表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔とぼっちの七日間  作者: 百円
第一章
2/23

第1話

 まずは様子見だ。日下部ヒナタはイヤホンを耳にはめ、俯き気味に学校へ向かう。初めて見たときから思っていたが、相変わらず暗い女だ。時間は八時三十分。確か高校は、三十五分からホームルームが始まる。獲物は遅刻寸前に学校に来ているらしい。慌てている様子もないところを見ると、ギリギリの時間になるように登校している、ということか。

 地味女の後ろを付いていって、初めて人間界の学校に入ったが、見習い学校で人間界のことをさんざん教わったせいか、物珍しく感じるものはなかった。

 ちなみに、俺様の姿はターゲット以外には見えない。ターゲットにさえ見えないようにすることも可能だ。だが、俺様はそんなことはしない。この地味女が俺様の姿を見てびっくり仰天する様をみてやるのだ。

 教室のドアを開ける。数人が彼女に視線やるが、すぐに逸らした。彼女はそんな僅かな視線のどれにも目が合わないように、俯き加減で教室の一番ど真ん中の席に腰を下ろした。誰も彼女に話しかけようとはしない。音楽プレイヤーの音量を上げる。ざわざわと煩い喧騒の中で、ターゲットの周りだけ、少しだけイヤホンから漏れる音以外、無音だった。まるで台風の目だ。しばらくしてチャイムが鳴り、教師が入ってくる。

 相変わらず、俺様のような悪魔にとり憑かれたとしても仕方が無いような人間だ。


*


 獲物の台風の目っぷりは、午前中の授業が終わり、昼休憩になっても続いた。地味女は、地味女に似合わないピンク色の弁当箱と水筒を持って、立ち上がった。初めて、立ち上がった。授業の合間の休憩時間は常に机に突っ伏していたし、その間に誰とも話していなかったから、彼女の久しぶりの大きな動作に俺様がびっくりしてしまった。

 彼女は立ち上がって、教室を出て行った。他の教室にでも行くのだろうか。もしかしたら、他のクラスになら友達が居るのかもしれない。

 と、思ったが、彼女は他の教室になど見向きもせず、着いた場所は屋上だった。周りには誰も居ない。どうやらこいつは、本っ当に友達が居ないらしい。

 そろそろ姿を見せてやろうか。授業中に突然現れるという手を使っても良かったが、まあ、俺様の良心だ。最初だから、人前で情けない姿を晒してしまうのは勘弁してやろう。もしかしたら、人の目を気にして叫ぶものも叫べなくなってしまうかもしれないしな。

 貴様以外誰も居ないところで思う存分震え上がり、叫びまくるが良い!

 俺様は、ぱちんと軽やかに指を鳴らし、今まさに弁当箱を開けて昼食を取ろうとしている獲物の目の前に姿を現した。

 しかし。


「……あ」


 獲物が発したのはそれだけだった。少し掠れた間抜けな声だったが、震え上がりもしなければ、叫びもしなかった。予想以上につまらん反応だ。


「ハッハッハッ、俺様は悪魔だ! 貴様を不幸のどん底にまで突き落としてやる!」


 わざと声を低くして悪魔らしく自己紹介をしてみるが、反応が薄い。目を擦ったり、頬をつねったりして、夢でないかを確認しているらしい。


「残念だったな、貴様。これは夢ではない、現実だ。そして俺様の姿は貴様以外には見えない。だから、助けを請おうとしたって無駄だ。ひとりぼっちの孤独から頭がおかしくなったのだと思われたいのなら別だがな」


 獲物は目をぱちりと一つ瞬きして、不思議そうに首を傾げた。


「……」

「……」


 あまりの反応の薄さにどうすればいいか分からず、思わず黙ってしまうと、こいつも黙って俺様を見る。長い前髪のせいで暗くて地味なのは変わりないが、こうして真っ向から向かい合って、よくよく見てみると美人だった。


「貴様、驚かないんだな」


 俺様がそう言うと、彼女は声を発しようとしたが、また掠れて、「んんっ」と可愛らしく咳払いをするとこう続けた。


「すみません。びっくりすると、息が止まっちゃう人なんです。本当は、今、すごくびっくりしてるんです」


 地味女のくせに、鈴を転がすような綺麗な声だった。 


「そうは見えないがな」


 俺様が本心を口にすると、肩を縮こまらせて、すみません、ともう一度すまなそうに言った。


「じゃあ、お詫びにこのピーマン、あげます」


 そう言って、野菜炒めの中にはいっているピーマンを器用に箸で摘み取り、俺様に差し出してきた。


「そんなものはいらん! てゆーか、なんでピーマンなんだよ。そのミートボールくれ!」

「え、ミートボールですか? わたし、このお弁当の中で一番好きなおかずなのに……。ピーマンだったら一番嫌いだからいいんですけど」

「だったら尚更そのミートボールをくれ!」


 俺様は問答無用で弁当箱のミートボールをつまんで食べた。見習い学校で写真を見たときから目を付けてはいたが、なかなか美味い。地味女は信じられないと言わんばかりに目を潤ませて俺様を見ている。ぞくりとするほど心地がいい。そうだ、俺様は人間のこんな表情がたまらなく好きだ。もっと困らせてやろう。

 俺様はするりと地味女に憑依する。そして、その箸で摘んだピーマンを食べさせた。奥歯でしっかりとかみ締めて、ピーマンの苦さを堪能させてやる。苦味が口いっぱいに広がるのが、乗り移っている俺様にも伝わってくるが、不幸の味は蜜の味だ。不味くはない。ごくりと飲み込んでやると、体を離れた。


「うううう、にっがーい!」


 地味女はうめき声を上げつつそう叫んで、水筒の蓋を開け、口の中に残るピーマンの味をかき消すように、ごくごくとお茶を飲み干した。


「な、なんなんですか! 悪魔さんがいきなり消えたと思ったら、体が勝手に動いて……っ」


 地味女の慌てっぷりが面白く、思わず腹を抱えて笑った。


「ギャッヒャッヒャ! ようやく人間らしくなったじゃねーか。俺様はお前の体を乗っ取ってしまうことも出来るのさ! 貴様は俺様に憑依されている間は指一本自分の意思じゃあ動かせなくなる」

「そんな……。じゃあ、毎日残していたピーマンを、これからは毎日噛み締めて食べなきゃならないんですか」


 女は青ざめて絶望の表情を浮かべた。よっぽどピーマンが嫌いらしい。


「フフフ、それぐらいで済めばいいがな。せいぜい俺様に怯えながら、不幸になればいい!」

「……あの、いつまで?」

「終わりなどない!」


 本当は一週間だが、わざとそう言ってみせる。どうせ不幸にしたら魂を喰ってしまうんだから、嘘は言っていない。それに、嫌なことが永久に続くことほど不幸なことはないだろう。すると、地味女はさらに顔を歪ませて涙目になった。ああ、なんて気持ちがいいのだろう。

 楽勝だ。この試験は楽勝すぎる。俺様はもしかしたら人間を不幸にする天性の才能を持っているのかもしれない。

 この一週間、どうやってこの女を不幸にしてやろうか。そう思うだけで背中にぞわぞわと甘い快感が走るのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ