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幻の塔は、今日も、またひとつ大きくなっていく。それを地上で見ている俺とパンドラちゃん。俺たちは二人とも“ホックホク”の焼き芋を食べていた。
さっき優しい人がくれたのだ。自由な世界にも優しい人はいるらしい。救いだ。
「登ってみたいのです」
「そう言うと思った。なんとなくだけど」
俺がパンドラちゃんがそう言うと思った理由。それは非常に簡単で、俺も少しだけ思ったことだからだ。
(あの塔から空を見たら、その全てがわかるかもしれない)
そんな淡い期待を俺も抱き、すぐに捨てた。
きっと、どこから見ても空は空だ。
だから、どんな見方をしたとしても何も変わらない。空という物は偉大で、野原から見ても、家から見ても、牢獄から見ても、変わらずにいてくれるのだ。
人によって表情を変えるよりも、そっちの方が素晴らしい。
「一人でも登れるんじゃない?」
「二人で登りたいのです」
「……」。俺は黙ることしかできない。普通に考えて、こんな巨大な塔、登りたいと思えるわけがなかった。ほとんど山登りと一緒だ。
どれだけ沈黙しても意味がないのだとしたら、ここは断る自由を使わせてもらう。パンドラちゃんなら一人でも登れるはずだ。
わざわざ俺が一緒に居る意味がない。だから、俺はここで待つことにする。いや、先に家に帰ることにする。
「俺は帰るよ。そんなに体力があるわけじゃないから」
「そうです? それなら私も帰るのです」
「ど、どうして?」
「私はモジャモジャの反応が見たかったのです。前にも言った通り《他人が空のことをどう思っているのか》、が、気になっているのです。私だったら簡単に登ることができるのです」
天まで届く巨大な塔。それを「簡単に登れる」、と、言い切るパンドラちゃん。
俺はこのコを救おうとしていたのか。
それはとても愚かな行為だった。
自分よりも優れた存在を救おうとする行為なんて、愚かでしかない。が、あの時の俺は自由の愚かさを受け入れてしまったのだった。それが一番愚かだった。
「私は《自由の重み》を感じることができないのです。私は人間ではないのです。だから、どうしてもそれがわからないのです。だから、一緒に登りたいのです」
「まあ、断る自由もあるということで、どうでしょうか?」
「登る自由もあるはずです。むしろ、登ることの方が、自由だと思うのです。だって、登る理由なんて一つもないです。でも、登らない理由はいくらでもあるのです。それなら、自由なら空を確かめる道を進むと思うのです」
俺には何が自由で、何が不自由なのかわからない。
夢だの希望だの自由だの、綺麗な言葉ばかりだ。
そんな綺麗事を言ってどうなるのだろうか。
綺麗事の果てが、カイのような身勝手な汚い行為なのだとしたら、それは綺麗な言葉ではないのだ。単に、身勝手な自分を慰めるだけの言葉だ。
「俺は登らないよ。ごめんね」
「わかったのです。仕方がないので受け入れるのです」
パンドラちゃんは希望を含んだ瞳で俺を見つめる。当たり前のようにその瞳は涙目だった。どうしていつも涙目をしているのだろうか。
「パンドラちゃんってどうしていつも同じ見た目をしているの?」
「こういう見た目で生まれたので、変わらないのです」
「髪の毛をといても変わらないの?」
「変わらないのです。何も変わらないのです」
そこに自由なんてないのだろうな。自分の好きな髪型を選ぶことも、好きな髪色にすることもできない。俺みたいな、変化に価値を見出だせない人間からすると、そんなに大した問題ではないが。
「私はあくまでも私のために生きているのです。だから、私が納得する人生を送りたいのです。そのためには、人の助けを借りる必要があるのです。だから、もしよかったら助けてほしいのです」
「他の人にはパンドラちゃんの正体は言えないもんね」
「それだけじゃないのです。モジャモジャだから、私のことを助けてくれたモジャモジャだから、一緒に居たいと思えるのです。他の人だったら、私は嫌です」
自由なコ。
まあ、人に慕われて悪い気がするわけもない。
パンドラちゃんが人かどうかは怪しいが、それは間違いないことだと思う。
「まあ、考えておくよ。少なくとも今日ではないかな」
「ありがとうなのです。考えてくれるだけでも嬉しいのです」
パンドラちゃんは可愛らしい、けど、可哀想な見た目をした女の子だ。自由を楽しんでいない俺は、本当は単純にパンドラちゃんを笑顔にしたかっただけなのかもしれない。
なので、彼女の見た目が変わっていないという事実を目にした時に、酷く騙されたような気持ちになったのだろう。
本当は自由なんてどうでもよかった。
本当はパンドラちゃんを幸せにしたかった。
ただそれだけなのだと思う。もし本当にそうなのだとしたら、この名前のない塔にも登ってあげるべきだと思った。が、それはまた別の話なのだ。
自由にならないと幸せにできない人がいた、はずだったが、そうでもないみたいだった。
じゃあ、どうすれば幸せにできるのだろうか。




