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厩舎に捨てられた私が泥まみれの神獣を洗ったら世界一の美青年でした  作者: 月雅


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第九話 断罪と契約の更新


カツン、という硬質な音が、広場の喧騒を一瞬で断ち切った。


それは杖が石畳を叩く音だった。

王城の正門が開き、一人の初老の男性が姿を現す。

白髪交じりの髪に、深く刻まれた皺。

しかし、その瞳には現役の猛禽類のような鋭さが宿っていた。


国王、アルフレッド三世だ。

病気療養のため引退同然だったはずの彼が、近衛兵を従えてゆっくりと歩み出てきた。


「父上……!?」


すすだらけになったカイル王子が、引きつった声を上げる。

隣ではアリアが髪を振り乱し、震えていた。


「父上、聞いてください! この女が……ミナが魔物を使って僕たちを襲ったのです! これは反逆です!」


カイル王子は縋り付くように叫んだ。

自分の失態を棚に上げ、なおも私を悪者に仕立て上げようとする。

その醜悪さに、広場の民衆すらも冷ややかな目を向けていることに気づいていない。


「黙りなさい」


国王の一言は、静かだが重かった。


「見苦しいぞ、カイル。余はバルコニーから全てを見ていた」


「え……」


「神獣フェンリル様をないがしろにし、あまつさえ禁忌の魔道具でその尊厳を傷つけるとは。……王家の恥さらしめ」


バシィッ!


乾いた音が響く。

国王の手が、カイル王子の頬を強く打ったのだ。

王子はよろめき、信じられないものを見る目で父親を見上げた。


「ち、父上……僕をぶったのですか……?」


「目が覚めたか。……いや、貴様にはもう期待せん」


国王は冷たく言い放つと、次はアリアへと視線を向けた。


「そこの娘。アリアと言ったな」


「は、はいぃ! 私は騙されていただけで……!」


アリアは涙目で媚びを売ろうとしたが、国王の眼光に射抜かれて縮こまった。


「小動物の魂をにえにするなど、外道の所業だ。貴様が壊したのは魔道具だけではない。人と聖女への信頼そのものを壊したのだ」


「そ、そんな……」


「カイル、貴様を廃嫡とする。王位継承権を剥奪し、北の塔へ幽閉する」


「なっ……嘘だ! 嘘だと言ってください!」


「アリア、貴様は国外追放だ。二度とルミナリアの土を踏むことは許さん。その薄汚い性根、他国で叩き直してくるがいい」


「いやぁぁっ! 私は聖女よ! こんな扱い、許されないわ!」


二人の悲鳴が広場に木霊する。

しかし、誰一人として同情する者はいなかった。

近衛兵たちが無表情に二人を取り押さえ、引きずっていく。


「離せ! 僕は王子だぞ!」

「嫌ぁ! 私のドレスが汚れるじゃない!」


断末魔のような叫び声が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。

あっけない幕切れだった。


私はフェンの背中の上で、その光景を静かに見届けていた。

胸がすくような爽快感はある。

けれど、それ以上に「これでやっと終わった」という安堵が大きかった。


広場に静寂が戻る。

国王が、ゆっくりとこちらに向き直った。

彼は王冠を取り、その場に膝をついた。


「……!」


民衆がどよめく。

一国の王が、地面に膝をついて頭を下げたのだ。


「申し訳、ございませんでした」


震える声での謝罪。


「愚かな息子が、フェンリル様に多大なる無礼を……。そしてミナ殿、そなたにも辛い思いをさせた。全ての責任は、監督不行き届きの余にある」


『……ふん』


フェンが鼻を鳴らす。

彼は王を見下ろしたまま、冷淡に言い放った。


『今さら頭を下げたところで、我の怒りは収まらんぞ。この国は一度滅びて、一から作り直したほうがいいのではないか?』


フェンの体から殺気が溢れ出す。

冗談ではない。

彼は本気で、この国を見捨てるつもりだ。

王の顔から血の気が引く。


「どうか……どうかご慈悲を! 民に罪はございません!」


『知ったことか。我の主を侮辱した罪は重い』


フェンの殺気がさらに膨れ上がる。

このままでは、国を守るどころか、フェン自身が国を滅ぼす災害になりかねない。


私はそっと、フェンの首筋に触れた。

ゴワゴワとした銀色の毛並みに指を沈める。

荒立っていた彼の神経が、私の指先から伝わる「癒やし」で少しずつ鎮まっていくのがわかった。


「フェン、もういいわ」


『……ミナ?』


「王様もこうして反省しているし、邪魔者は消えたわ。それに、住処を失うのは私たちも困るでしょ?」


私はあえて現実的な理由を口にした。

フェンは不満げに唸ったが、私の目を見て、ふいと視線を逸らした。


『……お前がそう言うなら』


彼の殺気が霧散する。

単純で助かる。

いや、それだけ私を信頼してくれているのだ。


私はフェンの背から降り、王の前に立った。


「頭を上げてください、陛下」


「おお、ミナ殿……」


国王が顔を上げる。

その目には涙が滲んでいた。


「フェンは国に戻ります。ただし、条件があります」


「条件?」


「はい。フェンはあくまで私のパートナーです。王家の所有物ではありません。今後、彼に対する一切の命令権は私が持ちます」


「も、もちろんである!」


「それと、私たちの生活環境についてです」


私はここぞとばかりに要求を並べ立てた。

遠慮はしない。

これからの快適なスローライフのためだ。


「まず、あの厩舎のあった場所。あそこを私たちにください」


「厩舎……? あのような不浄な場所でよいのか? もっと豪華な離宮を用意するが」


「いいえ、あそこがいいんです」


私は首を振った。

城の裏手にあるあの場所は、静かで日当たりが良く、実は隠れた一等地なのだ。

リフォームさえすれば、最高の住環境になる。


「あそこを改装して、庭付きの一軒家にしてください。大きなキッチンと、フェンが昼寝できる広いテラスが必要です。あと、お風呂は温泉が出るように魔導具を設置してください」


「お、温泉……?」


「できますよね?」


私がにっこりと微笑むと、国王は勢いよく頷いた。


「もちろんだ! 国庫を傾けてでも、最高のものを用意させよう!」


「ありがとうございます。それから、食費と光熱費は国持ちで。あと、森の動物たちが遊びに来ても追い払わないこと」


「承知した。全てそなたの望むままに」


言質は取った。

私は心の中でガッツポーズをした。

衣食住の完全保証。

しかも、最高ランクの待遇だ。


「フェン、これでどう?」


振り返って尋ねると、フェンは呆れたように、けれど嬉しそうに尻尾を振った。


『ちゃっかりした奴だ。……まあ、お前の作った飯が食えるなら、どこでもいいがな』


「ふふ、毎日ステーキ焼いてあげるわよ」


こうして、契約は成立した。


国王が立ち上がり、民衆に向かって高らかに宣言する。


「聞け! 本日より、このミナ殿こそが、我が国の真の聖女である! そしてフェンリル様は、彼女と共に再びこの国を守護してくださる!」


「聖女ミナ様万歳!」

「フェンリル様万歳!」


割れんばかりの歓声が広場を包む。

空を覆っていた淀んだ雲は完全に消え去り、澄み渡るような青空が広がっていた。


私はフェンの足元に寄り添った。

その温かい体温を感じながら、群衆の声援に応えて手を振る。


かつて「ハズレ」と呼ばれ、厩舎に追いやられた私。

呪われ、泥にまみれていたフェン。


どん底で出会った私たちは、今、この国の頂点に立っている。

でも、私にとって一番大切なのは、この歓声ではない。


隣にいる彼が、もう二度と鎖に繋がれることなく、自由でいられること。

そして、今夜のご飯は何にしようかと悩める、この平和な日常だ。


『……おい、ミナ』


歓声の中、フェンがこっそりと頭の中に語りかけてきた。


『腹減った。帰ったらブラッシングもしろよ』


「はいはい。わかってますよ、私の神獣様」


私たちは顔を見合わせて笑った。

新しい生活は、きっとこれまで以上に騒がしく、そして温かいものになるだろう。


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