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はじまり

 ぽかぽかと暖かい日射が窓から注ぎこむ。目蓋を閉じていても、光が当たっていることはわかる。机に伏せていても、カツカツと黒板の上をチョークが走る音と教師の声はわかる。五月の月曜五時間目の授業。科目は数学だ。教師は必死になってよくわからない定理を説明しているが、申し訳ないことにあまり関心はない。教師の人柄自体は嫌いではないのだが。

「で、あるから――」

 眼鏡をかけた白髪の教師はお決まりの文句を口にしながら授業を進めていく。ポケットの中で震える携帯電話を教師に見えないように開く。メールが届いているのだ。みたことのないメールアドレスだ。アナザー。アット。ドメインはプリストン。アナザーとアットはわかるが、そこから先は見たことがない。

 何だろう、と思ってタイトルを確認する。「招待状」と書かれている。文面はない。

ぴりりりり。

ぷるるるる。

着信音。一つや二つではない。マナーの悪い奴がいるものだ。中には洋楽やアニメソングなど多様な着信音が教室内に響き渡る。流石にこれだけ煩ければ教師も眉をひそめる。

不機嫌そうな顔を隠そうともしないで教師が怒り出す。

「お前らどうなっているんだ! 教室内では携帯の電源を落としておくように! そもそも持ってきてはならんと言っているのがわからんのか馬鹿者ども! 全員の携帯を没収だ!」

 教師は額に青筋を浮かべて雷を落とした。あー、しまったな、という顔をクラスメイトの大半が浮かべている。不味い、という自覚はあるのだろう。マナーモードにしていたこっちはいい迷惑だ。

「じゃあ携帯を机の上に――」

 キィィィィィと耳鳴りがする。教師の声やクラスのザワメキが遠く小さくなっていく。

 そしてテレビの電源を切るように、プツン、と意識が途切れた。


 ●異世界


 さて、整理しよう。

 俺の名前は小笠原俊。

 名字が小笠原で、名前が俊だ。

 家族は両親と、弟が一人。高校一年。

 生まれてこの方彼女は居たことがなく、友達は少ない方だ。

 あらゆるゲームが好きで、ゲーム繋がりでの友達が大半だ。クラスでは、静かに目立たないように、波風を立てないようにしている。ゲームの話をする奴は何人かいるから完全にひとりぼっちというわけではないだろう。

 成績は赤点を取らないレベル。赤点を取ったら結局トータルのゲーム時間が減ってしまうと先生に言われて以来、高校入学してからずっと気を付けている。運動は苦手な方だ。球技は好きだが。現実に大きな不満はない。

「さて、どうなっているんだ?」

 高校の教室で授業を受けて、皆の携帯が鳴りだした。

 そこから記憶が途切れている。

 今立っている場所は少なくとも学校の教室ではない。何故なら日本の教室の地面には聳え立つ木がみっしり生えていたりしないからだ。

 そもそも日本どころか地球にいるかどうかすら怪しいレベルだ。

 空に変なものが飛んでいる。鳥ではない。飛行機やヘリでもない。何故なら鳥や機械はギヤァアアアアアアアア! なんて鳥肌が立つレベルの叫びを発したりしないからだ。

 そして極めつけが空に浮かぶ七色の星。どういう原理かはわからないが、赤燈黄緑青藍紫の星が浮かんでいる。ハッキリ言って気味が悪い。

 自分の持ち物を確認する。学生服。携帯電話。それから学校の内履き。それ以外にはない。辺りを見回したが、人もいないようだ。動物の気配もない。地面は芝生のように短い草が生えているので、座り込んで携帯を開いた。目的はあの招待状をもう一度確認することだ。あの招待状が届いてからおかしな事が起こった。もしかしたら、何か関係があるのかもしれないと、一縷の望みを抱いてメールボックスを開いた。


『タイトル:招待状 文面:いらっしゃいませ。剣と魔法のワンダーランド、アルマギアにようこそ。クリア条件を満たすまで、元の世界に戻れません。次の設定に従って貴方のステータスを決定してください。

 注意!:慎重に決定してください!』


教室にいた時はなかったはずの文面が書かれていた。下にスクロールすると、ステータス設定ウィンドウという但し書きがあった。

『ステータスの設定の仕方:表示と心の中で念じてください。画面が表示されます。その後貴方のステータス初期設定を決めてください。カーソルと念じると、画面内を自由に移動できます』

 表示と念じればいいのか。安直だな。心の中で表示と念じた。

すると二つの眼の視界以外に、脳内に映像が映し出された。

『あなたの才能ポイントは100です。自由に割り振ってください。カーソルを合わせて上昇または減少と念じて下さい』


項目は次の通り。筋力。体力。耐久。知力。敏捷。器用さ。運の良さ。意志。運命。魔力。スキル。

どうやらこのいくつかの項目にポイントを振ってステータスの値を決定する仕組みのようだ。ロールプレイングゲームでこのような設定画面を幾つか経験したが、クリアの目標や仕方によってステータス画面の選び方は異なる。例えばあるゲームでは体力を上昇させるとHPが大量に増えて戦闘が有利になる。ソロプレイでは必須だ。違うゲームでは、魔力が重要だった。物理攻撃よりも魔法攻撃が重視されるとそう偏る。

「割り振るとしたら一点突破か平均を取るか? とりあえずゲームでは最終的に巻き返しが出来る場合が多いし、適当でいいか」

 いくつものロールプレイングゲームを攻略し、ライトノベルも読了してきた想像の経験値から、器用貧乏よりも突出と結論づける。

「どれを重視しようかな。体力、死ににくくなりそうだ。魔力、この世界では魔法があるのか? 意志、運命。この項目はよくわからないな。スキル。これだ! こういうのを待ってた! スキルに百ポイントっと」

 あまり深く考えずにスキルに全てのポイントを捧げる。決定、と念じると画面が切り替わり、警告! これでよろしいですか? と出る。はい、と選択するとずしりと体が重くなった気がした。

「なんだ、いきなり体が重くなったんだけど……」

『ステータス画面を確認してください! ステータスと念じるとステータス画面に移動します!』

ステータスと念じると、

レベル1

 生命10 魔力2 力1 体力1 耐久1 知力1 器用さ1 運1 意志1 運命1 

 と表示された。下の方を見てみると攻撃、防御、装備、職業という欄があってその下の方にスキル欄、魔法欄があった。ちなみに職業は無職だ。学生からニートだよ。


 スキル:抹消 融合 分離 複製 言語 探査 検査 設定 蘇生 再生 全体化 追加説明

常在スキル装備欄:


スキル欄を確認する。スキルは沢山あるようだ。全部のポイントを割り振っただけはある。ステータスは貧相だが、それをスキルでカバー出来るかもしれない。

しかし抹消とは強そうなスキルだ。語感からして抹消は何かを消す能力だろう。融合は合わせる能力。しかし某ロールプレイングゲームではこれを使うと自分が誰かと融合して死ぬ。どうにかして調べないと危なくて使えない。複製。これってコピーする能力か? 言語。おそらくこの世界で会話するのに必要な能力なのだろう。探査に検査。何かを調べる能力だろう。設定。何かを設定出来るのだろうか? この世界の設定を聞かされるだけだとしたら無駄な能力だ。蘇生。もしかしたら生き返れるのか? 普通そういうのは出てきても後半のはずだが。再生。これは回復だろう。 

 追加説明。これはもしかしたら、と思ってカーソルを追加説明に合わせる。追加説明だけは何かが浮き上がる。『高度な説明をします。追加説明を装備してください。装備と念じると装備出来ます』とだけ書かれている。

追加説明に合わせて装備、と念じる。

常在スキル装備:追加説明

と変更された。

再びカーソルをスキルに持っていく。今度は説明が表示される。

 抹消:対象をなんでも消去します。HP消費20パーセント。(起動スキル)

 融合:二つ以上の対象を融合します。合成の上位スキル。剣や魔法、魔法と魔法、スキルとスキル、組み合わせは貴方の想像力次第。HP消費10パーセント。(起動スキル)

 分離:一つの対象を二つ以上に分離します。呪いにかかった人間を呪いと人間、魔法剣を魔法石と剣、分け方は貴方の想像力次第。HP消費8パーセント。(起動スキル)

 複製:ステータス、魔法、スキルをなんでもコピーします。MP消費50パーセント(効果は永続します。起動スキル)

 言語:アルマギアに存在している全ての言語で会話や読み書きが出来るようになります。魔物や動物と会話出来るようになります。(常在スキル)

 探査:目標の位置を探します。探査と念じて下さい。スキルの使用によって対象になったものに探査されたことはわかりません。(常在スキル)

 検査:対象の所持品、職業、ステータス、スキルを自由に見ることが出来ます。検査と念じて下さい。スキルの使用によって対象になったものに検査されたことはわかりません。(起動スキル)

 設定:対象の設定を再設定します。(生物に限り有効。起動スキル) 

蘇生:対象を蘇生します。死後10分以内に限り有効。MP消費2。(常在スキル:装備すると自分に発動。起動スキル:自分以外に使用する場合は蘇生と念じて下さい)

 再生:対象を再生します。(常在スキル:装備すると自分に有効。起動スキル:自分以外に使用する場合は再生と念じて下さい)

 全体化:装備することで対象を複数化出来ます(常在スキル)


 つらつらと説明画面を読む。どれもこれも強すぎる。ガンガンHPやMPを削るコストばかりなのは効果を考えれば仕方ないだろう。再生はコストが設定されていない。使い放題か。設定がどんな効果を及ぼすのかいまいちわからないが、複製といったスキルはどう考えてもおかしい。今ゲームの中にいるとしたら相当ゲームバランスが悪いだろう。強くて困ることはないか、と思いつつスキルを装備する。


 常在スキル装備: 追加説明 言語 探査 検査 蘇生 再生 全体化


とりあえず能力を把握した。融合が危険な能力でなくて何よりだ。さて、こうなると問題はステータス能力だろう。装備なし、ステータス最弱、所持金ゼロ。いくらなんでもあんまりだろう、スキル以外は絶望的なステータスだ。

 設定と念じてみたが合計値19と表示されるだけで何も変更できなかったのは残念である。

 スキル欄は充実しているといってよいだろう。これを上手く使ってこのよくわからないゲームをクリアしなくてはならない。『剣と魔法のワンダーランド、クリア条件を満たすまで帰れません!』とある。クリア条件はまだ不明だがそのうちわかるだろう。……わかるといいな。……きっとわかる。多分。

 まずは生き残ることを考えよう。仲間や装備、職業、魔法といった面でまだまだ情報が足りていないが、それはゲームを進めることで体得していくことにする。

 仲間と言えば、授業中にあれだけ携帯電話が鳴った事を考えると、他のクラスメイトもこの世界に来ているのかもしれない。探すだけ探してみようか、と探査と念じる。

頭の中に青い点を中心にした円が出現する。そして黄色い点が三十以上密集している。中には赤い点もある。カーソルと念じて黄色い点にあわせると向井、田中、などクラスメイトの名前が表示されている。クラスメイトもこの世界に来ている事に若干の心強さも覚えながら赤い点にカーソルを合わせる。オオムカデと表示されている。どう考えても嫌な名前だ。世界観からいって魔物ではないかと考える。考えると徐々にムカデは集団の方に近付いている。友達でもない奴らが多いが同じクラスのよしみだ。危険を知らせに行くか。


●ムカデとクラスメイト


無事ムカデより先にクラスメイトの集団と合流する。どうやら合流していない奴らがいるようだが、そいつらは仕方ない。周囲を探査してみると、ちらほら黄色い点が見える。カーソルを合わせると高橋、並木、等の名前が浮かんだ。

 クラスメイトの様子を確認してみるとどうやら現状についての相談をしている集団と、既に世界観を認めてどう攻略すべきか話しあっている集団と、お気楽に過ごしている集団と、泣いている集団にわかれている。現状について相談をしている集団はクラスでも真面目で責任感の強い奴らだ。斉藤、渡辺、といった級長副級長が音頭を取っている。能力設定を話している集団は友人が多い。ゲームに造詣の深い連中だから、こころなし表情は弾んでいる。地面に寝そべって話をしているチャラ男達はよくわからない馬鹿話をしている。まじでー。きゃはは。という女子の相槌を楽しげに。緊張感はないのか。内心ちょっとむかむかしてきた。最後の集団は泣いている女の子のグループだ。気が弱そうな女の子が多い。守ってあげたい。

 とりあえずクラス全員を対象に検査、と念じた。一斉に30個程度のステータスが浮かぶ。ばれる心配はないとの事なので、堂々とそれぞれのステータスと覗かせてもらう。職業は全員無職。ステータスはまちまちだ。運動部連中の知力が高かったり、ゲーム好きな連中の体力が高かったりして面白い。現実の能力を反映していたりはしないようだ。チャラ男は運の良さが高い。異常に高いので運の良さに才能を全部費やしたのだろう。コピー出来ないかなと複製と念じる。すると『コピーの対象を選んで下さい』と画面が出現する。チャラ男の運の良さにカーソルを合わせると、『貴方のステータスにコピーしますか? はい いいえ』と出現したので迷わずはいを選択する。


 レベル1

 生命10 魔力2 力1 体力1 耐久1 敏捷1 知力1 器用さ1 運100 意志1 運命1 

  攻撃力1 防御力1 HP10 MP1 

 と自分のステータスが変更された。運が100倍になったかわりにMPが1減っている。おそらく複製はMPを1消費するのだ。最大MPの半分ということか。

 続いて他のクラスメイトのスキルと魔法を確認していく。他の人はスキルには関心がなかったようで、魔法欄が充実していた。治癒の風、炎の刃、など。スキルには目新しいものはなかった。コピー出来るのは残り一回だ。慎重に選ぼう。慎重に選んだ結果、知力にした。このクラスの最高値は80だ。

レベル1

 生命10 魔力2 力1 体力1 耐久1 敏捷1 知力80 器用さ1 運100 意志1 運命1 

  攻撃力1 防御力1 HP10 MP0


「お。オガじゃん。お前もいたのか」

 俺に気付いたのか設定について話し込んでいたグループのうちの一人が声をかける。

日下部辰巳。俺と同じくロールプレイングゲームが好きな友人だ。幾つかのゲームに対して意見を戦わせているが、基本的にはいい奴だ。

「ああ、タツがいてくれて何よりだよ」

「オガがいてくれて俺も心強いよ。オガはステータスどう振った?」

 いきなり核心的な質問だ。ステータスウィンドウは見せ合ったり出来るのだろうか?出来ないなら誤魔化せるし、出来るなら誤魔化せない。隠せるならなるべく隠し通したい思うのは卑怯だろうか。

「そういうタツこそどう振った? 俺は運に全振り。正直やっちまった感がすごい」

 とりあえず嘘をついてみる。嘘をついてしまった。自分の保身のために。タツは頭を掻きながら、

「あー、俺は筋力と体力に半分ずつだな。でっかいハンマーぶん回してみたいわ」

 検査、と念じると確かにタツのステータスは戦士っぽいステータス配分になっていた。

 嘘をついてごめん。

「カズ、お前は?」

「ああ、俺は器用さと敏捷。短剣カッコいいじゃん」

 そういって腕まくりして見せるカズ。彼はタツの知り合いだ。彼のステータスは確かに器用と敏捷が高い。スキルはない。

 他の皆も似たり寄ったりだ。

 今までのクラスの才能の振り方を纏めたものを教えてもらうと、どうやら器用さや知力に才能を振った奴らが多い。幾つかの嘘はあったが、それは指摘しないでおく。級長の能力は知力と魔力なんかじゃなくて力と敏捷だ。シンプルでそれだけに強いステータスだ。クラスで両方とも二番目だ。

「おーい、皆聞いてくれ。今後の方針だけど」

 級長が皆に聞こえるように宣言した。

「まずリーダーを決めよう。リーダーの方針には基本的に服従すること。それから組みやすい何グループかにわかれてもかまわない。グループ内でリーダーを作ってリーダーとグループで相互連絡を取りつつこの世界の調査を進めていく。そんな感じでどうだろうか? よかったら拍手してほしい」

 考える事が面倒な奴らがぱちぱちと拍手する。いいのか?服従だぞ?

「全体のリーダーとしてひとまずは級長の僕に任せてほしい。異論のある人は手を挙げてほしい」

 誰も何もしない。面倒や責任を負うのは誰だって嫌なのだ。クラスを会社に例えると、級長が社長で、部署を幾つかに分けて、その部門ごとの部長を決めよう、という話のようだ。

「異議なしとみなし、今後は僕がこの集団の方針を決定していきたい。大船に乗ったつもりとまではいかないが、最善を考えて行動したい。このゲームをクリアする為にどうか皆の力を貸してほしい」

 級長の堂々とした演説に、クラスメイトは徐々に拍手を増やしていく。隣のタツやカズもぱちぱちと簡単に拍手した。

 俺もおざなりに拍手し、他のクラスメイトを探しに行くことにした。まずはこの世界に来たやつを確認したい。全員来たのだろうか? 中には携帯電話を持っていない奴もいるだろう。

 先程の探査の結果と今回の検査の結果を合わせても、まだ数人ほどいない。となると、まずはクラスメイトを一か所に纏めておいた方が、何かと便利そうだ。それから確認した感じ、誰も武器を持っていなかった。魔法が使える奴らは何人かいるが、オオムカデを処理できるかどうかはわからない。いたずらに不安を煽るのはよくない。いきなりパニックになったら全滅もありうる。

「抹消が頼みの綱だな。駄目だったら逃げよう」

 作戦を決めてオオムカデを探査する。

五分も歩くとガサゴソと何かが動く音が聞こえる。体長2メートルもあるでかいムカデが大量の足を使いながら移動している。ムカデは俺に気付いたのか、シャーッと鎌首をもたげて威嚇する。カチカチと三十センチくらいの牙を打ち鳴らした。

「やっぱり地球じゃないか」

 検査で能力を確認する。特に脅威はないようだ。毒攻撃があるらしいが、それは当たらなければ問題ないだろう。普通のムカデがでっかくなっただけらしい。

後は特に見るべきポイントはないようなので抹消と念じる。それだけでオオムカデは霧のごとく消えてしまった。

オオムカデが消えると空からコインが振ってきた。銅貨だ。丁度十円玉のサイズで十プライムと書かれている。プライムが通貨の単位なのだろう。

他には短剣が一本。オオムカデの腹に入っていたのか、何かぬめぬめして液体が付いている。

粘々していて気持ち悪い。

 検査、と念じると毒牙と表示される。

毒牙: 攻撃力10 追加効果 毒付与

 液体を近くの草で拭うと、割といい感じのナイフだ。

 ポーズを決める。

 気恥ずかしくなったので気を取り直して、他のクラスメイトを探すことにする。

 探査をしてみると、仲間はずれの黄色い点は四つ。名前を確認してみると女の子は一人だけだ。

渡良瀬鶫(わたらせつぐみ)。クラスでは一匹オオカミという感じの女の子だ。迷っているのかどうも集団と遠ざかろうとする方向に歩いているらしい。

体が重く感じるのを妙に感じながらも野山を走る。体力1の弊害か。五分も走ると一人でとぼとぼと歩く女の子を見つけた。

「よう。渡良瀬。こんなところで何しているのさ?」

 振りかえった渡良瀬はうっすら涙目だった。

「何よ。山を降りるのがそんなに悪いの? しかも、なんか薄気味の悪いナイフも持っているし」

 ナイフを持っているので若干引いているようだ。若い男女、山の中、男の手にはナイフ。シチュエーション的にはどう考えても俺が何かしそうな役回りだ。しないが。しないよ?

 迎えに来たと事情を話すと、渡良瀬は安心したようだった。このような山の中で女の子が一人きりで放置されたら心細いだろう。男でも心細いが。

「ありがと。もしかしていい人? 普段根暗だけど」

 根暗は余計なお世話だ。事実だけど。

「別に」

 鶫は溜息を吐いて、

「ま、いいわ。行きましょ」

歩きながら検査、と念じる。

 渡良瀬の力はどれも平均的に振られている。スキルも魔法もない。若干筋力が高めか。

 ひとまずクラス1の美少女である渡良瀬に恩が売れたのは大きい。俺も彼女もコミュ障気味だから役に立つかは少々怪しいが。寂しいので温めて、とか場合によってはあるかもしれない。ただしイケメン限定とか。無理か。

「いたッ」

 渡良瀬の声に驚いて振り返ると指先に傷が出来ている。どうやら手に刺が刺さったようだ。慌てて振りかえると渡良瀬の右人差し指から血が少し溢れている。すかさず渡良瀬の右手を掴むと再生と念じる。白い光に包まれて傷が塞がる。痛みもひいたことだろう。自然に渡良瀬の手をにぎにぎ出来た。役得である。上手く出来て良かった。失敗したらただの変質者になりかねない。

「痛くなくなっただろう?」

「え? ああ、そうね、痛くないよ。いきなり握るからびっくりしちゃった」

「この世界に来てからなんかこういう事が出来るようになった」

 本来は言うべきではないかもしれないが、まあいいだろう。だって美少女だしな。口も軽くなろうというものだ。

「ありがと。怪我したら今度も頼らせてもらうね」

 上目づかいで見るな。卑怯だろう。能力があればイケメン限定は外れるということか。まあただの傷薬扱いなのかもしれないが。


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