ノスタルジー
その後の話しで清子はみっちゃんと顔を合わしたそうで、二人は血は繋がってなくとも文字通りの姉妹になった。二人はすぐに気が合い、休みの日には二人で出掛ける事も多いそうだ。
そんな事を嬉しそうに言う清子を見るとなんだか自分のように嬉しくなった。私は義姉とは会ったことはないが、もし会った時、清子達のようになれるのだろうか。
年が明けたら母と義父は再婚をする。早いものでもう年末が目に入るほどになっていた。
秋の音は影を潜め、冬の訪れが随所に感じられた。
私の足先は毎年のごとく冷たくなり、布団で寝ていても足先だけが冷え込んでいた。そしてそれがいつの間にか心さえも冷え込んでいるように思えた。
茶の間にはこたつが先月から置いてある。雨が降った日は寒く、私にはこたえたのだ。
こたつに足を入れている母の横に座り、こたつに足を入れようとすると、金太郎がこたつの中で私を見つめていた。
「金ちゃんもおるんやな」
「もう冬やさかいね。ずっとおうたよ」
金太郎は私を見ても変わらずにこたつの中でくつろいでいた。
手を伸ばし、金太郎を撫でながら私は母の方を見た。
「お母さん、今日は珈琲なんて珍しいなあ」
「へえ、最近近くに喫茶店ができたんや。そこで珈琲豆を買うて自分で作ったんや」
母が珈琲を飲むとは思わなかった。なんだか、その様子が異質に見えてしまった。母の年でこう思うのはおかしなことだが、背伸びしているように思えてならなかった。
茶を味わっていた母は珈琲までも味わうようになったのか。
「お母さん。私にも珈琲作ってくれはる?」
「詩乃ちゃんも飲みたいん?」
「へえ、お母さん見てたら、あんまり美味しそうに味わってるさかい」
「そう、少し待っててな」
母はそう言って茶の間を後にした。しかし、この家に洋風なものは似合わないなと私は思いながらくすっと笑った。
母が珈琲を持ってくる頃には金太郎はこたつから出て、二階へと上がって行った。
母の作る珈琲は美味しかったが、やはりまだ完璧ではないようだった。茶の方が美味しかった。
ただ、美味しいのは嘘ではなく、本当に口の中に流し込む程、美味しく味わった。
「お母さんもこれからお義父さんに作ったるん?」
「酒よりも珈琲が好き言うとったさかいね」
「頑張ってな」
別れの挨拶のような気がした。母は私の様子を察したのか
「詩乃ちゃんはお母さん達とは暮らさへんの?」と呟いたように言った。
私はしばらくどう言おうか悩んだ。母を傷つけることだけはしたくなかった。ただ、何が正しいのかもわからなかった。
「お母さんはこの家からは出て行くん?」
「へえ、お義父さんが今いる家に行くわ。いつかは話しをしよか思うとった。詩乃ちゃんは私達とは暮らす?」
「私は....」
私は押し黙った。そして
「私はお母さん達とは一緒には暮らさんで、一人でこの家にいようかと思います。お母さんとお義父さん二人の方がええかなって気がします。金太郎もいることやし、もし私がお母さんと一緒にお義父さんと暮らすってなったらこの家はどないなるん?」
私は声が途切れ途切れになりながら言った。
「この家は古いさかい。もし二人で向こうに行くんやったら売りにでも出そうかと思うてました。でも、詩乃ちゃんがここにいる言うんならおってもええよ。お義父さんとこの家で暮らすんでもええけど。流石に古いさかい、ガタが来てしまうところにはなぁ」
父と母と弟との思い出がこの家はあった。母は進んで行くが、私は止まり思い出ばかりを守っていく。
もし家が無くなるのなら本当に父の面影を感じられる場所が少なくなってしまう。これでいいのだ。
母が義父の元に行くのは当たり前のように思うし、なにより私は二人の邪魔をしたくなかった。こうして金太郎と暮らすのも悪くないと思った。
二人だってたまにはこの家にも顔を出すだろう。一人ぼっちでもない。寂しさはあれど、家族は無くならないから。
私はそれでも涙が流れてしまいそうになるのを感じた。それをじっと堪え、母の前では弱さは見せないようにした。母は幸せになるのだ。父を失った寂しさと悲しさを取り戻せるのだ。
「おおきに、お母さん。私はお義父さんと家族になるのも楽しみやけど、時々は昔の事も思い出してしまうんや。大人になるにつれてそんな事が多くなってしもて。ノスタルジックになってしまうわ。この家におると」
母は私を抱きしめた。
「詩乃ちゃんには迷惑を掛けたな。もう遠慮せんでもええ。私はあなたの母や。なんでもお見通しどっせ。子供やおへんえ。もうお父さんの悲しみには打ち勝ったから」
「お母さん。私はお母さんの子でよかったどす。ほんまに嘘やあらへん。お母さんが大好きや。お父さんも進も新しいお義父さんも。みんな私の家族やから」
私は昔のように母に泣きついた。その時ばかりは私は五歳か六歳になっていた。
私は家族という言葉を心の中で何度も呟き、その意味を自分自身に問うた。そしてそれは離れていてもずっと近くに感じるべき人達のことなのだと思った。