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カイの婚約者、らしき人が家にやってきた。
と、俺は思っていたが違うらしい。
どうやらカイには彼女がいるみたいだ。
(カイ、お前もか……)、と、呆れそうになる俺。しかし、結婚することになっているとはいえ、カイは婚約者とはまだ一度も会ったことはない。
父親も母親も出ていった。
そう考えると、兄も勝手にしたらいいと思う。
そう思いはするが、相手が可哀想だ。
どこまでの事を話しているのだ。「自分には婚約者がいるんだけど、両親が蒸発しちゃったからそれは無かったことにしたんだよね~」とまでは言っていないだろう。
「自由を手に入れたから婚約者じゃなくて君を選ぶことにしたんだよね~」とか言えるわけがない。
カイの婚約者にも自由が訪れたのだ。
ならば、向こうの問題の可能性もある。
具体的な事情を知りたい気持ちはある。
そして、それを聞く自由もある。
これをすることが空の色を知ることになるのかは不明だが、二人の事情を知るために必要なのは間違いない。まさか、自由とは知識のことか?
「初めまして、ユーです」
ユーは柔らかな笑顔をしていた。
とてもではないが、略奪婚をするような人には見えない。「人は見かけによらない」という言葉もあるが、それにしてもそれが似合わない女性だった。
ずっと“モヤモヤ”することになりそうだ。
別に聞いちゃいけないことでもないだろう。
婚約者がいるはずの兄が恋人を連れてきたのだ。で、俺にもその女性を紹介している。これはもうむしろ逆に「聞いてくれ!」、と、言っているような物だ。
(聞いてほしい!)、と、思われているならば聞くしかない。
それは俺の自由ではない気がした。
決められている行程を決められている通りになぞるような行動だ。これは俺の自由ではなくて、カイの自由だと思う。まあ、聞かない自由もあるが。
俺は二人の会話をなんとなく聞いていた。
そして、時が過ぎるのを待った。
「で? 大丈夫なの?」
「何が……と、とぼけるのも変か」
数時間ほど家に滞在したその、柔らかい笑顔をした女性が帰ってから、俺はカイにそんなことを聞いた。向こうもわかっている。
自由とは人を傷付ける自由。
それだけではないが、そういう側面もある。
今までの世界では浮気や不倫などあり得なかった。
そういう自由がこの世界にはなかった。日常がひたすらに続いていき、死ぬべき時に死ぬだけの人間がいた。俺はその中で、退屈であり、幸福だった。
「両親が居なくなって、向こうと連絡が取れなくなったんだ」、と、神妙な面持ちで答えるカイ。俺にとってはその回答は不十分だった。
婚約者のことを忘れて恋愛に勤しむにしては、あまりにも軽薄な理由だと思った。が、彼はそういう風には考えていないらしい。
自由の魔の手が迫ってきている。
両親が去ってから二ヶ月が経った。
逆に言うと、二ヶ月しか経っていない。
(もう少し我慢をしてもいいのではないか)、(せめて半年くらいは待ってみてもいいのではないか?)、と、思うのは、俺が呑気すぎるだけだろうか。
人生とは有限らしい。
しかし、別に、限りが有るからなんなのだ。
その限りに到着するまでが人生ならば、大事なのはその中身だ。
未来でも、希望でも、自由でも、夢でもない。
カイは婚約者を捨てて、恋愛をする自分を誇れるのか。
パンドラちゃんは自らを誇るために自由を目指している。
が、自由な生き方とは、ほとんどの場合で他人にとっては迷惑千万でしかなく、自分だけを救うような生き方だと思う。
そんなものを誇ってどうするのだろうか。
黙って婚約者を待てばいいのに。
……もしくは、俺が結婚すればいいのか?
そうじゃん。
家のことを考えるならば俺でもいいんじゃん。
もしかしてそこまで考えての紹介だったのか? カイは優しい心を持った人間だと思っていたが、自由になってしまった以上はもうわからない。
家族とはいえ、他人だ。そう考えると、カイが自らの欲望のために俺を犠牲にしたとしてもおかしなことではない……というか、俺はどう思っているんだ?
俺はカイの婚約者と結婚することをどう思う?
俺は自由を謳歌するつもりなどない。
なので、このままでも問題はない。
「俺は俺の人生を歩もうと思うんだ。もういいだろ。両親もいないんだ」
「いいと思うよ。もしアレだったら俺が結婚するからさ」
「そうだな。少し困惑されてしまうかもしれないが、向こうからしたら俺もお前も、同じようなものだろうからな。それでいいなら、それでいこう」
「じゃあ、連絡が来たらよろしく伝えておいて」
問題なんてないはずだ。
俺は自由に魅了されているわけではない。
だから、恋愛をしないという不自由を容易に受け入れることができる。みんなが、光に集まる虫のようになったとしても、俺だけは人間でいないといけない。
自由なんて本当は必要なかった。
実際に、これまで必要なかった。
本当に無駄なこと、よくないことをしてしまった。そんな後悔が、今日もまた毛穴という毛穴から漏れだしてくるのだった。




