第7話
今日もヒナタはギリギリの時間に登校する。ヒナタが遅刻寸前に学校に来るのは、大嫌いな学校に一秒でも長くいたくないためだったらしいが、寧ろ、登校し終えたクラスメイトでぎゅうぎゅう詰めになった教室のほうが、俺様にとっては都合がいい。より多くの人数に無視されたほうが、ヒナタに精神的な大ダメージを与えることが出来るからだ。それを察したヒナタは朝早く起きて、誰も居ない時間に登校しようと目論んでいたが、この俺様がそんなことを許すはずがない。憑依して、いつも通りのギリギリの時間に登校させた。
「ドゥーム、悲運、バーバリアン、野蛮人、フェイト、運命……」
今日のヒナタは、英単語帳を広げてそんなことをブツブツ呟きながら歩いていた。早く起きた時間をも、英単語のために費やしている。ただでさえ不幸オーラを纏ってやがるのに、そんなことを言ってると、悪魔の俺様も、ヒナタが少し不気味に見えた。
「お前、死んだ後は幽霊になることを心から勧めるぞ。お前みたいなのが真夜中にいきなり現れたら、悪魔である俺様もちょっぴり怖い。ほんとにちょっぴりだけどな!」
「悪魔さん、今集中モードだから話しかけないで。今日、朝に英単語の小テストがあるの」
ブツブツ声に紛れて、俺様に辛うじて届くような小さな声でそう言った。
ヒナタはイヤホンをつけて学校に登校しているが、乗り移っているときに分かった。最初は音楽を聴いているのかと思っていたが、ヒナタはずっと永遠に英単語が流れ続けるだけの、ちっとも面白くない音を聞いていた。
この学校は進学校らしく、俺様が人間界に降りてから既に三回小テストがあったが、ヒナタはその空欄を全部埋め、そして、返ってきた答案は全て満点だった。魔界の見習い学校で落ちこぼれだった俺様は、それがちっとも面白くない。その小テストの間も、ずっとヒナタに話しかけて何とか気を散らそうと頑張ってはみたが、ヒナタは驚異的な集中力を発揮して全部埋めてしまうのだ。
こうなったら最後の手段だ。
朝のホームルームでテスト用紙が配られる。ヒナタはテスト用紙を見て、にやりと笑った。余裕、とでも言いたいんだろう。だが、今回ばかりはそうはいかない。
「ぐるぐるぐるどーん! 英単語を忘れてしまえ!」
俺様がそう叫ぶと、みるみるうちにヒナタの表情が強張っていく。それもそのはずだ。朝の時間全てをかけて必死に覚えた英単語が綺麗さっぱり脳内にから消え去っているんだからな。
「そう落ち込むな! かの有名な偉人の言葉にもあるだろう! 私の辞書には何も無いとな! ハッハッハ、名前は忘れたけどな!」
ヒナタは高笑いをする俺様を睨みつけると、全く空欄を埋めることが出来ない代わりに、机に文字を書いた。かなり怒っているのだろう。筆圧が半端じゃない。
“かの有名なナポレオンを悪魔さんと同じただのバカにしないで”
「おい、悪魔さんと同じってなんだ! まるで俺様がバカだとでも言ってるみたいじゃないか!」
“そのままの意味です”
「なんだと!」
“しかも、昨日から思ってたけど、ぐるぐるどーんって何? かっこわるい呪文”
「お前、俺様の黒魔術の力をバカにするのか!」
ヒナタにとっては、かなり腹立たしかったことらしい。これ以外にも、俺様に対する悪口を「止め」の合図があるまでずっと机に書き連ねた。
「この俺様を怒らせるとただじゃ済まないからな!」
むかついた俺様がそう叫ぶと、聞こえませんとばかりに、つんと頬杖をついて顔を背けた。