プロローグ【罪】
蝶が舞い蜘蛛がそれを捕食する。
清く正しく生きている人間から悪魔が幸福を奪っていくように。
希望を与えておいて、それを無駄にしたのだ。
もう取り返しは出来ない。
お前は間違えた。
狐のようなずる賢しこさはあったて結局のところ、俺は探偵で好奇心に負けてしまう。
その結果、猫が死んだとしても考えなしに。
知っていた。そう、知っていたのに見逃した。
多くの見えない声が引き留めようとしてくれていたのに。
「……アルバ、ノラちゃんは?」
授業を休み続けている俺を心配してか、魔法薬学の教員であるエルフ族ティファが部屋の扉をあけた。どうやら不用心にも鍵はしていなかった。そんな余裕すらないほど取り乱しているのだろう。
ベッドの上には『さようなら ノラ』と書置き。
ノラ、王国より派遣された俺の護衛役といったところだ。
「ノラの母が俺に依頼してきたんだ、夫ヴィドックが地獄に囚われているから助けて欲しいと」
「なに、それ。どういうこと?」
「俺も今まで忘れていたことなんだ、別の世界。別の可能性。突然と頭に過ってすべてが繋がっていくあの高揚感たるや、すべてが俺のなかに答えがあった、まるで俺に解かれるべき謎だったかのように、誰かが親切にも証拠を残してくれたように」
不可能かと思っていた死者の復活まで指先が……。
「……うん、それから」
理解できない様子で、それでも理解しようと首を縦に振った。
「こんな謎が世界に存在していたのか、と。感謝の連続だった。———まるでスキップするような足取りで地獄の終着点、そこに俺は辿り着いた」
「地獄の魔物、彼女に許しを得ないと死人を生き返らせない。そんな物語があったね」
「ああ、だから俺はその魔物と頭脳勝負した。相手の方がかなり上手だったが、一縷の可能性にかけてなんとか勝利したんだ」
「ノラちゃんのお父さんを地獄の牢獄から連れ出せた」
「……振り返ってしまったんだ」
「え?」
「〝オルフェウス〟の物語だって、〝蜘蛛の糸〟だって、——知っていたんだよ。それでも俺は、勇み足で感謝の言葉を述べながら滑稽にも振り返ったんだ! 地獄を超えずに…! ただ知っていた」
「地獄の魔物との約束事、破ればその魂は永遠に地獄に囚われる。転生も許しもない……」
俺は死後以外の地獄入りは許されず。
ヴィドックは永遠に囚われの囚人になる。
愛した人にも会えず、星空を見ることすら許されない。
俺がそうした、最強の魔法使いだなんて言われながら、探偵を自称しながら……。
「ヴィドックとその妻はもちろん、ノラ。……俺は三人を殺した。いや、もっと……もっと大きなものを壊した、世界の摂理というか、俺の起源、探偵の誇りを汚した」
ああ、どうしようもないことをしてしまった。
許されない罪を犯した。
自分には何でも出来るのだと、自分は選ばれた人間なのだと。
おごるな馬鹿者、ただのアルバ。
お前は破壊者だ。
いつもルールを破ってばかりじゃないか。
探偵のルール、社会のルール、しまいにはこれか。
「さあ、笑いものにしろ。ティファ。医者なのだから『死んだ人間は蘇らない、諦めろ』と俺に現実を叩きつけてくれ」
「笑わない。アルバがどんなにどうしようもないことをしてもボクは絶対に笑わない。どうせ笑い合うなら楽しいことの方がいいでしょ? それに、諦めないでよ。ボクたちが一緒にいる。よく理解出来なかったけど、ボクは探偵の助手なんでしょ?」
「だけど、地獄への入り口はもう開かない。見つけたのだって偶然なんだ。ラッキーは2度も続かない」
「そんなのやってみないとわからない」
「わかるんだ。あのふたりだってもう諦めているかもしれない。俺に失望して、もう関わらないでくれと思っていることだろうさ」
「それがなんだっていうのさ!」
ティファが俺の手を握る。
だが男……は置いておくとして。
俺はそこでティファの瞳を直視した、星のような輝き、途方もなくて、どうしようもないほどに美しいそれに心が奪われそうになった。
「アルバらしくないよ! 事件は解決してないんでしょ。いつものアルバなら生意気そうに笑って謎を解いてやったぞ、ってドヤ顔してるじゃないか」
「生意気そうは余計だ」
「それに、少なくとも諦めてない娘がひとりいる」
ティファの視線の先、俺の影の中にぴこっと出ている猫耳がふたつ。
両親の話をして、俺の前から去ったと思った猫の亜人の娘ノラ。
気まずそうに影から顔を出し。
「アルバ。ごめんなの。そんなにも自分を責めてるって知らなくていっぱいひどいこと言っちゃったかもなの」
「なんのことだか」
取り乱して、本当に聞こえていなかった。
だけど何度も「認めない」と言っていたのは覚えている。
ふたりの愛の結晶がまだ諦めていないのだ。
「ああ、そうだな。悲劇は嫌いなんだ。ご都合主義だろうと知るか、機械仕掛け神にでもなってやる」
「パパとママ合わせてくれるの!?」
興奮したノラが勢いよく影から飛び出して顎に頭が直撃する。
まあ、数発殴られる覚悟はしているさ。
「はん、そんなのは知らん。運命の女神様とやらが本当にいるのなら。——……彼女の選択にゆだねるしかないだろ」
「うん、まずは仲間探しだね」
「7人は欲しいなの」
「多すぎる、ピクニックじゃないんだぞ」
「ラッキー7なの」
「ほう、縁起を担ぐのは良いことか。よし、ならばまずノラ、お前の母親を探すぞ!」
ヴィドックが地獄に囚われ、現世に返ってきた時に姿をくらませた彼女。
「うん!」




