【Ⅴ】
向かいの火龍寮の屋上から女生徒が真っ逆さまに落下している。
飛び降りでも、足を滑らせてとかでもない。
アルバートは女生徒を突き飛ばした自分の婚約者に視線を向けながら思考が停止する。
「アルバ! どうしよ」
土龍寮の屋上で一緒にその光景を目撃してしまったティファの慌てた声で我に返る。
「──硬度変化魔法」
女生徒が落下する寸前、地面に魔法陣が現れた。
コンクリートの床はまるで水袋のような弾力性を持ち、女生徒をキャッチする。
なんとか間に合ったようで怪我は無さそうだ。
ため息をひとつつき、アルバートは再び火龍寮の屋上に視線を向ける。
婚約者の姿はない。
幻覚だったと思いたいところだが、はっきりと一部始終を目撃してしまった。
ふたりは走り土龍寮から出て行って、落下した女生徒に駆け寄る。
「大丈夫か?」
「一体何が……はい。怪我はないです。ありがとうございます」
ついさっき殺されかけた人物にしてはあまりに邪気のない微笑みを見せる。
アルバートは彼女の手を取り立ち上がらせた。
勢い余ってか、胸に飛び込んできて数秒固まる。
それからアルバートの顔をまじまじと眺めて、もっと固まる。
「ひゃん!? 貴方は第三王子……ッ。ごめんなさい。私ったら、本当に失礼しました!!」
ぺこぺこと頭を下げながら距離を取り、落下でぼさぼさになった髪を指でとかす。
「いや、気にするな。起こった事を考えれば足がおぼつかなくて当然なのだからな」
「多分あの子が顔を真っ赤にしてるのはそういう事じゃないと思うけどなぁ」
ティファが呆れたような顔を向けるがアルバートはなんのことだかわからず首を傾げる。
確かに第三王子であるアルバートには婚約者が存在するが、まだ確定事項ではない。
ドラゴネス王国での婚約者は幼少期の舞踏会にて決めるため、結婚出来る年齢になった時に別の者を連れてくるなんてことはざらにある。
ほとんど国王が決めた相手であるし、人の心は移ろいやすい。
よってアルバートが魔法学園に来ることになって、女生徒たちの間には戦争前とも思える緊張感が漂っていた。
自分も王女になれるかもしれないと。
「わ、私はマリアンヌ・ヒロウィンです。学年は王子と同じ1年生。……本当は貧民街出身で、こんなすごい学園に通えるような身分じゃないんですけど、魔力が光属性で。特別に入学させてもらいました」
「ほう。光属性か。それは珍しい」
かつて生命が扱える属性は四代元素のみだと信じられてきた。
それほど光属性の魔力は稀であり、神の象徴だったのだ。
現代でも貴重な事には変わりなく、農民の家で生まれようと貴族位を与えらえる場合もある。
寮は自由に選べて、入る為に特別な魔法道具が支給されるらしい。
「いえ、全属性を扱える第三王子に比べたら……ひ」
幸せオーラを出していたマリアンヌが恐怖の表情を浮かべる。
視線の先には綺麗な赤い長髪に、ルビーの様な瞳、無愛想な公爵令嬢。
婚約者ベルカーラ。
「アルバート。そちらのおふたりとはどういった関係で?」
殺気立った声。
殺し損ねた人物とアルバートが一緒にいることに焦りを覚えているのか。
それとも別のなにかか。
「ティファ。すまないが、マリアンヌ嬢を一応保健室に連れていってくれ」
「う、うん」
ふたりを視線で見送り、それをベルカーラに移す。
「動機はなんだ? 光属性への嫉妬か。おかしいじゃないか、魔力量で言えばお前の方がかなり高い」
「ええ、魔力量で第三王子の婚約者に選ばれたと言っても過言じゃありませんから」
「ならどうして、彼女を屋上から突き落とした?」
「さっきからなにを言っているのですか。貴方がさえずって良い事はひとつだけ」
ベルカーラが手を振ると目の前にルビーが埋め込まれたロングソードが出現する。
それを握り、「速度上昇」の連続詠唱。
目にも留まらない速さで走り出し。
「う──────おっつ」
刃はアルバートの喉元寸前で止まる。
一度息を吸えば、皮一枚は切れる。
「ふたりとの関係は? 返答次第ではふたりとも命はありません」
「あのふたりになんの恨みがあるって言うんだ!?」
「すみません。言葉足らずでした。命がないのはアルバートと私です」
「……は?」
「夫の不貞は妻の不行き届き。責任を持つのが良妻というものでしょう」
アルバートは目を丸めた。
ふたりの間でとてつもない行き違いがあるような気がする。