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悪魔とぼっちの七日間  作者: 百円
第三章
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第10話

 早く不幸度を戻さなければ、と頭を働かせていたその時、突然、電話が鳴った。ヒナタの顔が一気に曇る。


「学校からかな」


 不安そうに俺様を見る。そういえば、勝手に早退したんだったな。生真面目なヒナタのことだから、こんな問題を起こすのは初めてなんだろう。深呼吸をして「急に気分が悪くなって帰りました、次からは気をつけます」と言い訳の予行演習をしている。そして意を決したように受話器を手に取る。


「はい日下部です。……あ、お母さん?」


 ヒナタの顔が一気に緩む。俺様はヒナタの持つ受話器に耳をくっつけてみる。すると、少し篭ったヒナタの母親の声がする。


『ヒナタ? あんた、学校で何か辛いことでもあったの?』

「え? 何にもないよ」

『先生から電話かかってきたのよ。ヒナタが学校を勝手に早退したって。朝のテストも白紙で出したって。こんなこと初めてだって言ってたわ』


 ヒナタの顔が引き攣る。どうやら、今日あった出来事を思い出したらしい。


「朝のテストは本当に分かんなくて。あと、急に体調が悪くなっちゃったの。あ、今は大丈夫なんだけどね。すごく頭いたくって、先生に届け出るの忘れちゃってた。次からは気をつける」

『本当?』

「うん。ほんとだよ」

『良かったわ。お母さん心配しちゃった。きっと、学校に居る先生や友達も心配しているわよ』

「あはは、そ、そうだね」


 ヒナタは電話越しにも関わらず、口角を上げて笑っている。でも、ヒナタの笑い方はへたくそだ。無理矢理笑っているときは、頬の筋肉に変に力を入れていて、目尻は楽しそうっていうよりも悲しそうに下がっている。ヒナタのこんな笑顔を見るのは、俺様はちっとも楽しくない。母親も母親でそんなことにちっとも気づいてない。なんだかイライラしてきた。

 そうだいいことを思いついた。ヒナタは、ひとりぼっちだということを母親に隠している。それを暴露することで、さっきの不幸度はチャラだ。俺様はヒナタに乗り移る。すると、頬の筋肉が硬く緊張しきっているのが分かった。やっぱり作り笑いだ。頬の緊張を緩めると、思いっきり息を吸い込んだ。


「俺様――、いや、私は、学校ではひとりぼっちだ! 毎日毎日、誰にも話しかけられずに、すっごい寂しい思いをしている! 気づかないお前の目は節穴だ! バーカ」


 思いっきり言いたいことを声を出したらすっきりした。気分爽快のまま、受話器を元の位置に戻し、電話を切った。と、同時に、ヒナタから離れた。ヒナタは、ぽかんと口を開けた間抜け顔で電話を見つめている。そして、しばらくして唇が震え出し、ぎゅっと下唇を噛んだかと思えば、俺様を睨みつける。今までとは比べ物がならないほど怒りを表した視線に、流石の俺様も体が石のように動かなくなった。何でコイツはこんなに怒ってるんだ?

 ヒナタは手のひらを振り上げる。何だ? ――と思ったときにはもう遅い。

 俺様の頬に、びりびりびりっと衝撃が走る。ばっちーん、とある意味清清しいまでの音が鼓膜を震わせ、ぷかぷか浮かんでいた俺様の体が勢い余ってふっ飛んだ。壁に激突しなかっただけいいものの、頭がくらくらして、ちかちかと星が見える。

 その星が小さくなってやがて消えていく。ぼんやりとしていた視界がだんだんはっきりしてきた。しばらくして、俺様がヒナタから平手打ちを食らったのだと気づいた。


「な、何をする!」


 やっとの思いで声を出すと、自分の大きな声が頭の中を反響してぐわんと揺れた。口をあけると、打たれたほうの頬が痺れるように痛む。


「……どうして」


 ヒナタの声は震えていた。目には水分を含んだ薄い膜ができて、ヒナタの瞬きと同時に破れて、ぽろぽろと頬を伝っていく。


「どうして約束破るの!」

「約束?」


 ――「お母さんが悲しむようなことは、私に言わせないで下さい」


 そういえば、そんなこと言ってた気がする。今更ながらに思い出した。


「し、仕方が無いだろう! それにだな、悪魔はそもそも人間を不幸にするのが役目だ。人間との約束なんか、破って当然!」

「何が仕方ないの? 最低! バカ! 大っ嫌い!」

「な、なんだと!」


 言い返そうと息を吸い込んだが、その後の言葉が出なかった。

 言い返す前に、ヒナタは、さっきまでの威勢の良さは何処へやら、へなへなと、力が抜けたように座り込んでしまったからだ。そして、両手で顔を覆った。片方の手が赤く腫れている。俺様の頬を、力いっぱいに打ったからだろう。俺様だってまだ痛い。それほどの平手打ちの反動が自分の手に来てもおかしくはない。

 ヒナタの両手の隙間からは小さな声が漏れた。


「どうしよ、う、お母さんにも嫌われ、ちゃった……」


 嗚咽を漏らしながら途切れ途切れに声を紡ぐ。何だか、しおらしく泣かれると、流石の俺様もちょっぴり罪悪感がある。


「はぁ? な、何でそうなるんだ」


 罪悪感はあるとはいえ、悪魔の威厳を損なってしまってはいけない。出来るだけ動揺を隠して、いつも通りに声を出す。


「お母さん、きっと、私が学校でひとりぼっちなんだって知ったら……、まだ、お母さん以外の人と話せないんだってこと、知ったら、お母さん、すごく、すごく、がっかりする。お母さんにも、見捨てられちゃったら、私、ほんとに、ひとりぼっちになっちゃう」


 ひっく、えっぐ、と嗚咽を漏らす度に、ヒナタの肩が小さく揺れた。


「私、居ないほうが、いいんじゃないのかなあ。お母さんにも、すごく、無理してもらってるし。さっきので、嫌われたし。学校でも、居ても、居なくても、同じだし」

「そんなこと言ってると、俺様がお前の魂を喰っちまうぞ」

「いいよ、食べても。悪魔さんになら、食べられてもいい」


 ヒナタは、震えた声で、だが、迷わず答えた。その返答に、俺様はちくりと針で刺されたように胸が痛む。これは罪悪感なんかじゃない。あまりに、哀れだと思ったからだ。


「バカヤロウ。真に受けるな」


 ついでにヒナタの額に軽くデコピンをした。すると、ヒナタは「いたい」と小さく呟いた。

 ヒナタは、ひとりぼっちの今の状況が、惨めで辛いのに、変わろうという努力をしない。唯一信頼できる存在であるはずの母親にさえ、助けを求めようとしない。挙句の果てに、俺様に魂を喰って欲しいなんて言い出す始末だ。ヒナタは、今、まさに不幸だ。今のヒナタの魂を喰えば、きっと美味いに違いない。だが、今のヒナタの魂を喰うことは、ヒナタの情けない現実逃避に手を貸す、ということだ。それは、ヒナタを悪い意味で救うことになってしまう。


「俺様がヒナタを喰うのは、母親と会って本当のことを包み隠さず話して存分に失望され、次の日に学校に行って、藤崎にこっぴどく振られてからだ。この気高い俺様に易々と魂を喰ってもらえると思ったら大間違いだ! 俺様はグルメだからな。最高に美味い魂を喰いたいんだ」


 ヒナタは哀しそうに眉を下げて俯いた。顔を覆っていた両手をゆっくり外す。頬は涙で濡れている。


「助けて、くれないんだね」

「当たり前だ。変わることから逃げるな」


 どちらかと言えば、こっちが本音だった。ヒナタは今から逃げてばっかりだ。その今と向き合うことで、もしかしたら良いように変わるかもしれない。それでも言わずにはいられなかった。俺様は魔界では落ちこぼれで、散々他の悪魔達からバカにされてきたが、俺様は絶対逃げなかった。勉強が置いてけぼりになって、ひとりぼっちだと感じたときも、変わらず、勉強をし続けた。俺様は人間は嫌いだが、変わろうという努力もせずに逃げようとするヤツは人間であれ悪魔であれ、一番大嫌いだ。

 ヒナタは俺様の言葉に、小さくこくりと頷き、濡れた頬を手で拭いながら、「逃げない」と、涙声で言った。そして、顔を上げて、口許を緩め、赤く腫れている真っ直ぐな瞳で俺様を見た。


「当たって砕ける。でも、砕けちゃったときは、悪魔さんに、ちゃんと魂食べてもらうからね」


 俺様は力強く頷く。


「任せとけ」

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