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今回は3,000文字ですが、次回からは2,000文字に戻ります。
俺は「大事な話がある」、と、カイから言われてしまった。なので、パンドラちゃんに「カイと二人だけにしてほしい」、と、お願いをした。
パンドラちゃんはそれを了承する。《俺が自由についてどう思っているのか》を知る機会が訪れたのに、それを飲み込んでくれたパンドラちゃん。
パンドラちゃんは山へと遊びに出た。
あんな女の子が一人で山遊びなんて、普通だったら心配してしまうだろう。
が、心配なんて全く必要ない。
彼女は普通に人間ではない。なので、心配なんてしなくても良い。羨ましい。俺も神様みたいな存在になりたい。無敵な感じがして羨ましい。
大事な話をするに相応しい深刻な表情をしたカイは「俺もこの家から出ていこうと思うんだ」、と、自由に苦しめられている俺に向かって言ってきた。
(カイ、やっぱりお前もか……)、と、思う俺。なんだよ、結局はみんなそうなるんじゃないか。俺だけが取り残されるんだ。
「ユーさんとどこかへ?」
「そうだ。そこには俺の、幸せがある」
閉じ込められていたパンドラちゃんと同じような瞳をするカイ。それはダメだよー……俺は、それには弱いんだ。それをされちゃうと何も言えなくなる。
「でも、いきなり二人で生活するの?」
「もう、俺はおかしくなりそうなんだ」
「どういうこと?」
カイは「スーーハーーっ」、と、深呼吸をした。
「ある時から当然、きっかけすらわからないほどに当然、胸が高鳴るようになったんだ。それこそ、『今までの俺は死んでいたんじゃないか?』、と、言えるほどの衝動が突然やってきた。俺はそれと向き合うことにした。すると、自然と足はユーの元へ向かっていたんだ。俺は、あの人のことが信じられないほどに大好きなんだ」
自由とは、胸の高鳴り。
不意に、突然に、カイに訪れたのは自由だ。
彼の胸の高鳴りの理由は世界に自由が訪れたから。そして、彼はそれを受け入れることによって、自然とユーの元へ向かってしまう。
俺にはそんな衝動はない。
ということは、今もまだ死んでいるのか?
死んだような気持ちで、ひたすらに幸福を貪っているゾンビだった俺は、美味しい美味しい幸福を取り上げられてしまった。
もはや蘇るしか道はない。
胸を高鳴らせるしかない。
そのはずなのに、未だに自由を受け入れられていない俺。
本当は俺もやりたいことをやっていいんだ。
まあ、ないけどね。俺にはやりたいことも、やるべきことも何もない。だからこそ、いつまで経っても胸が高鳴ることがないのだ。
「どう思う? 俺のことを許してくれるか?」
「……もちろん。カイがしたいようにすればいいよ」
俺は、それを受け入れることにした。
なぜならば、これこそが、俺が自由を解放した理由だからだ。
閉じ込められていたパンドラちゃんと同じ瞳をしているカイのことを見捨てるわけがなかった。だって、俺は、それを救うためにあの箱を開けたんだ。
カイが幸せに生きていけるならばなんでもいい。見ず知らずのパンドラちゃんを幸せにしたかった俺は、当然のように、兄であるカイのことも幸せにしたかった。
「そこにカイの幸せがあるなら、俺は応援するよ」
「……すまない……一人にして申し訳ない」
カイの瞳から涙が溢れる。これは本当の涙だし、さっきまでの瞳は本当の涙目だった。俺は、俺はこれがしたいから自由を解き放ったんだ。
兄は俺のことを抱き締めた。
こんなくだらない弟なのに、愛してくれた。
世界を変えてしまった、極悪人なのに。
パンドラちゃんを助けるために《自由を解放した善くない人間》なのに。
自分でも気付いていなかった自分に気付く。
それは俺の瞳から流れる涙のせいだ。
理由すらも曖昧な涙が溢れてくる。
それは止まることもなく、ひたすらに流れ続けた。
……本当は、本当は一緒に居たいに決まってんだろうが。なんでみんな俺のことを置いていってしまうんだ。俺だけ取り残されて、何をすればいいのかわからなくて。
俺のことは誰が救ってくれるんだよ。
パンドラちゃんの箱を開けた罪悪感で、何もかもに、空にさえも押し潰されてしまいそうな俺のことは誰が救ってくれるんだ。
涙が止まらない。
もう、俺までおかしくなってしまったみたいに泣きじゃくる。
鼻をすすって、流れる涙を何度も拭う惨めな姿を兄に晒してしまう。もう、一緒に居ることができない兄に対して、そんな自分を見せてしまう。
「ごめんな、一人にしてごめん」
「いいよ。それはいいからさ」
「どうしても、ユーと一緒に生きたかったんだ。ごめん」
「俺は大丈夫だから。なんにも心配しないでいいから」
俺はまだ抱き締められている。これもまた自由の産物なんだろう。そう考えると、自由とは悪いばかりではない。
こんなに大事に思っているなんて知らなかった。
こんなに大事にしてくれるなんて思わなかった。
これを知ることができたのは、自由があったからだ。
自由に飛び立つ羽が兄にはあった。それだけのことで号泣してしまう自分をおかしくも思う。
(行かないでほしい)という気持ち。そして、(自由に、幸せを目指してほしい)という気持ち。どちらも同じ程度の濃さで心に残っている。
でも、(行かないでほしい)という気持ちは、俺だけの気持ちだ。(自由に、幸せを目指したい)、と、思っているのは、俺ではなくて兄だ。
そして、ユーもそうだ。
三人分の想いには勝てない。
俺はこれから一人で生きていくしかない。そういう孤独を選ぶんだ。自由から見放されたような俺は、ここで一人で生きていく。
……いや、俺には婚約者となりえる人がいるんだ。
だから、孤独なのは今だけかもしれない。
「大丈夫だよ。俺も結婚するかもしれないんだからさ」
「それもごめんな。押し付けちゃったな」
カイは視線を上げる。そして、お互いに潤んだまま、互いの瞳を見るのだった。まだ慣れていない衝動によって、どうしてもみっともなくなってしまう俺たち。
「気にしないでいいよ。一人で生きていくよりはいいからさ」
「ありがとうな。本当にありがとう」
感謝されるようなことは一つもしていない。単に《流された結果》だ。
しばらくすると二人とも冷静になる。
冷静になると、さっきまでのやり取りが恥ずかしくなる。
仕方がないので、俺は「パンドラちゃんを探してくるよ」、と、言って、この場所から出ていこうとした。が、最後にカイから話しかけられる。
「お前も好きなように生きていいんだぞ?」
「うん。好きなことが見つかったら、そうしようかな」
自由に対して、前向きになることができた俺。
前までの俺だったら、そんなの拒絶していた。
でも、受け入れたいと思うようになった。
なぜなら、俺は俺が思っているような人間ではないかもしれないからだ。兄と別れるというだけであんなに泣くことになるなんて、全く思っていなかった。
未来のことなんてわからない。
それは、自分のことも含めてわからないのだ。
《自分がどんなことを思うのか》、そして、《どんな風に生きていくことになるのか》、そんなのその時になってみなければわからない。
それならば、そこに希望を見出だしてもいいだろう。
未来に、夢や希望や自由を見つけて何が悪いんだ。
俺は、いつか自分なりの未来を見つけられることに期待している。それによって、俺という人間は酷いかもしれない自由を受け入れる、そこには希望があるから。
希望は未来に向かって伸びていく線だ。
それを頼りに、自分なりの人生を、幸福を掴み取るのだ。
過去よりも、今よりも、未来の方が明るいと信じて。




