【Ⅳ】
校舎裏、土龍寮と火龍寮は扉が向かい合うように建てられている。
それぞれ建築様式が違い、属性を思わせる配色。
ティファは震えながら土龍寮の扉に手を置く。
明るいオレンジ色の魔力が身体を通して扉へと注がれる。
魔力量が少ないせいなのか、全開はせず人が横になって入れるくらいの隙間が開いた。
大抵こんな事にはならない、それほどに魔力量が少ないのだ。
それでもティファはやりきったような微笑みをアルバートに向けたのである。
「なに達成感出してるんだ。中に入るぞ」
「あ、うん。そうだね」
先にアルバートが隙間を抜ける。
服のボタンが引っ掛かりそうにもなったがなんとか入ることが出来た。
それに続くティファ。
エントランスでは侵入者への対策なのか建物内だというのに砂嵐が起こっており、先が見えない。
生徒は土属性魔法を使い、砂嵐を操らなけらばならない。
「面倒だな」
アルバートは右手を前に出す。
するとアルバートの手の上に引力でもあるかのように砂が集まり、砂の団子のような球体が出来上がった。
それをぽいと端に投げる。
「すごいね。風魔法ってそんなことも出来るなんて知らなかったよ」
「確かに風龍寮の制服を着ているが、俺は──……」
エントランスを抜けると大勢の視線を浴びる。
王族であるアルバートが入学したことによって教師陣が大忙し、授業は午前に切り上げられ生徒たちは各寮に帰って来ていた。
土龍寮。
生徒が使う建物とは思えないほどの豪華さ、共同スペースの中心には華やかなシャンデリアが吊るされており、まるで舞踏会会場。
壁には歴代土龍寮に所属した王族の肖像画が飾られている。
しかも生徒は皆、制服から貴族服に着替えている。
ベルカーラが言っていた『貴族嗜好が強い』という意味を深く理解する。
「第三王子! よくぞ我等の寮へ」
「風龍寮に所属したとお聞きした時は悲しく思いましたが、気が変わったということですかな? 実に素晴らしい」
「ささ、そんな半端なエルフではなく私めが寮の案内を」
地鳴りがするほどの勢いで土龍寮の生徒たちがアルバートを囲む。
ティファはその勢いで流されそうになるがなんとかアルバートの制服の袖を掴んで堪える。
この場の全員が獲物を逃がすまいとヤケな目をしている。
壁の肖像画を増やしたくて仕方がないのだろう。
「心遣いは感謝するが。この耳の長い友人の付き添いをしているだけだ。お前たちは楽にしていろ」
「第三王子がお優しいのはよくわかりましたとも、しかし魔力の少なさで妖精の森を追放されたエルフを友人などと呼ぶのはやめた方が良い。友人候補ならこの通り、引く手あまた。ああ、クレトラ嬢にはお会いしましたかな?」
「邪魔だ。どけ」
アルバートが睨みつける。
それと同時に寮全体に魔力が充満する。
何人かその魔力の濃さにやられ、気絶してしまった。
なんとか立てている者は即座に膝を付き、道を開ける。
今の一瞬で理解したのだ。
彼には異議を唱えてはいけない、と。
ティファが平然としていられるのはアルバートの魔力操作が神がかり的だということ。
なにが起きたのか分からず口を大きく開けるばかりだが。
ふたりは屋上へと向かった。
「……あのー、アルバート第三王子」
「どうした急に」
「いやぁ、なんというかね。王族って知らなくって。物探しまで手伝ってもらっちゃうなんて。ボク、不敬罪で捕まらないよね? 大丈夫だよね?」
「心配するな。それに呼ぶなら普通にしてくれ。従者が欲しくて学園に来たわけじゃない」
「そっか。じゃあ〝アルバ〟って呼ぶね。なんか口当たり良いから」
不思議とアルバートもそう呼ばれることにしっくりときた。
さっきまで後ろに付いてくるばかりだったティファが歩く速度を上げて横に来る。
なんだかその顔は満足そうで、活気にあふれていた。
屋上へと行ける扉を開く。
「あ、あった!! ほんとにあったよ、アルバ。すごい」
もっと探し回るかと思われたが案外あっさりと見つかった。
教科書を手に取り、さぞかし大事な物なのか抱きしめる。
「良かったな。帰るぞ。ここの寮の生徒にまた勧誘されたらたまったもんじゃ……」
迎えの建物。
火龍寮の屋上。
ふたりの女生徒が言い争いしているように見えた。
ひとりは金髪で小柄だが、大層立派な胸をしたおっとり系……彼女を怒鳴りつけ、逃げ場を奪っていく赤く長い髪をした凛とした女生徒。
アルバート第三王子の婚約者ベルカーラ・ウェストリンド公爵令嬢。
「これは一体、どういう冗談だ」
ベルカーラが屋上の端に追いやられた金髪の女生徒を両手で押し、突き落とす。
この高さ、しかも頭から落ちていく。
──間違いなく、殺意のある行動だった。