【Ⅻ】
──保健室。
日も落ちかけて辺りは少しずつ暗くなっていく。
その光景を窓を開けて眺めるマリアンヌ。
「今度は自分から飛び降りるか。だがここ1階だ。怪我をするには低すぎる」
「こんにちは。第三王子。……いったい何を言っているのですか?」
突然と扉を開けて現れたアルバートに驚く素振りも見せず微笑んだ。
それからベッドの方へと戻り腰掛ける。
「仮説でしかないんだが、事件の大まかな流れが分かったものでな。被害者であるマリアンヌ嬢にいち早く伝えようと思ったまでだ」
「それは話したじゃないですか、屋上でベルカーラ様に罵倒され突き落とされた。それだけのことです」
「あのベルカーラは偽物だ」
「なにを根拠に」
「ピグマリオンという魔法植物がある。それは石像に命を与えることが出来るんだ。マリアンヌ嬢を突き落としたのはベルカーラそっくりに造られた石像だったんだ」
アルバートは相手の動きを確認する。
呼吸は整えられ、視線が動く、身体の一部を隠す、どれも嘘を付くサインだ。
マリアンヌはかなり素直な性格のようでその全てがあからさまに現れる。
「……婚約者を守りたいだけの嘘では?」
「証拠はちゃんとある。屋上にあった石の山を修復したら見事なベルカーラ像になった。そしてその石像には液体が付着しており、専門知識のある教師に聞いたところピグマリオンの蜜だと判明した。偽ベルカーラの正体は石塊人形だ」
「もしそうだとして、誰がそんな手の込んだことをしたんですか。わざわざ石像を作って、私を襲わせた理由は。あまりに非効率だとは思いませんか?」
「俺もそう思う。だが他の用途で使われるはずだったと考えれば納得できる」
「他の用途?」
「恋人にするため、とかな。自分では手の届かない高嶺の花に愛されようとした。それが偽物だったとしても」
マリアンヌは瞳を大きく開く。
鼓動がこちらまで聞こえてくるようなほど跳ね上がった気がした。
「全部、仮説なんですよね?」
「ああ、妄想の域だ。とある人物、例えば農民の娘から貴族の養子になった奇跡の主人公が美しき公爵令嬢に恋をした。しかし彼女には婚約者が。しかもその国の第三王子だった。恋敵が気になった主人公は周りに情報を聞こうとするが、それが裏目に出て公爵令嬢と対立するような関係性になってしまう。余計に近づくことが難しくなる。だから偽物でも良いから愛してもらおうとした」
「──違いますっ!!」
「俺が突き落としたのは本当にベルカーラだったかと聞いた時、マリアンヌ嬢は『〝あれ〟は間違いなくベルカーラ様でした』とはっきりと言ったんだ。公爵令嬢を『あれ』と表現するのは礼儀を知らない愚者か、突き落とした相手が生き物じゃないと知っていたからじゃないのか」
つい最近まで農民の娘だったマリアンヌなら前者もありえるが、動揺を見るに的外れな推理でも無さそうだ。
そして胸元の糸のほつれ、右手の擦り傷、これらは石像のパーツを屋上に運んだ際に出来た物だと思われる。
「石塊人形が動けるのは自分を愛してくれる者がいる限り。しかし自分勝手でわがままな性格だから長続きすることはないそうだ。自壊れたのは落下中だろう。堕ちながらマリアンヌ嬢は偽ベルカーラへの愛を失った。偽物はどうあがいても偽物だと認識したから」
マリアンヌからの返答はない。
ただ虚ろに床を見るばかり。
「しかし疑問が残る。その後の動きだ。偽物への愛を失ったのは分かるが、ベルカーラを突き落とした犯人にしようとしたのは何故だ?」
「……初めて、目が合ったんです」
「ん?」
「第三王子の傍にいた時、初めて私を見てくださった。友愛や親愛ではなく、怒りの視線ではありましたけど。確かに目が合った。そこには繋がりがあった。だから憎まれても良いから、もっと繋がりたいと思ったんです」
アルバートにはその言葉の理解は出来ない。
憎まれても良いからなんて、とても卑屈だ。
そもそもあのベルカーラなら恋人にはなれずとも綺麗な関係を持てたはずではないだろうか。
……その機会を周りが奪ったのかもしれない。
「でも第三王子に全部バレてしまったので、罪を認めます。ベルカーラ様と第三王子には大変ご迷惑をおかけしました」
深く頭を下げるマリアンヌ。
「自作自演。という事件の幕引き。拍子抜けも良い所だな。……最後に聞くが、単独犯か?」
「──────……」
マリアンヌは何度か口を開こうとしたがこくりと小さく頷くだけだった。
まるで口に糸でも縫われたような、不自然さ。
こうして公爵令嬢ベルカーラが疑われた殺人未遂事件は幕を閉じたのであった。
──というわけにはいかないそうで、不完全燃焼のまま終われないのは探偵の性なのだろう。
犯人:マリアンヌ・ヒロウィン。
動機:ベルカーラに見て欲しかった。
処分:王族の婚約者および公爵家の名誉を陥れようとしたことによりドラゴネス魔法学園退学、牢獄塔禁錮3年。──のところベルカーラ公爵令嬢の口利きにより学園在籍のまま男爵家にて3カ月の謹慎。




