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悪魔とぼっちの七日間  作者: 百円
第四章
14/23

第13話

 一時間目は体育だった。しかも、私の大嫌いなドッジボール。朝のふわふわ気分は一瞬にして打ち砕かれてしまった。どうしてドッジボールなんてこの世に存在するんだろう。ボールを人に向かって投げて、当たって、痛いだけで、ちっとも楽しくない。私にとっては、ドッジボールに参加することは、戦場に赴くことと一緒だ。


「ドッジボールか。楽しそうだな」


 悪魔さんは、さっきまで頭を抱えて悩んでいたのに、いつのまにか元気ぴんぴんになっていて楽しそうだ。

 チーム分けは体育委員が勝手に決めていたみたいだった。出来れば、すごく速くて強いボールを投げる男子がいっぱい味方に居ればいいな。そうすれば、直接的に被害に遭わないで済む。チーム分け説明が始まった。効果があるかどうかは分からないけど、お願いします、と両手を組んで祈る。


「――くんと、藤崎くんと、日下部さんがBチーム。それからCチームは……」


 ……え。


「おいおい、ドッジボールのチームまで一緒なのか」


 本当だ。恐る恐る藤崎くんの方を見てみると、目が合ってしまい、びっくりして、すぐ目を逸らしてしまった。藤崎くんと同じチーム……。なんだか、朝のことがあったばかりだから、ちょっと気まずい。

 最初はAチームとBチームの試合らしい。初っ端から試合に入ってしまうなんて憂鬱だ。自分のチームは藤崎くんみたいな頼りになりそうな男子は何人か居るけれど、敵チームにも同じだけ怖そうな男子が居る。体育委員はとても平等にチーム分けをしてくれたみたいだ。あまり嬉しくない。

 ピーッというブザーが鳴って、試合が始まった。ボールは敵側に回ってしまう。敵側の男子がびゅんっと外野側に鋭いボールを投げた。「ひっ」と思わず悲鳴が漏れた。やっぱり速いし強い。


「おー! スリリングだなァ! 俺様はこーゆーのが大好きだ!」


 私は大嫌いだ!


 心の中で叫びながらあちこちから飛んでくるボールから逃げ回る。自分で言うのもあれだけれど、私はかなり運動音痴だ。ドッジボールでは同じ女子でも逃げるのが速い子も居るし、強いボールを投げれる子も居るけれど、私はどっちも出来ない。逃げるのも皆と遅れてしまうし、さっき飛んできたボールもギリギリ掠らないぐらいだった。

 あ。

 やばい。内野に居る敵側の男子と目が合っちゃった。にやりと口許を歪める男子。「ロックオン」って言葉が表情から滲み出てる。逃げなきゃなのに、体が固まって動けない。

 びゅんっと、私に向かってボールが飛んでくる。思わず目を瞑る。ええい、もう当たっちゃえ。

 心の中で覚悟を決めていたのに、当たらなかった。


「大丈夫?」


 目の前には大きな背中があった。藤崎くんだ。ヒューッと口笛が聞こえた。敵側チームに居る北村くんだ。藤崎くんの顔が急に赤くなる。藤崎くんは、間髪入れずに北村くんに向かってボールを投げた。藤崎くんのボールも他の男子に負けず劣らずスピードがあって、しかも命中率抜群だ。北村くんの足に当たって、アウトにしてしまった。


「そんなんじゃねえよ。女子は、守んなきゃじゃん」


 藤崎くんはちょっとだけ唇を尖がらせてそう言った。ぎゅっと胸が苦しくなる。すごくかっこいい。


「おいおい、何良い雰囲気になってるんだ、お前らは!」


 悪魔さんがすぐ傍で叫んでいる。けど、その声も聞こえない。ありがとう、と声をかけようとして、息を吸い込んだ。


「藤崎くん」


 藤崎くんが此方を見る。


「……お前の心配は無用だ、ばーか」


 え。口が勝手に動く。体が自分が思うように動かない。まさか、また悪魔さんに乗り移られちゃった?

 藤崎くんも固まる。でもそんなことは関係ないとばかりに、敵側に渡ってしまったボールは、私を狙って飛んできた。いつもだったら、こんな強いボールが飛んできたら立ちすくんじゃうのに、バシッと胸でしっかりとキャッチする。「フッフッフ」と低い笑い声が私の口から漏れた。そして仁王立ちにして前を向く。


「てめえら、よくもヒナタを狙ってくれたな。ヒナタを怖がらせていいのは、この俺様だけだ!」


 勝手に口が動く。間違いない、とり憑かれちゃった。


《あ、あの、悪魔さん?》


 私は悪魔さんに話しかける。でも、私の声で止まってくれるような悪魔さんじゃないことは、この数日間で嫌というほど分かっている。


「スーパーデビルストレートドリルマシンガン!」


 今までに出したことも無いような恥ずかしいことを大声で言うと同時に、体も勝手に動く。まるで野球選手のピッチャーが投げるみたいな体制になって、私の手からボールが離れる。そのボールは回転しながら、剛速球で敵側チームに飛んでいく。そして真っ直ぐ、私をさっき狙っていた男子に当たった。

 私は呆然。私のボールでアウトになってしまった男子も呆然。いや、それだけじゃない。隣に居た藤崎くんは勿論、敵チームも、味方チームも、見学していたチームも、体育の先生も、みんな呆然となっている。


「かっけーな、日下部」


 藤崎くんが、突然の沈黙を破った。すると、その言葉をきっかけに、同じチームの子達が、「すごーい」「ナイスナイス!」と声をかけてくれた。そして何故か拍手まで起こりだした。なんか恥ずかしい。でも、私の顔は恥ずかしがるというよりも、寧ろ得意げだ。


《悪魔さん、もう充分でしょ? そろそろ私の体から……》

「ハハハ、そうだろうそうだろう。ドッジボールはすべて俺様に任せておけ!」


 口が勝手に動いている。駄目だ。悪魔さん、完全にスイッチが入ってしまってる。こうなってしまうと、私にはどうすることも出来ない。なんというか、此処まで来てしまうと、恥ずかしさを通り過ぎてどうでもよくなってくる。突然大声で挨拶し出して、突然みんなの前で告白して、髪をばっさり短くして、そして、最終的には、スーパーなんとかなんとかっていうダサいことを言いながら剛速球を投げる。もう学校での私はキャラが滅茶苦茶だ。

 結局、悪魔さんは体育の授業のチャイムが鳴るまで、ずっと私の体を乗っ取ったまま暴れ続けた。やっと体を開放してくれたときには今まで使ったことの無い筋肉を酷使したせいか、くたくたで、節々が痛かった。


「なかなか楽しかったぞ。ヒナタの授業は退屈なものばかりだが、体育は別格だな、ハッハッハ」

「それはそれは良かったですね」


 もう怒る元気もない。絶対筋肉痛になってる。とぼとぼ歩いていると、ぽんぽん、と肩を叩かれた。振り返ると、同じクラスの女子達だった。いつも三人で仲が良さそうな子達だ。


「日下部さん、今日の体育すごかったねー」

「スーパー、なんだっけ?」

「ああ、あれ、やばかったねえ。男子もビビッてたしィ」

「あいつ、女子ばっか狙って、しかも超本気だったじゃん、マジざまーみろって感じー」


 あははっと三人とも笑ってる。私に話しかけてる?

 ぱくぱくと口が動くけれど、上手く声が出ない。


「ハハハ、そうだろう、そうだろう」


 傍では悪魔さんが高笑いしてる。でも、当然だけど、私以外には悪魔さんは見えないし、声も聞こえない。何か言わなくちゃ、何か返さなくちゃ……。そう思いながら、息を吸う。


「あ、悪魔さんに、とり憑かれてたから、ほ、ほ、ほんとは、そ、そんなこと、ないんだよ」


 顔がどんどん火照ってくる。しかも、自分で何言ってるのかよく分かんない。でも、ちゃんと声が出る。掠れてて、ちっちゃい声だけど。藤崎くんとも話したし、悪魔さんが散々私の代わりに声を出してくれたからだろう。

 三人は顔を見合わせて、ぷっと同じタイミングで吹き出した。本当に仲が良いんだな。


「あははっ、悪魔さんって、超ウケるー」

「確かに、日下部さん、人が変わったみたいだったもんねー、あり得るかも」

「日下部さんって面白いんだねー」


 私は目をぱちぱちさせることしかできない。私、焦って悪魔さんとか言っちゃった? それにまた、面白いって、言われた。藤崎くんにも言われたし、これで二回目だ。


「じゃねー、日下部さん」

「おつかれー」


 突っ立っていると、いつのまにか、離れていく。三人とも片手を挙げたから、私もつられて手を挙げた。しばらくして、隣に居る悪魔さんを見る。


「今、私、ちゃんと会話が出来てた?」


 悪魔さんは私の問いには答えず、難しそうな顔をして唇を尖がらせていた。


「悪魔さんって超ウケるーってどういう意味だ。超かっこいーの間違いだろう」


*


 先生にも小テストのペナルティを出して、無断早退のことを謝ったら、怒られる前に心配されてしまった。行く前は、あんなに緊張していたのに、終わってしまうと、全然大したことない。悪魔さんは、体育のときはとり憑いて散々のことをしてきたけど、それ以外の授業は邪魔をするのにも飽きたみたいで、散歩してくると言って、どこかに行ってしまった。

 今は昼休憩。いつも通り、屋上で、ひとりでお弁当を食べる。本当は、変わろうって決意したばかりだし、固まっている女子のグループに話しかけてみようかと思ったけど、勇気が出なくて、やっぱり屋上に来てしまった。机をくっつけて、一緒にお弁当を食べるって、今まで一回もやったことがない。体育ではちょっこっとだけ話せたけど、それだけで「お弁当を一緒に食べてもいい?」って聞くのはおこがましい気がするし。


「まだまだ、弱いなあ」


 ため息と一緒に呟く。悪魔さんはまだ散歩から帰ってきてなくて、当然だけど、返事は返ってこない。不思議だ。悪魔さんにはひどいこといっぱいされてきたのに、いざ、ちょっとだけ離れちゃうと、すごく寂しい。友達ができるってこういうことなのかな。きっと、私のクラスの中で、私が居なくて寂しいって思ってくれる人って、居ないだろうな。

 弁当箱を開ける。今日は大好きなミートボールが五つも入っていた。こんなにいっぱいあるなら、悪魔さんにも分けっこできたのにな。いや、でも悪魔さんなら、五つ全部食べちゃうかもしれない。昨日のプリンも私の分まで食べちゃったし。

 そんなことを思い出すと、思わず笑みが零れる。そんな時、急に屋上の扉が開いた。


「おー、ここって、すごい気持ちいいんだな」


 思わず息が止まった。


「日下部、いいとこで食べてんじゃん」


 藤崎くんが、に、と白い歯を見せて笑った。


「ど、どど、どうして、藤崎くん、が、こ、ここに……?」


 声が震えて、噛み噛みになりながら、やっとのことで声を出す。


「んー、日下部っていっつも何処で食べてんのかなーって思って。あ、心配しないで。北村とかには屋上行くとか言ってないから、多分、冷やかしには来ないはず」


 そう言いながら、藤崎くんは大股で歩み寄ってきて、どかっと私の隣に座った。すごく近い。どうしよう。そういえば、本当の意味で二人っきりになってしまったのは今が初めてだ。悪魔さんが居ないから。


「今日の体育、ごめんな」

「へ?」

「いや、日下部があんなにドッジ上手いとか知らなくて」


 そういえば、悪魔さんが乗り移って、「お前の心配は無用だ、ばーか」って言ったんだっけ。私はぶんぶんと首を横に振る。


「あ、あれは、ぜ、全然そんなこと、ない! 守って、くれて、嬉しか、った、よ」


 声に出しながら、何言っているんだろうって恥ずかしくなってくる。顔が熱い。今日はどきどきしてばっかりだ。恐る恐る藤崎くんの顔を見ると、藤崎くんも何故か顔が真っ赤で「お、おう」とぎこちなく頷いた。急に沈黙になる。


「あ、あのさ、日下部ってさ、最近、どんなことで笑った?」

「え?」

「あ、いや、俺、日下部のこと、ほんと知らないからさ、普段、どんなことで笑うのかなーって思って」

「え、えっと……」


 最近一番笑ったこと。何かあったかな。考えを巡らせると、一つ思い出した。


「ウォーリーを探さないで、かな」


 すごくびっくりしたけど、私以上にびっくりしてる悪魔さんを見て、面白くなって笑っちゃったんだ。


「ウォーリーを探さないでって、検索してはいけない言葉の、あれ? あれが、面白かったの?」

「あ、それ自体は、すごく怖かったんだけど、一緒に、見た人が居て。その人が、すっごく怖がってたから、面白いなーって思って笑っちゃったの」

「あー、なるほどね。俺の友達にもそーゆーヤツ居るよ。俺、どっちかっていうと叫びまくる方だから、逆に笑われるんだけど」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、藤崎くんとホラー映画みたら、きっとすごく楽しいだろうなあ」

「うわー、日下部って意外とSだな」

「え? そ、そうかなあ?」

「うん、絶対S」


 藤崎くんは笑いながら頷いた。あ、なんか、すごく自然に話せてる。藤崎くんは話しなれていない私でも、すごく話しやすい。だから人気者なんだろうな。羨ましい。

 ふと、空を見上げると、朝よりもちょっとだけ曇っていた。撫でる風が涼しい。誰かと一緒に昼ご飯を食べるのって、こんなに気持ちが良くて、楽しいんだな。悪魔さんに出会うまで、全然知らなかった。

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