旦那、コイツはまだ処女ですぜ。お買い得ですよ」
店主のおっさんは俺が迷っているのを悟ったのか悪魔の囁きをする。
いいか。俺。
よく考えるんだ。
俺はイケメンじゃない。
女と仲良く出来る機会なんか、この先ないかもしれない。
このまま買う。確実に目の前の美少女が手に入る。代わりに、悠香に嫌われる『かも』しれない。
このまま買わない。美少女は誰かの物になる。悠香の態度は変化なし。地道にフラグを立てたから、それが報われる『かも』しれない。
あれ?
買っていいんじゃ?
あるかどうかわからない予定より、目の前の確実を選択することに何の迷いがある?
未来視を獲得しなかった事が悔やまれる。もしかしたら判断の助けになったかもしれないのに。
「で? どうするんだね?」
急かす奴隷商のおっさん。何を焦っている。
まるで早く決断させたいかのようだ。
不審に思った俺はおっさんと少女を検査する。少女のステータス欄にある文字を確認する。
呪い
呪い。あるロールプレイングゲームではゲームを起動するとセーブデータが消えたり、装備を外せなくなったり、錯乱したり、防御力が0になったりといろいろなマイナスの効果をもたらすあれだ。
この少女の呪いを確認する。
ラックイーター。それがこの少女の呪いだ。
この少女だけでなく、少女の周囲の運を全て0にする呪い。
これを見た瞬間、脳に閃きが走る。
分離の説明に、呪いを分離できるとあったな。
「なあおっさん。ラックイーターって知ってるか?」
おっさんはみるみる青ざめていく。ばれた、という顔だ。そして俺にとってはチャンスの到来である。
「さて、何の事かな。変な事をいう」
「残念だけど、俺魔眼があって呪いとか見破れるんだよね」
嘘だ。俺は魔眼は持っていない。持っているのは検査のスキル。魔眼は今後持つ予定ではあるが。……暗視は魔眼に入らないはず。
「やれやれ。見破られてしまったか。……あっちにいけ、商売の邪魔だ。知っているのなら買わないだろう?」
「いや、買わないとは言ってないさ。だけどラックイーター持ちなのにこの値段はないんじゃないか? 他の奴隷の10倍はあるぜ」
こういうのは強気が大事だ。と、何かの本で読んだことがある。
「……うーん、そうはいってもな。森の民、若くて美人、処女。これだけ揃っているのは貴重だ。こっちも仕入れにかなりの金を使っているし」
「でもおっさん、最近運がないんだろ? ラックイーターは周囲の運を喰らい続ける。儲け話を逃す前に売っちまった方がいいんじゃないか?」
俺と少女をおっさんは交互に眺め観念したように頷いた。
「そうだな。売れ残してもしょうがない。わかった。80000。仕入れた値段と同じだ。これ以上はまからん」
「よし、交渉成立。それでいい。じゃあもらっていくよ」
おっさんの下男が少女の値札と手錠を取り払う。これで少女は俺の物、というわけだ。特別な奴隷契約とかそういうのはないようだ。裏切りには注意する必要がありそうだ。
でも。それを差し引いても。
やばい。
テンションが上がるのを我慢しきれない。
眼前の美少女が俺の専有物だということに興奮を禁じ得ない。
翠色の長髪。伏せがちな目。均整のとれた肢体なのに、自己主張の強い胸。
背は俺よりは低いが、悠香よりは高い。
少女がぺこりと頭を下げる。髪がやや遅れてさらりと流れる。
「俺はシュン。君は?」
美少女に声をかけた。俺は主人。相手は俺の奴隷。美人であっても遠慮することはない。
わずかに奴隷を所有する事に違和感を覚えなくもなかったが、これから慣れるだろう。
「わ、わたしの名前はリリアです」
耳朶をくすぐる可愛い声だ。びくびくと怯えたように話すのを見ていると、何か悪い事をしているような気分になる。
薄汚い奴隷装束以外には何も身につけていない。しかも裸足である。
流石に裸足はかわいそうだ。肌に残る鞭の後も痛々しい。隠す服も必要だ。
防具屋に寄り、皮の靴と皮のドレスを買うつもりだと店主に告げる。リリアを女性店員に預け、サイズを選ばせる。皮のドレスと皮の靴を装着したリリアが更衣室から出てくる。代金を店主に渡す。
「今日からこれを身につけていい」
「あ、あの。いいのでしょうか。奴隷は普通履物を履きません。奴隷は奴隷の衣装のまま働かせられると聞きました」
焦りまくるリリアの肩に手をおいて落ち着かせた。相手が焦っているのを見ると自分が落ち着くというのは本当らしい。落ち着いてリリアを観察。胸は標準サイズよりも大きい。近くから見下ろすとよくわかる。足も腕も細い。ついでに腰も細かった。
「問題なし。いろいろ身の周りの世話をしてもらうつもりだし。旅することになってもついてきてもらうと思うし。裸足じゃ辛いだろ。奴隷のままの服装よりはそっちの方が安全だ。リリアは戦闘出来そうか?」
出来なくても複製で強化していけばなんとか出来るだろう。それから現在進行形で運の値が減り始めている。99だ。もう1減った。恒久的変化だったら辛い。早い内にリリアのラックイーターを分離しないと。服だけなんとかしたら、すぐに宿屋の部屋にリリアを連れ込んだ。決して事をする為ではない。
リリアの頭の上に手を置く。分離と念じる。すると掌の中に禍々しい感じの黒い宝石が現れた。検査してみると、運食いの呪石と出る。運を食う呪いの結晶です。としか表示されない。不親切だ。
俺の運は98。大勢に影響はないが、自分の運が削られたのはあまり気分のいいものじゃないな。奴隷商の店主も、その下男も運がゼロだった。彼らに幸あれ。
複製一回分をリリアの運に使う事にした。俺の運98をリリアの運にコピーする。この世界で魔物からのドロップアイテム以外に運が関係しているかは不明だが、やっておいた方が心情的に安心だ。奴隷だからといって不運でなければいけないという決まりはない。
それから分離をしたメリットもありそうだ。運食いの呪石も利用できるかもしれない。恨みのある相手に近寄って融合するのもいいだろう。それか武器に呪いを持たせる事が出来ないか。それも味方に呪いが振りかかる形でなく、敵に呪いが振りかかる形だと尚良い。試して駄目だったら下川にでも融合すればいいか。呪いの装備品でも使用すると相手に呪いを振りかけるという武器がロールプレイングゲームであったしな。呪いのアイテムを活用してこそ真にロールプレイングゲームを楽しんでいるといってもいいだろう。
というわけで捨ててもいいダガーの一本に運食いの呪石を融合する。
運食いのダガー
攻撃力:10
追加効果:削運1
削運1の説明を見てみると、『攻撃があたる度、相手の運を1削る』という能力だ。相手の運を食う能力か。どうやら持ち主が呪われるとかそういう悪影響はないようだった。これなら問題ないだろう。
分離しておいた有毒のスキル石を運食いのダガーに融合する。
運食いの毒牙
攻撃力:10
追加効果:削運1 毒付与
その様子を見ていたリリアが感心したようだ。
「ご主人さまは錬金術師なのですか? そのスキルは融合だったと記憶しています」
「錬金術師じゃないけど、融合のスキルを持っているということは正解。あ、リリアが持っていた呪い解呪しておいたから今後は普通に過ごせるよ」
え!っという顔をするリリア。反応がいいなぁ。
「本当だ。わたしのステータスから呪いが無くなっています!」
そこで私気になります、とか言ってこなくて何よりだ。大事なのは過程じゃなくて結果だよね。
「じゃあ気を取り直して今度は武器屋だ」
リリアの手を握って武器屋に向かう。鶫の手を握った際に学習したことだが、美少女の手はとにかく柔らかいのだ。そしてリリアの手も柔らかい。この命題は真である。
顔を赤くしたリリアを上手く誘導して目的地にたどり着く。
「リリアは武器なら何を使える? やっぱり弓?」
「えっと。森の民は子供の頃から弓を習います。ですからわたしも弓は得意な方だと思います」
それなら大丈夫だな。日に二回、三回と顔を出しているせいで、すっかり顔を覚えられた武器屋の店主に挨拶する。
「またきたか。お前さんに贔屓してもらっているお陰でこっちもホクホクさ」
「何度も来て悪いね。おっさん」
「俺はまだおっさんじゃねえ。で、何を買うんだ。それとも売りにきたのか?」
「両方。弓見せてもらえないか」
「ああ。弓なら三種類揃えているよ。後ろにいるお嬢さんの為に弓を用意するんなら、そこの『狩人の弓』がおすすめだ。持ち易さ、使い易さ、手入れのし易さ。どれをとっても満足いくだろう」
店主の勧めた武器を手に取る。
狩人の弓
攻撃力:20
普通だ。普通の方が使いやすいのだろうか。他の二種類の弓も検査して確認する。
木の弓
攻撃力:10
さっきと重さが変わらないし、攻撃力が下がっている。
大弓
攻撃力:30
能力:敏捷微低下
低下かよ。いらん。攻撃力は高いが、パラメーター低下は頂けないな。お勧め通り狩人の弓が一番いいようだ。
狩人の弓を一つと矢を30本。矢筒を一つ。これだけあれば十分だろう。毒矢はない。魔物を毒状態にするには自然毒では無意味で、魔法かスキルで毒にしないと効果がないんだそうだ。というわけで有毒のスキル石の需要が絶えることはないんだとか。標準で毒無効スキルみたいなものが備わっているのだろうか。
人間や動物には勿論毒矢は有効だが、この店には置かないらしい。
ここの武器屋のおっさんは話好きでいろいろ教えてくれるから今後も利用しよう。
防具屋に再び寄り、エルフ用の羽根帽子と、射手向けの籠手を購入。それから弓の弦を引くときに胸当てがいるそうなのでそれも買った。大きいからぶつかるので、だそうだ。けしからん。
羽根帽子をリリアに被せ、籠手を着けさせる。胸当ては試着済みだ。街だし、装備しなくてもいいだろう。装備が似合っていて何よりだ。
装備に雑貨を揃えて宿屋に戻った時には、もう夕方だった。
悠香には1500プライムも金を渡してあるので、腹が減って飢えているということはないはずだ。
リリアを連れて宿屋のカウンターへ。ツインの部屋に変更したいと申し出るとそれはもう嬉しそうな顔で案内された。今使っている部屋は取り消し出来ないので、新たに75プライムの部屋を使うというのだから、まるまる75プライム払う計算になる。笑顔を絶やさないのは仕方のないことかもしれないが。
リリアと一緒に荷物をツインルームに運び込んだ。ちなみに金は格納のスキルで保管してあるから安心だ。部屋にあるのは毒牙の残り滓。つまりダガーの山しかない。とりあえずリリアに待機を命じ、悠香に部屋が変わった事を告げにいく。ドアの向こうからわかった、との声が聞こえたので部屋に戻ってリリアを伴い食堂へ。一向に座ろうとしないリリアを椅子に座らせ、一緒にパスタを食べる。
「いつもどんな食事をしていたんだ」
「奴隷になってからは堅いパンにスープ。たまに野菜も出てきました。肉は出てきません。基本的に余り物ですね。そんな食事を一年も。あ、このきのこ美味しい」
エルフだけに肉はあまり好きではないらしい。野菜や果物は大好きで、リンゴに似たフルーツは俺の分もあげた。今夜の大事なお勤めに向けてコツコツ好感度を稼ぐ。なんで奴隷になったのか聞き出すのはもっと信頼関係が出来てからでもいいだろう。
食事が終わる。食い残しがない。きちんと食事をしないと育たないからな。どこがとは言えないが。奴隷に飯を食べさせることは主人の義務だ。
「それじゃまずは……」
と言ったところで悠香が降りてくる。タイミングいいのか、悪いのか。俺と一緒に居たリリアを見咎め近寄ってくる。
「ねえ。その女は?」
露骨に不機嫌な声だ。声音が冷たく刺々しい。視線が痛くて仕方ない。しかし俺はこれを乗り越えると決めたのだ。
「新しいパーティーメンバーだ。リリア。俺のパーティーのハルカだ。挨拶して」
「はい! この度ご主人様の奴隷となりましたリリアと申します! 一生懸命働きたいと思います!」
リリアが立ち上がり、ぺこりとお辞儀をする。
「あ、うん。シュン。説明して」
なんて冷たい空気なんだろう。ここだけブリザードが吹き荒れている。
「リリアが売られてた。なんか放っておけなくて買った」
「買ったって犬猫じゃあるまいし! 人間はペットじゃないんだよ!」
バンッ!とテーブルを叩く悠香。その激昂に周囲が何事かと振りむいた。衆人環視の中、
「最低」
それだけ吐き捨てて、悠香は階段を上がった。これはかなり頭にきているんだろうな。
「わたしが至らなかったのでしょうか」
シュン、と肩を落とすリリア。いや、全然リリアは悪くないんだが。悪いのは俺、または俺の居た世界の価値観。こっちでは奴隷は普通なんだろう。悠香はまだ現実の世界の価値観を引きずっている。
「そんなことないさ。ちょっとしたすれ違いさ」
リリアの頭を撫でて部屋へと引き上げた。
さて。
とりあえず悠香と冷却期間を置くべきだろう。最悪、悠香とのパーティーは出来てそうそう解散なんて憂き目に遭いそうだ。
イケメンならこんなときどうするんだろうか。
思考がずれた。
折角リリアを手に入れたんだから、リリアの強化をしていくべきか。パーティーが一旦解散になるとしたら、悠香よりは俺かリリアのステータスを強化しておいた方がいい。
部屋のベッドに腰掛けてリリアを手招きする。
「はい。なんでしょうか」
そんな花のような笑顔を向けられても。複製の残り一回分は、俺の魔力をリリアにコピーすることにした。魔力60。成功だ。
「俺の奴隷になって後悔とかないか」
「いいえ。いろいろびっくりすることはありますけど。奴隷ってもっと苦しくて辛いものだと思っていました。ご主人さまはあまり暴力的な人じゃなさそうだし、服も食事も立派なものを与えてくれました。なにより、今まで私を苦しめていたラックイーターの呪いを解呪してくれました。それだけでわたしにとって、恩人です。……失礼します」
そう言うとリリアは俺をそっと抱き締めた。
優しい腕の温もり。
胸の双丘が柔らかく俺の顔を受け止める。
知らずに、俺は泣いていた。
鶫に相手にされず。
クラスメイトにはパンを一週間も朝昼晩と供給しても感謝さえされず。
友達だと思っていたタツには敵視され。
悠香には嫌われ。いや、まあこれは俺も悪いが。
この世界に来て。
俺は初めて人の優しさに触れた気がした。
それが奴隷と主人の間の主従関係だったとしても。
「リリア。このまま……いいか?」
このままリリアを抱いて嫌われるのは嫌だ。元々そういうことをするつもりで買ったのだが、わずかな間にリリアに嫌われたくないという強烈な想いが胸の中に生れていた。
「いいんですよ。ご主人さま。元々その為にわたしを買われたんでしょうし、買われた時から覚悟しておりました。遠慮はいりません。……でも。わたしは、わたしだけがひとりぼっちだと思っていたんですが、ご主人様もそうだったんですね」
リリアの笑顔。わずかに目じりに涙が浮かんでいた。涙の理由はわからない。その涙を指で掬い取ると、俺はリリアの唇に自分の唇を重ねた。
チート度が増していきます。
読んで下さっている方、ありがとうございます。
ご都合主義でも頑張ります。