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厩舎に捨てられた私が泥まみれの神獣を洗ったら世界一の美青年でした  作者: 月雅


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第十話 もふもふに埋もれる幸せな日々


柔らかな毛並みに顔を埋めると、太陽のような温かい匂いがした。


「……最高」


私は至福の溜息を漏らした。

目の前にあるのは、銀色に輝く最高級の絨毯――ではなく、神獣フェンリルの背中だ。


場所は、王城の裏手にある「聖女の離宮」。

かつてボロボロの厩舎だった建物は、国王の肝入りで劇的ビフォーアフターを遂げていた。

外観こそ石造りのシックな趣を残しているが、内装は最新の魔道具をフル装備した快適空間だ。

床暖房完備、広々としたキッチン、そして窓の外には専用の露天風呂まである。


『……おい、ミナ。手が止まっているぞ』


モフモフの山から、不満げな声が聞こえた。

巨大な銀狼が、チラリとこちらを振り返る。


「ごめんごめん。あまりにも気持ちよくて」


私は苦笑して、手に持ったブラシを動かした。

毎朝の日課、フェン様のブラッシングタイムだ。

呪いの泥が落ちて以来、彼の毛並みは日に日に輝きを増している気がする。

指を通すだけでスルスルと流れる絹のような手触りは、何度触れても飽きない。


『そこだ。……うむ、良い手際だ』


フェンは喉をゴロゴロと鳴らし、目を細めた。

完全にリラックスモードだ。

あの広場で雷を落としていた怖い神獣と同一人物(獣)とはとても思えない。


「はい、おしまい。今日もピカピカよ」


『ふん。当然だ』


フェンは満足げに身を起こすと、ブルルと体を震わせた。

光の粒子が舞い散る。


『さて、公務も終わったことだし、茶にするか』


「公務って、日向ぼっこしてただけでしょ?」


『馬鹿を言え。俺様がここに存在しているだけで、国中に加護が行き渡るのだ。立派な労働だぞ』


フェンは悪びれもせずに言い放つ。

まあ、確かにその通りだ。

彼が戻ってきてからというもの、魔物の被害はピタリと止まり、作物は豊作、国民の幸福度も爆上がりしているらしい。

まさに「座っているだけで偉い」存在なのだ。


私たちはテラスへと移動した。

庭には、色とりどりの花が咲き乱れている。

私が手入れをしている家庭菜園では、トマトやハーブが元気に育っていた。


「今日のオヤツは、森で採れたベリーのタルトよ」


私がテーブルに焼きたてのタルトとお茶を並べると、庭の茂みがガサガサと揺れた。


『あ! いい匂い!』

『ミナのタルトだー!』

『ボクも! ボクも!』


リス、ウサギ、小鳥たちが一斉に飛び出してくる。

彼らはもう、ここの常連客だ。

王城の庭師さんも、最初は驚いていたけれど、今では「動物たちの楽園」として温かく見守ってくれている。


「みんなの分もあるわよ。喧嘩しないでね」


私が小皿に取り分けてあげると、動物たちは嬉しそうに頬張った。

平和だ。

かつて檻の中で怯えていた小動物たちの声は、もう聞こえない。


『……チッ、相変わらず騒がしい奴らだ』


フェンが文句を言いながらも、自分のタルトを小さく砕いて、足元のウサギに分けてやっていた。

ツンデレも極まれりだ。


その時、フェンの体が淡く発光した。

光が収まると、そこには不機嫌そうな顔をした絶世の美青年が座っていた。

人型モードだ。


銀髪を風になびかせ、黄金の瞳で私を見つめる。

心臓がいまだにドキンと跳ねるから困る。

見慣れるなんて無理だ。顔が良すぎる。


「ど、どうしたの? 急に人型になって」


『狼の姿だと、これができないからな』


フェンは立ち上がり、私の隣の椅子に座り直した。

そして、自然な動作で私の腰に腕を回し、引き寄せた。


「ちょっ……みんな見てるでしょ!」


『見せつけてやればいい。お前は俺様のものだとな』


彼は私の肩に顎を乗せ、耳元で低く囁いた。


『……ミナ』


「な、なに?」


『幸せか?』


突然の問いかけに、私は瞬きをした。

フェンの瞳は真剣だった。

傲慢さの奥にある、不器用な優しさが透けて見える。


私は、ここに来てからの日々を思い返した。

理不尽に婚約破棄され、厩舎に捨てられた日。

泥まみれの彼と出会い、ブラシ一本で運命を切り開いた日。

空を飛び、森で暮らした自由な時間。

そして、二人で勝ち取ったこの穏やかな日常。


答えなんて、決まっている。


「うん。……すっごく、幸せ」


私は素直に頷いた。

嘘偽りない本心だ。

王妃になるより、聖女として祀り上げられるより、こうして彼とタルトを食べている時間のほうが、何万倍も尊い。


「フェンは? 幸せ?」


『愚問だな』


フェンはふっと笑い、私の指先に口づけを落とした。

その仕草が、まるで本当の王子様のようで、顔が熱くなる。


『お前が笑っていて、俺様の背中が痒くない。……これ以上の幸せがどこにある』


「もう、痒くないのが基準なの?」


『重要だぞ。だが、それよりも重要なのは……』


彼は言葉を切り、私を強く抱きしめた。

温かい体温。

太陽と、森と、安心の匂い。


『ずっと、俺様のそばにいろ。許しなく離れることは禁ずる』


それは命令形の、愛の告白だった。


「はいはい。あなたがただの甘えん坊なワンコだって知ってるのは私だけだもの。責任持って面倒見るわよ」


『ワンコではない! 神獣だ!』


『でも、ブラッシング好きなんでしょ?』


『……好きだ』


『じゃあ、ワンコ決定ね』


私たちは顔を見合わせて、吹き出した。

庭では動物たちが「仲良しだねー」「ごちそうさまー」と騒いでいる。


空はどこまでも青く、澄み渡っていた。


元社畜の地味な令嬢と、呪われた伝説の神獣。

凸凹な私たちが始めた「癒やし」と「カタルシス」の物語は、これにてハッピーエンド。


でも、私たちの毎日はまだまだ続く。

明日はどんな美味しいものを作ろうか。

どんな冒険が待っているだろうか。


私はフェンの腕の中で、とびきりの笑顔を浮かべた。


「これからもよろしくね、私の最高のパートナー」


『ああ。覚悟しておけよ、一生離さんからな』


甘いキスが、お茶の時間の終わりを告げた。

私の人生、捨てたもんじゃない。

むしろ、ここからが本番だ。


(完)


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