【Ⅳ】
図書館とは、どうしてこんなにも心が高鳴るのだろうか。
知らなかった物を知れる興奮。
そもそもアルバートは本の独特なにおいが好きだった。
前世ではそれを嗜みながらスコッチをよく飲んでいた程である。
現世はまだ未成年であるから出来ないが。
「歴史書、魔法書、しかも禁書まで。ガサ入れされたらこの空間ごと消されてしまうな。その前に読み終えてしまおうか。すまない、ミィも適当に回ってきてくれ」
「いいよ。隣にいる」
「そうか」
アルバートは本棚から5冊ほど見繕い、魔法で浮かせる。
時間がもったいないと言わんばかりに同時に読む。
古代の魔法から戦争戦略まで。
もっとも興味深い本がこの異世界の成り立ちが書かれた物。
信憑性の低い再構築理論。
同じような人物、出来事があった世界。
そこに膨大な魔力を持つ1匹の龍がいた。
無欲で魔法を使うのを嫌ったそうだ。
しかし人間の帝国は世界の脅威であると判断し倒そうと決意する。
言わずもがな龍に勝てるような存在はその世界で誰一人いなかった。
だから創ったのだ、まったく同じ存在を。
もっと凶暴に、もっと欲深に。
2匹の龍が戦う。
地は揺れ、海や空は荒れ、次元が歪んだ。
このままでは世界が終わってしまうと嘆いた乙女は自分を生贄にすることで戦いを止めようとした。
2匹の龍は彼女の死を悲しみ、戦いは無意味だと悟る。
そして分かり合った龍はお互いの魔力を融合させ、2匹から1匹へ。
その絶大な魔力に不可能はなかった、まさに神の領域。
ただ世界は手に負えない程に傷だらけだった。
だから創り直そうと決めたのだ。
これがこの異世界の起源だと──。
「女神冒涜の異端書だな。そもそもこんな話、聞いたこともない。龍が象徴のこの王国のイメージ戦略とかじゃないのか。……ん?」
魔法で浮かしていた本が地面に落ちる。
魔力の使い過ぎ……いや、アルバートに魔力切れはない。
なら一気に数千冊読んだ疲れが急に来たか。
とりあえずアルバートは落ちた本を手で拾い、本棚に戻した。
「待たせたな、ミィ。そろそろ探索を」
「うん。もう良いと思う」
振り向くと、一瞬だけ時が止まった感覚。
共にこの隠し部屋である図書館に訪れた風龍寮同級生フレネラーペ・ミィ。
……のはずである。
スレンダーだが胸は大きく背も高い、髪の色は緑でショートボブ、とろんとした瞳、柔らかそうな唇をした女生徒。
先ほどとは全くの別人だが、「まあ、そんなこともあるか」と自分を納得させてしまう。
普段のアルバートならありえないが、頭がぽーとして推理どころではない。
ましてやいかがわしい想像が頭を侵食しているくらいだ。
はっきり言ってアルバートはそういう方面には疎い。
ないわけではないが、美しい婚約者にも劣情を抱いたことはなかった。
「行こ」
「あ、ああ。行こう」
ミィの細い指がアルバートの腕を引く。
匂い、フェロモン、服を抑えお腹を見られるのを嫌がっていた。
「なるほど。淫魔か、お前」
「そんな卑しい種族、一緒にしないで」
淫魔。
催淫魔法を得意とする種族で相手の精気と魔力を奪うことが出来る。
同種との子作りを嫌い、亜人種の寝込みを襲う。
ただし子育てはせず、民家の前に捨てていく。
それを『コウノトリが子供を運んできた』と呼ぶ者もいる。
淫魔と亜人種の子供の見た目は片親の亜人種とほとんど変わらないが、お腹に〝淫紋〟と呼ばれる痣が見られる。
「運よく貴族の家に拾われたか。さてはこの図書館に入ったことがあるな。淫魔なら他人の魔力を自分の物として使える。光属性は珍しいがひとり在籍していた」
「よくしゃべる。催淫されてるのに」
「はっ。情けなくて泣きそうだ。それにしても随分と魔力容量が大きいんだな、こんなになるまで吸い上げるなんて」
「いっぱい出たね」
「語弊が生まれる言い方をするな。で、目的はなんだ? 俺の魔力を吸い上げて何をしようとしている」
「お友達がアルを呼んできてって」
「……友達?」
「うん。悪魔ミシャンドラ」
それは悪魔の書物を読み漁ったアルバートにも聞き覚えのない名前だった。




