【幕間】
メイドはベルカーラ公爵令嬢の専属としてドラゴネス魔法学園に同行した。
身の周りの面倒を全て見る為に、またはベルカーラが危険にさらされた時に代わりに犠牲になる為に。
しかしまばたきひとつで脱走不可能と言われている監獄塔の最上階に転移魔法させられるなんて考えもしていなかった。
と言っても監獄にしては内装は綺麗だ。
ベッドは上等な物だし、明るい色合いの壁紙が貼られている。
灯りだって蝋燭などの薄暗い物ではなくシャンデリア。
換気が出来る窓まで付いていた。
「お嬢様、これは一体どういう状況っすか? 状況説明を求めるっす」
「私にも不明点が多いのです。今はアルバートに言われた通りにここでゆっくりさせてもらいましょう。幸いなことに紅茶セットまであるじゃありませんか。いただきましょう」
「淹れるっすよ。お嬢様は座っておいてください。なんでこう、うちの主人はなんでも自分でやろうとするんすか。公爵様に怒られるのはこのネネルカなんすからね。気を遣って欲しいんすけど」
「では、お言葉に甘えて」
メイドはベルカーラをベッドの上に座らせる。
それだけで絵になるというか、線は細く綺麗な赤い長髪、気品のある美しさ。
まさに完璧なご令嬢。
「それで、第三王子とはどうだったんすか」
気を遣うように主人に視線を送る。
第三王子はその【全能なる魔法使い】という称号通りまさしく職業:魔法使いの体現者のような男だった。
城まで会いに行ったベルカーラを魔法の研究で忙しいからと追い出したことがある。
話をしていても自分の婚約者に興味を持たない。
ベルカーラは次第に自信を失って不愛想な相槌しかうてないようになっていった。
婚約解消も時間の問題だろう。
他の令嬢に熱を上げているというわけではなくて、それこそ『魔法が恋人』とか言い出しそうだ。
「お嬢様?」
いつも第三王子に会いに行った日は決まって寂しそうな顔をしていた。
そんな彼女が微笑んでいる。
作り笑いとかではなくて、楽しい事でも思い出しているかのような。
「学園という舞台のおかげでしょうか。城の彼とはなにかが違うんです」
「どんなところが?」
「言葉が柔らかいといいますか。……ちゃんと見てくれるのです。私が言葉を発しながらどんな手振りや視線の動きをしているのか、感情を読み取ろうとしているといった感じで。すこし恥ずかしいのですが、それがとても心地よかった。以前のアルバートは私を見ているようで、その先のなにもない空間を見ていた」
以前の彼とは違う。
そんな馬鹿な、あの第三王子が。
城の地下の工房で引きこもっていたあの魔法使いが。
想像できな過ぎて紅茶を淹れている手が震えて熱湯をこぼしそうになった。
「貴女の名前もしっかり呼んでいましたよ、ネネルカ」
「いやいや、ないない。王族が公爵家とはいえ、ただの使用人の名前を憶えるなんてありえないっすよ。しかもあの第三王子っすよ」
メイドのイメージ像の第三王子は自分に用があったら『おい』か『メイド』と呼び止めるのではないだろうか。
しかしベルカーラの楽しそうな顔を見るに、事実なんだろうと思う。
きっと第三王子は変な物でも拾って食べてしまったんだ。
この紅茶にも変な物でも入っていたらどうしよう。
匂いを嗅ぎ、毒見もかねて喉に通す。
上等も上等。
こんな美味しい紅茶、公爵家の厨房にも用意されていない。
……さては、ここは第三王子の隠れ家だな。
「それでですね」
のろけ話も長くなりそうだ。
メイドはベルカーラの分ともうひとつ自分用に紅茶を淹れて、主人の隣に腰掛ける。
普通のメイドならば「距離感が近すぎる。使用人らしくしろ」と怒られるところだが、ベルカーラ自身が「使用人ではなく、友人として。私が間違った時に叱って欲しいのです」と言われている。
「恋バナって苦手なんすよねー」
「こ、これはそういうのではありません。近況報告です。貴女がお父様に送る文の情報提供をと」
「嫌っすよ! こんなのろけ話を公爵様に伝えるなんて」
「ところで、なんでこんな監獄塔に送られたんすか?」
「私に光属性の生徒を殺害しようとした容疑がかけられているそうなのです」
「──公爵家没落の危機じゃないっすか! 間違いなく、手紙に書く内容そっちっすわ!!」




