10話〜最禍の天使〜
10話〜最禍の天使〜
入学式も終わり、現在ストリーマー学園に入学して三日が経過していた。貧乏生活をしていた俺には寮の設備は手に余るような物だった。寮だと言うのに各部屋キッチン風呂トイレ常備、ベランダにテレビ、エアコン、そして何よりパソコンなどのゲーム配信機材。和室にこたつ、その上にパソコン直置きだった俺の元の家とはまるで違う。
他の配信者は、これからの方針について考える者、環境に適応しようとする者、ストリーマー学園の施設を見て回る者など様々だ。俺はと言うと配信ばかりしている。入学式後、各クラスごとに教室でのガイダンスを受けた後、自由に動いていいとのことだったので、部屋にこもってどっぷり配信だ。すでに入学してから11時間配信3枠目である。
「あー、行ったぁ。アルテミスだぁぁぁ。」
※アルテミスとは、LAVLLOWの最高ランクより一つ下のランクである。LAVLLOWのランクは、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、マスター、アルテミス、アポロンとランクがある。※
スト学入学と同時期にシーズンが変わったのもあり、開幕でゴリゴリ盛っていたら中々に高ランク帯まで来てしまっていた。
「シーズン初めだしそのうち落とされると思うけど。残ったらラッキーだなぁ。」
どうやらスト学入学配信者で配信をやっている奴があまり居ないらしく、スト学の様子を知りたいといって、かなりの人が観に来てくれている。
「うっわこんなに同接いったの初めてだ。」
どうせ少し時間が経てば数は減るだろうけど、それでも観てくれる人が少しでも増えたら嬉しい。
「なんでみんな配信しないんだろ?」
何気なく呟くと、何人かの人がコメントを書いてくれた。
「デバイス調整ってコウ姫いってた」
「なんかキーボードが反応悪い?らしい」
「違和感、いやこれで良い。」
「なるほどね。」
スト学で最初に支給された各部屋のデバイス。パソコンはサーバーの問題とかもあってか、一律最高スペックだ。でもキーボードやマウス、コントローラーやそこに付属する補助パーツなどは、そこそこのものしか時給されていない。これはテストの報酬とかイベントで配布とか、自分で買うとかしないといけないらしい。強くなりたければ結果を残せと。どうやらテストで高成績であればあるほど、月に使えるポイントが多くもらえるらしい。スト学内では専用の通貨で売買が行われる為、コンビニで飯買うのもテスト頑張んないと爆買いは出来ない。
「ま、俺は関係ないけどね。」
幸いにも俺はもっと終わっているデバイスでプレイをしていた。俺からすれば、最初に支給されたデバイスはかなりの高スペックだ。
「あーあとは配信の準備に時間かかる人いんのか。Vとか設定大変そうだよなぁ。」
俺はオープニング映像とかそんなの無いし、開始ボタン押してそのままマイク付けてゲーム画面流すだけ。
ふと、あるコメントが目に入る。
「英和那美姫は初日から配信してるらしい。」というコメント。
「あいつすごいなぁ。初日に全設定終わらせて、この慣れない環境でVtuberやってんのかぁ。さすが400万。」
「悲報まぐれスナイパー乙ニキ、英和那美姫と対等するw」
初日から配信している奴が少ないせいかコメントでそう言われてしまうが。
「いや400万人様とは対等じゃねぇよw」
「akai氏美姫嬢と絡みあるの?」
という一つのコメントで皆が反応する。
「確かになんか仲良さそうな口振り」
「コウちゃん以外と喋ってんの観たことない」
「数字差やばぁ」
「ウルセェ数字差だぁ?なもん関係無いんだよ。」
なんてコメ欄と会話していると。
「あかいくんとはライバルですわ。」
と、突然英和那さん本人からコメントが飛んできた。するとコメ欄が加速する。
「お嬢様降臨!!!」
「本物」
「えぐ」
「まじ知り合いやん」
「ライバルとは」
「美姫ちゃんきた!」
おうおうすごいすごい。400万は人のコメ欄でコメントのも影響力すごいのね。
「アルテミス到達おめでとうですわ。」
英和那さんからの祝福を受けた。コメントで、
「ありがとうございます。400万人様からの祝福コメなんて光栄ですわぁーっ!」
っと喋り方を真似してやった。俺の精一杯の冗談である。
「陰キャくんはあまり頑張りすぎなくてよくってよ。」
「はい…」
草がたくさん生えるコメ欄。高笑いしているであろう英和那さん。なんだこれ。
「ん?」
そんな光景を配信で繰り広げていると、突然チャットが飛んできた。
コウ「今配信中?終わったら通話いい?」
なんだろ、天使さんのことかな?
akai「ちょうど配信終わろうと思ってたんで、5分後くらいに出来ます。」
コウ「あんがと、待ってる。」
akai「終わったらかけますね。」
コウ「はい。」
あれから讃絵さんとは話していない。天使さんのことについて、色々聞くこともあるし、何よりあんな状態で人にコラボをせがむなんて異常だ。
「配信終わりまーす。」
適当に言って配信を終わる。
「お水だけ用意してっと、あーっとこっちからかけるんだよな。」
通話開始のボタンを押すと、甲高くコール音が鳴り、早々にプツっと切れて通話が開始する。
「お疲れ。アルテミスおめでと。」
「ありがとうございます。」
そこから少し沈黙が続く。
はあ、たまには俺から話題を切り出すか。なんかお茶濁しをっ、
「えっと、あっと、んっと、えっと、ぁー、なぁー、んん。」
うん、無理。
「っと、すーっ、観ました。天使さんの配信。」
そこから数秒また沈黙が続き、讃絵さんの深呼吸の音が聞こえ、
「うん、そのこと、話すね。」
「はい、気になってました。」
「まず、ごめん。全然詳しい事言わずに、約束取り付けさせちゃって。」
「大丈夫です。」
「観たならわかると思う。普通じゃ無い。アンチ多いとかそういうのじゃ無い。そんなレベルじゃ無いの。」
「はい。」
「天さ、おかしいんだよ。辛く無い訳が無い、事件にあって、暴露されて、炎上して、あんなに酷い現状で、なのに、皆んなの前に出て笑顔でいる。貼り付けた様な、すぐ剥がれ落ちてもおかしく無い、そんな笑顔。言葉にしずらいけど、なんと言うか観ててすっごく、」
そんな泣きそうになりながら必死に言葉を紡ぐ讃絵さんの言葉に重ねて。
「うん、辛いよね。観てて胸がキュとなる。」
勿論関わりのある讃絵さんは当たり前として、俺ですらそう思う。多分視聴者の中にも必ずそう思う奴はいる。同業者達はみんな思ってる。でも飛び火が怖すぎて手を出せない。親友枠の讃絵コウですら、どうにも出来ないのだ。だからこそ。
「俺、やりますよ。」
「え?」
「天使さんは俺なんかと絡むのいいかわかんないけど、でも、俺やりますコラボ。」
この感情は偽善か、それとも同情か、いいや、少し女の子の前で格好をつけたかっただけなのかも知れない。それでもいいんだ、せっかくのスト学、せっかくよ人と絡む機会、どうせ炎上はノーダメなのだから。
「なんとか頑張ります。」
ズビズビと鼻水啜る音が聞こえる。
「ごめん、ありがとう。」
「はい。落ち着いてからでいいですよ。」
「大丈夫。聞きたいことあるでしょ?なんでも言って。」
多分空気が悪くなりそうだし、この話を聞いたら後戻りは出来ない気がする。それでも足を突っ込むと決めたのだから、
「本題、あの炎上何があったのか。教えてください。」
そこから語られた炎上の真相。
〜天使天視点〜
パソコンの設定や機材の確認をしながらふと思う。何をやっているんだろう。辛くなるだけだ、辞めてしまうのか一番楽だ。ここに来ても状況なんて変わらない。
「分かってる。」
私は天使天、Vtuberだ。活動を始めて約三年、動画配信サイトのチャンネル登録者数は約55万人、平均同時接続者数は5.1万人と、活動歴にしてはかなりの数字を叩き台していた。視聴者からの沢山のコメント、笑顔あふれる配信、コラボも頻繁にしていたし、大会にお呼ばれすることも多かった。事務所のルールもキチッと守っていたし、視聴者への対応も気を付けていたつもりだ。
私の視聴者にはガチ恋勢と呼ばれる人が多くいた。そういう人達を筆頭に皆が私を天使の様な少女だと言う。事務所の方針もあってか、本当に私のことを好きになる視聴者が居たらしいが私には理解が出来なかった。
私なんか好きになったっていい事なんてないのにね。
スマホから通話アプリの通知が鳴る。確認すると私の親友コウからのチャットだった。炎上してから毎日毎日、自分のことの様に悩み、心配してチャットくれるコウ。本当に私は恵まれた親友を持った。その優しさを踏み躙り、無視を続ける私に自分で腹が立つが。
コウ「お願い、話があるの。」
なんだろう。今までのチャットと違って少し圧を感じた。
結局この後すぐに掛かってきた通話に出る事にした。今まで無視を続けてきた罪悪感か、それとも今回のチャットは前までとは違うものを感じたからなのか、自分にも分からない。
「もしもし、天?聞こえてる?」
「うん、聞こえてるよ。」
気まずい、自分では結構声を張っているつもりだが声が出ない。音にならない。そんなことを考えていると、その思考を遮る様に、
「ばっかっ!なんで無視し続けるの!!どれだけ心配したと思ってるの?電話しても何を送っても無視が続くのに、配信ではあんな状況なのに無理して笑って。馬鹿なの!!今から部屋行くから、合ったら殴るからぁ!!」
言っている内容は怒っている様な感じ、でも声音は安堵と心配に満ちていて涙が溢れ出している様だった。
「ごめん…」
どう答えていいか分からない。私は謝る事しかできなかった。それは感謝なんかじゃないんだと思う。逃げだ、罪悪感から逃げる為、優しいコウから逃げる為の言葉。
「んじゃあ、行くね!!」
「え?」
ブチっと通話が切れてる。そこから2分ほど経った頃、寮の部屋のチャイムが鳴った。玄関に立ちドアを開けようと手を掛ける。
「あれ?」
気づいたら震えていた。視界にモヤが掛かったように暗くなり、震えが大きくなって行き、体の感覚が遠のき鈍くなっていく。その場に崩れ落ち膝をつく。したに俯いているから床が見えるはず、なのに目の前は真っ暗だ。
「怖い。」
蘇ったトラウマ。もう、やだ。
「ら、そら!そら!天!!」
暗闇に亀裂が入るように声が届く。扉の前で叫ぶ声、コウの声だ。
なんとか時間を掛けて落ち着き鍵を開けた。開けたらまた、知らない人だったらどうしようと、恐ろしくなった。だからコウの顔を見た時、安堵でまた崩れ落ちた。
「落ち着いた?」
「うん。」
あれから一時間程経ち、私は自分の部屋のソファで丸くなっていた。奥のキッチンにはコウが立っている。自室とはいえ、一人はやはり自分が感じているよりも不安だったのだろう、コウがいる、それだけで少し気が楽になるのがわかった。
「お茶入れるけど、備え付けだったやつでいい?」
「うん。ごめん。」
はいっとコウが机にお茶とお菓子を置き、ソファの隣に座ってくる。
「どうしても、話したいことがあるの。」
「なに?」
「私、また天には元通りに配信して欲しい。正直今なんで天が無理して配信してるのか分からない、けど私や仲のいい配信仲間と仲良く配信する姿を見せれば、まだ世間の印象は少しでもマシになると思うの。」
「それは。」
「今みたいに一人で無理して配信するのは、状況改善にはあまり繋がらないし、なにより天のメンタルが削れるだけだよ。」
「そう、だよね。ごめん。」
「ごめん、じゃなくて、もう無理しないで!って…」
「ごめん…なさい。」
その後も、色々な提案をしてもらったり、説明されたり。私は終始ごめんとしか言えなかった。本当にコウは優しくて、私はそれを。ごめん…