【Ⅱ】
イギリス式庭園を抜けるとレンガ造りの高い塔。
入り口には鬼種の国に生息する青龍の絵が彫刻された扉が設置されている。
この魔法学園の各寮に入る為には鍵は必要ではない。
その寮に合った属性の魔力を加えれば良い。
謎解きや合言葉があれば洒落ているんだが、とアルバートは残念がる。
扉を開くと塔の中はほとんど空洞で階段はなく、部屋の扉だけが確認出来る。
つまり魔法でどうにかしろという事だ。
風属性の魔力は飛行魔法を得意とする場合が高いからだろう。
苦手な生徒にも配慮されているようで入り口の横に箒が置かれている。
「魔法は使っていないとすぐに精度が落ちるからな。実に魔法学園らしい趣向だ」
前世の記憶を思い出して以降、出来るだけ魔法を使うのは控えたいアルバートだったが、これではそうはいかない。
「飛行魔法」
ため息交じりに宙に浮いた。
まったく身体の揺れはなく、二階の二十一号室へ向かう。
鍵までも魔力を流す仕組みになっている。
魔力量の少ない生徒には大変じゃないか、とも思ってしまうがあくまで貴族の魔法学園。
魔力量は比較的に高いのだろう。
そのままベッドに飛び込み、瞼を閉じると泥のように眠った。
瞼の疼きはないからレム睡眠ではなさそうだ。
──30分。
多分、そのくらいしか経っていない。
「うし、起きるか」
ショートスリーパーというより、魔法で睡眠の質を上げたらしい。
魔法書を読み漁る為に身につけた効率化。
「とりあえず、荷物の整理だな」
ベッド横に巨大な箱が三つ、アルバートが指を鳴らすと箱が開き、衣服はクローゼットへ教科書は机の上へ、まるで命を持っているかのように飛んでいく。
手紙が何通か、おそらく王族の兄たちや姉妹の激励、または釘差しの文だろう。
教科書に目を向ける。
基礎魔法学、禁忌呪い学、魔法動物学、魔法道具学。
それぞれの寮が争う魔法戦なる、疑似戦闘授業もあるとか。
「……魔法薬学の教科書がないな」
使用人たちが忘れてしまったのか、意図的に入れなかったのか。
魔法薬学は学園で教える必要がないとよく議題に上がる学問なのである。
そもそも魔法ショップに行けば簡単に回復薬を購入できるし、学園に通う余裕のある家は冒険者のような危険な状況には陥らないからだ。
「仕方ない。新しいのを貰いにいくか。移動教室で植物園だったな」
校舎から直線状に少し離れた植物園。
前世でも見たことがある植物や奇怪な魔法植物が植えられており、その真ん中に赤レンガの建物。
猫がいると思い近づいてみると植物の根っこだった。
「くはは、アイツには絶対見付けられないだろ」
「このまま教師やめてくれねぇかなぁ。魔力がほとんどない半妖精なんてカスだろ。天下のドラゴネス魔法学園の名が廃るっての」
「見た目は良いから路頭に迷ったらうちで雇って、面倒見てやろうか。もちろん夜の──ふわ!? 第三王子。来ていらしたんですね」
ゲス笑いを浮かべていた二人の生徒。
制服の色を見るに土龍寮だ。
随分な慌てようで頭を下げる。
「ここの教師に教科書を貰いに来ただけだ、悪いが道を開けてくれるか」
「は、はい。それはもちろん。おい、行くぞ」
「し、失礼します!!」
怖がられるような事をした覚えはなかったが、邪悪なモンスターにでも遭遇したかのような逃げっぷり。
何度か転びそうになっている。
赤レンガの建物の中へと入っていく。
中は昭和の日本の学校と言う感じで、床を踏むたびにきしむ。
教室には気の弱そうなエルフがひとり。
エルフは精霊の森に国を作り、魔力量が亜人種の中でも高く、不老であるから致命傷を受けない限り死ぬことはない。
肌の白さ、耳は長く、そして美男美女が多い。
このエルフも例に漏れず、整った容姿をしている。
髪は珍しい茶色だが。
「えー、ほんとにどこやっちゃったのかな。ここにもない」
「すまない、教科書をもらいたく、来たのだが」
「ん? うん、良いよ。無くしちゃったかな? ならボクと同じだ。ボクも朝から自分用の教科書を無くしちゃって。しかも、大切な手帳まで──ふぎゃっ」
なににつまづいたのか急に尻餅を着いた。
その音に驚いいたのか近くにあった魔法植物の木が枝を伸ばして、エルフに巻き付く。
衣服に潜り込み、スカートをたくし上げ、下着の中へと。
「はん!? ちょ、だめ……んにゃあ。そこは入れるところじゃ……あ」
縛り付けられ、悶える。
枝から粘着性の高そうな液が流れ、エルフの身体がべとべとになっていく。
「あたまふわふわしちゃう──────!!」
悶えるエルフに向かって巨大なチューリップのような花が白い液体を発射する。
おしとやかそうな可愛らしいエルフは跡形もなく、完全に堕ちた。
本当に一瞬の出来事で、冷静なアルバートですら言葉を失う。
俺はなにを見せられているんだ、と。
「〝捕縛魔法〟」
アルバートがそう唱えると魔法植物たちは動きを止めて、エルフを放した。
それをお姫様だっこでキャッチし、意識が飛んでいるから床に眠らせて上着をかけた。
「……確かに、教師にしては頼りないな」