【幕間】
少年は貴族階級といえど、かなり低い身分だった。
だから、正直に言うと名門ドラゴネス魔法学園に入学することになって不安しかなかった。
他の生徒の方が明らかに身分は上だし、魔力量も腕っぷしにも自信はない。
しかもおどおどとした性格だからいじめられるに決まっている。
現に入学してからそれなりに日が経ったが友人ひとり作れないでいた。
それに加え、自分たちの学年にこの国の第三王子アルバート・メティシア・ドラゴネスが在籍する。
絶大な魔力量を誇り、魔法の知識も計り知れないのだという。
あまりの常識外れにドラゴネス王国と敵対していた国が彼の産声と同時に降伏した程だ。
そんな超常的存在が同級生になる、その意味がわかるだろうか。
少年の学園生活は始まる前に終わった。
元々恋愛事に望みなんてかけてはいなかったけど、貴族の家柄ならどこでも王族の関係性を持ちたいから女生徒は皆が第三王子狙い。
仮にも婚約者がいるが、そんなの知るかと色仕掛けをするかもしれない。
側室でも、愛人でも良いからと、とにかく王族の血をよこせと。
第三王子が入学する前日は胃がキリキリとした。
明日からこの学園はドロドロな愛憎劇のど真ん中になるのだと考えたら眠れなかった。
「おや、夜中に散歩とは」
その夜に天使様に出会った。
──というのはもちろん比喩表現で、土龍寮の制服を着たおそらく上級生。
月に照らされた白い髪が風に揺られて、とても美しかった。
彼女は広大な湖を眺めていた。
「こんばんは。貴女も眠れないんですか?」
「いやなに、ワシは随分と昔に眠るという行為を魔法で不要にした。たまに動かしてやらんと老体はすぐにガタがくるのでな」
少年は首をかしげる。
なにを言っているのだろう。
どう見たって彼女は若い、むしろ同級生よりも肌が綺麗である。
場合によっては学園に住み着いた幽霊かもしれないと思ったが、足はしっかりとあるし死因になるような傷もない。
「あまり近づかない方が良い。夜の湖は危険だ。出来る限り管理しているつもりじゃが、魔物も多く泳いでおるし、夜は水の精がいつも以上に機嫌が悪い」
少年は女性の隣に行きたかったが止められた。
確かに水中からこちらを睨みつけるような目が光っているようにも見えたような気がする。
「散歩が終わったらすぐ自室で眠るように。明日も授業があろう」
「……明日、第三王子が入学なさるじゃないですか。学園の空気感が変わるって考えたら、眠るのが怖くて」
「はは、君はあの方のことを化物とでも思っておるのかな。確かに今までの学園とは変わるだろうが彼だって君等と変わらんいち生徒じゃ。仲良くやって欲しい」
「……はあ」
女性の微笑みがあまりに美しいから、思わず頷いてしまった。
少年と第三王子が接点を持つなんて絶対にないと思うけど。
「その子は召喚獣かな」
少年の隣にいる小動物。
この学園は1匹だけならペットの連れ込みを許可されている。
だというのにその小動物を『召喚獣』と呼んだのは勘か、それとも魔力の流れが見えたのか。
「あ、はい。そうです」
「ほう。まだ基礎召喚魔法の授業も受けていないのによく勉強している」
友達がいなかったから召喚獣を友達として幼い頃から遊んでいた、なんて言えない。
「ありがとうございます。こいつ手先が器用で鍵のかかった宝箱を開けることも出来るんです」
「最近教室の戸締りがなっていないのは君が原因か。なるほど」
「い、いえ! ……なんのことだか」
思い当たるふしがありすぎて思わず召喚獣を背中の後ろに隠す。
女性には呆れた笑顔をされた。
それすらも美しい。
「まあ、あの方が入学してしまっては当分この姿で歩き回ることは難しくなるじゃろう。じゃから生徒と話せて良かった。例えそれが問題児であってもな」
「あはは……」
「おやすみ。君の学園生活が良きものであるように願っておる」
風が吹いた。
強くはないが、気が利く……いたずらっ子な風が。
スカートがめくれ、純白のパンティがあらわになる。
──少年はその夜の出来事を忘れることはないだろう。




