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悪魔とぼっちの七日間  作者: 百円
第五章
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第16話

 そして今、ヒナタは教室のドアの前に立っている。深呼吸を何度も繰り返し、ドアに手をかけた状態で止まっている。


「おいおい、早くしろ」

「わ、分かってるよ。今、精神統一中なの」


 ヒナタが思いっきり息を吸い込んだのが、傍目から見ても分かった。がらっと力強くドアを開ける。もう後戻りは出来ない。


「おっはぁ、よーっう!」


 思わず、俺様は吹き出した。変に力んでいるせいか、声が裏返っているし、イントネーションも可笑しい。これなら、俺様の挨拶のほうが何倍もマシだ。それは当のヒナタも自覚しているようで、顔がこれまでにないほど真っ赤になり、恥ずかしさのあまり汗をかいている。しかも、いつも通り、みんな挨拶を返さない。まあ、これほど恥をかいてしまったのだから、裸踊りは許してやろう。

 そのときだ。


「おはよう、日下部」


 初めてだ。ヒナタの挨拶をまともに返したのは。声の主は藤崎だった。


「おはよう、日下部さん」

「おはよー」

「おはよう。今日もエネルギッシュだねー」


 今度は、ドッジボールのときに話しかけてきた女子三人組だ。それが、どんどんクラス全体に伝染していく。「おはよう」の嵐だ。ヒナタも信じられないとばかりにドアの前で石のように固まっている。

 そして、我に返ったように、周りを見渡すと、俺様を見た。びりっと電流が走る。


「言えたよ! しかも、みんな、あいさつ返してくれた!」


 ヒナタは拳を握り締め、本当に嬉しそうに言った。花が咲いたような笑みだった。その顔を見ると、電流の痛みもふっとんだ。


「良かったな」


 思わず声が漏れた。心の底からそう思ったからだろう。自分でも出したことが無いほど優しい声だった。ヒナタも「うん」と嬉しそうに頷く。だが、ヒナタはその後に大声を出したことに気づいたのか、また、真っ赤になって「やっちゃった」と項垂れる。しかし、今度はクラス全体に笑いが起きた。


「日下部さん可愛いー」


 女子がそんなことを言ったから、ますますヒナタは真っ赤になる。クラスのやつも、本当はいいヤツばかりだったのだ。クラス全体を包む笑い声は、とても温かった。


*


 ヒナタはその後も、授業の合間の休憩になると女子や男子に話しかけられていた。女子は藤崎のことや髪型についての話題がほとんどで、男子は俺様のドッジボールの技についてだった。ヒナタは戸惑いながらも、律儀に一人ひとりの質問にたどたどしく答えている。今まで、ヒナタに話しかけはしなかったものの、みんなヒナタに興味を持っていたのだろう。ヒナタは幸せを感じるというよりも戸惑いのほうが大きいみたいだ。俺様も「ドッジの技かっこよかった」とか「髪型すごく良くなった」とか褒められているのを見ると気分が良い。

 チャイムが鳴る。昼休憩だ。


「よし、ヒナタ。屋上に行くぞ」


 俺様がそう言うと、ヒナタは小さく首を横に振った。


「どうした? もう昼休憩だろ?」


 ヒナタはノートを広げて、シャーペンを走らせる。


“やりたいことがあるの”

「やりたいこと? 何だそれは」


 ヒナタは小さく深呼吸して、ピンク色の弁当箱を握りしめ、歩き出した。教室の外ではない。むしろ、窓際に向かって歩いている。そして、急に立ち止まった。


「一緒に、食べたい、な」


 ヒナタは、声を緊張で震わせながら、机をくっつけて弁当を食べている女子達に話しかけていた。ドッジボールのときにヒナタに話しかけてきた女子三人組だ。そいつ等は顔を見合わせた。ヒナタは頬を染めながら、目をぎゅっと瞑って答えを待っている。

 三人とも笑顔になり、ヒナタに向き直った。


「大歓迎! 一緒に食べよう」

「あたし達も、日下部さんと、もっと話したいと思ってたんだ」


 ヒナタはゆっくり目を開いて、何度かまばたきをした後、顔が一気に明るくなる。それと同時に、びりびりっと電流が走って、思わず顔を顰めた。

 その痛みで、はっと我に返る。

 俺様は、ヒナタを、不幸にしなければならない。なのに、何で黙って見ているだけなんだ。このままだったら、ヒナタはあの女子達と友達になってしまう。さっさととり憑かないと。そうだな、ヒナタにとり憑いて、あの女子達にひどい言葉を浴びせてやろう。

 そう考えを巡らせていると、ヒナタがこちらを見た。目が合う。ヒナタは嬉しそうに笑っていた。本当に、本当に幸せそうで、それは、びりびりと頭に流れ続けている電流からも分かった。ヒナタは口パクで何かを言っている。おそらく、俺様に対してだろう。分かりやすいように、ゆっくり、大きく口を開けていたから、声に出さなくても、何を言っているのかが分かった。


“あ、り、が、と、う”


 そう言っているのだと気づいた時、不幸にしてやろうと動いていた体が、全く動かなくなった。嫌だ。心の中で叫んでいる声が、俺様の体を縛り付ける。なんだ、この気持ちは? 俺様がヒナタを不幸にすることは、今浮かべている笑顔が壊れてしまうことだ。それが、どうしようもなく嫌だ。

 ヒナタは、そんな俺様から目を逸らし、弁当箱を広げて女子達と談笑し始めた。

 ヒナタも慣れてきたもんだな。最初はヒナタもおどおどしながらしゃべっていたが、次第に打ち解けて、今ではもう、女子達の言葉に、にこにこと楽しそうに笑っていやがる。笑うたびに短い髪が小さく揺れた。頭痛がひどくなるのを感じながらも、思わず笑みが零れた。ヒナタはやっぱり短い髪のほうがずっと良い。長い髪で隠れていただけで、本当はかなりの美人なのだ。

 そうやって、ヒナタが笑うたびに、びりびりと強い電流が俺様の脳内に流れたが、そのヒナタの顔があんまりにも嬉しそうで、あんまりにも幸せそうで、その笑顔を見ると、俺様に流れている電流の痛みもふっとんでしまうような気さえした。教室のど真ん中でどうすることもできずに浮かびながら、ヒナタには、ずっと笑っていて欲しいと思った。

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