【Ⅹ】
ベルカーラの接近武器の戦闘センスは王国一と言っていいだろう。
しかし相手するのはいつも人間種で魔人との戦闘は初めてである。
ましてやアルバートの魔力を吸った淫魔ミィ、立ちすくむ程の威圧感を放っている。
もはや魔王戦と言っても過言ではないのではなかろうか。
しかも喋る悪魔召喚書、ミシャンドラも魔力を共有しており、攻撃魔法は止まる事がない。
「卑怯とかいうのはなしだぜ。友情ってのは共有するものだ。魔力も敵もシェアするのが王道さ」
「やはり問題はその本のようですね」
「問題なんて誰しも抱えてるものだろ? 俺だけが悪いわけじゃない。心的外傷を負わされました、慰謝料を請求します」
「口がよく回る。……ですが、いい加減、飽き飽きですので燃えてください」
睨みつける。
「怖ぁ。それでよくメインヒロインを──ああ、違ったか。メインヒロインはどちらかと言うと劣等個体のエルフ娘だったな。あの子元気? てか考えてみたら婚約者って負けヒロインぽいよな。幼馴染ジャンルか途中で退場しちゃう系だぜ」
ベルカーラは土を蹴り、風のような速さで突進する。
そしてロングソードをミシャンドラに、──……届かない。
ミィが人差し指と親指、たった二本の指でベルカーラの渾身の力を込めた斬撃を止めてしまった。
魔力で作ったロングソードの色が徐々に黒色が侵食していく。
ベルカーラは武器を捨て、後方に飛ぶ。
ロングソードも魔力に変換され、吸い取られてしまった。
相手にならない。
絶対的魔力量の違い。
手数の違い。
「アルバート! 見ていないで加勢してください」
「おっと、バレていたか」
ベルカーラは後方で戦闘を観戦しているアルバートに視線を向ける。
優雅に椅子に座って、紅茶とクッキーまで嗜んでいる。
「悪いが俺が近づくとまた魔力を吸われかねん」
「私以外のおっぱい見て欲情すると?」
「そういうことだ」
淫魔は自分に欲情した異性の魔力・精力を死ぬまで吸い取る種族。
現在のミィはまさに淫魔そのものだった。
豊満な胸、細いくびれ、きゅっとしまった尻、長い美脚。
健康的で、触れれば弾力がありそう。
しかし絶大な魔力を有している最強の魔法使いであるなら無効化も可能ではなかろうか。
そもそも婚約者の前で他の女に発情するとはいただけない。
しかも馬鹿正直に『えっちな女の子とは戦えません』とのたまってきやがるのだ。
ベルカーラは自分とミィの胸を交互に見る。
これは遠近法なのだ、と普段の彼女ならありえない結論に至る。
「私も負けてはいません」
「確かに手に納まるちょうどいい大きさだが、あれを見ろ。両手でも零れるぞ」
「魔力吸われると人ってバカになるんだっけ?」
「それはないと思う」
「ええ、確かに大きいです。ふたりがかりでも零れるでしょう。ですがそれがなんですか。文字通り、あのおっぱいはアルバートの手に余ります。貴方はもっと手に納まるおっぱいを大事にするべきなのです」
「あのご令嬢おっぱいいっぱい連呼してるけど大丈夫? 婚約者が他の女に目が行ってるから脳破壊起きてるぜ」
今にも敵をそっちのけでアルバートに突進していきそうなベルカーラ。
しかし当の本人は余裕がある微笑みをしている。
「しかし俺はどちらかと言えば足フェチだ。美脚度で言えばお前の方が勝っている」
「わかりました」
「全然わからないッ! なに和解したムード出してんだよ。世界を賭けた戦いをしてるんだぜ。もっと切羽詰まってよ」
基本ふざけた事を言って相手を挑発するのはミシャンドラのほうだ。
なぜだかツッコミ役に回されている。
アルバートは紅茶を飲み切ると立ち上がり、ベルカーラの方に手を向ける。
「美脚の勇者が魔王を倒すべく、奮闘している。ならば探偵のプライドは一時置き、魔法使いとして道を示すのが役目だろうさ。〝誰にも傷付けられない防具を君に〟」
ベルカーラの身体を赤色の装備が覆う。
「硬い。なのに軽いですね」
「〝悪を燃やす慈悲の炎剣〟」
ベルカーラの足元に炎が上がり、中から赤い刀身をしたロングソードが現れた。
これはアルバートの残り魔力を出し切って作った武器であり、出来はそれこそ聖剣の域を超える。
振れば空気が燃え、刀身に触れれば骨まで灰にする。
──この世界で最も火力のある武器が生まれてしまった。
「打倒おっぱい魔王、揺らすのもそこまでです」
「その呼び名、イヤ」




