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厩舎に捨てられた私が泥まみれの神獣を洗ったら世界一の美青年でした  作者: 月雅


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第六話 追手の騎士と、もふもふの壁


森の静寂が、金属のこすれ合う不快な音によって破られた。


ザッ、ザッ、ザッ。

規則正しい足音が、落ち葉を踏みしめて近づいてくる。

一羽の小鳥が、慌てた様子で私の肩に止まった。


『大変! ミナ、大変だよ!』


「どうしたの?」


『硬い皮の人たちが来た! いっぱい! ギラギラした棒を持ってる!』


小鳥の必死な訴えに、私は読みかけの本を閉じた。

硬い皮、つまり鎧。ギラギラした棒は剣か槍だろう。

予想はしていたけれど、ついに来てしまったようだ。


「フェン、お客さんよ」


『……チッ、鼻につく鉄の臭いがすると思ったわ』


私の膝で日向ぼっこをしていたフェンが、気だるげに身を起こした。

今は人型だ。

彼は黄金の瞳を細め、殺気を滲ませる。


『あの愚かな王子が寄越した追手か。……殺していいか?』


「だめよ」


即答する。

ここで騎士団を惨殺したら、私たちは正真正銘の「人類の敵」になってしまう。

それに、彼らだって命令に従っているだけのサラリーマン(騎士)なのだ。

元社畜として、理不尽な上司に振り回される苦労は痛いほどわかる。


「怪我はさせずに、お引き取り願いましょう。……みんな、手伝ってくれる?」


私が森の奥へ向かって呼びかけると、茂みの至るところから声が上がった。


『やるー!』

『ミナの敵はボクらの敵!』

『追っ払えー!』

『木の実のストック、ありったけ投げてやる!』


リス、ウサギ、タヌキ、イタチ。

森の小さな住人たちが、やる気満々で顔を出す。

頼もしい「森の防衛隊」の結成だ。


「作戦開始よ。怪我はさせちゃだめ。あくまで『ここは怖い森だ』って思わせて帰ってもらうの」


『承知!』


     ◇


視点は変わって、森の入り口付近。


「総員、警戒せよ! 相手は伝説の魔獣だ!」


騎士団長の号令が飛ぶ。

王命を受けた三十名の精鋭部隊が、剣を抜いて進軍していた。

彼らの顔には緊張の色が濃い。

フェンリル討伐(または捕獲)など、正気の沙汰ではないと全員が理解しているからだ。


「団長、妙に静かです。鳥の声もしません」


「ああ。魔獣の気配に怯えているのか……ん?」


先頭を歩いていた騎士が、突然足を止めた。

頭上から、ポツリと何かが落ちてきたからだ。

木の実だ。


「なんだ、木の実か……」


コツン。コツン。

バラララララッ!


「うわっ!?」

「痛っ! なんだ!?」


突然、豪雨のような木の実のつぶてが騎士たちを襲った。

頭上の枝という枝から、数百匹のリスが一斉射撃を開始したのだ。

硬い殻に包まれたドングリやクルミが、鎧の隙間や兜の上から容赦なく降り注ぐ。


「撤退! いや、防御だ!」

「小動物ごときに怯むな!」


騎士たちが盾を構える。

だが、攻撃は上からだけではなかった。


「うわぁっ!」


地面に這わせてあったつたが、一斉に跳ね上がった。

ウサギやキツネたちが、草むらの中で蔦を引っ張ったのだ。

足を取られた騎士たちが、将棋倒しのように転倒する。


「な、なんだこの森は!」

「動物たちが連携しているぞ!?」


混乱する騎士団。

そこへ、トドメの一撃が放たれた。


ズシーン……ズシーン……。


地響きと共に現れたのは、体長三メートルを超える巨大なヒグマだった。

森の暴れん坊だが、昨日の夜、私特製のハチミツパンケーキで手懐けた子だ。


『グルルルゥ……(通さんぞ)』


「ヒ、ヒグマだー!」

「陣形を立て直せ! 槍隊、前へ!」


騎士たちがパニックになりかけたその時。


『……退け』


空気が、凍りついた。


ヒグマの背後から、圧倒的な威圧感が押し寄せた。

騎士たちは本能的な恐怖に駆られ、動けなくなる。

震える彼らの前に、音もなく姿を現したのは、神々しいまでの輝きを放つ銀色の狼だった。


フェンリルだ。

その背中には、一人の少女が乗っていた。


「そこまでです。この森に立ち入らないでください」


凛とした声が響く。

ミナだ。

彼女は悠然と騎士たちを見下ろしていた。


「聖女……ミナ様……?」


騎士団長が、呆然と呟く。

彼らの知る「厩舎番のミナ」とは、まるで別人のようだった。

泥と藁にまみれていた姿はどこにもない。

清潔な服を纏い、肌は艶やかで、何よりその瞳には強い意志の光が宿っていた。


「団長様。このフェンリルは、私のパートナーです。王城へ戻るつもりはありません」


『聞いたな、人間』


フェンが低い声で唸る。

それだけで、数人の騎士が腰を抜かしてへたり込んだ。


『我のあるじは、貴様らの国を見限ったのだ。これ以上近づけば、次は木の実ではなく、貴様らの首が飛ぶぞ』


フェンが軽く前足を踏み鳴らす。

ドォォン!

衝撃波が走り、騎士たちの目の前の地面が大きく裂けた。

圧倒的な力の差。

もはや、数でどうにかなる相手ではない。


騎士団長は剣を収め、深く息を吐いた。


「……なるほど。噂は本当だったか」


彼は歴戦の猛者らしく、すぐに状況を理解したようだ。

王子が言っていた「魔獣にさらわれた哀れな女」という話が嘘であることを。

彼女は守られているのではない。

従えているのだ。この最強の魔獣を。


「総員、撤退!」


「だ、団長!?」


「勝てる相手ではない。それに、我々の任務は『魔獣の脅威から民を守ること』だ。ここで全滅しては、王都の守りが手薄になる」


それは建前だろう。

本音は、これ以上ミナを追い詰めることに正義がないと悟ったのだ。

団長はミナに向かって、騎士の礼をとった。


「ご無礼をいたしました。……どうか、お達者で」


「ありがとうございます。あなたも、お気をつけて」


ミナが微笑むと、団長は少しだけ安堵したような顔を見せた。

そして、泥だらけになった部下たちを引き連れて、森を去っていった。


     ◇


騎士たちの姿が見えなくなると、森に歓声が上がった。


『やったー!』

『逃げてったぞー!』


動物たちが茂みから飛び出してくる。

リスが私の肩に乗り、クマがフェンの周りで踊りだす。


「ふぅ……なんとかなったわね」


私はフェンの背中から降り、大きく伸びをした。

心臓がバクバクしている。

あんな大勢の大人に向かって啖呵を切るなんて、前世の私なら絶対にできなかった。


『悪くない度胸だ』


フェンが人型に戻り、ニヤリと笑った。


『俺様の力を使えば一瞬で消し炭にできたが、まあ、お前のやり方も嫌いではない』


「平和的解決が一番よ。これで少しは懲りたでしょうし」


私は達成感を感じていた。

誰かに守られるだけのヒロインじゃない。

自分の力(動物たちとの絆)で、自分の居場所を守れたのだ。


「みんな、ありがとう! 今夜は宴会よ! とっておきの果物を振る舞うわ!」


『わーい!』

『ミナ大好き!』


動物たちにもみくちゃにされながら、私は笑った。

その様子を、フェンが少し離れたところから、優しい目で見守っているのを感じた。


「フェンも混ざりなさいよ。主役なんだから」


『……やれやれ。俺様を安く使うなよ』


彼は文句を言いながらも、私の隣に座った。

肩が触れ合う距離。

それが今は、何よりも心地よかった。


私たちの森は、鉄壁の「もふもふ」に守られている。

もう、誰も私たちの平穏を壊すことはできない。

そう確信した瞬間だった。


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