【プロローグ(偽)】
「第三王子アルバート、遂にお前もドラゴネス魔法学園に入学する歳になったな。14から17、3年間の学園生活を送ってもらう。友を見付けるのも良し、学業にのめりこむのも良し、王族ではない生き方を学ぶのだ」
夢物語に出てくるような城の中、王座にはまさにトランプのKのような見た目をした男。
隣には同じく見るからにQな女性……がふたり、両脇に。
そしてその後ろには王子・王女。
全員の視線の先には、こちらも魔法使いのローブを着たまさに魔法使いな少年。
この世界では彼等の事を魔法使いと呼んだ。
「父上、やはりやめたほうがいい。アルバートは人を模した、ただの魔力の集合体だと僕は思っている。そんなものに青春などは不要だ。城に籠らせて新しい魔法の研究をさせていた方が王国の為ではないだろうか」
眼鏡をくいっと。
「おいおい、弟。確かに弟は感情が少し薄い。多分それは魔法なんてものをずっと研究しているせいで寝不足になっているからだ。よく寝れば、あのよどんだ目にも輝きが戻る。そして友情や愛情を求める可愛い弟が産声を上げるのさ」
筋肉が笑う。
「兄貴が笑ったところ見たことがないけど」
ツインテールをなびかせて。
「…………」
興味なさげに。
「これこれ、子供たち。アルバートを城に留めたいのは分かるが主張が強いぞ。それに王の間では私は国王だ。自由に発言するでない」
「失礼しました。国王」
呆れたように、または微笑ましいように国王は微笑む。
皆、実力のある後継者候補。
この場の誰もが次期国王になる可能性がある。
それゆえに権力争いが起きそうで恐ろしいが、今のところは家族内の小言で収まっている。
しかし、ひとりだけ違った。
空虚な瞳で国王を覗く。
まるで心が。
全てが見えているような。
「国王、失礼ながら。俺がドラゴネス魔法学園に行く理由が分からない。価値がない」
「……確かにお前は魔法使いの頂点に君臨しているだろう。それは間違いない。しかしまだ子供、自分の使っている魔法に対して知らない事もあるはずだ。意味のないことなどなにもないのだよ」
「それは嘘だ。世界の全てに意味などない。いずれ老いて、死ぬ。生きることに意味はなく、この議論にも意味はない。もし俺よりも魔法の知識がある人物がいるのならそいつの思考を覗けばいい」
「……やはりまともな人間の言葉ではない」
後ろのひとりの王子、眼鏡をかけている者が呟く。
嫌味ではなく、ただ事実を述べた。
「それはその者の努力を奪うことにならないか? 学ぶというものは自分だけでは得られない答えを他者と共有することにあると思うのだ」
「だから不要だと言っている。やろうと思えば全てを知り得る俺にとってはそれは無駄な過程だ。方式などどうでもいい、明確な答えだけを知っていれば良い」
ああ、この魔法使いには人並みの感情はないのだ。
ただ魔法書を読みふける魔力の集合体が彼である。
「弟よ。難しい話はいい。学園にはベルカーラ公爵令嬢がいる。久しく会っていないよういないようだから顔を忘れてしまったかもしれないが弟の婚約者だ。良いから学園に行け。他は知らんが愛には意味がある! ベルカーラ公爵令嬢を入学の理由にしろ!!」
「なんかやらしぃ」
暑苦しく熱弁する兄王子に対して、妹王女は冷ややかな視線を向ける。
しかし魔法使いはなんのことやら。
「ベルカーラ・ウエストリンド。あれはただ候補の中にマシな魔力の色をしていたから選んだだけだ。いずれ婚約も破棄する。だから動機には成り得ない」
王の間がしんっと静まり返った。
遠くに控える騎士のまばたきの音さえも聞こえてくるほどに。
そして「ないわー……」なんて心の声がハモッた。
「良いから入学しなさい。これは王命だ。欲を言えば、人間の心と言うのを学んでこい」
「王命ならば仕方ない」
魔法使いはすんなりと頭を下げた。
それが逆に機械的で寒気を覚える。
魔法使いの名前はアルバート・メティシア・ドラゴネス。
王国第三王子。
膨大な魔力量を誇り、世界から『最強の魔法使い』と称号を貰った。
「……実にこの世界は退屈だ」
魔法以外にはなんの興味を持たない、無感情な少年。
──これまでの彼は、そんな人物だった。