4話
セトリに色々と説明してもらいながら歩くが
理解できない事の方が多い。単語自体の意味は理解できるのだが
お前の生命力は、数値に直すと120ぐらいだと言われてもいまいちわからん。
「別に覚える必要はない」
「じゃぁ、説明するだけ無駄だろう……」
「向こうの世界の、雰囲気を味あわせてやろうと言う心遣いだ」
「……そうか」
リトリは開き直ったのか、珍しいものを見つけては
俺達の傍を離れて歩き回っている。今はリスらしきものを追いかけているようだ。
「リディル。これを持って
あれを殴って来い」
セトリがそう言って俺に渡したものは、見た目からして安物の剣だった。
狂魔を切ると折れそうだ。
「もう少しましな剣を貸せ」
「最初は皆、その剣からはじめるらしいぞ」
「これでは何も切れない」
「今は、それで十分だ。あれを殴れ」
殴るではなく、切りつけるだろうと思いながらも手にした
剣の感触を確かめるように、数回振ってからセトリの視線を向けた先に
いる狂魔に切りつける。切りつけた狂魔は、何処にでもいる弱いものだが
切りつけた、手ごたえがない。不思議に思っていると
俺の耳に、緊張を孕んだ様な声が響いた。
【準備はいい?】
俺が返事をするまもなく、【3】【2】【1】と秒読みが始まり
【戦闘開始!】と聞こえた瞬間
俺と俺が切りつけた狂魔の周りに、結界のようなものが張られる
動き回る事に、差し支えのない広さは確保されていた。
俺と狂魔との距離は、ギリギリ間合いに入るかどうかの距離。
向かい合うように対峙している狂魔に、俺は剣を構える。
どうやら、狂魔と接触することで戦闘となり
自分以外の者が、邪魔する事ができないようになっているらしい。
俺と対峙している狂魔は、狂気を撒き散らすような空気を持ってはいない。
じっくり見てみると、似て非なるものだと感じる。
最初に動いたのは狂魔で、俺は避けずに狂魔の攻撃を受ける。
すると、俺の目の前の赤い棒線が1/3ほど減少した。
狂魔の頭の上にも同じようなものがあり、どうやらこれがセトリの言っていた
生命力を現すものなんだろうと認識する。
一撃食らうだけで、で生命力が1/3減ると言う事は
後2回攻撃を受けると俺の負けになってしまうんだろう。
攻撃された時の痛みはあるものの、気にするほどのものではなかった。
俺は剣を構えなおし、今度はこちらから攻撃を仕掛ける。
攻撃を当てるたびに、狂魔の生命力が減っていく。
どうやら急所を狙って攻撃すると大きく減るようだ。
そして最後の一撃を当てると、狂魔は光の粒となって消え
【勝者、リディル・エインワーズ!】と聞こえた。
同時に派手な音がしたかと思うと【二段切りを覚えました】と声が告げる。
いつの間にか、結界も消えていた。聞こえた声の説明を求めるように
剣を肩に乗せ、セトリの方を見る。
「二段切り?」
「ああ、技だな」
「どうやって使うんだ?」
「使う時に、頭の中で思い描くだけでいい」
「ふーん」
辺りを見渡し、先程と同じ狂魔を見つけ切り付ける。
新しく覚えた技を使いつつ、簡単に倒す事ができた。
余りにも簡単に倒せる事に、不安を覚える。
「……」
「どうした?」
「セトリはこれをどうするつもりだ」
「どうするとは?」
「アオイ達の世界のように娯楽として広めるのか」
俺の問いに、俺の言いたい事がわかったようだ。
首を軽く横に振る事で、広めるつもりがない事を伝える。
「アオイは、この世界でこのゲームを広げるなと言っている」
「……」
「この世界とアオイのゲームの世界は、似ているらしい。
子供が遊ぶ事によって起こる弊害が怖いと言っていた」
「そうだろうな」
遊びと現実の区別がつかない子供が、強くなったと勘違いして
狂魔に向かっていく可能性がないとは言えない。
姿も動きも、狂魔と同じようにつくってあるのだ。
似て非なるものではあるが……子供にはわからないだろう。
「アオイは、この世界の事を考えてくれているんだな」
「あの2人が、経験してきた事だからだろう」
「……それは」
「カケルが言っていた。最初はゲームの世界だと思っていたと」
「……」
「そしてゲームではないと気がついた時
殺さなければ殺される世界が、辛かったとな」
殺す事も、殺される事もない世界で育った2人には
この世界はどう映ったんだろうか……。
「平和な世界だったのなら、こちらでの生活は大変だっただろうな」
「ああ」
アオイとカケルの旅が、思った以上に大変だった事に
俺は今更気がついたのだった。セトリはもっと前に気がついていたかもしれないが。
「アオイが反対したものを、お前はなぜ作ったんだ?」
「リディルが、俺様に話を持ってきたんだろうが」
「あ?」
「お前……忘れていたとは言わないだろうな」
「何の話だ?」
俺はこんなものを作ってくれと頼んだ覚えはない。
「お前が、特殊な狂魔を倒す為の訓練が思うようにはかどらないと
ぼやいていただろうが」
「そういえば……」
特殊な狂魔を倒すのは、その狂魔の特徴を覚えていなければならず
戦い方も一筋縄ではいかないものが多い。最近、そういう狂魔が増え
倒せる者が少ない事から、倒せる人間を増やす為に色々と考えていた所だった。
足手まといを連れて行くと、巻き込まれて死ぬ可能性が高い。
だが、言葉で説明するだけでは伝わらない事の方が多いのだ。
「使えるだろ?」
確かに使えるが……。
「このままじゃないよな?」
慣れて緊張感がなくなってしまうのは困る。
子供のように、まぼろし相手に過信してもらっては困る。
最悪、本物の狂魔を前に他人を巻き込んで自滅する可能性がある。
「これは、ほぼ向こうの世界の物だからな。
色々実験してから、俺様が更に手を加える予定だ。
痛みも恐怖も……全て実物に近いものを作ってやる。
死なないだけましだろう?」
それはそれでどうなんだと思わなくもないが
今の所、セトリの案が兵士を育てるのによさそうだ。
最終的な決定権は陛下にあるが、無駄にはならないように感じる。
「次に行け。修正と調整を繰り返さなければ
完全なものはできないからな」
セトリに促されるままに、目に付いた狂魔を切ると
俺と今度はセトリも結界の中に入っていた。
狂魔の動きを止め、何やら調整しているようだ。
それを繰り返している最中
ものすごい悲鳴と共に、リトリが一目散にこちらに走ってくる。
案の定、思いっきり結界にぶつかり鼻を抑えてしゃがみこんだ。
俺達が声をかける前に、何かを思い出したように立ち上がり
結界を叩き、叫んだ。
「おに!おに!おに!おに!!!!!」
多分、セトリのことを呼んでいるんだと思うが
気が動転しているのか、単語になっていない。
そんなリトリに、セトリはのんびりと口を開く。
「リトリ、俺様はオニではない」
聞きなれない言葉に、思わず聞き返す。
「オニ?」
「アオイの世界の物語の生き物だ」
「へぇ……アオイのせか……」
「そんな事どうでもいいにゃ!!!!」
俺達の話をぶった切る、必死の形相のリトリ。
「早くあけるにゃ! ここに入れるにゃ!!」
「とりあえず落ち着け」
俺は声をかけるが、届いていないようだ。
「はやく! はやく! はやく! はやく!」
余りにも余裕がないリトリに、何があったのかとリトリの後ろを見ると……。
凄まじく大きな蜘蛛が、カサカサという音と共にリトリに迫っていた。
俺達の視線を追うように、リトリが後ろを振り向き目を見開き
そして、意識を飛ばした……。
しかし、蜘蛛はそれ以上近づく事はせずに止まっている。
セトリは、こめかみを押さえながら気を失ったリトリを見てため息を吐いた。
「なぜこいつは、何時も隠しているものをみつける?」
虫が苦手なリトリの為に、リトリの目の届かない所に置いていたのだろう。
「セトリと一緒で、好奇心が旺盛すぎるんだろうよ」
セトリが蜘蛛を消し、俺達の周りの結界を消した。
俺は膝をつき、リトリを抱き起こし軽く頬を叩く。
「おい、リトリ」
「うぅぅぅ……」
呻きながら、うっすらと目を開けゆっくりと焦点を俺に合わせる。
「リディにゃ?」
「ああ」
「……」
「……」
数回瞬きしてから、状況を思い出したのか
だんだんと顔色を青くして、俺にしがみついて泣き出した。
「うわーーーん、蜘蛛が! 蜘蛛がいたにゃ!」
体を震わせ、わんわんと泣くリディを慰めるように抱きしめる。
リトリの柔らかい体を抱いて、思い出したくなかったことを思い出す。
俺は何時まで、こいつに触れる事が許されるんだろう。
愛しいリトリの傍に、俺は何時までいることができるだろうか……。
読んでいただき有難うございました。