【Ⅸ】
アルバートは深呼吸をする。
これは決してパンティの匂いを摂取する為ではない。
ミステリーは終わった。
下着泥棒の居場所も正体も突き止め、後は残すところ動機のみだが……どうせ下心に違いない。
根が弱そうなむっつりだ。
顔に「そういうことの興味津々です」と書いてあった。
つまりここから先は探偵の役目はない。
すぐさま犯人を依頼人であるリリーナに明け渡してしまおう。
正義感の強い少女だ。
この純白パンティ大量泥棒犯イワン・ツルネフを正しく罰してくれるはずである。
仮に婚約者である第二王子レオルドの耳に今回の件が耳に入ったら、馬の身体に繋いだ縄で王国中を引きずり回されるかもしれないが……。
探偵であるアルバートにとっては謎を解いた今になってはどうでもいい。
「道具作成──無限領域の収納箱」
パンティの海が一瞬にして消える。
それと同時に突如現れた衣装ケースが閉まる。
この小さな箱があの大量のパンティを飲み込んだのだろう。
収まっているのか、はたまた異次元に収納したのか、魔法というやつはやはり原理が分からない。
「ルパン! 逃げますよ」
「ききっ!」
走り出して部屋から出ていく犯人とそのペットであるワオキツネザルがその背中に飛び移る。
「逃げるってどこに行くつもりだ? 学園内から出られないぞ。観念して罪を償え」
「下着泥棒で捕まるくらいならもっと悪い事しまくってやりますよ!!」
「だめだアルバ。彼、自暴自棄になってるよ」
「もっと悪い事って例えば?」
アルバートの質問に戸惑うイワン。
しかし逃げる足は緩めない。
「……間違ったていで、女風呂に入浴とか」
この男、極めて真剣な眼差しでそんな答えを返した。
とことん呆れるアルバートとティファ。
どっちにしろ、変態として捕まるのは間違いない。
ただ「殺人」とかの犯罪行為を口にしなかっただけまだマシか。
「本当に呆れた。純白パンティを供物にしてなにかすごいものを召喚しようとしていたとかのオチがあれば少しは事件めいたものになったのに。これじゃただのおまぬけ事だ」
「第三王子! 言わせてもらうと僕だって信念があってこれを始めて──」
「わかったわかった。やりとげた事だけは認めるよ」
イワンは走るのを止めた。
──……というよりも廊下の先、目の前が塞がった。
巨大な黒いなにか。
光の反射が全くない黒いそれは〝猫〟の形をしていた。
「う、うわぁぁぁあああ!?」
恐怖の声が上がる。
「言っていなかったか? 俺にも学園登録したペットがいるんだ。そこの黒猫。名前はノラ。いつも学園内を散歩しているんだが、今回はタイミングが合ったな」
この猫はアルバートが魔法で作り上げたものではない。
突然と影の中からぬっと現われたことから魔力を有している動物なのだろう。
巨大な黒猫はイワンの頭をくわえる。
肩のワオキツネザルにも逃げられないように尻尾を巻き込んだ。
「こ、殺されるぅぅぅう!!」
「甘噛みだ。死ぬか馬鹿者」
イワンをアルバートの目の前まで連れて来て汚いものを出すみたく吐き出す。
そして巨大だった身体はみるみるうちに知人でいって猫の中でも小柄な大きさに変わる。
その姿を見て、ティファがぽんと手を叩いた。
「この子、基礎召喚魔法の授業にいたよね!」
「にゃぁ」
気付いてもらえたのが嬉しかったのかティファの胸に飛び込む。
ふらついたが見事にキャッチし、赤ちゃんを抱っこするような体制になった。
「お世話係を断ったらこいつが付いて来た。こんな見た目で一応俺の護衛だそうだ。まあ、古来より魔法使いの隣には黒猫がよく描かれるし、絵面的には悪くないんだが」
ティファに撫でられてごろごろと喉を鳴らしている黒猫ノラのほっぺをつつく。
不機嫌そうに「むぅ」という音が鳴った。
アルバートのノラの関係値は兄と思春期の妹といった具合である。
「……顔がベトベトに」
「それじゃあ聞かせてもらおうか。こんな大騒動を起こした原因のその信念という、動機をな」




