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悪魔とぼっちの七日間  作者: 百円
最終章
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最終話

 ついに、最終日だ。ヒナタは、今日は何もすることがないらしく、スウェット姿のまま、ぼんやりとテレビを眺めていた。また、首元には藤崎から貰ったペンダントをつけてやがる。テレビでは、日本の有名な政治家が浴槽の中で死んでいるのを発見された、というニュースをやっていた。多分、あの自惚れ悪魔の獲物のことだろう。

 そんなことを思っていると、俺様とヒナタの前に、指を鳴らす、ぱちんという音とともに、その張本人が現れた。


「やあ、昨日ぶり? 迎えに来たよ、バカ悪魔さん」

「バカいうな」

「獲物からの洗脳はまだ解けていないようだね」


 自惚れ悪魔はちらりとヒナタを一瞥する。むしろひどくなったけどな、と心の中で付け加えておく。


「あ、あの……、悪魔さん、この人誰?」

「こいつは――」


 俺が言おうとする前に、自惚れ悪魔はふわりとヒナタに手を差し出した。


「どーも、エリート悪魔です。この落ちこぼれ悪魔の同期なんだ」

「そうなんですか。悪魔さんにもお友達いたんだね」


 ヒナタは能天気にふわりと笑って、その差し出された手をそのまま握り返す。こいつは俺と同じ見習いの身分だから、他の人間に危害を与えることは出来ない。ただ、万が一ということも考えて、俺様は自惚れ悪魔に不自然な動作がないか観察する。

 自惚れ悪魔はにっこりと笑顔を崩さずに、こう言った。


「突然だけどね、君には不幸になってもらう」

「え?」

「こいつにはね、君が幸福になるたびに、頭に電流が流れる仕組みになってるの。ペナルティとして」


 ヒナタは表情を失って、俺様を見た。今まで常に流れていた電流がぴたりと止まる。痛みが急に無くなって、頭がふわふわした。でも、電流じゃない全く別の痛みが俺様の体中に駆け巡る。

 覚悟していたことだ。だが、ヒナタの表情を見ると、やっぱり辛い。俺様が苦しんでいた頭痛の原因がヒナタ自身だ、なんて聞いてしまったのだから、優しいヒナタはひどく傷ついてしまっているだろう。


「それだけならまだいい。こいつの自業自得だし。でも、このまま、この悪魔が来る前よりも君が幸せな状態でいてもらったら困るんだ。このバカ悪魔さんは罰として死神に魂を喰われてしまう」


 ヒナタはどんどん泣き出しそうな顔に変わっていく。俺様の胸を躍らせていたはずのその表情でさえ、今ではぎゅうぎゅうと容赦なく俺様の心を締め付けてくる。


「おい、ヒナタ。この自惚れ悪魔の言うことなんか聞くな。悪魔は大嘘吐きだからな。大真面目な顔して大嘘をほざくんだ」


 俺様がそう言ってはみたものの、ヒナタの表情は変わらない。


「何をすればいいんですか?」

「君に出来ることはないよ」


 自惚れ悪魔はヒナタに対して、さらりと冷たく言い放つ。


「バカ悪魔。お前に出来る選択は二つだけだ」


 俺様はヒナタのほうに視線をちらりと向けた。


「ヒナタ、俺様も悪魔だ。俺様もこれから嘘を吐く。そのつもりで聞け」


 そう言った後、俺様は自惚れ悪魔のほうへと視線を戻す。


「俺様がヒナタの魂を喰うか、ヒナタをそのまま助けて俺様が死神に魂を喰われるか、だろ? 悪いが、俺様の腹ん中はもう決まってるんだよ」

「先に言っておくけど、後者は絶対にありえないからね。この僕がそんなことさせない」

「ああ、分かってる。だが、俺様は前者も、後者も選ばない。魂を喰う以外の方法で、俺様はヒナタを不幸にする」


 自惚れ悪魔は意味が分からないと言わんばかりに眉を顰めた。確かに、もう散々ペナルティを食らった。それに見合うだけの不幸を与えるには、生半可な不幸では駄目だ。それこそ、ヒナタの魂を喰うぐらいの不幸でないと意味がない。

 俺様は、息を吸い、そして言った。


「ヒナタに俺様に関する全ての記憶を消す魔法を使う」

「……は?」


 自惚れ悪魔の間抜けな表情を見て、思わず口許が緩んだ。初めて、自惚れ悪魔よりも優位に立てたんじゃないだろうか。こんな状況でも、少しだけ嬉しい。一晩中頭をフル回転させて考えた甲斐があった。


「要するに、ヒナタを不幸にすればいいんだろう? ヒナタにとって、俺様はとても大切な存在だ。孤独な人生を救った救世主様だからな」


 俺様にとっても、ヒナタは大切な存在だ、ということは恥ずかしいから心の中だけで留めておく。


「悪魔が救世主なんて聞いた事が無いけどな」


 自惚れ悪魔が口を挟む。黙っていればいいものを、相変わらず、余計な一言が多いヤツだ。


「とにかく、ヒナタにとっての一番の幸福の要因が俺様なんだから、俺様が消えれば、ヒナタの一番の幸福が無くなる。ヒナタは間接的に不幸になるわけだ。でも、記憶を失ったあとのヒナタは俺様に関する記憶が無いから、不幸だと感じることはない」

「“知らない”不幸か」


 ち、と舌打ちをする。流石自惚れ悪魔なだけあって飲み込みが速い。


「そうだ。人見知りのヒナタにとって、俺様と居る時間が、ヒナタの人生の中で一番楽しかったに違いない。その記憶を奪われること。それが、今のヒナタにとっては、一番の不幸だ」


 幸せか不幸せかなんて、人間の感情によって左右されるものだ。ヒナタがどんなに恵まれた状態に居たとしても、それを幸せだと思わなければ、ずっと不幸だ。一番の幸せが俺様なら、それを失ってしまったヒナタは、俺様を超える幸せに出会わない限り、きっと幸せを感じることはないだろう。

 でも、ヒナタなら、きっと出会える。


「全く、どっちが自惚れ悪魔なんだか……」


 自惚れ悪魔は、やれやれと、額に手を当てて呆れ返っている。


「それがお前の自惚れでないのなら、確かに、お前も魂を消されなくて済むかもしれない。ただどちらにせよ、ペナルティがあまりにも多すぎるから、こんな生温い不幸じゃ落第決定だよ。また十万年間、見習い期間を受けなければならない」


 俺様はにやりと笑みを浮かべた。


「お安い御用だ」


 頑張ることは好きだからな。いくらでも努力してやる。


「ちょっと待って!」


 これまでずっと黙っていたヒナタが堪えきれないとばかりに突然叫んだ。


「黙って聞いてれば何? 私、絶対やだ。悪魔さんと一緒に過ごしたこと、全部忘れちゃうなんて、やだ……。だって、私が変われたの、悪魔さんのお陰なのに」


 そう言いながら、ヒナタの目から大粒の涙が、右目からも左目からもぽろぽろと零れ落ちる。そして自惚れ悪魔に縋りついた。


「あの、私、なんでもします。悪魔さんを助け下さい!」

「じゃあ、藤崎や、出来た友達全員に嫌われる魔法をかけてもいいのか? それと、母親との関係も昔と元通りにしやろう。それでもいいのか?」


 自惚れ悪魔の言葉に、ヒナタは息を呑む。少し迷うように視線を迷わせ、こくりと小さく頷き、自惚れ悪魔と視線を交える。


「悪魔さんと過ごした日々は、そのぐらい、私にとって楽しかったから。嫌なこともいっぱいされたけど、でも、悪魔さんは、ひとりぼっちの私を助けてくれた、初めての友達なんです! 大切な、大切な友達なんです」

「その言葉は本当か?」


 ヒナタは何度も頷いた。そして真っ直ぐな瞳で自惚れ悪魔を見つめる。ヒナタの瞳は覚悟を決めたように強く凛々しい。こんな目をするようになったんだな、と俺様は少しばかり嬉しい。だが、見つめ返す自惚れ悪魔の目は冷え切っていた。


「なるほど。それほど大切なら、記憶を消す魔法も意味が無いこともなさそうだな。バカ悪魔、早く魔法を使え」


 ヒナタは自惚れ悪魔の言葉を聞いて、唇を噛んで悔しそうに俯き、縋っていた手を力なく外した。ごめんな、ヒナタ、と心の中で呟く。確かに、そこまですれば不幸度がギリギリ釣り合うかもしれない。だが、そこまでするほどの魔法を、俺様が使えないということも、自惚れ悪魔はきっと分かっている。俺様はヒナタが好きだ。ヒナタが直接的に不幸になる魔法なんて、使いたくないし、使えない。

 その後ヒナタは、ゆっくり俺様に目を向け、口角を上げて、無理矢理笑ってみせる。目が潤み、朝の日光を反射してきらきら光った。


「悪魔さん、またあのかっこ悪い呪文言うの? そんな魔法かけたって、無駄だよ」


 ヒナタは首元につけた四葉のクローバーのペンダントを握り締める。


「だって、絶対覚えてるもん。こんな、楽しかったこと、忘れるはずない」


 俺様はぎり、と唇を噛んだ。そうだ、俺様も楽しかった。


「絶対、ぜったい、忘れないよ!」


 ヒナタの悲痛な声を聞きながら、俺様は目を瞑る。この一週間のことを思い出す。本当に、色々なことがあった。ヒナタの笑った顔、怒った顔、悲しそうな顔、楽しそうな顔、いろんなヒナタの表情を見てきた。いっぱい笑い合ったし、いっぱい喧嘩した。でも、それが、無くなってしまうんだな。俺様が、ヒナタとの関係を、壊してしまうんだな。

 自惚れ悪魔は、はあ、とため息を吐いて、すっと、ヒナタの前から姿を消し、俺様の耳元でこれ見よがしに呟いた。


「これだから人間は嫌いなんだ。弱くて愚かで、悪魔よりもずっと劣っているくせに、出来もしないことをさも出来るかのように言ってみせる。魔法をかけられた後はきれいさっぱり忘れてしまうくせに。それが、どれほど、このバカ悪魔を傷つけるとも知らずに」


 たとえそうだとしても、俺様は、ヒナタのことが好きになってしまった。それは、どうしようもないことだ。俺様は目を見開く。ヒナタが忘れた分だけ、俺様がヒナタの姿を目に焼き付けてやる。

 俺様が居なくても幸せになれ、ヒナタ。



「ぐるぐるぐるどーん、俺様を、忘れてしまえ」



*


 今日は日曜日。何にもすることがないから、一人でテレビを見ていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。時計を見ると、それほど時間は経っていなかった。ほんの数十分居眠りをしてしまっただけだ。ふと、頬がすーすーとして、触れてみると、冷たいものが右手についた。


「……あれ、なんで私、泣いてるんだろ?」


 左手は、昨日藤崎くんに貰ったばかりのペンダントを強く握り締めていた。手を開くと、自分の爪が肌に食い込んで血を滲ませている。こんなこと初めてだ。

 何か、ひどい夢でも見たのかな。涙を流して、握り締めた手から血を流すほどの夢。それほど強烈な夢なら覚えていてもおかしくないのに、思い出そうとしても、ちっとも思い出せなかった。

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