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厩舎に捨てられた私が泥まみれの神獣を洗ったら世界一の美青年でした  作者: 月雅


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第八話 真の聖女は誰だ


淀んだ紫色の雲が、王都の空を重く押し潰そうとしていた。


広場には逃げ惑う市民たちが溢れかえっている。

魔物の咆哮が近づく中、彼らは城門の前で救いを求めて叫んでいた。


「開けてくれ! 中に入れてくれ!」

「聖女様! 結界はどうなったのですか!」


その悲痛な声を切り裂くように、一筋の銀色の閃光が空から降り注いだ。


ドォォォォン!


雷が落ちたような衝撃音が響き、広場の中央に砂煙が舞い上がる。

悲鳴を上げて逃げ惑う人々。

だが、煙が晴れるにつれて、その悲鳴はどよめきへと変わっていった。


そこに立っていたのは、見上げるほど巨大な銀色の狼だったからだ。

全身から神々しい光を放ち、紫色の瘴気を払い除けていく。


「あれは……王家の紋章の……」

「伝説のフェンリル様だ!」

「神獣様が助けに来てくださったんだ!」


人々が地面にひれ伏す。

その背中に、一人の少女が乗っていることにも気づかずに。


『……ふん。調子のいい人間どもだ』


フェンが鼻を鳴らす。

その低い声は広場全体に響き渡ったが、誰も恐怖は感じなかったようだ。

彼が放つオーラがあまりにも清浄で、絶対的な強者のそれだったからだ。


「フェン、あそこよ」


私はフェンの首元に手を置き、城のバルコニーを指差した。

そこには、黒い水晶玉を抱えたアリアと、腰を抜かしかけているカイル王子がいた。


フェンがバルコニーに向かって軽く吠える。

衝撃波が窓ガラスを揺らした。


「ひっ……!」


カイル王子が手すりにしがみつく。

しかし、すぐに気を取り直したように叫んだ。


「き、来たか! やはり僕の命令には逆らえないようだな!」


勘違いも甚だしい。

王子の顔には安堵と、歪んだ優越感が浮かんでいた。


「さあ、そこの女を食い殺して、すぐに結界を張り直せ! そうすれば許してやる!」


「あら、食い殺すなんてもったいないですわ」


アリアが水晶玉を撫でながら、ねっとりとした視線をフェンに向けた。


「その美しい毛皮、私のコートにしますの。中身はゾンビにして操ればいいですわよ」


その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中で何かが冷たく冴え渡った。

怒りを通り越して、呆れてしまう。

この人たちは、本当に何もわかっていない。


私はフェンの背中の上で立ち上がった。


「お断りします」


凛とした声で告げる。

広場の視線が一斉に私に集まった。


「あの娘は誰だ?」

「神獣様の背中に乗っているぞ……」


ざわめく群衆を見下ろしながら、私はカイル王子たちを真っ直ぐに見据えた。


「フェンは誰の道具でもありません。私の大切なパートナーです」


「な……貴様、ミナか!?」


カイル王子が目を剥いた。

無理もない。

かつて泥まみれの作業着でうつむいていた地味な女が、今は神獣を従えて空から見下ろしているのだから。


「厩舎番風情が生意気な! アリア、やれ! その魔道具で黙らせろ!」


「ええ、任せてくださいまし!」


アリアが水晶玉を高く掲げた。

再び、あの嫌な低周波が空気を震わせる。


ブォォォン……!


水晶玉からどす黒い鎖のような光が伸び、フェンを捕らえようとする。

強制召喚の呪いだ。


『チッ……またか』


フェンが不快そうに唸る。

力尽くで引きちぎることはできるだろう。

でも、それでは彼も傷つく。


私は目を閉じて、意識を集中させた。

アニマル・エンパシー。

私の能力は、動物の心を読むこと。

そして、その黒い水晶玉からは、異常な数の「悲鳴」が聞こえていた。


『痛い、痛いよ』

『出たい、暗いよ』

『お母さん、助けて』


やっぱり。

あの魔道具の動力源は、魔力だけじゃない。

生きた小動物たちの生命力だ。

ネズミや小鳥、リスたちの魂を無理やり閉じ込め、呪いの燃料にしているのだ。


許せない。

動物を使い捨ての電池扱いにするなんて。


「……聞こえるわ。みんなの声が」


私はカッと目を見開いた。


「アリア! あなたの力なんて、ただの虚飾よ! 小さな命を犠牲にして、恥ずかしくないの!?」


「はあ? 何を言ってるの? ただのネズミじゃない。聖女の役に立てて光栄でしょう?」


アリアが嘲笑う。

その醜悪な本性に、広場の人々も息を呑んだ。


私は大きく息を吸い込んだ。

そして、水晶玉の中に囚われている動物たちに向かって、心で呼びかけた。


(みんな、聞いて! もう我慢しなくていい!)


私の声は、檻を突き抜けて彼らに届く。


(暴れて! 噛み付いて! その不快な箱を内側から食い破りなさい!)


『!?』


水晶玉の中の気配が変わった。

恐怖で縮こまっていた小さな命たちが、私の声で勇気を得て、反逆の牙を剥く。


『やってやる!』

『ここから出せ!』

『噛み砕け!』


パキッ。

硬質な音が響いた。


「え?」


アリアが間の抜けた声を上げる。

彼女の手の中にある水晶玉に、亀裂が入っていた。


パキパキパキッ!

亀裂は瞬く間に広がっていく。

中から漏れ出す光は、呪いの黒ではなく、解放を求める命の光だ。


「な、なによこれ! 熱い! やめて!」


アリアが悲鳴を上げて水晶玉を取り落とそうとするが、手遅れだった。


パァァァン!!


水晶玉が内側から砕け散った。

凝縮されていた魔力が暴走し、衝撃波となってアリアとカイル王子を吹き飛ばす。


「きゃぁぁぁっ!」

「うわぁぁっ!」


二人は無様に転がり、バルコニーの壁に激突した。

黒い煙が上がり、彼らの服はボロボロに焦げている。


水晶の破片と共に、数百匹の光の粒子――動物たちの魂が空へと舞い上がった。

彼らはキラキラと輝きながら私の周りを旋回し、『ありがとう』と告げて消えていった。


「あ、悪魔だ……あいつは悪魔だ……」


アリアがへたり込んだまま、震える指で私を指差した。

髪はチリチリになり、ドレスは煤けて見る影もない。


「私の魔道具を壊すなんて……!」


「いいえ。自滅よ」


私は冷ややかに見下ろした。


「あなたが虐げてきた弱者たちが、あなたに牙を剥いただけ。聖女を名乗るなら、命の重さくらい知るべきだったわね」


広場は静まり返っていた。

誰もが理解したのだ。

アリアの力が偽りであり、彼女が行っていたことがおぞましい所業だったことを。

そして、動物たちを救い、神獣に愛されている私こそが、真の力を持つ者だということを。


「そ、そんな……」


カイル王子が顔面蒼白でつぶやく。


「アリアが偽物で……あいつが本物……?」


『決着だな』


フェンが勝利を告げるように咆哮した。

その声は雲を払い、空には透き通るような青空が戻り始めていた。


フェンはゆっくりと広場に降り立った。

人々が波が引くように道を開ける。

畏怖と、尊敬の眼差し。


私はフェンの背から降り、地面に立った。

もう、誰も私を「厩舎番のミナ」とは呼ばないだろう。


「行きましょう、フェン」


『ああ。これ以上、こいつらの顔を見ていると胸焼けがする』


私たちは敗北した二人を一瞥もせず、王城の正門へと歩き出した。

その背中に、割れんばかりの歓声が浴びせられるまで、そう時間はかからなかった。


「聖女ミナ様万歳!」

「フェンリル様万歳!」


大逆転劇の幕が下りた。

私の、そして私たちの本当の生活は、ここからが本番だ。


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