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悪魔とぼっちの七日間  作者: 百円
第五章
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第18話

 次の日、ヒナタはヒナタの持っている一番可愛い服を身につけて、鏡の前に立っていた。昨日、髪を乾かしもせずに寝転がりまくったせいで、寝癖がひどいことになり、さっきまで悪戦苦闘していたが、一時間かけて頑固な寝癖を撃退し、今は、頭に白いカチューシャをつけたところだ。全体的に白と淡いピンクでまとめた服を身に纏ったヒナタは、まるで小さな天使のようだ。


「今日は憑依しないの?」

「しない。“愛と猫のラブソング”の続きが気になって仕方が無いからな!」


 “愛と猫のラブソング”というのは、ヒナタの本棚にあった漫画のことで、ヒナタが寝ている間は、ずっとこの漫画を読んでいた。俺様たち悪魔は、人間のように睡眠や食事などをとる必要はない。まあ、娯楽程度に嗜むことはあるが、俺様にとって睡眠はちっとも面白くないから、ヒナタが寝てしまっている夜は暇で暇で仕方が無い。そこで俺様の目に留まったのが、この漫画というわけだ。悪魔は人間よりもずっと高度だから、暗闇の中でも文字を読むことは可能なのだ。

 歌を歌うことが大好きな愛という名前の少女と、一匹の可愛らしい猫が出会い、歌を通じて共に成長していくという感動モノだ。不覚にも号泣してしまい、その泣き声でヒナタを真夜中に起こしたこともある。


「あっそー。でも、感動物語に号泣する悪魔って聞いたこと無いよ」

「名作には悪魔も人間も関係ねーんだよ」

「はいはい、いってきまーす」


 ヒナタは俺様にひらひらと手を振って、部屋を出て行く。

 ふう、と小さく息を吐いて、壁に寄りかかる。ヒナタが離れても尚、びりびりと流れる電流が俺様の頭を締め付ける。さっきも声を震わせないようにするので必死だった。もし憑依なんかして、少しでもヒナタと一緒に居る時間を増やしてしまえば、ヒナタは俺様の弱味に気づくかもしれない。ヒナタは弱味につけ込んでくるような悪い奴じゃないことは十分分かっていたが、でも隠さなければならないと思った。

 その時、聞き覚えのある声が上から降ってきた。


「やっぱり、バカ悪魔は人間界に来たって落ちこぼれだなァ。見習い学校に居るときから心配はしてたんだけど、僕の予想の斜め上をいってて、呆れを通り越して寧ろ尊敬を覚えるよ」


 この皮肉たっぷりの嫌味な声。ぱちんと指を鳴らす音が聞こえると、その姿を表した。

 俺様とよく似た風貌で、額には「666」の罰則印。顔には人間界へと降り立つ前と全く変わらないムカつくほどの爽やかな笑みを貼り付けている。


「どーも。エリート悪魔参上です」

「相変わらずだな、自惚れ悪魔」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてねえ。何しにきた。お前の獲物の世話はしなくていいのか? 確か、日本の政治家の……」

「ああ、それなら、明日まで我慢しきれなくって食べちゃった。いやー、ほんとに、第一印象そのままの最低クソ爺だったよ。あーゆー人間こそ、不幸の底まで突き落として、魂をじっくり味わう価値があるね。ジリジリと不幸になるように追い詰めて弱りきった魂を喰うの。あ、その味なんだけどね、うわさ通り、超美味いよ」


 その味を思い出すかのように、自惚れ悪魔は赤い舌を出して、ぺロリと自らの唇を潤した。


「ところで、本題はそんなことじゃないんだけどね」

「なんだ珍しいな。貴様が自分の自惚れ自慢以外で俺様に用事があるなんて」


 すると、自惚れ悪魔は今までの笑顔を消し、バンッと、俺様の寄りかかっている壁を蹴った。


「とぼけるな」


 声のトーンが急に落ちた。やっぱり、気づいていたか。俺様も表情が固くなる。


「その罰則印から、今、電流流れてるだろ」

「ああ」

「昨日、冷やかし目的でお前のとこに来たときは驚いたよ。仲良く人間なんかと笑い合って、でも、その人間が笑うたびに流れる電流の痛みを必死に隠してるお前、今まで見た十万年間のお前の中でトップレべルの間抜けさだった」


 見られていたのか。痛みを隠すのに必死で、他の悪魔の気配を感じ取る余裕なんて無かった。

 こいつとは十万年間の付き合いだ。こいつは魔界でいっつもへらへらしていたが、本気で怒ると表情を消して、急に早口で饒舌になる。つまり今、こいつは怒っている。


「期限は明日までだ。明日までにお前の獲物が不幸にならなければ」


 そこまで言って、自惚れ悪魔は急に言葉を切った。敢えてそうしているのではなく、次の言葉を言うのを躊躇っている。だが、意を決したように、俺様を見た。


「お前は死神に魂を喰われる」


 どくん、と強く心臓が震えたのを感じた。まるで、今は生きているのだ、と主張するように。そして、この命は保障されているわけではないのだ、と警告するように。


「分かってる」


 そう答えた声が震えた。悪魔は人間を不幸にするために存在している。見習い悪魔とはいえ、人間を幸せにすることは許されない。もし、人間を幸せにしてしまえば、待っているのは、死だ。そんなことは、人間界に降り立つ前から分かりきっていたことだ。


「じゃあ、お前がどうやったら助かるのかも分かっているはずだよな?」


 俺様は答えない。


「明日までに必ず、獲物の魂を喰え。それが一番確実だ。じゃなきゃ、本当にお前が喰われるぞ」


 俺様は唇を噛んだ。ヒナタの魂を喰う。それは、母親とヒナタのことで、とっくに消した選択肢だ。

 断続的に流れ続ける電流。それは、ヒナタが幸福であるという合図だと同時に、俺様が死に近づいているという合図でもある。頭では分かっていたことなのに、そのことを改めて思い知らされると、電流の痛みが体全体を深く深く蝕んでいくような感覚がした。


「僕は十万年間、お前を見てきた。お前がどれだけ一人前の悪魔になることを切望していたか、僕が知らないわけがないだろう。お前の獲物は、お前がその生きてきた十万年間を犠牲にしてまで、守るほどの人間なのか? その人間だって、悪魔に比べたらずっと脆い。今生き延びたとしても、たった八十年ほどで死んでしまう」


 十万年間、確かに長かった。いつだって、一人前の悪魔になることを目標にして、必死で努力を重ねてここまで来た。だが、その十万年間があったからこそ、現実に立ち向かっていくヒナタが好きになってしまった。ヒナタとこれまでの自分を重ねてしまうのだ。ヒナタの幸福を願ってしまうのだ。例え、それが自分の努力を無駄にしてしまうものだとしても。

 自惚れ悪魔は、ずっと黙り込んでいる俺様の胸倉をぐっと掴んで立たせる。


「どうして何も言わないんだ! お前は僕の仲間だ。十万年間、一人前の悪魔になろうと、ともに努力してきた仲間だ。身勝手で愚かで弱い人間のために魂を喰われていい悪魔じゃない」

「やめろ。ただでさえ電流が流れてて頭いてーんだ。ピーピーうるせえお前の声を近くで聞いてると、余計ひどくなる」


 そう言うと、自惚れ悪魔はち、と舌打ちをする。「最後の手段だな」と小さく呟き、俺様を見た。


「もしお前が死神に喰われたりなんかしたら、僕が一人前の悪魔として彼女を不幸にして、魂を喰う」


 さっと、血の気が引く。


「何、だと?」

「不幸になった人間の魂、本当に美味かったんだ。癖になるほどね。やると言ったらやるよ? 僕は」

「やめろ!」


 俺様は思わず自惚れ悪魔の肩をつかむ。爪を立てる、ぎり、という音がした。なのに、こいつは少し眉間に皺を作ったぐらいで、変わらず俺様を見据える。十万年の付き合いだ。自惚れ悪魔が本気だということは、目を見れば分かる。そう思うと同時に、指にも上手く力が入らなくなってくる。


「頼む、やめてくれ。それだけは、やめてくれ」


 情けないぐらいに声が震える。きっと、俺様の顔も、それ以上に情けないことになっているだろう。自惚れ悪魔もそれが伝染したのか、初めて、はっきりと分かるほど顔を歪ませた。そして、ようやく、俺様の胸倉を掴んでいた手を離す。


「とにかく、期限は明日だ。明日、またここに来る。お前が正気に戻っていると願ってるよ」


 ぱちんと指を鳴らすと、自惚れ悪魔は消えてしまった。

 俺様は少し乱れた服を正し、また、座り込んだ。

 あいつの言いたいことは、充分分かっている。今、俺様がどんなに愚かなことをしているのか、充分分かっている。

 そんなことを考えている間にも、強烈な電流が脳内を突き刺す。


「……っぁあ゛!」


 ヒナタのやつ、藤崎とのデートでよっぽど嬉しいことがあったんだな。帰ってきたら、にこにこしながら、俺様に話してくんだろうな。聞いてやろーじゃねえか、俺様の脳天に雷を落とすほどの幸せな出来事を。

 はぁ、はぁ、と息を荒げながら壁に寄りかかる。さっきほどではないが、俺様の頭にはじりじりと電流が流れ続ける。

 さっきのは流石の俺様にも効いたな。手を見ると、痛みに耐えるために、よほど強く握り締めたせいか、自分の爪が食い込んで、手から血が流れていた。舌で舐め取ると、少しひりひりしたが、すぐに血は止まり、傷跡も無くなった。傷が癒えていくのを見ながら、一昨日の夕日を見に行ったときのことを思い出す。人間は、一度怪我をしてしまうと、なかなか傷が癒えないんだよな。自惚れ悪魔の言う通り、人間は悪魔に比べて、ひどく脆くて弱い。だが、それと同時に、優しくて温かいのだということも知ってしまった。

 口の中に血の味を感じながらさっきの自惚れ悪魔の言っていたことを思い出す。


 ――「明日までに必ず、獲物の魂を喰え」


 出来るもんか。それはつまり、俺様がヒナタを殺すって意味じゃねえか。そんなこと、出来る訳がねえだろう。それに、魂を喰ってしまったら、きっと、ヒナタの母親はひどく傷つくだろう。ただでさえ、父親を亡くしてるのに、それは可哀想だ。


 ――「じゃなきゃ、本当にお前が喰われるぞ」


 俺様は目を閉じる。今まで生きてきた、十万三十三年間。どれほど、一人前の悪魔になりたいと願ったことだろう。どれほどの夢を、他の見習い悪魔達と語り合ってきただろう。


 ――“あ、り、が、と、う”


 ふと、昨日のことを思い出した。ヒナタは卑怯だ。ヒナタの笑顔が、俺様はとてつもなく嬉しい。今まで描いてきた夢を壊してしまうことを厭わないと思えるほどに。俺様は、最初の頃の自分を思い起こす。思わず乾いた笑いが口から漏れた。

 何が楽勝で不幸に出来る、だ。俺様はとんでもない人間にとり憑いてしまった。

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