【Ⅰ】
「この学園に入学した生徒は最初に、寮の組み分けをします。通常は適正属性によって組み分けされるのですが、第三王子は全能なる魔法使い。自由にお決めください。火属性の寮【火龍】。水属性の寮【水龍】。風属性の寮【風龍】。土属性の寮【土龍】」
驚いた。
アルバートは婚約者がここまで口が回る人物とは知らなかった。
しかし今の長文でまったく表情筋は動いていないのだが。
寮の呼び名を説明してくれたが、アルバートにも少しくらいの知識はあった。
それぞれの象徴色があって、制服のデザインも寮によって少しだけ異なる。
ベルカーラのローブやリボン、スカートの色は赤、そもそも彼女が火属性の魔力を持っている戦士だと知っていた。
選べると言われても、属性で分かれているだけじゃ決めかねる。
「寮ごとの特徴とかは?」
「血液型のように根拠のない物なんですが、火属性の生徒は情熱的でリーダーシップに長けている者が多いような気がします。水属性は悪魔をシンボルにしているせいか疑い深く計算高い物が多い印象でしょうか。風属性は好奇心旺盛で知識欲に貪欲な者が多く、土属性は多才……ただ貴族嗜好が強いです」
情熱的……?
公爵家って代々火属性だった気がするが、ベルカーラの家族は皆無表情でなにを考えているのか分からないところがある。
「生徒の性格で来たか……もっとこう、寮の立地的な」
「なるほど。でしたら火と土は校舎裏、水は地下、風は少し離れた塔ですね」
「ほう。……しょうもない質問だが、組み分け帽子的なイベントとかはないのか? もしあるようなら体験してみたいんだが」
「帽子……? いえ、そんなのは聞いたことはありません。決めるのが難しいようであれば、四択のうち最適解を出せる魔法道具を備品室から借りてきますが」
あるのかよ。
「いや、良い。風龍寮にする」
「そう、ですか」
ベルカーラはなにか言いたげな表情を見せる。
自分のリボンを見て、少ししょぼんとしているような気がした。
校舎内を案内してもらい、職員室にて学園の地図と風龍寮の制服を貰った。
緑色のローブとネクタイ、ズボン。
「お似合いです」
「お世辞はいい。城の中じゃないんだ、ベルカーラの方がひとつ学年が上じゃないか。それに婚約者だからって俺にばかり構わなくても良いんだぞ。友人との関係もあるだろう」
「いえ、そうはいきません」
相変わらず堅物である。
しかも相変わらずの無表情でほとんど感情が読み取れない。
探偵の時の記憶を思い出したからか他の生徒・教師の感情は微表情で察することが出来るのだけど……。
魔法で心を読み事は出来るが、相手にも悟られてしまうため関係は絶望的に悪くなるのは間違いないだろう。
「とりあえず、俺は寮に向かう。授業に参加するのは明日からだったな」
ベルカーラにもう案内は十分だと手を振る。
しかし背後にぴったりとくっついてくる。
「もう大丈夫だ。学園の地図はさっきもらった。ひとりで行けるからベルカーラは授業に行ってくれ」
「いえ、寮まで送ります」
「はあ、従者ではなく婚約者だろう。金魚の糞みたく侍らせるつもりはない。頼むから俺に縛られず学園生活を謳歌してくれ」
「縛られてなど……」
困らせてしまっただろうか。
珍しくなにを言っていいのか分からないのかそわそわとしだした。
ベルカーラは公爵家から俺の面倒を見ろと言われているのだろう、あまり距離を置くのも可哀想だ。
「学園のなかでは婚約者や従者のような関係ではなく、友人として接しよう。だが今日は馬車に長時間揺られて疲れてしまった。ひとりになって落ち着きたいんだ。軽く景色を眺めてから、寮の部屋で眠る」
「……わかりました。そうおっしゃるなら」
折れてくれた。
令嬢らしい綺麗なお辞儀を見せて背中を向けた。
しかし、なにか思い出したかのように振り返る。
「本当に、この日を心待ちにしていました。第三王子の学園生活が充実したものでありますように」
満面の、一瞬天使の微笑みかと錯覚してしまいそうな表情を向けられた。
アルバートの思考が停止する。
あの無表情でなにを考えているかわからない婚約者がこんな笑顔が作れたなんて知らなかったのだ
「ありがとう。……だが、『第三王子』と呼ぶのはやめてくれ。アルバート、または〝アルバ〟と。友人は皆そう呼ぶ」
実のところ、アルバ呼びをしてくれる人物は未だ現れていない。
ベルカーラはこくりと頷き。
「アルバート様」
「敬称も不要だ」
「そればかりは……アルバート」
不服そうな表情を向けると、仕方なく呼んでくれた。
随分と言いにくそうにしていたがアルバートは満足そうに頷く。
「では」
ベルカーラはさっさと背中を向けて走り出す。
令嬢のお手本のような彼女にしては珍しく全速力で。
彼女が耳まで真っ赤にしていたことをアルバートは気付かない。