【Ⅲ】
「ん」
エルフは目を覚ます。
がばっと勢いよく起き上がると、べとべとな液体をまき散らされた身体も衣服もなにも起きていなかったような綺麗さ。
マフラー、スカート、ストッキング、新品同様である。
〝洗浄魔法〟というものが存在する。
──でもそれは水属性の魔法だ。
目の前の生徒は緑色の制服を着ており、つまりは風龍寮。
風属性の魔法に衣服を綺麗に出来るものなんてあっただろうか。
「俺はアルバート。今日、他の生徒よりも少し遅れて入学してきた。世話になる」
「なるほど、だからだね。ボクはティファ。ここで魔法薬学を教えてる。一応、こう見えても先生なんだよ。困ったことがあったら相談してね」
「やはり教師か。頼りない」
「ひどいッ!」
アルバートの顔に見覚えがないのは自分が生徒の顔を直視出来ないからだと思ったのだろう。
それに授業は補佐役の別の先生にほとんど出てもらっている。
彼の方が生徒に恐れられているのもあるが、ティファは植物園の管理に没頭している。
だから生徒の顔と名前が一致しないなんてしょっちゅうだ。
「教科書だったね。はい、どうぞ」
ティファは教卓から予備の教科書を取り出してアルバートに渡した。
もちろん愛想よく微笑みを忘れず。
といっても大人っぽいものではなくて「えへへ」と少女の照れくさそうにするあれだ。
「自分用の教科書を無くしたと言っていたが、この予備のものじゃダメなのか?」
「うん。ボクのはメモ帳代わりに使ってて、生徒に教えちゃいけない薬学知識をびっしり書いてるから見付けちゃわないといけない。でも今日の朝からずっとなくってー」
今にも泣きそうな顔をする。
「そうか。なら、まずは土龍寮の屋上あたりから始めると良い。じゃ」
アルバートは用事を済ませるとさっさと出て行こうとする。
第三者がいたなら「美少女が困っていたら、そこはまず『手伝いましょうか?』だろうが!」なんてツッコミが上がりそうだ。
「え、なんで?」
ティファのキョトンとした声に足が止まる。
これは前世、いや探偵の悪い癖。
自分の推理を披露したくてしょうがないのである。
「ティファ。魔力量はかなり少ない土属性。間違いないな?」
「うん。よく魔力なしと誤解されるかな。基礎魔法だってろくに使えなくって、せいぜい地面に指の第一関節分の穴をあけれるくらいだよ」
「この短時間での会話での印象で悪いが、顔を見ながらの会話が苦手だな。一度、目を合わせた程度でずっと下を見たまんま顔を上げようとしない。魔力量が少なく、周りから馬鹿にされ続けていたなら自信だってなくすだろう。なら魔力量の高い生徒ばかりのこの学園に居場所はないはずだ。この植物園からほとんど出ないだろ」
「……まあ。そうだね」
教科書を隠したのは間違いなく、ゲス笑いをしていたあの土龍寮の生徒たちだ。
『アイツには絶対見付けられない』と言っていたのは【見えない場所】【行かない場所】とも取れる。
下ばかり見ている事を馬鹿にしての高所に隠すかもしれない。
またこの植物園からは校舎と風龍寮である塔しか見えない。
隠れている校舎裏には火龍寮・土龍寮が存在するが、あの生徒たちには前者は侵入出来ない。
「よって土龍寮の屋上あたりが可能性が高い」
「ほえ?」
ティファが目を丸めて固まる。
仮定のほとんどがアルバートの頭の中で展開されたのだから仕方ないだろう。
「でもボク、生徒の寮なんて入ったことないし。絶対この植物園の中にあるはず」
「生徒が盗み、悪意を持ってそれを隠した」
「違うよ。みんな良い生徒だもん」
「不老のエルフなら人間がどんなに悪意に満ちているか、何度も目にしているだろう。まずは他人を疑うことから始めろ」
困った顔をされてしまった、長い耳もしょぼんと垂れ下がる。
「健闘を祈る。見つかると良いな」
「ち、ちょっと待って!」
「なんだ。土属性の魔力なら寮に入れる。ちょっと行って、見てくるだけだ」
「ひとりだと怖いから、一緒に行ってくれる?」
トコトコと歩み寄り、涙目の上目遣い。
あざとい、これを計算でやっているのならかなりの策士だ。
外ハネの茶髪、オレンジ色の大きな瞳、柔らかそうな唇。
断りたい。──けれど、断れない魔力がその上目遣いにはあったのだ。
「~~~わかった」
「ほんと!? わぁ、ありがと。えへへ、嬉しい」