【Ⅷ】
『〝操作魔法〟というものがあるのーネ。これは土塊人形や魅了魔法に属する操作とは少し意味合いが変わる。表現するのであれば憑依に近いかもしれない。だから魔法の対象〝分身〟は魔力属性が同じ者や自身をモデルにした人造生命に限定されるのーネ。古代より魔法使いたちにより愛用されており、本体が地下工房で魔法の深淵を追い求めながら分身によって日常生活をこなす。極めて効率的で悪用されやすい魔法と言うべきなのーネ』
基礎魔法学の授業。
アルバートは学園長であり勇者と共に魔王を討伐した魔法使いであるマーレェンがこの科目を教えていると思っていたようだが違った。
教師は金髪おかっぱでピエロのような見た目をした人物。
全身黄色のコーディネートをしており土龍寮の寮監。
『といっても操作魔法はこの学園では教えていない。対操作魔法は上級生になった時。……いやはや、それにしてもここまで高度なものは見たことがないのーネ。魔力の集合体で作り上げた分身。魔力の揺らめき、実に美しいのーネ』
「そう褒めるな」
『しかし第三王子、次回からは本体で授業に出席いただけると大変嬉しいのーネ!』
「ああ、善処する」
授業終了のチャイムが鳴った。
それと同時に分身との繋がりを断ち、操作魔法を解く。
アルバートが現在いるのは授業が行われていた教室ではない。
保健室。
怪我はなかったものの精神的なダメージが大きかったのかマリアンヌは昨日から保健室で横になっている。
「さて、マリアンヌ嬢。意見を聞かせてもらっても良いだろうか?」
「授業にはちゃんと出た方が良いと思います」
「違う、そこじゃない。昨日の突き落とし殺人未遂の件だ」
「……第三王子も見てたんですよね?」
「目撃したさ。マリアンヌ嬢がベルカーラに怒鳴られながら屋上の端まで追い詰められた末に突き落とされた瞬間を、確かにこの目で」
「だったら私に聞くまでもないじゃないですか。それで間違いはないです」
「ベルカーラはどんな風な罵声を浴びせたんだ?」
「『調子に乗ってる』とか『身分が低い者がこの学園にいて良いはずがない』とか。他にも口に出せないようなことを言われました」
マリアンヌは自分の身体を両手で抱き震え出す。
小柄だが、大層立派な胸が押し上げられてさらに強調される。
アルバートは目線を外すか悩んだが、逆に下心があるように思われそうだから凝視することに決めた。
「そのベルカーラは本当にベルカーラだったか?」
「……え? それはどういう」
なんとも馬鹿らしい事を聞いているとアルバートでも思うが、魔法が存在する世界ではどんなことでも起こり得る。
アルバートはマリアンヌの疑問には答えない。
誘導尋問になってしまうから。
「身分が高すぎるので交流を持っていたわけではありませんが、あれは間違いなくベルカーラ様でした」
呼吸は整えられ、視線が動く、右手を背中の後ろに移した。
なるほど、言い切るか。
「よく分かった。休んでいるところ悪かったな」
「いえ、いつでも来てください。……その、ひとりは心細いので」
さっきまで横になっていたからか服がはだけていて絶妙に色っぽい。
首筋、胸の谷間、綺麗な脚、健全な男児ならば『も、もう少しだけ話していこうかなぁ』なんて鼻の下を長くする場面かもしれない。
ただしアルバートはその言葉に小さく微笑んで返す。
それから保健室を出て裏庭に。
「次は方法と動機だ。正直、前者は妄想劇にしかならないだろうけど。……まったくもって探偵殺しの世界だな、ここは」
魔法が介入しているという前提の事件。
これは決して探偵ミステリーと呼べる代物ではないのだろう。
禁忌を全て破ってしまうのだから。
1.異世界ファンタジーでミステリするべからず。である。
しかして、形は大事だ。
魔法や呪いと同じように〝重要要素〟〝役割〟によって力を持つことだってある。
いつかそれらしいものになることもあるかもしれない。
謎は用意された。
ならば次はなんだ、鹿撃ち帽か木製パイプか、はたまた年齢を変える薬品か。
「まずは相棒。──それも医学的な職業だとありがたい。あー、そういえば」
都合の良いのがひとりいた。