【Ⅵ】
「ベルカーラ。お前が火龍寮の屋上でマリアンヌ嬢を突き落とした現場を俺とあのエルフである魔法薬学教員が目撃している。なにか言い逃れはあるか?」
アルバートが厳しい眼差しを向けるとベルカーラは相変わらず無愛想な顔を傾ける。
しかしアルバートの冗談にも思えない為、魔法で作ったロングソードを首元から離してから消失させた。
「私が彼女を……。ろくに話したこともありませんよ。そもそも、屋上のある寮は危険がないように学園長の魔法で守られています。飛び降り防止はもちろん、風龍寮のように飛行魔法が得意な生徒たちの侵入も不可能でしょう。学園長よりも魔力量の高い人物なら可能かもしれませんが、私が知る限りひとりしかいませんよ」
その言葉を聞き、顎に手を置くアルバート。
上を向くと確かに今は屋上から魔力を感じる。
間違いなく、あの瞬間には屋上に魔法が展開されている様子はなかった。
〝あの瞬間だけ学園長が魔法を解いていた〟?
「こっちにこい」
「へ?」
ぐいっとベルカーラの手を引き、抱き寄せるアルバート。
「ふきゅう!?」と声にならない、というか空気が抜けるような音がした。
すんすん。
香るのは華のようなシャンプー、微かに汗の匂い。
そしてベルカーラの魔力特有の匂い。
「他人の魔力のにおいはしない。操られていたというわけでもないか」
「当然です。王族の婚約者として対操作魔法は幼少期にみっちり叩き込まれますから。私を使って第三王子を暗殺しようと考える者は少なくありませんので」
〝操作魔法〟。
同じ属性の人物や職業:錬金術師などが造った人造生命を魔力で支配し遠くから操ることが出来る魔法。
しかしそれには痕跡が残りやすい。
でなければあれはなんだ、他人の空似か。
いいや、複製霊体といっても良いくらいにベルカーラだった。
「いい加減に。アルバート! 他の生徒の視線もあります。こういう行為はその……人目のない、ふたりっきりの時」
確かに騒ぎを聞いて生徒が集まって来ている。
被害者マリアンヌが保健室で事情を話してしまえばすぐにでも教師陣がベルカーラを取り押さえるかもしれない。(流石に公爵令嬢を力づくで確保する奴はいないと思うけど)。
その時、この量の目撃者がいたら第三王子の婚約者という肩書に傷が付くのは間違いない。
「いいか、ベルカーラ。お前の無実は俺が証明してやる。だから安心して牢獄塔の最上階でゆっくりしていろ」
「はい?」
「大丈夫だ。内装は豪勢にしてあるし、安全性は保障する。お前の専属メイドのネネルカも一緒に飛ばしてやるとも」
「いや、自己完結しないでください。私にも説明を──」
指をぱちんと鳴らすとベルカーラの姿が消える。
野次馬がざわめくがただの転移魔法だ、それなりに高度な魔法ではあるけど使える成人魔法使いは多い。
「さて、さっそく前世探偵の腕の見せ所。今回の謎は、あの偽(?)ベルカーラの正体。屋上の魔法。マリアンヌ嬢を狙った動機。といったところか。……探偵ミステリに魔法の介入とは美学の欠片もないがな」
アルバートは空を眺めてため息をつく。
かつてのノックスの十戒、ヴァン・ダインの二十則が通用した現代を懐かしむが、今生きているのは魔法の存在するファンタジー世界である。
魔法生物が空を飛び、かつては魔王や勇者が世界を賭けて戦った、そんな世界で探偵だった男は最強の魔法使いとして生きている。
なんて道化話なのだろうと笑いさえこみ上げてきた。
「第三王子。貴方の婚約者はどこですかな?」
低い声の男性。
鋭い角が二本生えている。
頑固そうな見た目の白髪をしている鬼人。
鬼人は鬼と人間の亜人種にあたる。
年齢は40代前半。
指先は微かに汚れていて、薬草のにおいがした。
「俺の管理下で匿っている」
「それは困りますな。公爵令嬢は他の生徒を殺害しようとした疑いがかかっておるゆえ」
「ほう、俺の婚約者を犯罪者呼ばわりとは肝が据わっている。名前は?」
「魔法薬学補佐役教員ムラサメ・ミナズキ。──では、第三王子。事態の説明の為、共に学園長室に来てくださいますかな?」
「ああ、喜んで。俺の方からも聞きたいことがあるからな」




