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災厄のパンドラちゃん  作者: かめれおん


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1


初回は3,000文字ですが、次回から2,000文字になります。


天を衝く、山のように巨大な塔。まだ名前すら決まっていないその塔は、何に使うのかすらも決まっていなかった

建設途中のその塔の()に俺は居た。『アルバ』という国のど真ん中だ。





――やってしまった。


パンドラちゃんは300×500×200の大きさの桐箱を持っている。


それはいつでも新品のように綺麗だった。


俺は一年前にその、パンドラちゃんの箱を開けてしまった。


すると、今まで労働という概念すらなかったこの世界に労働が生まれた。


みんなが生きるため以外にもせこせこと働くようになったのだ。つまり、無駄な物をたくさん世界に生み出すようになってしまった。



パンドラの箱を開けたことで、元々マジョリティであったはずの無職が、

普通だったはずのニートがいつのまにかマイノリティになっている。



そんな世界で未だに無職な俺。

周囲は今も働いている。

(ずっとこのままでいいのか?)と自問自答しても答えは返ってこない。世界を変えてしまった罪悪感で、今にも、空にさえも押し潰されてしまいそうな幻塔歴元年の11月17日だった。




















「で? パンドラちゃんはどうしてここに閉じ込められているの?」

「モジャモジャはどうしてここに来たのです?」

質問を質問で返されてしまった。そして、「モジャモジャ」という謎のあだ名を付けられてしまった。確かに天然パーマだが。


「俺がここに来たのは、単なる散歩だよ。暇すぎて、退屈すぎただけ」




兄のカイからずっと言われていた。「山奥で一人、誰もいない場所に閉じ込められているパンドラちゃんに会ってはならない」、と。

さらに、「パンドラちゃんが持っている箱を開けることは絶対に許されない」、と、言われていたが、俺はその言いつけを破ってしまいそうだ。


なぜならば、パンドラちゃんは可哀想だったからだ。



彼女は人間ではないらしい。

いわゆる、神様の類いだそうだ。

なので、ほの暗い洞穴の中で長いこと生活を送るのが可能だった。何も食べずに、固い地面の上で、十分に眠ることすらできずにこれまで生きていた。


そんなの可哀想ではないか。


確かに神様には人権なんてないのかもしれない。


パンドラちゃんは俺と話している最中、ずっと涙目だった。そして、とかしていない髪の毛は“ボサボサ”だった。九才前後に見える彼女は惨めな外見をしていた。


そんなのあまりにも可哀想だった。

話をしていても、普通の女の子にしか思えない。

パンドラの箱という、奇々怪々(ききかいかい)とした箱を持っているだけの普通の女の子だ。それも、《箱を開けたらどうなってしまうのか》、誰も試したことがない。


「開けてくれないです? 私の箱を、です」


「それはどうして? 開けちゃいけないはずだよね?」


「これが理由なのです。私がここにいる理由なのです」


《パンドラちゃんがここに閉じ込められている理由》。それは彼女が持っている箱を開けることでわかる。そういう意味だと俺は受け取った。



とはいえ、すぐに開けてあげるわけにはいかない。俺はずっと、もう本当に幼稚園の時からずっと、カイから「パンドラちゃんの箱を開けることは絶対に許されない」、と、言われているのだ。



「私は、この空の青さを知らないんです」

「え?」

「『青空がどれだけ高くて、深いのか』、『青空はどこから出てきてどこまで広がっているのか』、それをしっかりと自分の瞳で確かめたことがないんです。私はそれを確かめたいんです。私はここにはない幸せが欲しいんです。そのためには、絶対にここから出ないといけないんです! 絶対にです!」



パンドラちゃんは涙目のまま、そう言った。

しかし、その潤んだ瞳には希望があった。

狭い世界で、何もかもに、空にさえも押し潰されそうになっても、それでも世界のことを見て、そして、この世界のことを確かめたいという希望が彼女にはあった。

 


その希望は、光だった。

絶望のすぐ近くにある、星屑のような光だった。

もしかするとそれは、吹けば飛んでしまう光なのかもしれない。



「その箱を開けたら、空の青さを確かめられる?」


「そうです」


「どうして確かめたい?」



「惨めなままでも、私は生きていくことができるのです。が、そんなの酷いです。私は、私の人生を誰に誇ればいいんです? 自分にさえ誇れない生き方を誰に誇ればいいんです? 私は私に誇れるような生き方がしたいんです! そのために、箱を開けてほしいのです」


パンドラちゃんは子供のような見た目をしている。

でも、子供じゃないんだ。

俺はまだ迷っていた。その箱の中身がわからないからだ。それさえわかれば、俺はパンドラちゃんの箱を開けることができる。


「開けたい気持ちはある。でも、もっと説明してほしい」

「箱の中には『自由(・・)』が入っているのです。箱を開けると、私だけではなくて、この世界のありとあらゆる人たちに自由が訪れるのです。その自由は、もしかすると酷い物かもしれないです。が、受け入れる価値がある物なのは間違いないです」



俺は自由(・・)という言葉に惹かれていた。

俺はずっと両親と兄と四人で暮らしていた。

言ってしまえば、それだけの日常だったのだ。ここから発展することもなければ、脱線することもない、そんな日常だった。


兄は結婚することになっている。

顔も知らないような女性と結婚するのだ。

それで俺たちの家は存続することになる。そこに自由はあるのだろうか?


俺も、空の青さを確かめたかった。


何よりも、自由が欲しかった。


パンドラちゃんに空を見せてあげたかった。


狭い世界じゃなくて、広い世界で、酷い物かもしれない自由を受け入れてみたくなったのだ。だから、俺はもう決めてしまった。






“パカッ”とパンドラちゃんの箱を開けた。

すると、そこから真っ黒な影が世界に広がる。

ヘドロのように“ネチネチ”とした、タールのような影が伸びる。

真っ黒な影は一瞬世界を覆って、すぐにどこかへと消え去った。きっと、世界中のあらゆる場所に拡散したのだろう。


……なんか、希望にしては、ドス黒い色をしていたな。

わかんないけど、自由って、もっと良い色じゃないの?

俺は冷や汗をかいていた。いや、もうもはや冷や汗しかかいていなかった。全身の穴という穴から冷たい、後悔という名前が付いていそうな液体が流れる。


「だ、大丈夫なんだよね?」

「わからないです。ありがとうございますです」

パンドラちゃんは俺が開いた箱を漁る。そして、そこから鍵を取り出して、牢獄のような場所から抜け出した。



どうやら鍵は箱の中に有ったらしい。

パンドラちゃんは山の空気を吸いながら背伸びをする。

そして、空を見上げながら涙を(こぼ)すのだった。それを見てしまうと、気持ちは自由を受け入れてみたくなる。どれだけ愚かだとしても、だ。


「パンドラちゃんは、これからどうするの?」

「ひとまず、世界を歩いてみたいと思うのです」

「そっか。それはいいかもね」

「また戻ってくると思うのです。その時には、しっかりと、空がどんな色だったのかをモジャモジャに教えてあげるのです」


パンドラちゃんは歩き出す。

小さな足で、山から降りようとしていた。その姿はどこか神聖な気がして、聞きたいことがあっても呼び止めることはできなかった。


が、彼女は振り返って、最後に一言言ってきた。


「大厄災は7月5日です。幻塔歴2年の7月5日です」


幻塔歴ってなんだよ。

なんにも知らない俺は、それを上手に消化することができない。

どうやら、自由とは思っていたよりも呆気ない物なのかもしれない。やってはいけないことをした罪悪感の中、俺はそんなことを思った。






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