【Ⅶ】
校舎一階、職員室横の学園長室。
といっても前世のそれではなくて、魔法使いが知識を高めるための工房に近い。
ホルマリン漬けにされている魔法生物の一部であったり、本来禁書指定とされている魔法書などが飾られている。
アルバートと向かい合うようにソファーに座っている学園長であるマーレェン。
その後ろに従者のようにこちらを睨みつけている魔法薬学補佐役教員ムラサメ。
「呼び立ててすまない。アルバート第三王子。いや、しかし君がベルカーラ嬢を匿ったとなれば話はややこしくなる。彼女をここに連れてくるということは出来ないだろうか」
「そして即座に捕縛だろう」
「貴方様の前ではとてもとても。話を聞きたいだけなのだ」
真剣な眼差しのマーレェン。
事情によっては魔法での戦闘も致し方ないとでもいうような迫力。
屋上から突き落とされたマリアンヌから話は聞いているようだ。
またはあのエルフの魔法薬学教員ティファからムラサメにか。
「ベルカーラ嬢は一生徒の命を危険にさらした。それが本当ならば、公爵家ご令嬢といえど罪に問われなければなるまい。それを庇い立てするとなっては貴方様の立場も危うかろう第三王子。目撃者もおるのなら言い逃れは出来まいて」
「あれはベルカーラではない、全くの他人だ」
「……その根拠は?」
「腹を立てれば俺の首元にだってロングソードを突き付ける奴だぞ。屋上に呼び立てて突き落とすような陰湿な真似はしないさ。もし気に食わないなら舞台は闘技場だろう」
「生徒たちの噂話を聞いたことがあるのだが、『マリアンヌ嬢の方が第三王子の婚約者に相応しい』と唱える勢力が少なからずおるそうだ。それを知ってベルカーラ嬢は邪魔者を消すべく犯行に及んだと見ているおるのだが?」
光属性の魔力は古代から神のみが扱えると信じ込まれていた。
現代でもその考えにそれほど変化はなく、ほとんどが聖職者を職業とする。
王族も光属性の魔力を重要視し、血筋に入れたがる者が多いのだ。
確かに人並み以上の火属性魔力と光属性魔力を比べてしまうと、後者の方が貴重度は遥かに高い。
「その結論に重要なのは、屋上のベルカーラに殺意があったかどうかになるが。──お前に聞かなくてはならないことがあるマーレェン。屋上の魔法は何故消えていた?」
ベルカーラが言っていたことが本当であるなら屋上に出られるのはそこの寮生のみで、飛行魔法などでの侵入は不可能。
寮生の安全のために飛び降り防止柵のような役割をしていた魔法が展開されていたはずである。
「……それは、そのだな」
困った顔になった。
なにか突かれたくない話題かのように。
「本来ならばマリアンヌ嬢は落下しなかった。お前が魔法を解いていたために殺人未遂事件となった。ならばまずお前を第一容疑者とするのが一番早いだろ」
「言い分は分かる。しかしそれには深いわけがあってだな」
アルバートはオドオドとしだすマーレェンを見て、ひとつの結論に至る。
初対面で何故気が付かなかったのだろうとも思うが、あの時は前世の記憶を思い出したせいでそれどころではなかった。
「失礼するぞ、マーレェン」
「あ、ちょ」
がくっと気絶したようにふたりの間を挟む机に頭を叩き付けて倒れるマーレェン。
結構えぐい音がした。
それを見て、ムラサメは青ざめる。
「き、貴様!? いったい何をした」
「安心しろ。それはただの器だ、本体の魔力に再接続すればまた動き出す。人造生命に操作魔法とはまたなんとも魔法使いらしい。多忙な学園長ならば仕方ないのだろうか」
魔法世界には〝魔力食い〟という現象がある。
大きな魔力が存在するときそれより小さい魔力が一時的に吸収されてしまうのだ。
同じ属性の魔力同士によく起きる。
アルバートが土龍寮の共同スペースで意識的に行ったのがそれである。
しかもマーレェンより大きい魔力量を持つ人物なんてこの世界でもひとりくらいしかいない。
「つまりあの中にマーレェンの本体がいたか。そのせいで屋上の魔法が一時的に無効化されたと。……なるほど。知ってしまえば単純明快だった」
つまり、マリアンヌが屋上から落下したのはアルバートのせいである。
アルバートのバカげた魔力量のせいで学園内の警備が無効化されてしまった。
白目で倒れているマーレェンに向かって小さな声で「すまん」と謝る。
「ということは偽ベルカーラとマーレェンの繋がりはない。そしてマリアンヌを殺害するつもりはなかったのだろう。ならば動機はなんだ? 俺とティファがたまたま屋上に行かなければ、目撃者はいなかった。マリアンヌの中のベルカーラの評価を落とす為だけに? なんの意味がある」
「第三王子。目の前で老人が白目を向いて気絶しているというのに労わる気なしであるか」
「ないな。お前が介抱しろ」