【Ⅺ】
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アルバートの意識は海を漂うメッセージボトルのようにマーレェンの魔力の波に流れていく。
転移魔法に近いが、これは肉体を完全に魔力に変換する荒業であるため、最上位の魔法使いであるアルバートにしか扱えないだろう。
他の者がしようものなら肉体はなくなり魔力体、幽霊とまったく同じ存在になる。
そんな危険よりも己の好奇心を選んでしまうのは彼が探偵であるが故。
魔法使いの彼であったなら、こんな行為はしない。
学園長をしている老人の正体などどうでもいいと切り捨てていたはずだ。
『マーレェン。君は私の知る限り、最強の魔法使いだ。折り入って君にお願いしたいことがあるのだ』
『ドラゴネス国王よ。ワシはこの国に忠誠を誓った身じゃ。貴方が命令には背く気などございません』
『実に頼もしい。お願いというのは王国が秘密裏に所有している召喚書を使って異世界から勇者を召喚する予定なのだが。その者と共に魔王を討伐するための旅に出て欲しい』
『……勇者。はい、喜んで』
国王と魔法使い。
これはマーレェンの記憶だ。
魔力と一体化しているためか、記憶の共有までされている。
場面は変わり、学生服を着た元気そうな少年。
勇者の時代と言えば千年程昔で、この時代に黒髪の者はほとんどいなかった。
いたとしても魔族の者に数名。
だからマーレェンも最初は顔色を曇らせた。
『オレの名前は朝井 勇人! よろしくな。学校では話聞いてたけど、うち貧乏だったからラノベっつーの? そういうの読んでこなかったから勇者とかよく分かんねぇけど、困ってる人たちがいたら助けろってのが死んだ親父からの遺言でさ。だから魔王ってやつ、ぜってぇ倒すよ』
(すごくバカそうだ。こんな奴に魔王を倒す力なんて……)
[勇者ははじまりの村にて選ばれし者しか引き抜けない【火属性の聖剣】を手に入れた!]
[僧侶(オトコノ娘♂)が仲間になりたそうにこちらを見ている!]
[僧侶(オトコノ娘♂)が仲間に加わった!]
[ミノタウロスの迷宮にてキングミノタウロスを討伐した!]
[魔族に囚われていた美少年♂が仲間になりたそうにこちらを見ている!]
[魔族に囚われていた美少年♂が職業を得て武闘家(オトコノ娘♂)になり仲間に加わった!]
[魔王軍四天王のひとりの罠により死者の森から出られなくなった!]
[やることないから勇者は魔法使いマーレェンに可能な限りの火属性魔法を教わった!]
[死者の森で同じく囚われていたダークエルフ(オトコノ娘♂)が仲間になりたそうにこちらを見ている!]
[ダークエルフ(オトコノ娘♂)が仲間に加わった!]
[ついでに魔王軍四天王のひとりは「フフ、奴は四天王の中でも最弱」だったため、なんとか倒せた!]
『オトコノ娘ッ!!』
我慢できずにマーレェンの怒号。
しかし勇者はキョトンとしている。
『なんだよ、急に大声出して』
『勇者パーティー全員オトコノ娘とはどういう構成じゃ!? なめとるんか』
『俺は男だし、マーレェンは女の子じゃないか』
『そういう問題じゃないわ!!』
もちろんこの時代の異世界に『オトコノ娘』なる奇怪な言葉は存在しない。
勇者の知識によって広められた概念である。
そして何を隠そう彼は──。
『貴様の趣味全開じゃないかアサイ! 少しは魔王を倒すための人材を』
『俺はオトコノ娘と妹が大好きです。それ以外を仲間にすることは許しません。余談、俺は一人っ子である』
『一択じゃろうが! それはっ!!』
朝井 勇人。
魔王を討伐することになる勇者であり、オトコノ娘愛好家としても知られている。
現に冒険後、王国の姫をめとることはなくマーレェン以外の勇者パーティーの3人を嫁(♂)とした。
彼を英雄と讃える者と、稀代の変態と噂する者がいる。
『もちろん、マーレェンも可愛いと思うよ』
『……魔王討伐寸前に油断して死んでくれないかのぅ』
『親友にそれはひどいんじゃないかな!?』
(こいつにだけはバレるわけにはいかんな。絶対にッ)
魔法使いには秘密が多い。
彼らが秘密主義な理由は誰も彼もが知識に貪欲だからである。
──そして時に、自分の身を守る為に。
波が高まり、陸に着いた。
魔力体から肉体に戻り、空中に放り出された。
思わずアルバートは掴めるものを探して手を伸ばす。
布のようなものに手がかかり、引くが──重力には勝てず地面に叩きつけられる。
「ぐはっ」
舌を噛みかけた。
「……アルバート、第三王子」
声の方に視線を向ける。
アルバートが引っ張ったのはどうやら……少女……のパンティだったらしく。
アオリ構図でその光景を眺める。
「なるほど。お前もなかなかの苦労人らしい。勇者の文献の〝彼女〟にそんなにも重みがあったとは……」
小さいがツイていた。
やはり魔法と言えどY染色体を持たないXXからXYを作ことは出来なかったらしい。
魔法にも限度があるという安堵とこの光景の気まずさに、アルバートはソレを凝視することしか出来なかった……。




