【Ⅷ】
公爵令嬢ベルカーラは風龍寮の前で固まっていた。
今日は婚約者である第三王子アルバートがこの魔法学園に入学してから初めての休日である。
そのため、他生徒がよくしている『でぇと』なるものにアルバートを誘いたいのだがどうにも身体が動かない。
毎度と同じように断られるかもしれない。
──しかし最近の彼を思えば、少しだけなら期待しても良いのかもしれない。
魔法の事ばかり考えていた前とは違ってなんでも興味深く観察する今の彼なら、あるいは。
「で、悪魔族だ!!」
ひとりの生徒が大声を上げると、連鎖するように悲鳴が上がる。
大勢が必死に逃げていくから地鳴りのような音がする。
ベルカーラの背後に二足歩行をした豹のモンスター。
瞳は炎。
足元の草花が黒焦げになっていく。
思わずベルカーラは「はあ」と深いため息をついてしまう。
「なんでいつも邪魔者ばかり……。あと少しで決心がついたんですよ。貴方が現れなければ、私は踏み出してこの寮の門を叩いてはずです」
「……グルルルルッ」
見た目通り獣なのか言葉は通じていない。
ベルカーラは思考する。
このモンスターはどこから入って来たのだろう。
学園長マーレェンの領域魔法で許可のない者は学園内には入ることは絶対に出来ない。
つまり元々この学園内にいたモンスターという事になる。
確かに林・湖・火山エリアにモンスターは生息している。
ただし強さは見習い魔法使いひとりで倒せる程度の者たち。
こんな手練れの剣士200人でも倒せない脅威レベルSSランク級のモンスターはいなかったはずである。
「専用武器作成。──火属性強化。──火属性耐性強化。──速度強化。──防御強化。──魔法防御強化」
ロングソードを構え、全力で地面を踏み込む。
目にも留まらない速度で走り出し、斬りかかる為に跳ね上がる。
(──まずいッ)
空中で目が合った。
モンスターの瞳の炎には魔法文字のようなものが揺らめいていた。
反射的にロングソードで身体を隠す。
爆炎のような衝撃。
魔法詠唱が必要なほど強力な魔法だ。
同じ火属性だったことから致命傷にはならず、地面を転がるだけでこらえた。
「見られたら魔法を食らってしまいますか。……なら目にも留まらない速さで攻撃すれば良いだけです。──強化魔法速度強化全振り」
ベルカーラは公爵家のご令嬢ではあるが、かなりの脳筋だった。
走り出しモンスターの股下でスライド、後ろに回り込んでアキレス腱を斬りこむ。
体勢が崩れそうになるが切れた部位から炎が燃え、次の瞬間には完治。
睨まれた為、避ける。
後方の木々が燃えだす。
同じ属性のせいでお互いに致命傷を与えられない。
しかも学園の被害を最小限に抑えたいベルカーラの戦略の幅は縮まるばかり。
「アルバート」
助けを求めるように囁く。
それが届いたのか、アルバートの魔力を感じた。
「……ん?」
知らない女性と抱き合っている。
布地が少なくいかがわしい衣装の女性と。
話を聞こうと近づいたら彼女は淫魔でいままでベルカーラと戦っていたモンスターは彼女が召喚した悪魔だそうだ。
抱き合っていたことについての説明がない。
しかし事が事なのでお互いに相手をトレードする。
「私は公爵家ベルカーラ・ウエストリンド。第三王子つまりはアルバート・メティシア・ドラゴネスの婚約者をやらせていただいてます。お手柔らかに」
「うん。ミーはフレネラーペ・ミィ。よろ」
「親友、こいつぁ牽制ってやつだぜ。メインヒロインアピールだ。素直に自己紹介する必要は、……だから握手求めても手袋を顔に投げられるだけ──するんかい!」
ミィが差し出した手を両手で握るベルカーラ。
「礼儀には礼儀を」
「良い人。戦う理由がない」
「私にはあるので。貴女の中をアルバートの魔力が満たしている。それだけで、……ええ。理由はあります」
「嫉妬してるって言っても良いんだぜ、公爵令嬢」
空中に浮いている古書。
見るからに悪魔召喚書の類、この本を燃やせばあの悪魔も消えるのだろうか。
「……言っておくが、オレを燃やしても事件解決にはならないからな。ただのおしゃべりキャラ、説明役、コミックリリーフ。魔法少女の隣のマスコット的な──あぶなっ!?」
「問答無用」




