8
話が終わって外に出る。すると、家の壁に耳をくっ付けているパンドラちゃんがそこにはいた。(何をしておるんじゃい)、と、当たり前のように思う、俺。
俺に見つかったパンドラちゃんは(ヤバーー……)というような表情で口を“ポカンっ”と開ける。まあ、カイにバレてないならいいけどさ。
「とりあえず、遠くに行こっか」
「わかったのです」
パンドラちゃんが盗み聞きをしていたことを知られないように、この小さな家から離れた場所へ移動しようとする俺。
物分かりがいい彼女はそれに従う。
俺たちは二人で山道を歩くことになった。
頃合いになったらまた戻ってくるために、無駄とも言えるような散歩をする。パンドラちゃんは俺たちの話をどこからどこまで聞いていたのだろう。
「自由って怖いね」
「そうです? でも、いいことです」
「そうかなぁ」、と、俺は返事をする。パンドラちゃんは《カイが彼女と一緒にここから旅立つ事》をいいことだと言っているのだろう。
「未来って空だと思うのです。空って晴れたり曇ったりするのです。でも、生きている限りは、常に、頭上に、空ってあるのです。生きている限り、ずっと未来はあるのです」
「そうだね。じゃあ、自由って何?」
「自由は足取りです。生きていれば必ず空を見ることができるのです。が、ずっと見ているだけでは、どこへも行くことができないのです。動くためには自由になる必要があるのです。《歩いて空を確かめる》必要があるのです」
「歩いて空を確かめる」。ということは、「歩いて未来を確かめる」ということになる。流されるのではなくて、自分の意志で淡々と進んでいくということになる。
カイは《流される未来》ではなくて《歩んでいく未来》を選んだ。俺はずっと流されてここまで来た。
パンドラちゃんを助けたのだって、《流された結果》だ。
《自分の感情に流された》。言ってしまえばそれだけのことでしかなくて、とても足取りなんて呼べるほど大層な物ではない。
俺にはまだ夢がない。
明日へ歩いていく理由は、気持ちしかない。
対象物がない希望を抱えながら、まるで「自分の未来には明るいことしか待っていないのだ!」、と、言うみたいに歩いていく気持ちしかない。
そんな曖昧な物がいつまでも光輝くとは思えない。
どこかで消えてしまう光だ。
星屑のような、吹けば飛んでしまうような光だ。
希望の裏側には絶望がある。
長いこと絶望に浸っていた俺は、初めて感じた希望に困惑している。未来へ向かって足取りを進めていくと決めたが、本当にそれだけでいいのか迷っている。
とはいえ、元に戻るわけにもいかない。
どんな瞬間よりも美しい未来を信じて歩く。
しかし、どこへ向かって歩けばいいのだろう。
空へ向かって歩くことはできない。空は、俺たちを覆っている未来だ。触れることすらできない、どこまでも高くて深い物だ。
地上には空も未来もない。だから、希望へ向かって歩くということは、空へ伸びている線をよじ登って、天国へ向かうということか。
……ダメだ。
ダメだこりゃ。
自分でも訳がわからなくなっている。本当はそんなに難しく考えなくても良いものなのかもしれない。あまりにも複雑に捉えすぎている。
「まあ、なんにせよ、幸せでいたいね」
「それは間違いないのです。一番大事です」
「パンドラちゃんは、自分の人生を誇ることができそう?」
「まだわからないのです。でも、マシにはなっているのです」
牢獄の中で、何かをするわけでもなく、死ぬわけでもなく、お腹が空くわけでもなく、汚くなるわけでもない日々に比べたら圧倒的にマシにはなっているはずだ。
でも、彼女はまだ満足していない。
まだ未来が明るくなる夢を見ている。
どうしたら夢を見ることができるのだろう。歩を進めるためには、目的や目標がなければならない。が、俺にはそんな物なかった。
目の前のパンドラちゃんや、目の前のカイのことが大事なだけだ。だから、目の前の幸福が消えてしまったことが淋しかった。
「パンドラちゃんの夢って何?」
「私の夢は《私が、私自身に誇れる生き方をする事》です」
「その途中で他人を傷付けてもいいの?」
「それは難しい質問なのです。もちろん、そんなことしないのが一番いいに決まっているのです。が、それとはまた別に、私は私の足取りで未来へ歩いていかないといけないのです」
俺は人が傷付くことを恐れている。
それなのに、たくさんの人を傷付けてしまった。
今の俺は、パンドラちゃんの箱を開けたことを誇れない。
そんなことはしてはいけない。自分の人生が終わる時までに、つまりは、空が地上からなくなるまでに、その愚かな行いを肯定することはできるのだろうか。
「モジャモジャの夢はなんです?」
「うーん。まだないかな」
「夢が見つかるといいのです。夢があれば、荒れた空の下でも、生きていこうと思えるのです」
最近の俺はずっと空が荒れていた。
その中で、絶望していた。
絶望の中であったとしても、希望を抱くことはできるはずだ。
絶望と希望は共存することができるはずだ。




