4
俺たちが暮らしている家はとても小さな家だった。プライバシーなんてないような空間で、みんなで生活をしていた。
まあ、両親は出ていきましたけどね?
父親はわかるけど母親はよくない?
もうちょっとここに居てくれてもよかったんじゃない?
なんかなあ、釈然としないというか、なんというか。なんと言えば良いのかはわからないが、家が広くなったことは別に良いことではなかった。
「帰ってきたのか? ん? その女の子は?」
「あ、えーーっと、名前は、パンちゃん?」
自宅に帰ってきた俺はまず焦った。
パンドラちゃんの名前をカイに教えるわけにもいかない。
そんなことをしたら、一瞬で俺たちの関係は破綻することだろう。世界に自由がやってきたことで、兄には俺と別れる自由が生まれてしまった。
「よろしくお願いしますです。私の名前はパンです。モジャモジャにはずいぶんお世話になっているんです……お兄さんはモジャモジャ二号です」
“ペコリっ”と頭を下げるパンちゃん、ことパンドラちゃん。
カイの髪の毛を見て「モジャモジャ二号」、と、言った。
本当は俺が二号だがな。モジャモジャ二号。
ちなみに、不倫の自由を手に入れた父親もモジャモジャだ。
そう考えると、「モジャモジャ二号」というあだ名は合っているのかもしれない。本当は俺が「モジャモジャ三号」であるというだけで、兄自体は「モジャモジャ二号」だ。「モジャモジャ一族」だ。
「質問の答えになってるのか? どうして女の子と?」
「迷子になっちゃったみたい」
「そうです」、と、俺に話を合わせてくれるパンドラちゃん。こういう時には空気を読むらしい。俺の中のパンドラちゃんは自由人だからちょっと意外だった。
「それなら、両親が見つかるまではここに居ればいい。しかし、あまりにも見つからないようだったら何かしらを考えないといけないな。女の子とはいえご飯も食べるだろうし、俺たちにはそんな余裕なんてない」
世界に自由が撒き散らされた。
それによって夢や希望が生まれた。
が、どうやらそれらは現実的な物らしい。
あくまでも現実の上で成立している物らしい。
なので、カイはパンちゃんに向かって非常に現実的なことを言う。俺たちに余裕がないのは事実だ。とはいえ、こんな女の子に言うことではないだろう。
でも、パンドラちゃんは神様だからご飯とか要らないみたいですよ。
「パンちゃんのご飯は俺の方で用意しておくから問題ないよ。ちょっと寝泊まりするだけだから」
「そんなこと言ってもどうやって用意するんだ?」
「彼女はお金を持っているみたいだから、それで用意してあげるってだけだよ」
これはウソだ。が、悪いことをしようとしているわけではない。
なので、悪いウソではないはずだ。
悪いウソはパンドラちゃんをパンちゃんだと偽っている方だ。そしてそれをしている理由だ。
パンドラちゃんには申し訳ないが、三人で食卓を囲めるような余裕なんてどこにもない。それも全ては俺のせいなのだ。俺とパンドラちゃんのせいなのだ。
「その箱の中にお金が入っているのか?」
「そうだね。そうだと思ってもらえればいい」
ここに来てからウソしかついてないな。これもまた自由の弊害だ。
パンドラちゃんの正体を知られるわけにもいかない。
俺には彼女と一緒に居る責任がある。
これは自由の代償だ。
「とりあえずはわかった。見つかるといいな」
「ありがとうございますです」
「……挨拶も済んだし、外にでも行こっか」
俺はカイの近くにいるのが申し訳なかったので、パンドラちゃんを外へと連れ出した。あまり話しすぎてもボロが出るだろう。
崖から景色を眺めていた。
すると「空の色はどんな色です?」、と、話しかけられた。
「俺にはまだわからないよ」、と、答える。
「やっぱり、自由にも、空にも、青以外の、つまりは見た色以外の色はないのです? 私は存在しない物を追いかけていたのです? だとすると、あまりにも虚しいように思えるのです」
流れる沈黙。
空を眺めるとそれは青空だ。
雲もあるが、青空だ。
それは青でしかない。
あの、名前のない塔から空を見たら、その色も、深さもわかる、はずもない。俺たちは何に期待をしていたのだろうか。
虚無的なまでの自由しか目の前にはない。これが欲しかったのだろうか。
「自由とは酷い物かもしれない」。それはわかっていた。が、実際にここまで酷いとなると、現実から目を背けるのも必至だ。
俺は恟然と、“ジタバタ”とまな板の上で踊る鯉だ。全てが自分以外の人間によって決められてしまい、何もすることができない。
俺が受け入れている自由は、踊る自由だ。これから死ぬことがわかっているのに、無様にもまな板の上で踊る自由だけを受け入れたのだ。
未来には良いことが待っているかもしれない。
なので、今を犠牲にしながら未来へと歩く。
それを希望と呼ぶならば、俺は絶望する。
絶望しながら、立ち止まることもできずに踊っているのだ。それを絶望しないで生きていられるほどに、俺は光に心を許せてなかった。




