第8話
本気でむかついた俺様は、何かヒナタの心にぐっさりと大きな傷を残すようなものはないか、じっくりとヒナタを観察していると、あることを思い出した。人間は全て自らの私利私欲のために生きている。そして、その例外。一つは親子関係だが、もう一つある。
ヒナタは授業中やその合間の休憩時間、たまに、藤崎をじぃーっと見ていた。相変わらず、男女問わず囲まれて笑っている。ヒナタは、時折そいつを眩しそうに見ている。そりゃあ、そうだろう。ひとりぼっちのヒナタと人気者のその男には天と地ほどの差がある。
だが、見習い学校で習った、その例外に当てはまるような気がして、俺様は昼休憩に聞いてみることにした。
「はー。この学校に来て初めてペナルティを受けるよ……。間違えた英単語三十回書きで十問だから、三百回……。はあ」
この前は挨拶のことで食欲がない、といい、今日は赤点のテストのことで食欲がないという。全く人間は我侭だ。俺様はミートボールを口に含むと、むしゃむしゃと食べながら聞いてみた。
「お前は藤崎に恋愛感情を抱いているのか?」
「っ――――!?」
ヒナタは目を見開いて、頬をみるみる朱色に染めた。
「なななななんで、そ、そんなこと!」
「今のお前のその反応で確信した。ヒナタは藤崎のことが好きなんだな?」
ヒナタは顔を真っ赤にして視線をうろつかせた後、ごまかせないと判断したのか、はあ、と大きなため息を吐いた。
「ぜったい、誰にも言わないでね? 私の体乗っ取って、藤崎くんに告白しちゃうとか、そんなこと、ぜったいしないでね? 一生のお願いです、悪魔様」
最後には弁当の箸を置いて、深々と土下座までしてきた。
俺様はくくく、と笑い声が喉の奥がら漏れてしまい、堪えきれなくなって、思わず大声で笑った。ヒナタは、え、と間抜けな顔と間抜けな声を出して俺様を見上げる。
「ハッハッハ! するなと言われてしない悪魔が何処に居るんだ! ざまを見ろ!」
俺様は深々と土下座をした格好のヒナタに憑依すると、すばやく立ち上がり、屋上のドアを開け、階段を駆け下りる。ヒナタは今まで殆ど運動していなかったらしく、三段飛ばしで階段を駆け下りると、足に衝撃がじんじんと響いた。
《ねえ、もしかして告白するの!? 本気でやめて! ほんとにほんとにお願いします悪魔さん!》
ヒナタの心の叫びを素直に聞き入れるわけがない。憑依した悪魔の俺様には、火に油をそそぐも同然だった。顔のニヤけが止まらない。教室に着くと、藤崎は呑気に友人達と談笑しながら、タコさんウインナーを食べようとしているところだった。俺様は、ずんずんと大股で藤崎のところまで行くと、タコさんウインナーを口に入れた藤崎が俺様を不思議そうに見上げる。長いヒナタの前髪が俺様の視界に入ってきてかなり鬱陶しい。俺様は前髪を掻き揚げると、藤崎を睨みつけて言った。
「私、日下部ヒナタは、藤崎のことが好きだ!」
そう大声で宣言した。藤崎はあんぐりと口をあけて、一度その中に入れたウインナーを弁当箱の中に落としてしまった。なんともまあ間抜けな顔だ。役目を終えた俺様はするりとヒナタから抜ける。ヒナタの顔はみるみる真っ赤に染まった。
「さささ、さっきのは忘れてください!」
そう叫ぶと、震える手で自分の席の荷物をまとめて、教室を出て行った。