街へ
●街へ
チレットの街へ向かう馬車に乗る。200プライムは前払いしてある。途中、出てきた魔物(主にオオムカデ)は狩らせてもらった。商人に感謝された。ドロップした毒牙を買い取ってもらい、更に夕飯も分けてもらった。悠香のステータスを見ると戦士の職業に就いていた。ジョブチェンジの条件はどうなっているのか不明のままだ。街についたら聞き込みしてみよう。
戦士
能力:生命中上昇 筋力中上昇 体力中上昇 耐久中上昇 知力小低下 中型武器装備 大型武器装備 盾装備 鎧装備
どうやら視力などステータス外の能力は上昇していないらしい。肉体系の能力がアップしたものの、知力が少々落ちている。特に問題にはならないだろう。
馬車に揺られながら自分のステータスを確認する。落ち着いてステータスを見直すのはこれが初めてだ。何か発見があるといいのだが。
ひとつひとつにカーソルをあわせて追加説明を読む。己を知らなければ行動も何もあったものではない。俺の狩人にも弓装備の能力がついていたが、説明を読み忘れていた。どうやら装備能力は特定の武具防具を装備したときに恩恵が得られるらしい。弓だろうが槍だろうが装備自体は誰でも出来るようだ。無職の状態でも剣は装備出来るが、戦士が大型武器を装備すると更に攻撃力が上がるらしい。つまり職業にあった装備をすれば更に強くなれるというわけだ。自分の能力を100パーセント使わなければ切り抜けられない場面も出てこないとは限らない。覚えておいて損はないだろう。
自分の能力も確認した。複製。これは何回か使っている。複製は能力をコピーする。ふと、俺の能力を悠香にコピーできないものかと考える。全体化は外す。抹消や複製のスキルはそもそも選択出来ないようだった。別にコピーするつもりはないが。差し当たっては言語が一番いいだろう。悠香も言葉が通じなくてストレスが溜まるって言っていたし。言語を選択して複製、と念じる。悠香のステータスに無事スキルを張りつける事ができた。
「悠香、言語のスキルを持っていないか」
「言語?」
「ああ。武田なんかが村の人達と会話してただろ。知っての通り、俺は持っている」
「ない」
確認くらいしろよ。
「いいから確認してくれよ」
急かすとちゃんとステータスを見てくれたようだ。言語のスキルをきちんと装備したのを確認する。これで悠香はこの世界の人と話が出来るはずだ。なんで増えたんだろうという疑問には付き合わない。お互いの職業が変わっている事に話題をずらした。
「悠香のジョブって何?」
一応聞いてみる。嘘を吐かれたかどうかはすぐに分かる。
「私は……昨日まで無職だったけど、今は戦士だね。肉体的な能力が結構アップするみたい。刀が装備出来れば一番いいんだけど。持ち慣れているし」
毒牙を見ながらいった。一応断っておくけど、毒牙は一応レアドロップらしいよ。ほぼ毎回落としているけど。
「戦士か。俺は今狩人のジョブになっている。視力が上がっているせいで結構遠くまで見える」
そういって山の斜面を見る。実感はわかないが、細かい文字まできっちり見えるので視力はアップしているのだろう。馬車に揺られながらでもはっきり文字が読めるし、全然ぶれずに対象を追えている。遠くでヨロイサソリがかさかさ動いているのがわかった。抹消。消えた。
「チレットの街についたら何するの?」
「今はとりあえず宿を取って情報収集。俺達この世界のこと何も知らないし。それから装備をちょっといいものにしたいな。いつまでも学生服ってわけにもいかないだろうし」
「そうね。私もう一週間もこのスカートだし、いい加減新しい服を着たいわ」
シャツとパンツは昨日買い換えた。一応リュックサックに詰めてあるが、出番があるかどうかは不明だ。悠香のシャツを嗅ぎたいなんて思わない限り、問題はないだろう。俺はそこまで変態のつもりはない。
「じゃあ宿、情報、装備か。それから冒険者ギルドがあるって話だし、そこに顔を出してみよう」
悠香はわかっている、という顔をして頷いた。目標は元の世界に戻る手段を探す事だ。それにはまず情報が必要だ。そして生き残る為には金が必要だということも分かる。
金はどうやって稼いだらいいか食べ物を分けてもらいながら商人のおじさんに聞いてみると、元手がないけど戦えるなら冒険者ギルドがいいという話だった。ゲームの定番だがやっぱりこの世界にもあるのね、冒険者ギルド。やることは単純だ。依頼を請け負ってモンスター討伐、アイテム収集、それからちょっとしたお手伝いなんかもあるらしい。モンスター討伐依頼は抹消に頼ればどうにでもなるだろう。それから融合を使って稼ぐって手もある。王都には融合屋や合成屋なんて店もあるそうだ。店を開くなら錬金術ギルドで許可を受ける必要があるそうだが、依頼の場合は、話は別だ。スキル持ちならいいらしい。何はともあれ、俺は珍しくわくわくしながらチレットの街へと向かったのだった。
●チレットの街到着
行商人への別れの挨拶を済まし、悠香と街を探索する。チレットの街並みは地中海沿岸イタリアの古い街並みを想像してくれればそんなに外れてはいないだろう。街の南は海に面し、微かに潮の匂いがする。北は雄大な山脈がそびえ、そこから西へと進めば草原が広がり俺達が来たタタールの村へと続く。東は鬱蒼とした森が広がっている。森を抜け一週間も馬車に乗れば王都ガルガンだ。
チレットの街は海、山、森といろいろな自然に恵まれているお陰で食糧は豊富だ。同時に魔物もバラエティ豊かに分布している。ということを行商人から聞き出してある。
ここでひとまず体制を整え、王都に向かうのがいいだろうと悠香と相談済だ。
「着いたね」
悠香が嬉しそうに立ち並ぶ露店を見る。見たことのない果物、魚。見事な木彫り細工。余裕が出来たら見て回るのもいいだろう。ここがしばらくの拠点となりそうだ。事前に決めた通りまずは宿の確保。広場に面した割と大き目の宿にする。宿は中堅以上でお願いとの悠香の希望を聞き入れた形だ。ぼろ宿は女の子に評判が悪いようだ。粗末なベッドで毛じらみや病気を移されるのは嫌だろうし、ここはある程度の出費をしておくことにした。
お値段一人50プライム。夕食朝食付きだ。
宿を出たら次は冒険者ギルド。4つ隣の建物だ。
ギルド受付のお姉さんに話を聞く。
「初めての方ですか? ならまずはギルドへの登録をしなくてはいけません。お二人の御名前を教えて下さい」
二人の名前を告げると、受付のお姉さんは慣れた手つきで必要事項を記入しておく。
「お二人の登録証を発行します。再発行には3000プライム掛かりますので保管には十分注意してくださいね。水晶の上に掌を置いて下さい。この水晶は登録水晶と言って魔力パターンを認識します。一人一人魔力パターンが違うので偽名でもう一回登録、ということはできませんからね」
水晶に掌を置くと空中にカードが一枚浮き出る。鉄でもない。何か不思議な金属で出来たカードを俺と悠香の二枚分手に入れる。
「はい、登録完了です。次に依頼について説明します。向こうに赤青黄の三色の掲示板があります。赤の掲示板は緊急性の高い依頼です。高額報酬が出ますが、同時に何組でも誰でもこの依頼を受けることが出来ます。ですが依頼を達成したパーティーしか報酬を受け取る事ができません。青の掲示板は緊急性の低い依頼です。誰でもこの依頼を受けることが出来ます。この依頼内容は誰かが依頼を受けていると、その間他の人は受ける事ができません。黄の掲示板は指名依頼です。特定のスキルやジョブをお持ちの方のみ受けられる依頼、個人やパーティー名を指定しての依頼などがここに掲示されます。誰かが依頼を受けていると、その間他のパーティーは依頼を受けることができません。どの掲示板でもその依頼内容の下に、現在依頼を受けているパーティー名が表示されます。基本的に依頼失敗にはペナルティーがあります。赤の依頼については他のパーティーに先に達成された場合のみペナルティーはありません」
長い説明を受けた。要するに、赤は達成者の早い者勝ち、青は依頼を一番初めに受けた人の勝ち。黄色は指名だ。失敗したらペナルティー。俺は複製のスキルがあるから黄の掲示板は有利に選べるかもしれない。足りないスキルは様子をみてこのギルドで拝借させてもらえば万全だ。赤の掲示板は無駄足に終わる可能性もあるから様子を見ておこう。地理に明るくなるまで受けないのが無難かもしれない。青の掲示板は競争がないので依頼が達成しやすいだろう。
「お二人はパーティーですか? ならパーティー名の登録をお願いします。パーティーメンバーに上限はありませんが、報酬は頭割です。依頼によってその都度パーティーを組み直す事は可能です」
「折角だし、登録をしよう。悠香は何か希望の名前があるか?」
悠香はしばし考えた後、ぽつりとこう言った。
「……アナザー・クラス?」
もうひとつの学級。悠香はそう名付けた。どんな願いが込められているかも、察しがつく。村に居た時は上手くいかなかった。俺も、悠香も。未だに葛藤もある。不満もある。でも次はきっと上手くやる。だって俺達はこの世界でたった40人だけの仲間なんだから。
「……そうだな。うん、それでもいいかな。ここから始めるんだ、俺達は。俺達のパーティー名は、アナザー・クラスだ!」
●初めての掲示板
パーティー名も決まった。次は依頼の受注だ。やりたい依頼を決めてそれを掲示板から剥がし、受付のお姉さんのところにもっていく。悠香には青の掲示板を中心に見てもらい、俺は黄の掲示板を中心に見る。
『依頼:眼鏡に遠見のスキル石を合成(融合)して遠見の眼鏡を作成して欲しい。【指定】合成か融合スキルを持っている事。職業不問。【報酬】4000プライム 【備考】難易度A 【経過】30日』
こんな感じで合成や融合の依頼は多いようだ。この難易度という指標はなんだろう。さっきの説明にはなかったはずだ。依頼を剥がして受付のお姉さんの所へ持っていく。
「この難易度Aっていうのはどういうことですか?」
「おや、いきなり難易度付きの依頼を持ってきましたか。依頼によっては難易度が付いている事があります。その依頼を受ける目安です。ランクと難易度の違いに注意してください。Aランクの依頼はAランク以上の登録証を持っていないと受けられないのですが、難易度Aはどのランクでも受けることが可能です。登録証を見て下さい。貴方の登録は先程したばかりなのでEランクと書かれています。Eランクの冒険者は難易度Eの依頼から順にこなしてレベルアップを図って欲しいとのギルドの意図です。勿論Eランクでも難易度Aの依頼は受けることが出来ますが……。ちなみに失敗のペナルティーは200プライムです」
なるほど。最初はEランクから始めて順に依頼をこなしていくのか。説明はなかったが、依頼を沢山こなせばランクが上がるのだろう。ランクにどんなメリットがあるのかは分からないが。
「じゃあこれ受けます」
「本気ですか? 融合や合成のスキルは錬金術師のジョブスキルです。登録証を見る限り、お二人は狩人と戦士ということなので融合や合成を持っているようには見えないのですが……」
「大丈夫です。任せて下さい」
アイテムの融合はしたことないが、スキル石を自分に融合した事はある。同じ要領だろう。
「……そうですか。錬金系クエストは初めてになりますので、合成か融合のスキルを確認させてもらいます。ダガーと炎の石を持ってまいりますので、少々お待ち下さい」
受付のお姉さんは短剣と石を一つ持って戻ってきた。
「その二つを融合すればいいわけですね?」
「はい。その二つからファイアーダガーを作成出来れば成功です。お願いします」
俺は短剣と石に触れて融合と念じた。すると二つは輝きだし、石が消えて、短剣の刃が紅に染まる。
「……すごいです! 確かに融合のスキルをお持ちのようですね!」
ふふふ、これで我が街も融合スキル持ち冒険者が、とか独り言を言っているお姉さんに話しかけると我に返ったようで、
「はい。では受領します。パーティーで受けますか? それとも個人で受けますか?」
「ちょっと相談させて下さい」
悠香を手招きして呼ぶ。どうやら依頼内容を吟味していたようだ。
「何かいいのあった?」
「ああ。俺個人で十分なはずだけど、悠香もついてくるか? 悠香が一人でもいいなら、バラバラに行動してもいいけど」
「ええと、折角パーティー組んでいるんだからやっぱり一緒に活動したいかな。初めての依頼は二人で受けたいよ」
なんだと。可愛い事言いやがって。二人でやりたいなんて人生一度も言われた事がないぞ。動揺してしまった。
「……ご、ごめん。そこまで気が回らなかった」
「いいよ、私達まだこの世界の勝手なんて全然分からないんだから。気長にやっていこう」
融合の依頼を受ける事にする。それが済んだら悠香の選んだ依頼に取り組んでみよう。受付のお姉さんに依頼を受ける旨を伝える。
「はい。ではお願いしますね。依頼主の住所はこちらになります。依頼主に会ったらまず登録証を見せてギルドの依頼で来たと一言お願いします。では登録証を貸して下さい。……はい、確かに。『アナザー・クラス』の皆さん、いってらっしゃいませ」
依頼主の所在地が書かれた地図を受け取って、ギルドを出た。
●初めての依頼
悠香と連れだって歩く。二人きりで街中を歩いてもあまりデートという気にはならない。そもそも会話が続かない。途切れる。何話せばいいの?
だって女の子と二人で歩いている所を想像してみて欲しい。いままでライトノベルやアニメに漫画、そしてゲームだけで人生を過ごしてきたのに、どんな話を振ればいいんだよ。何話せばいいか分かんないよ。ゲームなら選択肢が出るが、そんなものはない。
少し混乱はしている。
でも女の子と二人で行動するというシチュエーションはいい。会話は少しずつ慣れればいいのだ。どうせ二人きりだしな!
つまり少しはデート気分だったということだ。結局、可愛い女の子と二人連れで歩くのは気分がいい。これに尽きる。イケメン気分を満喫しつつ目的地へ向かって歩く。街の中心部の割と大きめな建物だった。
ここの魔法使いが今回の依頼主だ。
「ギルドで依頼を受けてやってきました」
下男と思しき男性がドアを開けて胡散臭そうに扉を開く。
見た瞬間すぐに検査をする。
特に特徴はないようだ。
どうぞ、と声がかけられて屋敷の奥へと通される。暗めの部屋で、何か熱心に実験を繰り返している人物が依頼主なのだろう。
「おお、待ち焦がれたぞ。そこの君達、入りたまえ」
ぺこりと頭を下げて部屋へと踏み入る。怪しげな薬草や素材が無造作に積み上げられていた。椅子に腰かけた人物は、建物の中にいるのに帽子を目深に被っていて、表情は読み取れない。声は中性的で、性別や年齢の判断もつかなかった。
「帽子を被ったまま失礼するよ。さて、君らがギルドから派遣された、合成か融合のスキルを持っているパーティー、ということでいいのかい?」
「はい。そうです。俺が融合のスキルを持っています」
俺と悠香はギルドの登録証を見せた。
まだアイテムの融合は一回しかやったことが無い、とは正直に伝えなくてもいいだろう。一度は経験している。大丈夫だ。
「じゃあ早速やってもらおう。何、心配することはないさ。融合のスキルなら合成のスキルと違って失敗するということはない。気楽にやってくれ」
合成スキルだと失敗することがあるのか。そして融合スキルは失敗しない。貴重な情報だ。覚えておこう。眼鏡と遠見のスキル石が目の前に置かれる。検査した。融合すると、『千里眼』というスキルになる。名前からして遠くの様子を見る事の出来るスキルなのだろう。俺も欲しい。風呂や着替えを覗き放題、ということだしな。しかし何で自分自身に融合せず、眼鏡に融合するのか。まあ本人がそうしたいっていうんだから、それでいいか。詮索すべきじゃないな。
「頼むよ」
依頼主の声に我に返り、二つの物品に手を伸ばす。両手に一つずつ。二つに触れて、融合と念ずる。後ろで悠香が心配そうに見守っているのは気にしない。大丈夫、絶対出来るという感覚が俺にはあった。
「おお。上手くいったようだね」
白い光に包まれた二つの物体が統合される。右手にあったスキル石が消滅した。検査をすると、
遠見の眼鏡:視力小上昇 千里眼
と出る。確かに成功したようだ。
「成功したようです。緊張しました」
眼鏡を手に取った依頼主は早速かけた。実際に装着して効果を確認しているのだろう。気が逸れた隙に検査をさせてもらう。見たことのない魔法がいくつも並んでいる。複製の候補だ。しかしまずは悠香の能力を整える方が先なので見送る。そもそもMPがなかった。
「そうだね。この街には錬金術の使い手がいないから王都から倍額払ってわざわざ呼ばないと無理かなと思ったんだけど、君が来てくれてよかったよ。スキルは確かなようだね。次からは君指名で呼ぶとしよう。名前を教えてもらえるかい?」
「シュンです。後ろの女の子はハルカ。パーティー名は『アナザー・クラス』」
一応パーティー名も売名しておかなくては。
「なるほど。錬金のシュンだね。確かに覚えたよ。さあ、依頼完了票だ。持って行ってくれ」
俺は錬金術師じゃなくて狩人なのに……。それになんだよ、錬金のシュンって。いや、ちょっとかっこいいか?という突っ込みはいれず紙きれを一枚受け取る。依頼完了票? 何これ。
挨拶もそこそこに、票を持ち帰り冒険者ギルド受付のお姉さんに渡すと依頼完了票について説明してもらう。
「はい。これも伝え忘れていました。ごめんなさい。依頼条件を達成し、依頼完了票を受け取ってギルドの窓口まで持ってきて初めて完了です。討伐クエストでは完了票が無いこともありますから注意してくださいね。折を見て、説明をしたいと思います。さて、依頼完了票の確認が取れたので4番窓口に行って下さい。そこで依頼の報酬を受け取れます」
成功報酬の4000プライムを受け取る。悠香も嬉しそうだ。この報酬を使って装備品を揃える事にする。装備とまでは行かなくても、いい加減制服は嫌だ。悠香もスカートをひらひらさせながら戦うのは嫌だろう。俺はパンチラ的な意味でオッケーだけど。
というわけでまずは防具屋。皮の鎧と皮の帽子と皮の籠手と皮の靴を必要な分揃えた。学校の靴では森や山歩きは辛い。あわせて1200プライム。もっと高級品はあるが、もっと筋力や体力のステータスを上昇させてからの方がいいだろう。持ってみると重くはない。しかし身動きとれなくてフルボッコというのは避けたい。
次は武器屋だ。二人分の武器を揃える事にする。俺は狩人だが弓は使った事がない。能力の恩恵を受けないが、毒牙一本で十分だろう。抹消があるしな。しかし悠香は違う。話を聞いたところ、剣道部だが薙刀も習っていたらしい。しかも剣に限っても学外の道場では二刀流で稽古をしているとは。意外に好戦的なのかな? この世界に薙刀はないかもしれないので、槍を持つか、毒牙と剣の二刀流のどちらかで頑張るつもりらしい。
「ね、これなんてどうかな?」
悠香に声をかけられて我に返る。
「鉄槍か。結構重そうだな」
「そうだね。槍は薙刀と似てるっていうし、結構いいかな。でももう少し軽いといいんだけど……。それに森に入るんだったら長槍は振りまわせないし、やっぱり剣の方が安心かな。うーん、これなんかどうかな?」
そういって悠香は竹刀程度の長さの剣を選んだ。刀身は反っていないが、片刃。木刀に感覚が近い方が困惑も少ないはずだ。検査する。
疾風の剣
攻撃力:50
能力:敏捷小上昇
能力付きの剣だ。これは使えるだろう。毒牙の攻撃力の5倍もあるし、敏捷があがるので攻撃にも回避にも役に立つこと間違いなしだ。間違いないんだけど、能力……? 何か忘れているような……。
「じゃあこれで! 1000プライムだけど買ってもいい?」
高い気がするが、上目遣いで聞かれたら当然はいと答えざるをえないな。可愛い女の子はいろいろ人生得なんだろうな。そして俺は貢ぐ側の人間だったという事実。
武器を購入して宿屋に戻る。
悠香と別部屋だからって別に悔しくなんかない。
そう。焦りは禁物なのだ。
それより、能力ということで俺は失念していた事を思い出していた。
融合。
分離。
分離は一度も使ってない。死にスキルだ。まずは分離の能力を確かめる。アイテムから能力を引きはがすのは可能かどうか。HPは8パーセント消費する。毒牙を取り出して、分離と念じる。すると、毒牙はダガーと有毒のスキル石の二つに分離した。この実験に成功した俺は、考えを改める。……大変な失敗をしていたかもしれない、と。
残しておいた毒牙は悠香と俺の装備用に二本。それから予備用ということで更に二本取ってある。残りは武器屋で売り払った。
有毒のスキル石を持って、悠香にちょっと出かけてくると断り、武器屋に戻る。
有毒のスキル石がどれだけで売れるのか。それを確かめる。
10000プライム。
破格である。
防毒のスキル石程ではないが。
毒付与の能力がある毒牙の売却値段50プライムの200倍だ。(村ではおまけで高く買ってもらったが)
推測だが、おそらく分離というスキルが知られていないのだろう。知られていたらもっと毒牙は価値があってもいいはずだ。若しくは、有毒のスキル石の取引はもっと安く済むはずだ。
そのどちらでもないということは、分離はおそらくレアなスキル。しかも使い方次第では相当な利益が見込める。
そして俺は大失敗を認めねばなるまい。
毒牙をホイホイ売るんじゃなかった……。武器屋の隅っこで落ち込んだ。
後悔先に立たず。
済んだものは仕方ないか。
有毒のスキル石を売ってとりあえずの10000プライムを得る。
有毒のスキル石はかなり需要があるようで喜ばれた。王都でオークションに流せば20000に届く時もあるらしい。いいのか、そんなこと俺に教えて。供給過多にしてやるぜ。
いい事を聞かせてもらったのでそのお礼に武器を買う。悠香に疾風の剣の二本目をプレゼントすることにする。他の品には能力がついている武器はないようだったし、今後を考えれば疾風の剣だろう。有毒のスキル石を疾風の剣に融合したらどうなるのか。疾風の剣から分離するとどうなるのか。好奇心が尽きない。
毒を失ったダガーに価値はない。まさかの買い取り10プライム。パン5つ分である。パンが高いのかダガーが安いのか。
売ってもたいした事が無いようなので投げナイフの練習用に取って置く事にした。失くしても困らないし。
宿に帰り、有毒のスキル石を毒牙から分離する。おまけのダガーの三本目が出来た。パーティーが保有する毒牙は四本。三本を俺が持っていて、三本全てから有毒のスキル石を分離した。
疾風の剣と有毒のスキル石を融合する。
疾風の毒刃
攻撃力50
能力:敏捷小上昇 追加効果:毒付与
というアイテムが出来た。攻撃力には変化がないが、毒付与の追加効果がある。
融合は成功だ。
まあ剣の見た目に変化はないんだけどね。
次に魔法とダガーの融合を試みる。
試すのは火炎弾とダガーだ。
しかし、手に持たない物をどうやって融合させればいいのだろう。火炎弾と融合、と念じても反応はない。試行錯誤してみるが、反応がないので諦める。何か手段があるのだろう。出来ると説明されている以上は、出来るはずだ。
「……飯でも食うか」
悠香と夕飯でも食べれば何かいいアイディアでも出るだろう。出てほしい。俺は悠香を呼びに行った。
●スキル
夕飯はパスタだ。サラダと焼き魚。焼き魚は久しぶりだ。久しぶり過ぎて泣きそうだ。悠香なんて涙流してありがとうシュン、とか言ってるし!
これもしかしてフラグ?
この街は海に面しているので魚料理も出るだろうとは思っていたが。
当然日本人である悠香にも大好評だった。
大好評過ぎた。
まさか泣かれるとは思わなかった。
一週間村で食べたパンの食事とは雲泥の差ではあるが。
隣の席から白い目で見られるのは俺だ。何故だ。俺が泣かしたんじゃないぞ。いや、俺が泣かしたことになるのか?
食べる。噛む。味わう。
白米がないのがつくづく惜しい。秋刀魚に近い食感だったと付け加えておく。醤油さえあれば良かったのに……!とは悠香の言である。
夕食の終わり際に疾風の毒刃をプレゼントしたら更に喜ばれた。あれ、女の子に武器プレゼントって喜ばれるものなの?
この世界では夜に明かりを灯すのも一苦労だ。蝋燭と火種で1プライム取られる。悠香は早く寝るのでいらない、と断った。俺はというと、明かりをつけて再度スキルの洗い直しに時間を割いていた。毒牙からスキル石を引きはがすのは勿論、分離については今まで深く考えてこなかった。初めから分離を活用出来ていたら……いや、よそう。過ぎた事は仕方ない。
融合について実験する。ダガーとダガー。ダガーと皮の籠手。結論から言おう。失敗である。特に融合に失敗しても俺のHPがガリガリ削られるというデメリット以外に特にない。融合に使った素材が失われるということもないようだ。
次に実験するのは設定だ。初めに一回使った後、随分放置していた。今回はどうか。設定と念じる。
目
口
鼻
牙
耳
腕
足
翼
角
尻尾
などいろいろな名前が表示される。
共通項目は、体の一部だということだ。合計値の欄は831ポイントと書かれていた。前回は20ポイントすらなかった。多分、筋力や体力などのパラメーターを合算したものだろう。それならこんなに増えていることに説明がつく。
カーソルと念じて目にカーソルを合わせた。すると、目の項目と表示される。
基礎視力 第三の目 暗視 過去視 未来視 ……等の項目がずらずらと並んでいる。下にスクロールしていっても終わりが見えない。しょうがないので諦めた。
基礎視力は視力を上昇させる効果だ。狩人の能力に視力小上昇がついているが、多分そんな感じの能力だろう。第三の目は額に新しい目を獲得するのだそうだ。漫画やゲームで見たことがある。
他の項目も大体察しがつく。おそらく魔眼という奴だ。未来視や千里眼というメジャーな魔眼、現代では超能力として扱われている透視等。その横にある数字から推測すると、おそらく合計値を消費したら魔眼を取得出来るというのだろう。
なるほど。設定と言うのは能力を強化・追加したりするのか。その代償はステータスの能力値。魔眼が欲しければ筋力や体力を諦めろということだな。耳を強化したければ耳の項、鼻を強化したければ鼻の項をいじればいいのか。
いろいろ設定を変更出来るわけだが、一番心をくすぐられたのは魔眼だ。誰でも一度は憧れる魔眼。憧れたのは俺だけじゃないはず。多分。
しかし魔眼の消費ポイントはどれもずば抜けて高い。聴力上昇なんて20ポイントなのに、魔眼は500や600なんてレベルだ。もっとステータスが伸びれば支払えるだろうが、下川にやられたときみたいに最弱ステータスは勘弁してほしい。
うじうじ悩んでも仕方ないので千里眼を選択する。今日遠見のスキル石を見たときいいなと思っていた奴だ。消費は400。現在のステータスを確認する。
レベル3
生命60 魔力90 力60 体力70 耐久70 敏捷100 知能80 器用さ45 運100 意志56 運命100
攻撃力70 防御力70 HP60 MP0
魔法:治癒の風 断罪の光 清純の水 火炎弾 飛行 大地の礫 炎の刃
所持金12235プライム 職業:狩人
装備:宿屋の寝巻
やめた。急ぎ過ぎない方がいい。もう少しステータスを稼いでから魔眼を手に入れよう。幸い冒険者ギルドには高ステータスを誇る奴もいるようだ。そいつらからステータスを複製していけば、千里眼を手に入れることが出来るだろう。千里眼がスキルなら、それをコピーした方が早いわけだし。
というわけで暗視の項を見る。消費は50ポイント。知力を50ポイント捧げる。血の巡りが悪くなった気がするが、気にしない。
レベル3
生命60 魔力90 力60 体力70 耐久70 敏捷100 知力30 器用さ45 運100 意志56 運命100
攻撃力70 防御力70 HP60 MP0
スキル欄に暗視があるのを確認して、装備。蝋燭を消した途端、一瞬の間をおいて景色が切り替わる。全体的に緑色の視界だ。はっきりベッドやドアがわかる。これで夜襲やダンジョンも安心だ。