村へ
●対立
そんな感じでオオムカデを消し去り鶫と他三人(残りは全員男だから割愛する)をクラスメイトの大半が集まっている箇所に連れていく。俺の事を待っていてくれたようで、カズはほっとした顔をした。
「迷っていたようだから連れてきた」
それから級長が俺の後ろに並んでいた四人を確認して笑みを浮かべる。
「何処に行ったかと思ったけどよかった。皆無事だったんだね。単独行動は危険を伴う。出来るだけ控えてほしい。未知の場所で集団がバラバラになるのは避けたいからね。さて、四人のステータスを教えてもらってもいいかな?」
ホラー映画で単独行動は死亡フラグだしな。
俺の持っている毒牙に気付いた副級長が、
「そのナイフを何処で手に入れたの?」
ちょっと怯えを含んだ目でこちらを見ながら言った。
鶫はこちらを見ながら困った顔をしている。ちょっとかわいい。
「俺が見つけた。無いよりは有った方が身を守れると思って」
「へぇー、なら俺が使ってやるよ。貸しな」
へらへら笑いながら近寄ってきたのは髪の毛を金髪にしている下川だ。ステータスは体力が高い。スキルをあまり人目に晒したくない俺は固まってしまった。でもナイフは俺の戦利品だ。
「嫌だね。ろくな目に合いそうにない」
イラッとした表情を見せる下川。一気に温度が冷えた気分だ。現実世界に居たのなら下川にとてもじゃないがそんな口答えなんて出来なかっただろう。
「ならお望み通りろくでもない目に合わせてやらァッ!」
下川に腹を殴られる。下川の攻撃力はそこまで高いわけではないが、俺の耐久力は最低だ。HPが5減る。体がまともに動かない。冗談抜きに瀕死だ。あと一回殴られたらゼロだ。たったそれだけで死ぬ。
蘇生は装備しているものの消費MPが2必要だ。複製を二回使ったから発動出来るだけのMPがない。やばい、死ぬぞ。誰か俺を助けろ。助けてくれ。じりじりと距離を詰める下川を見つめる。残りHPは半分。じゃないと下川を消すぞ。スキルは隠せるにこしたことはない。だが死ぬのは当然嫌だ。
使うか?いくら隠したところで俺が死んでしまっては無意味だ。抹消は最終奥義だしこれだけで正直最強だと思うが、隠せるなら隠したいし、そもそも何度も使えない。残りのリソース的には早く決断しなければならない。
下川がぽきぽきと骨を鳴らしながらゆっくりと近寄ってくる。もうすぐ傍だ。2メートルもない。ナイフを刺し出すか?それともナイフで突くか?駄目だ、逆上して残りのHPが削られかねない。誰か止めに入るやつはいないのか。皆見ているばっかりなのか。
畜生。級長も、カズも、タツも動かない。
鶫。鶫もこちらを心配そうな目でみるだけで動こうとしない。どいつもこいつも俺の事を助けないつもりか。下川よりもステータスが高い奴がいるはずなのに。級長やタツ。お前らだよ。薄情者。それならそれでいい。こっちもそのつもりで動くから。
「これ以上痛い思いしたくなかったらそのナイフをよこせよ」
下川が倒れている俺の胸をドン、と踏んでぐりぐりと踵を押しつける。3のダメージを受ける。下川は軽い脅しのつもりなんだろうが、俺にとっては激痛だ。迷っているうちにライフは2。虫の息だ。やばい。やばい。やばい。どうする? 抹消が使えない、死んじまう!
「……わかった。渡すから離れてくれ」
「最初からそうすればいいんだよ。これは俺がもらっておく」
下川は獰猛な笑みを浮かべて俺から毒牙をもぎ取った。畜生。くるりと背を向け、仲の良いグループへと向かっていく。……助かった。でも、助かったのは俺の運が良かっただけだ。運を100にしておいたお陰か。二回とも5のダメージだったら即死だった。下川は俺がこんなにもHPが低いことを知らないはずだから殺そうとまでは思っていないのかはしれないが、本当にギリギリだった。下川が調子に乗って後一回蹴ってくれば死ぬところだった。
次は絶対に迷わない。
死にたくない。
下川が『俺に』暴力を振るったら、もしくは暴力で言うことを聞かせようとしたら次は容赦なく抹消を使うべきだ。肝に銘じておこう。目元が滲んで前が見えなくなった。
●村へ
ナイフを奪われてから、三時間経った。その間俺はずっと木にもたれかかって項垂れていた。その間誰も話かけてこなかった。放置かよ。HPも再生のスキルのお陰で回復して、思考もだいぶ落ち着いてきた。
級長の指示で斥候をしていた男子のグループが戻ってきた。体力と素早さがいずれも高い。確かに偵察や斥候には向いているだろう。
ここから現実へ簡単に戻れないなら、どうにかして衣食住を確保する必要がある。ひとまず衣は問題ないとして、食べ物と寝る場所の確保は必須だ。野宿なんて現代の高校生はしたことない奴が大半だろうし、何か食べなければ死ぬ。特に飲み水の確保は必須だ。三日と持たない。まず間違いなく自動販売機なんてないだろう。そこらの野草だって何が毒をもっているのかわかったものじゃない。検査をすれば有毒か無毒かの判別は出来るかもしれないが、どうやって食べればいいのかわからない。結局、現地人を探すのが手っ取り早い。
「ここから谷にそってまっすぐ降りていけば村があるそうだ。家は40軒程。どうにかして野宿は避けたいから、頼み込んでみよう」
級長の判断に異を唱える奴は誰もいなかった。俺もそれでいいと思う。他にいい手はないだろう。
級長を先頭に、山を降りる。
途中それとなく探査を使い、ムカデがいないか探してみる。
いた。
結構いるもんだな。上手く最後尾に回って隊列を離れると、ムカデを抹消した。今回のドロップは銅貨三枚だ。それに毒牙。これで銅貨四枚、40プライムだ。プライムがどれほどの価値があるのか分からないが、毒牙も売ることが出来たら宿代の足しになるかもしれない。今度はばれないようにズボンの後ろに差して上着で隠す。不自然に盛り上がっているかもしれないが、さっきみたいに手に持っているよりはマシだろう。HPが減ったが再生で回復した。再生は地味に便利だ。下川に殴られたり蹴られた時にはパニックになっていたが、再生を使えば良かったんだな。
タタールの村に到着する。
なんで名前がわかったかというと看板が読めたからだ。日本語でないので大半の奴が読めなかったに違いない。言語のスキルがあってよかった。クラス内で言語のスキルを持っている人数は4人。才能ポイントを5振る必要があったらしい。どうやら他のクラスメイトもスキルにポイントを振ろうとした奴が居たようだが、5より先はポイントを振れなかったと言っていた。もしかしたら、最初の段階で特別な条件があったのかもしれない。俺は何故かは分からないが100ポイント全部振れたので余裕で持っている。鶫が俺の袖を引っ張る。
「さっきはごめん。私、見ていることしかできなかった」
「いいよ。他の奴らだってそうだったし、鶫が目を付けられなくてよかった」
照れ臭くなって頭を掻いた。美少女に謝られたので鶫を完全に許した。俺ってば単純だな。鶫は言語のスキルを持っていない。しばらくは俺もわからない振りをしておこう。
級長が村人に話かける。どうやら通じていないようだ。その様子を見ていた女の子が級長の傍へと駆け寄る。どうやら言語のスキルを装備しているようだ。話がようやく通じたようで、級長と村人の間に入って通訳している。どうやらこの村で宿泊するには一人20プライムが必要になるらしい。ちょうど二人分の代金を持っている事になるな。仮に泊るなら勿論鶫だけは許可する。俺を見捨てた奴らは知らん。
級長が村人との会話を終えて戻ってくる。
どうやら馬小屋を借りて寝泊まりが出来るらしい。食べ物はよそ者にタダでやる程恵まれてはいないようだ。一人二人ならまだしも、四十人の大所帯だからな。なら食事はどうするんだよ、というヤジが聞こえた。女子が体を売って金を稼げばいいという奴らもいる。言った奴はクズだな。既にお手付きのビッチならともかく処女にも体を売れっていうのは酷だな。……まさか俺が知らないだけで全員経験済みってことはないよな? よそう。確かめる手段がない以上考えるべきじゃない。
クラスメイトがああでもない、こうでもないと言い合いをしている間、俺はまたもや抜け出して、毒牙を買い取ってくれそうな店を探す。売れば金になるだろう。毒牙があったところでステータスが低い上に運動が苦手な俺が上手く使える自信はないし、抹消のスキルがあるから一度に三、四匹までは怖くない。まずは食べ物と宿の確保をしよう。
武器屋とかかれた看板を見つける。そこで毒牙を出すと武器屋のおじさんは俺の顔をまじまじと見た。
「買い取ってもらえないか?」
「いいぞ。毒牙ってことはオオムカデを狩ったのか?」
「ああ。毒牙はオオムカデが必ず落とすものなのか?」
「落とすには落とす。しかしあまり落とさない。運がいい奴は結構拾っているみたいだけどな」
そいうえば俺はまず運の良さをコピーしたのだった。初期値100だ。この世界の基準はわからないが、ドロップが多いということはかなり高い方じゃないだろうか。
下川にやられたときに他のステータスにすべきだったかと考えたが、どうやらここで生きたようだ。無駄じゃなかった。
「この村の毒牙の買い取り価格は50プライムだ。だが害獣のオオムカデを狩ったドロップだったら村の補助が出る。75プライムで買い取ろう」
「わかった。それでお願い」
銅貨より小さい青銅の硬貨が五枚。銅貨は7枚だ。青銅の硬貨が1プライムなのだろう。
代金を受け取った俺は考える。これで俺と鶫が泊れば確かに快適で、鶫にも恩を売れる。代わりにクラスの恨みを買う羽目になる。大体体を売って金を稼ぐべきだ、という奴までいる以上恨みは大きくなるだろう。
その代わり、得られた代金で食糧を買ってはどうだろうか。クラス全員に恩を売れるので俺の株が上がる。クラスで重要な存在だったら、そもそも絡まれたりしなかったのではないだろうか。鶫に大きく恩を売ることが出来なくなった代わりに、クラス全員に感謝されるだろう。それにクラス全員の能力をコピーし終わるまで迂闊に離れるのは得策ではない気がする。何しろこの世界ではどんな危険が待っているのか分らないのだ。ソロプレイでは危険だし、装備もレベルも能力も揃わないうちは仲間がいた方が安全だ。勿論、下川みたいなクズもいるので危険がないわけではないが。そして俺を見捨てた奴らに食糧を施す値打ちがあるかどうか。
散々どうするか迷った挙句、俺は食糧を買って皆に分けることにした。ヘタレと思うなら思うがいい。とりあえずは俺のステータスの充実を図るべきだ。その為にはクラスメイトに恩を売っておいた方がいい。間違っていないはずだ。うん。
というわけで食糧を売っていそうな店に向かう。パンは一つ2プライム。40人で80プライム。115プライムあるので、なんとか手持ちで足りる。
水はどうすればいいか店主に聞いてみると井戸は飲料用だそうだ。日本人がアジア諸国に出かけると現地の人には安全でも日本人はお腹を壊したりするそうだが、我がままを言える立場ではない。耐えるしかない。
それに、トイレもない。野外で用を足すしかないだろう。とはいえ不衛生でも我慢するしかない。
金がないというのは安全がないということだ。水については炎の魔法を使える奴がいるので、煮沸殺菌位は出来る。水はそいつらに任せよう。
「パン買ってきた」
ああ。もう元に戻れない。
選択を間違えてはいないだろうか。皆歩き疲れたのか顔色が悪い奴らが多い。おそらく体力のステータスが低いのだろう。体力は疲労と関係があるようだ。疲労というパラーメータは見えないが、多分そうだ。体力のステータスが低いとこういうときに辛い思いをするようだ。俺も疲れやすくなっている気がする。水も食べ物もないから余計に疲労がたまる。
俺の声にクラスメイトがぎらぎらした目をこっちに向ける。異世界、無一文、言葉が通じない。三重苦だ。一部言葉がわかるやつもいるが、ノーカウント。ストレスもたまっている。ストレス解消の手段として食事は大きい。腹が減っていればイライラする。
「それしかないのか」
誰かが言った。
それだけか。本当はまだ何かあるんじゃないか。
「どうやって手に入れた」
誰かが言った。
お金は。言葉は。
俺はカチンときながらもいちいち取りあったりせず、皆にひとつずつパンを配った。下川にも。こんな奴に施したくなんかなかった。詮索するな。文句を言う奴は食うなと言ったら黙った。まずは食べる。食べた後でもいいと判断した奴らは一斉にパンを食べる。正直堅い。だが食べられない事もない。水については鉄の鍋を一つ買ってきてある。5プライム。
級長に渡す。井戸水を汲んで、魔法で火を起こし、煮沸殺菌した方がいいと言っておいた。これで安全な飲み水が手に入るはずだ。
パンと水で腹をいっぱいにしたら俺は馬小屋で寝ることにした。級友たちが何を考えているかはしらない。勝手にしろ。
●今後の方針
どうやら昨晩は全員が馬小屋で寝ることを選択したようだ。まあ温室育ちにいきなり体を売れって言っても無理だよな。現実世界では援助交際という名の売春をしている奴もいるのかもしれないが、言葉が通じない世界では不安でしり込みしたのかもしれない。まあ俺には関係ない話か。
級長が声をかけて皆を集める。今日の方針決定だ。昨日はなんとか食事にありついたが、今朝はまだ朝食を食べていない。皆も心なしかイライラしているようだ。
「金を稼ごう」
級長は言った。確かにその通りだ。でも親や兄弟が苦労して稼いだ金を携帯や遊具で散らす奴らが大半だ。俺だってその中の一人だ。金を稼いだ事のない、金の重みも知らない奴も多いだろう。簡単に言ってくれるぜ。
俺はというと、ステータスをコピーする対象を探した。一睡したらMPが全快していた。検査で一番生命力が高い奴のステータスをコピーする。生命力が最大HPと同じなので、俺の最大HPは60になったはずだ。体力も伸ばした方がいいな。疲労しなくなる。チートしてごめんね。
レベル1
生命60 魔力2 力1 体力70 耐久1 敏捷1 知力80 器用さ1 運100 意志1 運命1
攻撃力1 防御力1 HP10 MP0
再生のスキルを付けているので、そのうちHPは回復するだろう。MPの回復条件はわからない。定番通り寝たら回復することは確認できたが、自然回復はしないようだ。体力もついたので野山を移動しても平気なはずだ。体が明らかに軽くなった。ステータスウィンドウの『次のレベルまで』を見ると昨日から30で変化なし。抹消はアイテムを落とすが経験値を得られないのだろう。まあ最終奥義だし、文句はいわない。MPが0になったので蘇生は使えない。寝るとHPMPが回復するのがこの世界の仕様だとしたら、複製は日に二回しか使えない。最大MPの半分を持っていくからだ。明日魔力を増強すればMPも2以上余るだろう。一日一回複製して蘇生用にMPを残すか、二回複製してステータスを増強し蘇生を諦めるかの二択だ。
ここは少しリスクをとって二回複製してペースアップを選択する。これ以上ここにいたくない。
クラスの皆が相談している。ちらちらとこちらを見る奴が多いのは仕方ないだろう。何故なら昨日のパンを持ってきたのは他の誰でもない俺だからだ。どんな手段で小銭を稼いだのか気になるやつは多いだろう。俺だって逆の立場だったらそうなる。
「オガ。あのさ……」
意を決したように級長が話を持ちかけてくる。用件は昨日のパンのはずだ。どうやって入手したか、その手品を明らかにせよっていうつもりだろう。俺だったらそうする。その手段を明らかにしないことによって、クラス内での絶対的権力を持つ事も出来ただろう。興味はないが。
「何だ?」
「昨日のパンってどうやって手に入れたんだ? 皆も飢えている。早急に朝食を用意したい。遅くとも昼までには食べるものを用意したいんだ」
責任感の強いことだ。もう自己責任でいいと思うけどね。俺だったら見捨てる。俺のように単独行動が好きな奴がいるように、集団行動を好む奴もいるだろうし、それは仕方のないことか。
今は級長がリーダーってことになっている。級長に逆らって集団から爪弾きにされるのは、現時点では避けたい。少なくともステータスを揃えるまでは。級長とひそひそ会話をする。
「買った。俺はスキルに言語があるから、拾ったお金をパンに換えたんだ。文句があるかい?」
タツには運に全振りと言ってあるが、多分大丈夫だ。級長だって嘘を吐いているしな。
「そうか。いや、こっちとしては感謝するしかないな。オガがそうしてくれなければ、誰も夕食を食べられないままだった。このままでは三日と持たずに全滅だ」
素直に感謝されるとは。まあそれだけの価値があったとは思うけどね。差しだされて当然みたいな態度を取られていたら、流石にクラスから離れるところだった。一計を思いついたので、それを級長に伝える。
「昨日実はナイフを二本拾ったんだ。そのうち一本を下川に奪われたけど、あれは高価なものでそれを売ればパン代が捻出できる。お金を拾ったって言ったけど、正確にはナイフを売って金にしたんだ。級長が取り返してくれたら、俺が売って、パンを買ってくる」
「なるほど。だとしたら昨日のパンもそうやって買ったわけか。すまない」
級長が申し訳なさそうにしている。この世界では何があるかわからない。武器を売るというのは相当に不安だということを、級長は薄々感づいているのだろう。
「そういう事情があるなら、クラスの意見として下川からナイフを取り上げよう。暴れそうになったら仲間から外すといえば大人しくなるはずだ。ここで待っていてくれ」
「俺の事はなるべくぼかして伝えてくれよ」
「心得た」
級長がハッキリ宣言したので、これ以上は何もしない。
道端の切株に腰をかけて、村を観察する。人が通るたび、検査を繰り返す。人通りはそんなにないようだ。厳つい顔をした筋肉マッチョでも筋力は30。他の人は10くらいだから、筋力30以上あれば活躍出来るだろう。筋力30以上の人はクラスにも何人かいる。彼らに農作業を手伝わせれば、路銀の足しになるはずだ。そんなことを考えていたら級長が傍に来ていた。
「オガ。このナイフでいいか?」
毒牙を差し出された。頷くとナイフを受け取った。これで俺が矢面に立たず毒牙を取り返せたわけだ。級長は俺が暴力を振るわれた時には黙り、自分が飢えるとわかれば動くわけだ。少し面白くない。
ナイフはクラスの食料となって消えるわけだが、下川にやられっぱなしではなくなったので溜飲は下がった。しかしクラスの連中も分かり易くていいね。話を聞くと下川も空腹には勝てなかったらしい。パンとクラスから敵対視されることとナイフを天秤にかけ、しぶしぶナイフを差し出したらしい。
俺の知略の勝利だ。
昨日と同じように武器屋で売って、パン屋でパンを獲得する。飲み水は昨夜と同様井戸水だ。これはひもじい。せめて牛乳くらい買いたいものだ。この村では酪農もしているので牛乳を得るのは難しくないと思うのだが。手が空いている男子を手伝わせれば貰えるかもしれない。
「ほらよ」
級長は頷いてパンを受け取った。級長がナイフをせしめたのだから、級長がパンを配るべきだろう。俺はそれでいいと思う。それからさっき考えた事を述べる。筋力が30以上の人と言語のスキル持ちでコンビを組んで農作業に従事してみてはどうかと級長に伝えた。また筋力が足りていないクラスメイトも搾乳などの手伝いをさせればいいという案も出しておく。考えておこう、との返事をもらったので俺は自分の分のパンをかじりながら、級長とは反対側へ歩く。山にでればムカデの一匹や二匹はいるだろう。
●狩
いわゆるモンスターハントだ。探査でオオムカデを探す。既に10匹は抹消した。タタールの村周辺のムカデはかなり減っただろう。だんだん探すのが大変になってきた。毒牙は8本。90プライムを得ている。毒牙はかなり落とすが、金はそうでもない。落とさない時の方が多い。
抹消してはHP回復の為に休憩する。途中攻撃を受けることもなかった。遠距離から抹消。念じるだけの簡単なお仕事です。再生のスピードは一分で最大HPの3パーセントくらい。休憩中暇だったからつい数えてしまった。携帯で確認したから間違いない。
毒牙が八本になると結構重いし危ない。力をコピーすべきだったかもしれない。毒牙を売りさばくと600プライムになった。俺だけなら一カ月宿に泊まれる計算になる。クラス全員で泊まるとなると、一日分にも満たない。世の中はやはり金次第だな。
太陽が真上に来たので村に戻る。ナイフを換金してパンにした。級長に渡す。クラスの連中はまだあそこでたむろしているのだろうか。異世界だから誰がどれだけ活躍できるかは本当に未知数だ。でもあんまり役に立ちそうにないなら見捨てるのもありだ。
「オガ」
呼ばれた声に振りかえるとタツがいた。
彼は筋力に才能を振ったので、級長がきちんと采配をしているなら村の力仕事を請け負って金を稼いだことだろう。
「なんだよ」
「お前ぶらぶら何処行っていた? こっちは汗流して金を稼いだっていうのに」
そう言って汗を拭うタツ。モンスターハントとは言えない。言ったら確実に怪しまれる。
「まあ適当に」
「こっちは必死になってやっているのに。お前には飯をわけねーからな」
昨日は誰に飯を食わせてもらったのか覚えていないのか鳥頭。カチンときたが、ここは怒りを抑える。せめて後二日か三日。それまでの我慢だ。そうすればクラス全員のステータス最大値がコピーし終わる。更に二日も余裕があれば魔法もコピー出来るだろう。
怒りと共に溜息を吐いて広場に向かった。どうやら彼らの労働は一日50プライム相当らしい。パン屋の店主から聞いた。ついでに魔物の情報はどこで聞けばいいのか教えてもらう。酒場がいいよ、との事だった。
酒場はゲームでも仲間集めやクエスト発生、情報収集の定番だ。コミュ障で話を聞けるとは思わないが、酒場のマスターなら客に情報をもたらすくらいはするだろう。金を出せば一応は客だ。マナーが悪いと追い出されるらしいのだが、クラスでも騒がない俺に隙はなかった。
昼間の酒場はそんなに人に溢れているわけではない。酒は夜になってから。今から酒を飲んでいる駄目人間も少しはいるが。今は肉体労働に精を出す時間帯だ。それは村人もクラスメイトもわかっているだろう。寂しそうにグラスを拭いている店主の前に座って、メニューを見る。ソーセージがあるのか。こっちに来てから肉を食べていない。肉が食いたくなったので、ソーセージとポテトを注文する。それから牛乳。クラスの皆、俺だけ悪いね。女の子の一人や二人誘ってみればよかった。好感度アップは間違いないだろう。今なら飢えていると思うしイケメン限定条件が外れると思う。俺、異世界に来たからコミュ障克服するんだ。
代金を先払いして店主から情報を聞く。モンスターはこの近くにはオオムカデ以外にもヨロイサソリとハンタースネークという魔物が出るそうだ。ヨロイサソリは深夜に出る。サソリと言っても小型ではなく、犬程も大きいのだとか。ヨロイというだけあって、堅いらしい。村はサソリよけの野草をあちこちに植えているから村まで入ってくることはないのだとか。外での野宿は相当に危険が伴うらしい。やっぱり村を目指した級長の判断は正解だったわけだ。それからハンタースネークは猛毒があって噛まれたら三分で死んでしまうそうだ。危険だが個体数は少ないらしい。一か月に一度遠くから目撃したという人がおおい。近くにいたらまず死ぬんだそうだ。ハンタースネークのボス格のキラースネークがいるらしい。捕獲したら100万プライムだとか。今のところ縁のない話だが、覚えておいて損はないだろう。
というわけで腹をいっぱいにした後、午後もハントを続行する。余談だが、ソーセージは久しぶりの肉だけあって涙が出るほど旨かった。休憩中にも探査のレーダーを覗いていたらハンタースネークを見つけた。先制抹消で事なきを得る。防毒のスキル石というものをドロップしたので検査する。自分と融合すると毒無効のスキルを得るらしい。装備品と融合することは出来ないようだ。残念。
とりあえず防毒のスキル石を持ちかえって、武器屋のおじさんにどれくらいの値打ちがあるか聞いてみることにする。
500000プライム。
高すぎて買い取れないぞと言われた。つまりかなりの貴重品らしい。毒無効のスキルは冒険者には麻痺無効、石化無効と並んで三大無効スキルと言われている。また美食家や王家でも需要がある。食材に毒が入っている場合もあるから重宝するのだとか。美食家は美味だが毒を持つ食材、王家は毒殺の恐れがなくなると用途は違うらしいが。
そんな風に言われると使ってみたくなる。融合はレアスキルなので王都では一財産作れるスキルだということだ。融合スキルを持つ人材とスキル石を両方用意しなくてはいけないので、金が払える王侯貴族や豪商、元手がかからない冒険者でなければ意味がないようだ。
迷った末に自分に融合する。王都に持って行って売ってもいいが、盗まれたりして失ってしまっては元も子もない。この場で武器屋のおじさんに格安で売ったお金をクラスに献上するという案は当然却下。
毒無効のスキルを得たので、早速装備した。フグを食っても、毒キノコを食べても大丈夫。ただしこの世界にフグがいるのかは不明だ。
夕方、クラスメイトが集合する。作戦会議だ。どうやら筋力が高いものを農作業に派遣するという提案は割と良かったらしく、他の皆もパンに野菜に牛乳という一応我慢できなくもない食事がとれたようだ。明日もこうしようという意見に不満を募らせるクラスメイトもいたが、最終的には一致したようだ。筋力が高いものが作業している間、それ以外の者が遊んでいるのが気に食わない、という意見も出た。確かに自分が汗水流して稼いでいる傍で遊んでいる奴も同じ飯を食べられるというのは納得いかないだろう。
中には目が死んでいて無気力になっている奴もいるし、飢えて盗みに出る奴がいればクラスメイト全員が被害を受ける。働くことすら断られては飢えをしのげない。その言葉に今日働いていた奴は頷かざるを得なかったというわけだ。
もしかしたらこのクラスでの団体行動は解散となるかもしれないな、と漠然と考えた。日が経つごとに、団結に亀裂が入っているのは明らかだった。
●決裂
レベル1
生命60 魔力90 力60 体力70 耐久70 敏捷100 知力80 器用さ45 運100 意志56 運命100
攻撃力70 防御力80 HP60 MP0
魔法:治癒の風 断罪の光 清純の水 火炎弾 飛行 大地の礫 炎の刃
所持金2000プライム 職業:狩人
装備:毒牙 学校の制服 皮の帽子 皮のグローブ スニーカー
7日が過ぎた。ステータスと魔法のコピーを完全に終えている。ムカデを狩りまくっていたらいつの間にか職業が狩人になっていた。弓も鉄砲も使えないのに狩人とは。
狩人
能力:命中精度中上昇 視力小上昇 反射神経小上昇 弓装備
というボーナスらしい。これだけそろったのでいつでもクラスの連中と縁切りしても大丈夫そうだ。とはいえやっぱり一人は寂しい。
鶫と二人旅をしてみないかと話を振ってみたら、袖にされた。何故だ。やはりイケメン限定だということか。馬小屋で泣いたのは内緒だ。
今朝の作戦会議はいつもと代わり映えしないものだった。相変わらずの馬小屋生活を続けている。馬小屋は一週間という約束で借りていた。もう馬小屋にいることはできない。だらだらと無気力ですごすもの、農作業で地道にクラスを養う者。幾つかのカップルも生まれたらしい。べたべたするな、物理的な意味で消したくなる。異世界で不安定な状況では誰かに頼りたくもなるのだろう。俺なんか頼られて当然なのに、未だに女の子に頼られていない。頼ってくるのは級長だけだ。不条理だ。男臭い。せめて副級長にしてくれ。幾つかのグループに分かれているのは初日と変わらない。俺はというと、能力が揃った今、ソロプレイでも結構だ。今更男と組みたくはないし、鶫にはいらない子扱い。失う物はあまりない。いっそのこと場を盛大にひっかきまわしてもいいくらいだ。
馬小屋に寝泊まりしていてクラスメイトは結構臭くなっている。汗とかいろいろだ。性欲は溜まっているが、性欲の対象としてクラスメイトを見ることが出来ないので問題だ。臭いのが問題だ。毎日毒牙を集めて皆にパンを寄付していたが、義務ではない。今日から止める。俺は良く頑張った。ひとりぼっちで全部こなした。事情を話して女の子に手伝ってもらっても良かったかも知れない。彼らには一週間も朝昼晩とパンを配って回った。もう十分だ。義理は果たした。一応別れの挨拶くらいはしておくべきだろう。級長に一声かける。この一週間で級長はやつれていた。目の下に隈も出来ている。彼は彼なりに頑張ったというべきだ。俺は彼を責めない。クズを含む40人を良くまとめたと思う。後は頑張れ。
「じゃあな」
その一声で察したようだ。
「俺も解放されたいよ。オガはもう十分クラスの為に働いたと思う。これ以上面倒をみるのが嫌だというなら無理強いは出来ない」
「すまない」
級長には一応謝っておく。彼らを押しつけるわけだしな。
「ああ。こっちこそすまなかった。たまには顔をだしてくれよ」
「気が向いたらな」
級長に挨拶は済ませた。未練がましいが一応鶫他フリーの女子にも声を掛けておく。異世界にきたのでイケメン限定が外れる可能性が十分にあったからだ。クラスの皆と一緒にいる居心地が良かったらしく、いい返事はもらえなかった。泣いてなんかいないさ。ちょっと目にゴミが入っただけだ。
駄目で元々、最後の一人に声をかけた。関口悠香。クラストップの成績で引っ込み思案。
大人しい。剣道部。体力不足だったり、弱かったりするわけではないようだ。誰かの後ろについて不安げに様子を見ている女の子だ。容姿は鶫ほど美少女というわけではないが、かわいい。守ってあげたいタイプだ。
関口を誘ってみる。
「私も行く」
「駄目だよな……。えっ? 今何て言った?」
「私も連れて行って。もうこの場所にいるのは嫌なの」
現状への不満があるらしい。話を聞いてみると、チャラ男に性交渉を持ちかけられて逃げたり、引っ込み思案で自分の意見を言えなかったり、この集団生活に馴染めなかったようだ。ならばよし。むしろよし。
とりあえず俺も関口も汗臭い。それはお互いにとって不幸を呼び込むだけだ。今日は情報収集して明日発つ事にする。次の目的地はチレットの街だ。この周辺では一番大きいらしい。途中小さい山を越えるので、二日はかかるそうだ。ちなみに、途中に宿泊施設はないようだ。立地的に厳しいらしい。行商人の馬車が出るそうなので明日それに乗り込む。関口はもともと性交渉をされるのが嫌だと言うのでクラスを抜け出したのだから、俺もそういうことは差し控えたい。いきなり嫌われるのはショックだからな。そういうのは徐々に仲良くなってから。
関口悠香
レベル1
生命10 魔力10 力10 体力10 耐久10 敏捷10 知能10 器用さ10 運10 意志5 運命5
攻撃力20 防御力10 HP10 MP10
装備:毒牙 学校の制服 学校の靴
職業:無職
スキル:
毒牙は余っていたので関口に一本渡しておいた。剣道部だという話なので扱いは多分大丈夫だ。鞘はないかと聞かれたので武器屋のおじさんに二人分の鞘を用意してもらう。確かに抜き身で持っていたら危ない。おじさんに彼女連れかいと冷やかされた。いいぞ、もっと言ってくれ。イケメンになった気分だ。
出発は明日の八時。荷馬車に乗せてもらう運賃は二人で200プライム。相場は分らないし高い気もするが、クラスメイトばかりのこの村を離れられるなら我慢できない程ではない。その間の食料は自分でなんとかしなくてはいけない。関口は悠香と呼んでいいとの事だったので、今後は悠香と呼ばせてもらうことにする。悠香にどうやって食料を手に入れていたの、と聞かれたので金の入った袋を見せた。びっくりしていた。やはり金は最強ということか。イケメン限定も大金には及ばないということか。とりあえずこれが俺の全財産だ。悠香に今日は宿屋に泊って酒場で飯でも食うかと言うと喜んだ。馬小屋寝泊まりと粗食はよっぽど堪えたらしい。食べ物と寝る場所を確保できる存在なのは強い。生活力は大事。まさに頼れる俺。惚れてもいいよ。
酒場で出されたご飯は一週間粗食に耐えていた悠香にとって余程ごちそうに見えたようだ。酒場が用意した飯を残さず食べた。ちゃんと食べるのは良いことだ。体は資本だからね。いろいろな意味で。
宿に泊る。部屋は別々か一緒か。流石に一緒に寝るのは駄目だろう。性別的に。こっちはいつでもウェルカムだが。
というわけで二部屋借りた。荷物を置いて村の中に戻る。盗まれてもいいものだけ置いてきた。シャツとパンツの替えがないのは辛いので、雑貨屋で二人分買った。シャツとパンツを宿に置きに戻り、狩りに出かける。ソロプレイではなくなったので、戦闘を経験してみてもいいかもしれない。いつまでも抹消ではレベルが上がらない。俺が左で悠香が右。そう作戦を決めて気合十分で挑んだはずだったのだが、俺の一撃で死んでしまった。あっけない。なにこれ。
今度は悠香が攻撃してみる。四回攻撃するとオオムカデは死んでしまった。よく考えればオオムカデのステータスは低いのだからチートで攻撃力を上げた俺なら一撃死出来るし、悠香も毒牙を装備して攻撃力は高まっている。素手の状態で攻撃力が20以上あるタカや級長でもムカデを狩れるんじゃないのか?ただしムカデを殴れるかどうかは別問題だ。
探査でオオムカデを探して狩る。狩る。狩る。20匹も狩ると俺と悠香のレベルは3になっていた。俺のステータスはまったく変化なし。何故だ。悠香の方は順調に伸びている。
毒牙は計15本ある。売って金にするか。それともクラスに譲るか。毒牙を投げナイフにして遠距離攻撃というのも出来るらしいが、マスターするのに時間が掛かりそうなのでやめる。余裕があるときに練習してもいいかもしれない。実際にどう処分するかだが、自分が生き残る為なら金にして良い装備を買った方がいいだろう。しかし俺と悠香は相談してクラスに譲る事にした。その方が恨みを買わなくて済むし、級長やタカだったら役立てることも出来るだろう。悠香が四回攻撃すればムカデを倒せるので8本も毒牙を譲れば十分だろうという結論になった。
7本売って、8本譲渡する。級長はムカデの情報と8本のナイフに深く感謝したようだった。甘いな俺は。鶫にも一応届いているといいな。と思う未練たらたらの俺。
とりあえず週一ペースで更新出来たらいいなと思っています。